第一話 「その日、全てが始まった」 何を言われたのか、少年には理解出来なかった。 そもそも状況が現実離れし過ぎていた。 「シグルド・ルェンルーザ、君に頼みたい事がある」 目の前でそう告げたのは無精髭を生やした厳つい軍人だった。 学校からの帰り道に出くわし、いきなりそう告げたのだ。 「は……?」 いきなりの事に、少年、シグルド・ルェンルーザは唖然としていた。 適当な長さに切られた黒髪に、同色の瞳。学生服に包まれている彼はどこにでもいそうな十五歳の少年でしかなかった。先月、ハイスクールに合格したばかりだった。 「詳しい事はここでは言えんが、とにかくついて来てくれ」 「ちょ、ちょっと…!」 振り返り、歩き出す男に、シグルドは慌てて呼びかけた。 「…何があるか知らないけど、俺は戦争なんてやる気はないんだ」 彼等のいるコロニーはスフィアWの端に位置するコロニーであり、現在起きている戦争からは最も離れた場所に位置している。 軍人に話しかけられた事から、シグルドは直感的に戦争に関わるのではないかと思ったのだ。 シグルドも戦争に関わる気は全くなかった。 「イグドラシルの命だ、と言っても?」 他人に聞かれる事を避けるように、軍人は声を低くして告げた。 イグドラシル。現在の地球圏を統治する世界政府を補佐する超高性能コンピュータだ。それにより弾き出された結果の的中率は九十パーセントにも達し、シミュレーションの結果も九十九パーセントを誇る、地球圏最大のシステムである。 地球圏に住む者ならば知らぬ者はないだろう。 何せ、そのイグドラシルのサポートによって、地球圏から紛争が消えたからだ。 宇宙へと生活圏を広げた人類はその全人口の半分が宇宙へと移民した時、Advance Century、進出暦へと暦が変更された。 スペース・コロニーと呼ばれる、自給自足可能な円筒形の生活空間は人口増加や、食糧問題を解決したが、新たに生まれた立場の違いから生じた軋轢は紛争へと発展して行った。初めの頃はスペース・コロニーと地球の立場で差が生まれ、それが原因で大きな戦争が起きた。 この時から、作業用機械から発展した巨大人型兵器・モビルスーツが投入され始める。 やがて、地球環境が悪化し、地上に残っていた人々全てが宇宙へと移民し、戦争は自然消滅した。だが、紛争が終わる事はなく、新たに設置された世界政府『Center of Earth Sphere Organizasion』は、紛争問題に常時頭を悩ませていた。 そんな中、世界政府内で一つの計画が打ち立てられ、推し進められた。 『Project Yggdrasill』である。 生活圏の拡大による情報量の増大と、様々な事象の効率化を図り、スムーズに統治するための超大型コンピュータと、そのネットワーク。イグドラシルは順調に構築が進み、A.C0100年に稼動。全ての動きはイグドラシルによって把握され、度を越した行為を世界政府へと通達、シミュレーションの結果と対策までを全て計算し、世界政府の予想以上の力を発揮したのだ。 だが、そんな中、イグドラシルの影響外にまで勢力を伸ばす者達がいた。 兼ねてから言われていた、火星圏への進出であった。イグドラシルのもたらした高度なシミュレート能力は、科学技術の発展を促し、核融合炉の小型化等が可能となっていた。それにより、地球・火星間の移動も数ヶ月で済むようになり、火星圏開拓のために多数の人間達が移民したのだ。 やがて、火星圏は予想以上の速度で発展し、地球圏と貿易も交わすようになる。 そして、A.C0224年。世界政府に対し、火星圏は独立を要求。世界政府は火星圏の経済力や資源力等を手放す事が痛手になるというイグドラシルのシミュレート結果から、その要求を却下した。 イグドラシルの存在なしに発展してきた火星圏はこれに対し火星連合を名乗り、世界政府に対して徹底抗戦の姿勢を取った。 A.C0225年初期に勃発した戦争は、火星圏が優勢となった。火星圏のモビルスーツは地球圏のモビルスーツと互角以上に渡り合い、世界政府は苦戦を強いられていたのだ。だが、苦戦を強いられていても、世界政府と火星連合の勢力はほぼ互角だった。 そうして、開戦から二ヶ月ほどが経った頃の事だった。 「……それは、どういう意味?」 シグルドは軍人に問う。 