7 リターン 帰還した俺をスタッフのほぼ全員が迎えてくれた。 大きく破損したグワヒールをハンガーに固定し、俺はコクピットから抜け出した。俺の体を見ようと医療スタッフが数名、俺を取り囲んで押さえ付けた。 それを押し退けて、ロダンとルーシーが現れた。 「おい、リーヴ! 大丈夫か!」 「お兄ちゃん、怪我はないの? 大丈夫?」 二人がそろって金切り声を上げる。俺は笑顔を見せてやったが、よっぽど弱々しかったんだろうか、特にルーシーは今にも大泣きする寸前だった。 「グワヒールの見た目は酷いが俺は大丈夫だ。ちょっと疲れたけどな」 実際のところ怪我はないが、全身が筋肉痛で痛みは酷かった。長く緊張状態を続けていたからだ。それに急激な加速を繰り返したから内臓に相当負担がかかっている。胸や腹の奥が捩じれるように痛い。でも我慢出来ないほどじゃない。俺は経験からそれが二、三日もすれば治るくらいであると知っていた。 「そうか、それにしてもあのグルーゼン・ビョルンのドラッケン・マギを破るなんて、お前、本当にすげえよ」 ああ、と俺は言った。 「アヴリルが全部やってくれたよ。A.I.が無かったら、俺は直ぐに撃墜していただろうな。いや、グルーゼン・ビョルンが本気で俺を殺す気なら一撃で出来たはずだ。奴が自分の優位性に酔って俺をネズミのように痛ぶるから、鼻っ柱に噛みついてやったというわけだ」 突然、ルーシーが他の人間達を押し退け、俺に抱きついた。 「バカっ! 本当に心配したんだから! 死んじゃったらどうしようってそればっかり考えてたんだから!」 俺はルーシーの背中をポンポンと叩いてやった。 「ああ、ごめんよ、ルーシー。でもお前の御陰で助かった。奴を倒すヒントを与えてくれたのはお前だ」 えっ? と、ルーシーは俺の顔を見た。彼女の両方の瞳から涙が伝っているのを見て、俺は息を呑んだ。 「いや、昨日の破片みたいにバラバラにしろって言ったろ? あの時の光景を思い出してさ。あんな中に突っ込んでしまったらヤバいなって。そしたら逆に奴をその中に突っ込ませてやれないかって考えたんだ。ちょうどドラッケン・マギの正体も判ったところだったしな。後はアヴリルに任せるだけだった」 そう、とルーシーは笑顔になった。その泣いているのか笑っているのか判らない顔が何とも愛おしかった。 「ありがとう、アヴリル! お兄ちゃんを守ってくれて!」 ルーシーが大声で言う。だが、グワヒールのコクピットからは何の返事も帰って来なかった。 「畜生、お前が奴を倒すところ、もっとちゃんと見たかったぜ。こっちのジャミングが酷くてな。グルーゼン・ビョルンは余程計画的だったのか、ここにECM装置を取り付けていたんだ。俺達の目を潰しておいて、誰にも邪魔されずにグワヒールと戦うつもりだったんだろう」 「なるほど、用意がいいな」 良過ぎるくらいだ。ふとジェノバの顔が頭を過る。まさかあの女、それも仕組んでいたんじゃないだろうな。全く訳の判らない女だ。顔を思い出す度に不快感が背中を這い登ってくる。 そこに当の本人が現れた。 ジェノバ・ラウトゥーンは相変わらずの冷静さで俺を見下ろしていた。 「ご苦労さまです、ミスター・リーヴ。仕事は全て終了です。お疲れさまでした。ゆっくりと休んでください。帰りのシャトルは何時でも出発できる用意をしておきます」 こっちがようやく死を免れたというのに、ジェノバは事務的な口調で言った後、直ぐに消えていった。 医療スタッフが体に大きな異常はなし、と判断してくれた御陰で、俺はようやく拘束を解かれて自由になった。ルーシーは俺の胸に抱きついたままだった。 「よし、さっさとグワヒールを点検しろ! そしてデータの吸い出しだ!」 ロダンが命令してメカニック達が散っていく。しかし本人は俺の側に残った。 「お前の御陰でA.I.もかなり成長した。良い経験が出来たよ」 「データの吸い出しが終わったらアヴリルはどうなるんだ? 移植されるのは戦闘データだけなんだろう?」 ロダンは俯いた。溜め息をひとつつく。 「ああ、アヴリルはデータ解析の後で凍結、最悪の場合は抹消されるかも知れないが、ま、そこまではないだろう。イグドラシルの管理下に置かれてそのまま、なんじゃないかな」 そんな、と声を上げたのはルーシーだった。その困惑した顔を見て俺のほうが驚いた。俺はルーシーはアヴリルを嫌っているとばかり思っていたからだ。 「何とかならないの? ロダンさん」 うーん、とロダンが頭をかく。 「まあ、アヴリルだってA.I.っていうプログラムに過ぎないからな。