プロローグ 「始動する歯車」


 そこにあったのは巨大なディスプレイだった。そのディアスプレイは十三個に画面が分割され、最も大きな一つが中央にあり、その周囲に小さな画面が壁を作るかのように並んでいる。
 そのディスプレイの前を軍服を着込んだ者達が動き回っていた。
「……では、試作零号機はスフィアWで試験運用をするべきだ、と?」
 その最中、部屋の一画では周囲とは違う雰囲気を持った集団が話し合いをしていた。
「イグドラシルの計算結果では、それが最も効果的だと出ている」
 最初の声とはまた違う声が応じ、皆がその中央にある端末に目を落とす。
 そこに表示されている文章は――

『CMS−CV−G00の試験運用時の障害となるのは火星連合軍による襲撃。早急な前線への投入を重視し、前線に近いスフィアで試験運用を行った場合、襲撃率は格段に高く、試験運用時故の機体に不慣れなパイロットでは敵襲を凌ぐ事の出来る可能性は低い。確実性を重視し、火星からの侵入ルートとして遠回りとなるスフィアW、又はスフィアXを試験運用候補地として提案。特に、スフィア最端部に位置するブロックでの試験運用が最適。敵襲を考慮しても、スフィアW、Xの位置であれば大規模な部隊の襲撃はないと判断出来る。
 また、この時点での戦況を考慮すると、スフィアWの方が安全性は二パーセント程度高い。』

 それは世界を統括するための大規模コンピューター、イグドラシルによる計算結果だった。
 ある程度のAIを持ち、計算結果を説明する事の可能なイグドラシルと共に存在するのがCESOと略される世界政府である。
 ここは、その世界政府の持つ軍だ。軍も、その戦略の参考やシミュレーションのためにイグドラシルの演算能力能力を活用していた。
 現在、世界政府は火星を相手に戦争をしている。
 火星連合軍と名乗った彼等は、イグドラシルの統制下に入るのを拒み、世界政府はそれを実力行使で認めさせるために戦争をしているのだ。
 人類は地球から宇宙へと進出したが、それによって生まれた立場の違いが争いを起こすきっかけとなり、人類は紛争を続けてきた。世界政府はそれらを治めるためにイグドラシルで世界を統括する事で争いを封じていた。
 やがて、火星圏へと進出した人類は火星圏を発展させた。そうして、地球圏に対して独立を要求した彼等は、イグドラシルのシステム下に入るのを拒み、世界政府軍に対して徹底抗戦の姿勢をとった。
 開戦から約三ヶ月が経った現在、世界政府軍は火星連合軍に押されつつあった。
 それは、火星とその周囲から産出される資源や、そこを開拓するために発達した技術力による差異が原因だった。
 モビルスーツと呼ばれる巨大人型兵器は、その性能が戦局を左右する。
 世界政府軍は三ヶ月かけて、火星連合軍を押し返すためのモビルスーツを設計した。
 全体的に見れば、決して有用とは言い難い、コストのいやに高い超高性能機。本来ならばモビルスーツの数や戦略を考え、低コストかつ高性能な機体を開発すべき局面ではあったが、現在の世界政府にはそれを研究する余裕がなかったのだ。
 そのため、コストを無視した高性能機を僅かに造り、それを実戦投入する事で戦闘に必要なノウハウを得ようと画策したのだ。
 高性能機の戦闘能力から、必要ないと思われる部分、削除しても全体的に見て戦力の落ちない部分を削って量産機を造る。それが一つの計画だった。
 そして、設計の終了し、建造と試験運用の段階まで計画は進行していた。
 試験運用が終われば、前線に投入し、戦闘データを採取し、本部へと転送して研究が行われる。最終的に、二ヶ月後には新型量産機が投入可能になる見込みだった。
「よし、ではスフィアWにて計画を進める」
「これからが本当の戦いだな」
 論議が決定され、集団が動き始めた。
 スフィア、宇宙での人類の生活圏であるコロニーの集まりの呼び名だ。
 この時点ではスフィアWは戦争とは無縁と言っても過言ではない、平穏な場所だった。
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