「ちゃんと教えてやる。だが、人目のあるところでは迂闊には言えん」 軍人はそう答え、シグルドを促した。 シグルドは数秒考えた後、軍人を追った。 まだ戦争に関わると決まったわけではないのだ。戦争が始まってから、世界政府は外に出て動く事が難しくなったのだ。そのため、世界政府に関わる事で、軍が代わりに行動する場合があるとどこかで聞いた事があった。 それに、イグドラシルという名が出されているのだ。知っておいた方がいい事なのかもしれない。 男は用意してあったエレカに乗ると、シグルドが乗り込むのを確認してから発進させた。 「君にはモビルスーツのパイロットになってもらいたい」 「はぁ!?」 思わず声を上げるシグルドをちらりと見やり、男は一つの書類を取り出した。 「操縦マニュアルだ。目を通してくれ」 「ちょ、ちょっと! 俺はパイロットなんてお断りだぞ!」 身を乗り出し、シグルドは抗議する。 モビルスーツのパイロット、それは即ち人殺しだ。シグルドは戦争に参加する気は全くなかった。 「まず話を聞いてくれ」 「……」 冷静な男の声にシグルドは渋々頷いた。 「我々世界政府軍は火星連合軍と戦争状態にあるが、決定打を繰り出せないでいる。状況を打開するために新開発されたモビルスーツは性能が高く、普通の人間には手に余る代物なのだ」 状況を打開する。単機で戦局を打開するだけの力を持つモビルスーツなど存在しない。この場合、新開発された機体を基に、高性能な量産機を設計していく計画だろう。新型はそのテストタイプであり、戦闘データを取るためのものだ。 「君にはニュータイプの兆候が見られるそうだな?」 「――!」 シグルドは息を呑んだ。 全身に緊張が走り、車の中であるにも関わらず、男から離れるように身体をずらした。 ニュータイプ。宇宙に進出して、新たな生活を始めた人類の中で、少しずつだが変化が始まっているのだと学者達は言う。宇宙という新たな環境で生活をするようになって、今まで使っていなかった脳の一部が覚醒したのだと言われている。本来、人間は脳の全領域を使用しているわけではなく、一部分しか使っていないのだ。その使っていない部分のどこかが使われるようになったのではないかという推測がなされている。 勘が人より優れていたり、行動の先読みが出来たり、不意に予知が出来たりという、そういった超能力的なものだ。 シグルドには、自覚があった。完全ではなく、極稀にそういった症状が出る事があったのだ。偶然と言えばそれまでだが、そうと思えない状況で先読みが出来た事もあるのだ。 「ニュータイプは火星圏に多い。恐らくは地球圏とは更に異なる環境があるからなのだろう」 男はシグルドに構わずに続けた。 「新型のパイロットにはニュータイプが必要なのだ。だが、地球圏にはニュータイプが少なく、そのほとんどがパイロットとして戦っている間に覚醒したものばかりで、新型のパイロットに回す余裕がないのだ」 そう、先読みや勘の良さなどというのは、パイロットに適した能力でもあるのだ。 そして、事実ニュータイプはパイロット適性が非常に高いのだ。 「俺は戦うのは御免だぞ!」 身を乗り出すようにしてシグルドは食って掛かった。 「……だろうな。我々軍としても民間人を戦わせたくはないからな」 「じゃあ――」 「では、テストパイロットだけでもやってはくれんか?」 男はシグルドの言葉を遮るようにして尋ねた。 「テストパイロット…?」 シグルドは眉を顰める。 「ああ、起動実験やシミューレションのみで、実戦になる前に下りてもらう。無論、無料とは言わない。報酬は払おう。家族の方には連絡をつけてある」 「何だって!?」 「判断は全て君に任せるそうだ」 シグルドは複雑な表情で男を見つめた。 シグルドの両親はそう言うだろう人物だった。本人の意思を尊重しているのであり、自分の事は自分で決めろという事だ。 「……解った。テストだけなら引き受けるよ」 溜め息混じりに、シグルドは諦めたような声音で答えた。 戦闘、人殺しをしないのであればこその判断だった。元々シグルドもモビルスーツに興味があったという事もその判断材料ではあった。 「よし、ならばさっさと済ませてしまおう」 男に無意識のうちに頷いて、シグルドはマニュアルに目を落とした。 