6 ドラゴン・マジック


 俺の鼓動は跳ね上がった。
 くそっ、電源が落ちた! 機体は流されているし、早く復帰させなければこのままデブリ帯に突入してグワヒールもデブリになってしまう。
 主電源は何処だ? 俺は前に読んだマニュアルを思い返し、シートから降りると、それを支えている支柱の根元に回った。
 あった、主電源のレバーだ。それがOFFになっている。
 俺はそれをONに押し上げた。一度では起動しない。それを何度か繰り返す。焦りばかりが先立ったが、それを何とか押さえ付ける。
 五度目くらいでコクピットに電源が回復した。ブン、と耳障りな音がして全天周モニターに周囲の宇宙が表示される。もうそこには小さなデブリが舞っていた。
 くそっ、と俺はシートに飛び乗ると、MSの起動シークェンスを最初からやり直した。
「アヴリル、起きたか! 聞こえるか!」
「システム、起動中。エラーです。環境設定システムが破損しています。NGワードを再設定してください」
 NGワード? ああ、あれか。
「そんなものは必要ない! アヴリル、さっさと起動しろ!」
 了解しました、とアヴリルが返した。ガン、と機体に何かがぶつかった。デブリだ。
 グルーゼンからの攻撃は無かった。もうかなりデブリ帯に進入しているはずだ。奴は攻撃出来ないのか、それともしないだけなのか、とにかく俺には機体を再起動する時間は何とかあった。
「グワヒール、起動しました。機体の状態を確認。左腕肩部付け根より消失。頭部に軽微、左腰部装甲、右脚部装甲にやや重度の装甲の破損を確認。その他、機体各部に損傷あり。生命維持特に問題なし。戦術戦闘コンピュータ問題なし」
 よし、と俺は体勢を立て直すと周囲を見回した。
 俺の頭上を光点が駆け抜ける。GT−エムズだ。奴はまだデブリ帯に入ることなく周囲を旋回していた。
「おい! リーヴ、聞こえるか! 生きているのか! 返事をしろ!」
「お兄ちゃーん!」
 早速回復した通信機から叫び声が飛び込んできた。
「生きてるよ! だが、マズイ状態だ」
「しっかりして、お兄ちゃん! ねえ、アヴリル! お兄ちゃんを助けて! お兄ちゃんを守って! お願い!」
「それが出来るよう努力します」
 ルーシーが一際甲高い声で叫んだ。
「努力だけじゃダメ! 絶対に守ってぇ!」
 了解、とアヴリルが言う。気休めでも嬉しいぜ。
 ロダンも似合わない金切り声を上げた。
「おい! 何とか振り切って帰還しろ!」
判っているさ、と俺は心の中で言った。だが、二人の絶叫と周囲のどよめきが流れ込んで来る通信は、今の俺にはただ耳障りなだけだった。
「アヴリル、ちょっと耳を貸せ」
 はい、と言ってアヴリルは、狼狽するロダンや悲鳴を上げるルーシーもお構いなしに、ぷつりと通信を切った。
「奴は今、どうしている?」
「GT−エムズはデブリ帯の入り口付近で旋回中、リング・レーダー上にデブリ多数」
 奴め、流石にここまでは追って来ないか。あのリ・ウイング・スラスタでデブリ帯の中に突入すれば、流石のイクセリウム合金でも傷つき兼ねないからな。高機動が仇となる。
 だが、俺も動けないのは確かだ。それに奴はまだドラッケン・マギは使っていない。このまま隠れてやり過ごす訳には行かないだろうな。
 奴のことだ。俺をデブリ帯に押しつけて逃げられないようにするつもりだったんだろう。だが、生憎今の俺はジャンク屋、デブリ帯は俺にとっては逆に有利な場所だ。だが、それもMSがまともな状態で性能が拮抗していればの話、残念だが今は俺が圧倒的不利であることは間違いない。
 通信機が回線を開けと騒ぎ続けている。その中にグルーゼンからのコールも混じっていた。俺は奴の回線だけ開いた。
 むかつく声が響いてきた。
「どうした? 何を隠れている? さっさと出て来い! 決着をつけようじゃないか! 貴様のA.I.は一度はこのGT−エムズを破っているんだ! 同じように戦って破ってみろ!」
 グルーゼンが俺を挑発する。俺は奥歯を噛みしめた。奴の挑発に乗るつもりはない。こっちは生き延びたいだけだ。だが、どうしたって奴が見逃してくれるとは思えない。
「おい、アヴリル。何とか奴と戦う方法はないのか? あのGT−エムズに対抗する策は?」
「現在の状況を比較するとフレッドのグワヒールがグルーゼン・ビョルンのGT−エムズに勝利する確率は五万六千分の一です」
 あのなあ、と俺は溜め息をついた。そんなこと出してもらっても嬉しくない。
「どうしますか? フレッド」
 どうするったって、と俺はシートに体を預け、一言、くそったれ! と言い放った。
「それはグルーゼンに言ってください」
「判ってるさ、あのくそったれめ。おい、アヴリル、お前、どうしたんだ? 何か喋り方が変だぞ?」
 俺は突然、アヴリルの違和感に気がついた。例のNGワードとかいうシステムが生きていない。くそったれ、なんて言葉は真っ先に弾かれそうなものなのに。それに指示を求めて来るのも今までに無かったことだ。そしてフレッド? 何時もミスターを付けていたのに。
 そう言えばさっき電源を回復させた時、NGワードの再設定はしていなかったな。それが影響なのか? よし、それならこういうのはどうだ?