どっかに移植すればいいんだろうけど」 「お願い、何とかして! アヴリルがもし抹消なんてされたら可哀相!」 ロダンは笑ってああ、何とかするよ、と言った。 俺とルーシーは互いの顔を見合わせて微笑んだ。 その後、俺達は数時間ほど休んで直ぐにカルナバルを離れた。 そしてそこに行った時とは逆の順番で、ようやくリーヴ・ガレッジに戻ってきた。 少し名残惜しい感じはしたものの、さっさと切り上げてきたのはもうこれ以上ジェノバ・ラウトゥーンのような奴らと関わり合いになりたくなかったからだ。 ロダンは何とか俺を引き止めようとしていたが、あのジェノバの下でいいように使われるのはもう御免だった。 全てが終わった、と俺は安堵していた。これで俺もルーシーも解放されたわけだ。これからは普通の生活に戻ることが出来る。 カルナバルを出る際にはしっかりと口止めの念書を書かされた。ルーシーもである。 その代わり、グルーゼン・ビョルンのことは不問になった。何だか色々と問題があるだろうが、全て向こうで処理してくれるとのことだった。俺は奴を倒してしまったことに後悔と後ろめたさを覚えたが、元々は奴が挑んできたことではあるし、不可抗力だから仕方のないところではある。 それに、と俺は思った。 グルーゼンとの対決によって、ジェノバは多くのデータを得たはずだ。もちろん、あの女が色々と仕組んでいたことは間違いないことだろう。 俺が選出されたのはイグドラシルの判断ということだが、何処からがあのジェノバが仕組んだことなのか判らない。 ひょっとするとジェノバはMS開発局の人間とは名ばかりで本当はイグドラシルを管理している奴らの直属のエージェントなのではないか、今となってはそんな感じすら受けた。 それはそれで腹立たしいことだが、俺もルーシーもこうして無事に戻ってきたし、金も割り増しを請求してそれが通ったし、大量のジャンク・パーツも譲って貰えた。もう充分だ。 俺が工場に帰ってきた時、何故か机の上のコンピュータはフル稼動でデータを受信していた。俺はそれを訝しがったが、送り主がロダンだったので、取り敢えず受信が終わるまで待つことにした。恐らく今回の仕事で得られたデータを確認の為に送ってきているのだろう。 データ量は膨大で俺は一晩工場に詰めていなければならなかった。 俺は知らない間にウトウトしてしまい、目を覚ましたのは学校に行くルーシーに揺り起こされてだった。 「徹夜だったの? ロダンさん、一体、何を送ってきたの?」 ルーシーが聞く。コンピュータは受信を終了していた。容量を確認すると二百五十六エクサバイトの実に四分の三を何かのデータが占めていた。 ルーシーと一緒にそれが何か確かめようとした瞬間。 「おはようございます。フレッド、ルーシー。良い朝ですね」 「ま、まさか、その声は」 「アヴリル?」 はい、とコンピュータは言った。 「な、なんでお前がここに?」 「ミスター・ロダンが凍結されるくらいならそのコピーをフレッドの元に送れと命令してくれました」 おいおい、冗談じゃない、何で俺の工場のコンピュータなんだ? 「ワタシ達は良いパートナーではありませんか、フレッド。これからもよろしくお願いします」 嫌な予感がしてルーシーの顔を見る。そして俺はうわっと体を引いた。 見る見るルーシーの形相が怒りに変わっていったからだ。 「ちょっと、何であなたがここにいるのよ! 帰りなさいよ! ここは私とお兄ちゃんの工場なのよ!」 「嫉妬ですか、光栄です。A.I.の人格を人間同様に認知していただけるのはこの上ないことです」 「何言ってんのよ、もう!」 ルーシーがモニターを押さえ付けて文句を言う。アヴリルを救ってくれと言ったあの時とはえらい違いだ。 「止めろよ、ルーシー。アヴリルはただのA.I.だ。自我を持っているわけじゃない。マン・マシン・インターフェイスとして人間っぽい受け答えをしているだけなんだよ」 ふん、とルーシーが俺を睨む。こういうルーシーはもう止めようがない。 「フレッド。このコンピュータは容量が極端に少なくなっています。ワタシのワークエリアが作成出来ません。更に五百十二エクサバイトの増設を提案します」 「勝手なこと言わないでよ! あなたがそこにいるからでしょ! さっさと出て行きなさいよ!」 「却下します」 二人がこの珍重なやりとりを続けるなか、俺は溜め息をつくしか出来なかった。 終わり |
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