コロニーの宇宙航には明らかに新型と判る戦艦と、そこから運び出された一機のモビルスーツの姿があった。 そのモビルスーツが新型機であった。 シグルドは既にその機体のコクピットに座っていた。無論ノーマルスーツを着用している。最初に行うのは起動実験と、簡単なシミュレーションだ。 白を基調として、青と黄、赤色のカラーリングの施された、全体的に整った印象を与える機体だった。背中のバックパックには三つのスラスタが着いていた。移動中に目を通したマニュアルに書かれていた名称は、――ガンダム・レギンレイヴ。 コンソールパネルを操作して起動プロセスを立ち上げる。操作パネルの真上についているコンソールモニタにプログラムである文字が流れ、正常にシステムが稼動し始めた。 「――ガンダム・レギンレイヴ、正常に起動しました。名前を入力して下さい。尚、確認のため二度お願いします」 起動プロセスが終了し、機体が起動した直後、女性と思われる音声が流れた。機械音声ではあったが、不自然さの感じないしっかりした口調であった。 「……シグルド・ルェンルーザ」 それが機体に搭載されているサポートAIである事もマニュアルによって知っていたシグルドは、名前を告げ、間を置いて同じように告げた。 「入力終了。パイロットをシグルドと設定」 サポートAI・ブリュンヒルデ。それがこのガンダム・レギンレイヴに搭載されているAIの名称だ。 通常、モビルスーツにはオート・アシスト・システム、略称AASが搭載されており機体の細かな姿勢制御を行い、機体とパイロットにかかる負担を軽減している。これは、負荷を軽減するものの、機体の性能も一部低下させてしまうのだ。機体の部品の消耗を減らすための処置でもあるため、普通に戦闘行動するだけであればAASでも十分である。無論、AASをオフにすれば低下している部分の性能が引き出されるが、機体とパイロットへかける負荷は増加し、部品の消耗も激しくなる。しかし、AASをオフにするという事は機体の姿勢制御までをマニュアル操作で行う事になり、操縦に対する負荷が増えてしまうのだ。 そこで新たに考案されたのが、音声入力可能なサポートAIであった。戦闘中、両腕は左右の操縦桿に、両足はフット・ペダルと、機体のスイッチなどを押すのは困難となる。そのため、声で操作が出来るサポートシステムを開発したのだ。これにより、機体制御に対して臨機応変な対応が可能となった。AASと違い、機体にかけられたセーフティ・リミッターを任意に解除出来るようになった上、姿勢制御はAIに任せたままに出来るのだ。また、先に入力しておけば無人の状態でもある程度動かす事が出来る。 「ブリュンヒルデ、システムを戦闘稼動させてくれ」 「了解」 シグルドの命令に即答し、ディスプレイが周囲の光景を映し出した。同時に、機体の機関部が本格的に稼動する。コンソールモニタには機体の状態が表示され、武装や戦闘可能な時間表記、エネルギー残量などが表示された。 『戦闘起動を確認した。行動実験に移ってくれ』 通信回線が相手側から開かれ、先程シグルドと接触した男が通信ウィンドウに現れた。 彼はシグルドがここへ着いてから、ヴィーン・ヘキウスと名乗った。 「解りました」 シグルドは答え、フット・ペダルをゆっくりと前へスライドさせ、機体を歩かせた。そのまま宇宙航の出口へと歩き、途中で速度を上げ、縁まで辿り着いた。 宇宙航は開かれており、外へとすぐに飛び出せるようになっていた。 『無重力化で数分間動かした後、機動力測定に移る。いいな?』 「はい」 シグルドはヴィーンに頷いてみせた。 AIがあるせいか、操作に今のところ問題はなかった。 多少の緊張感はあるが、逆にそれが操作に精確さを与えていた。まだ歩く事しかやっておらず、操縦実験はこれからが本番だ。 「ブリュンヒルデ、周囲にデブリは?」 「センサー範囲内には検知出来ず。引き続きサーチを続けます」 AIの言葉を聞いて、シグルドはフット・ペダルを軽く踏み込み、前へとスライドさせる。機体が接地面を蹴り、宇宙航の外へと飛び出す。 コロニーは人が住む空間だけあって、頑丈に造られているが、流石に高速で移動するデブリには注意しなければならない。警備部隊や、デブリ回収屋、ジャンク屋などは、コロニーの周囲に存在、又は飛来するデブリからコロニーを守ったりしている。