「アヴリル、グルーゼンを挑発しろ! 何でもいい、適当に汚い言葉を浴びせてやれ! そして奴をデブリ帯に誘導しろ!」
 了解、と言った次の瞬間にはアヴリルはグルーゼンに向かってやたらと汚い言葉で罵り始めた。と言っても音声ではなく、奴GT−エムズのコンピュータに向かって文字でそれを始めたのである。
「な、何だ、これは? おい、リーヴ! 貴様、何をやっているんだ!」
「俺じゃない、A.I.だ。お前のことが嫌いなんだとさ」
 グルーゼンが激昂する。GT−エムズはいきなり加速すると、グワヒールに向かって突入してきた。
 俺はグワヒールをデブリ帯の奥へと移動させた。周囲にはMSが真っ直ぐに飛べないくらいのデブリの密度があった。その中を縫うように飛ぶ。
 デブリ帯に突入したGT−エムズが俺の後を追ってきた。しかし、奴の機体は加速度が大きく、周囲のデブリを激しく巻き込んでいた。多くはリ・ウイング・スラスタで吹き飛ばしていたが、その幾つかはGT−エムズにぶつかり、その都度、奴の機体を大きく揺らせていた。
「こんなデブリぐらい!」
 奴が叫んでバスターエッジを放った。それが射線上のデブリを溶解し俺の足元を抜けていく。俺の元に届いた時には威力は随分と落ちていた。
「どうした? ご自慢の高性能新鋭機もデブリの中じゃあ、まともに動けないか?」
 俺もグルーゼンを挑発した。これで奴がキレて判断力を無くして更に突っ込んでくれればこっちのものだ。
「ふざけるなあ!」
 だが、こっちの思惑とは裏腹に、GT−エムズはその場に静止すると、リ・ウイング・スラスタを最大まで展開した。そしてエネルギーを激しく放出しながらその場で回転する。
 それが強力な圧力を生み出し、周囲のデブリを吹き飛ばした。
「くっ、こいつは!」
 俺はその圧力によってグラグラと揺れ始めたグワヒールの機体を何とか安定させた。
 気がつくとGT−エムズの周囲からはデブリがすっかりと弾き飛ばされ、俺は球状に空いた空間の一番端にいて、グルーゼンと対峙していた。
「マズイ、これじゃあ、やられる!」
「随分とふざけたことをしてくれたな。もう逃がさないぜ。貴様は俺がここでデブリに変えてやる!」
 グルーゼンはバスターエッジを放ちながら俺に急接近してきた。幾筋も伸びるビーム光を損傷を受けているグワヒールで何とか避ける。
 目の前にGT−エムズが迫った。バスターエッジのグリップ部が九十度回転し、刀身に似た周囲から固定化したビームが迸った。巨大なビーム・サーベルである。
 その一撃が斜め上から袈裟懸けに振り下ろされた。俺は咄嗟にビーム・サーベルを抜かせると、奴の一閃を受け止めた。
 しかし、奴のバスターエッジは俺のビーム・サーベルの刃を簡単に貫くと、胸の装甲をすっぱりと斬り裂いた。ギリギリでかわしていたので損壊は表面の装甲のみで済んだが、その威力に俺は目を剥いた。
「あんなの食らったら、一瞬で真っ二つにされちまう」
 俺は機体を上昇させた。奴の後方に回り込もうとする。
 その時、突然アヴリルが言った。
「前方に高エネルギー反応」
 何! 俺はアポジモーターを吹かせて機体を反転させるとそこから飛び退いた。しかしリング・レーダーに映る反応は微弱で全天周モニターからは何も見えない。
「おい、アヴリル! 今、何があった? 何も見えなかったぞ!」
 そこにグルーゼンが襲ってきた。GT−エムズは俺の後方から足元に回ると、バスターエッジを振るった。
 俺はその場で脚部を上げてそれを避けると、背中越しに奴とは逆に飛んだ。
「上方に高エネルギー反応」
 またか! と機体を捻る。だが、リング・レーダーの反応は僅かでやはり視認は出来なかった。
 真正面で捉えているはずなのに、何故、何もない? 何故、レーダーが反応している?