特に危険なデブリの場合はコロニー管制塔のセンサーで検知している。 「……」 シグルドはその光景に息を呑んだ。 何も無い、広大な空間がシグルドを包んでいた。漆黒に見える宇宙空間は、しかし青みがあるように思え、星雲などの存在があってか、ところどころ色付いている。そして、その空間に散りばめられた数え切れない星々。更には、背後にあるコロニーや、スフィアWの他のコロニーが視界に映り、展開したミラーが光を反射していた。 フット・ペダルを動かして機体をゆっくり一回転させて見れば、太陽の光を受けている月や、青く輝く地球が見えた。太陽はシグルドの住んでいるコロニーに隠れており、見る事は出来なかった。 神秘的だった。周囲全ての方向から吸い寄せられているような感覚があり、無重力としてゆっくりと回転している機体のカメラが映し出す映像は、地に足が着いていないという事を実感させた。恐怖とも取りかねない、形容し難い浮遊感があった。 戦争が起きている事を全く感じさせない雄大な空間に、シグルドは人間がちっぽけな存在である事を身を以って感じ取っていた。 「……いけね、見蕩れてる場合じゃないな」 シグルドは小さく呟いて頭を一度左右に振ると、機体を前進させた。 そのまま前後左右に軽く機体を動かし、全周囲に対して向きを変えて感覚を掴んでいった。ニュータイプとなりつつあるためか、シグルドは思いの外早く宇宙空間に順応した。 そうして、今度は機体を素早く動かし、徐々に速度を上げて行った。 「センサーに反応。デブリです」 と、突然AIが反応した。 見ると機体の全天周囲モニタの外周にリングが表示され、その円周上の一点にマーカーが表示され、点滅していた。どの機体にも搭載されているリング・レーダーである。 パイロット・シートを中心に、球形の全天周囲モニタ外周にマーカーを表示するレーダー・システムだ。これにより、敵機や味方機の位置を明確に捉える事が出来る。距離はマーカーの上に表示されていた。無論、背面方向が見にくくなるため、コンソールモニタには別個のレーダーもついている。 『よし、とりあえず機動測定をそこで一時中断し、射撃能力のテストを行おう。そのデブリを標的とし、ビーム・ライフルで射撃しろ』 「了解」 答え、シグルドは機体をリング・レーダーに従って回転させ、正面にマーカーを捉えた。 表示されている照準を右側の操縦桿を動かしてデブリに合わせ、トリガーを押し込んだ。 照準を向けた事で、モビルスーツも右腕に持ったビーム・ライフルを構えていた。その銃口から閃光が放たれ、デブリを飲み込み、蒸発させてしまった。 『照準も精確なようだな。中断していた機動力測定に戻ってくれ』 「了解」 シグルドが答えた直後だった。 「熱源感知。モビルスーツと思われます」 「――何だって!?」 思わず叫びそうになりながら、シグルドは機体をマーカーの示す方角へと向けた。 そこには、モビルスーツの影が映っていた。その背部からはスラスタから吐き出される光が見て取れる。 「……火星連合軍……!?」 シグルドは息を呑み、目を見開いた。 そのシルエットは、ニュース映像などで見た火星連合軍のモビルスーツそのものだったからだ。 火星の色を思わせるような赤茶色を基調とし、全体的に丸みを帯びたモビルスーツ。その頭部にあるセンサーはモノ・アイと呼ばれる一つ目。 「データ照合……VMS−05、ヨトゥンです」 AI、ブリュンヒルデが告げる。 『敵襲だとっ!?』 ヴィーンが驚愕の声を上げた。 「ヴィーンさん、どうすれば…!?」 『恐らく、今の射撃は敵に気付かれている。下手をすると威嚇射撃と思われているかもしれん…。そうでなくとも、ここまで近付かれては狙われていると考えて良いだろうな。こちらからもすぐにモビルスーツを出撃させる。適当に反撃して下がれ』 「了解」 シグルドは答えて、コロニーへと機体を向けた。 「っ!」 直後、シグルドの背中に悪寒が走り、無意識のうちに機体を横にずらしていた。 そして、その機体の脇を一筋の光が通過した。ビームの光だ。 「くそっ! 来るなっ!」 シグルドは叫び、機体を敵へと向け、照準を合わせた。 「――っ!」 わざと照準を横にずらし、敵を外すように射撃を数発行う。敵のモビルスーツが回避行動を取った隙に一機にコロニーへと加速させた。 と、その脇を数体のモビルスーツが駆け抜けていった。 「あれは…?」 「CMS−25、ヴァナと確認。味方です」 シグルドの呟きにブリュンヒルデが応じた。 灰色を基調とした、どちらかと言えば直線的なモビルスーツ。それらがシグルドと擦れ違いで敵へと向かって行った。 見れば、最初は一体だけだった敵モビルスーツ、ヨトゥンも数体に増えていた。味方機はそれを迎え撃つように展開し、向かって行く。数ではヴァナの方が多いように見えた。 ガンダムがコロニー内部に到達した時、通信が入った。 『格納庫のハッチを開けます。中へ』 「……了解」 いきなり通信相手が変わったために、少々面喰いつつも、シグルドは答えた。 恐らくヴィーンは出撃してしまったのだろう。通信相手は戦艦のオペレーターらしき女性だった。 格納庫の内部に直立させたところで、シグルドは通信回線を開いた。今後の行動をどうすべきか訊くためだった。しかし、その通信回線の向こうでは信じられない言葉が飛び交っていた。 『コロニー内にモビルスーツだと!?』 恐らくは艦長なのであろう、初老の男性が強張った表情で言葉を投げた。 『向かいの港から火星軍が侵入した模様。こちらの港への攻撃は囮です!』 それに先程のオペレーターが返答を返す。 『コロニーの警備部隊が応戦を開始! 市街地に被害が出始めています!』 『くそっ、戦争を知らぬ馬鹿共が抵抗などするから! すぐに抵抗を止めさせるように通達しろ!』 『向こうも慌てているようで間に合いそうにありません!』 『くそ、艦内に残っているモビルスーツは!?』 『待機させたヴァナが一機だけです』 『……く、一機だけでは捌き切れん…。ヴィーンはどうした!?』 『戦艦が出ているらしく、足止めされているようです!』 交互に交わされる言葉に、シグルドは何も言えずに固まっていた。 スフィアWは戦場から最も遠い場所だった。確かに、この場所が火星軍に占領されれば、政府軍を挟み撃ちにする事も出来るのだ。遠回りだが、少数の部隊を回して裏から攻めていくという事だって十分に考えられた。スフィアWが狙われていないという保障は何も無かったのだ。 そして、今、コロニー内部で戦闘が起きている。警備部隊などが軍の部隊を相手にしてまともに遣り合えるわけがない。被害はもう出ているらしい。 「ブリュンヒルデ、コロニー内部の映像、見られる? 出来るなら、見せて」 「戦艦より回線を中継します」 シグルドは小さく言い、AIはそれを正確に拾い上げ、実行した。 そして、ディスプレイに映し出された光景にシグルドは顔を顰めた。内部監視用カメラか何かの映像だろうか、至る所で黒煙が上がっていた。建物の倒壊などもあり、酷い有様だった。警備部隊はいたずらに被害を拡大させているだけであった。 シグルドは小さく唇を噛んだ。 『敵モビルスーツがこちらの港に向かってきます!』 オペレーターの声にも焦りが浮かんでいた。 シグルドは意を決してガンダムを歩ませる。格納庫のハッチから宇宙航の内部をコロニー内へと向けて進ませた。 『あっ、ガンダム・レギンレイヴが…! 待ちなさい!』 「待ってなんていられないよ! あそこは俺の住んでる場所なんだ!」 狭い通路を抜け、宇宙航からコロニー内部へとガンダムは飛び出した。 「どうすればコロニーに被害を出さずに敵を倒せる!?」 「コクピットのみを破壊、もしくは、内壁に影響のない高さで敵を破壊させれば爆発による被害は最小限で済むと思われます」 シグルドの問いにAIが答えた。 そのコクピットにはリング・レーダーのマーカー・リングが表示されている。ビーム・ライフルは格納庫へ置いて来ていた。コロニー内部で撃てば確実に被害が出るからだ。 「三機の敵影を確認」 シグルドの背筋に寒気が走る。緊張感が身体を満たし、脈拍が上昇しているのを実感した。人を殺すという事は頭の中にはなかった。ただ、コロニーにこれ以上被害を出させたくなかった。 ガンダムが腰部背面にマウントされている剣を右手に掴んだ。 バスターブレード。それがその武装の名称であった。ガンダム・レギンレイヴの専用装備であり、その特徴とも言える武器であった。剣の刃を覆う灰色の装甲が左右に開き、そこから緑色のビームが展開する。その刃の厚さと長さは一般のモビルスーツに搭載されているビーム・サーベルを遙かに凌ぐ。 息の詰まるような緊張感の中、シグルドは目の前に迫るモビルスーツへとガンダムを進めた。フット・ペダルを踏み込み、スラスタの推力を上げて急接近し、擦れ違う瞬間に攻撃。 「……っ!」 振り抜かれた剣に腹部を両断され、モビルスーツ、ヨトゥンが機能を停止。機関部を破壊され、爆発した。 「右、敵機接近」 緊張感に荒い呼吸をするシグルドに、AIが声をかけた。 やはり敵も被害を出したくないのか、ビーム・サーベルを構えて突撃してきていた。 シグルドは直感で身体を動かしていた。ガンダムが後方に滑り、ヨトゥンが目の前を通過する瞬間に、横に突き出したバスターブレードを腹部を払うように薙いだ。綺麗に腹部を切断されたヨトゥンが時間差で爆発に飲み込まれる。 ふと、前方に向けた視界に、ビーム・ライフルの銃口を向けているモビルスーツが入った。 「――シールドっ!」 左腕を、コクピットを庇うように動かし、腕に取り付けられたビーム・シールドが展開、放たれた閃光を打ち消した。 そのままビーム・シールドを構えたまま敵機に突撃し、袈裟懸けにバスターブレードを叩きつける。両断された機体は爆散した。 「敵影消滅を確認」 「…はぁ……はぁ……」 呼吸を整えつつ、シグルドは周囲を見回した。見下ろしただけでもコロニー内の被害は相当なものに見えた。 警備部隊用のモビルスーツは作業用モビルスーツとほとんど代わりがなく、治安用や緊急時のために武装を搭載しているのみだ。例え数で勝っていても軍のモビルスーツに敵うわけがない。 その警備用モビルスーツの残骸や、ヨトゥンの反撃による周囲への被害。破壊された警備用モビルスーツによって倒壊した建物や、その戦闘行動によって生じた道路や他の建物への傷跡。それらが眼下の光景として、シグルドの目に映っていた。 「くそ……どうしてこうなっちまったんだ……」 呻くように、シグルドは呟いた。 自分が人を殺した事も、コロニーが襲撃された事も、無かった事にしてしまかった。それが出来ない事を知っているからこそ、全てが悔しかった。 『聞こえますか、レギンレイヴ…?』 「……聞こえてます。何?」 口調が暗くなっているのを自覚しながら、シグルドはオペレーターに答えた。 『戦艦に戻ってください。外の戦闘も終わったみたいですから』 「……了解」 答え、シグルドはコロニー内部の市街地に背を向け、宇宙航へと戻って行った。 戦艦の格納庫にレギンレイヴを収容し、シグルドはコクピットから降りた。 「災難だったな、シグルド」 「…ヴィーンさん」 歩み寄ってきたヴィーンに顔を向け、シグルドはその名を弱々しく呟いた。 「……気休めにしかならんかもしれんが、よくやってくれた」 ヴィーンがシグルドの肩に手を置いた。 「……テストは一時中断する。敵の襲撃がこれだけとは限らんからな。現在、情報収集を急いでいる。それが一段落するまでは待機していて欲しいとの事だ」 「…俺は構いません」 「気持ちは察するが、終わった事を後まで引き摺らない方が良い」 「解ってます…」 「空き部屋を一つ貸してくれるそうだ。少し仮眠でも取って休むと良い」 「…そうさせてもらいます」 ヴィーンに促され、シグルドは艦内の部屋の一つに案内された。 「死者も出ているだろう。それを最小限に抑えたのはお前だ、その事は忘れるなよ」 部屋のドアが閉まる直前、ヴィーンはそう言った。 ドアが閉まり、シグルドは一人、その部屋に立っていた。機体のテストのために着替えたシグルドの服や荷物がそこに置かれていた。恐らくはシグルドに対する配慮なのだろう。 その荷物の中から、常に携帯していたハンド・コンピュータを取り出し、シグルドは電源を入れた。被害状況がどの程度なのか、見ておきたかった。ニュースを選択すると、被害状況と死者と負傷者が並べられていた。 「……」 そして、シグルドは言葉を失った。 「……嘘…だろ……!?」 起動したコンピュータの画面に表示された死者の中、その名があった。 ――ザイフリート・ルェンルーザ リューラ・ルェンルーザ それはシグルドの両親の名だ。 シグルドはただ呆然と立ち尽くしていた。 |
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