 そこには何も存在していない。だが、レーダーに反応がある以上、何かがあるのは間違いない。
 GT−エムズがバスターエッジからビームを放った。それが俺の目の前を通過した時、それは起こった。
「何!」
 ビームが飛び抜けたと思った瞬間、目の前が突然真っ赤に燃えた。そしてそれが周囲に飛び散り、グワヒールを襲う。
「警告、高エネルギーにより装甲の一部が溶解、飛沫が付着、質量が増加」
 な? 俺は何も理解出来なかった。確かに空間には何かあった。それがビームで炸裂したのは判る。だが、それが機体に付着して重くなったっていうのか?
 こいつが、ドラッケン・マギ、って奴か。
 背筋が寒くなった。この訳の判らない攻撃はなんだ?
 俺はグワヒールを反転させると、GT−エムズと全く違う方向に飛んだ。せめてデブリ帯に飛び込めば奴から逃げることが出来る。
 だがグルーゼンのGT−エムズはそれをさせてくれなかった。素早く俺の前に回り込むと、バスターエッジで俺を真っ二つにしようとそれを振るった。
 くそっ! 俺は機体を傾けて、奴とは逆の方向に飛んだ。
「上方に高エネルギー反応」
 またか、くそっ、構うもんか!
 そのまま機体を突っ込ませる。グワヒールはリング・レーダーにうっすらと映っていた謎の反応の中心を飛び抜けた。
 その瞬間、機体全体からガタガタと細かなものがぶつかる音が聞こえた。それとは別に周囲でバチバチと何かが弾けて輝きを幾つも残す。
「何だ? 今のは」
「スキャニング中です。判明しました。微細なカプセル状のエネルギーと細かな金属片です」
 金属片? エネルギーの微細カプセル? 俺には閃いたものがあった。
「アヴリル、機体に付着しているものが判るか?」
「溶解した鉄が固まったものです」
 なるほどな、と俺はドラッケン・マギの正体を理解した。
 ドラッケン・マギ、竜術は、グルーゼン・ビョルンが放出した金属片とエネルギーの入った微小カプセルだ。恐らく、背面から伸びた巨大なプロペラント・タンクにそれが入っていて、空間に放出しているんだろう。
 もし奴がばら蒔いた金属片とエネルギーの中に突入してしまえば、エネルギーが超高温を発し、金属片は一瞬で溶解して、それらが機体を襲い激しく損傷してしまう。更に宇宙空間の絶対零度で瞬間的にそれが固着してさらに機体に負担をかけるという訳だ。
 だが、ドラッケン・マギはその容量の関係で戦場全てを満たすことは出来ない。だから奴は一部の空間にそれを撒いてレーダーに反応させ、相手の動揺を誘う。それに奴はニュータイプだ。先読みの力を使って常に相手の先手を取り、移動先に放出して追い詰めていく。
 ドラッケン・マギの正体は判った。だが、それを破れるかと言えばそんなことはない。こちらが圧倒的に不利なことには間違いない。
 俺はグワヒールを真っ直ぐに飛ばせて奴と距離をとった。だが、それはGT−エムズにすれば僅か一瞬で到達出来る距離だった。
 どうする? 奴にどうやって勝つ?
「アヴリル、何か方法はないのか? 奴を倒す方法は? このままじゃあ、本当になぶり殺されちまう」
「現在の状況を比較するとフレッドのグワヒールがグルーゼン・ビョルンのGT−エムズに勝利する確率は七万八千二百分の一です」
 そんなことはどうでもいい。ルーシーが言ったように、奴をバラバラのデブリに変えちまいたいんだ。そうじゃなきゃ、奴からは逃げられない。
 バラバラか、昨日の細かく砕けた破片を一瞬思い出す。俺はふと思いついたことがあった。
 と、いきなり俺の目の前にGT−エムズが現れた。俺はコントローラを倒して機体を左に旋回させた。
「逃げられると思っているのか、リーヴ! 貴様はここでデブリになるんだ! それで俺のプライドは回復する!」
「お前のプライドなんて知ったことか! これだけ機体に性能差があって勝負なんてする必要があるのか?」
「あるな! 貴様がそれに乗っているというだけでもな!」
 話にならない。俺は真っ直ぐにデブリ帯に飛び込もうとした。しかし、それをバスターエッジの一撃が阻んだ。グワヒールの背中に装備されたスラスタの一部を破壊し、その機能は極端に低下した。
 くそっ、これじゃあ、逃げることも出来ない!
 俺はぐるりと旋回すると奴と交差して逆側に飛んだ。
「前方に高エネルギー反応」
「ドラッケン・マギか、いい加減にしろ!」
 俺はビーム・ライフルをそこに向けて発射した。目の前の空間が真っ赤に閃き、溶解した金属片が周囲に飛び散った。
 それに隠れるように小さく旋回しながら飛ぶと、ようやく大きなデブリの背面に回ってグルーゼンから身を隠した。
 だが、そんなことで奴から逃げおおせることは出来ない。
「アヴリル、奴に何か弱点はないのか? 機体に欠陥とか、何でもいい、気がついたことがあったら教えてくれ」
 俺はほとんど懇願するようにアヴリルに聞いた。
「特にありませんがひとつだけ、GT−エムズが金属片を噴射するパターンを発見しました」
「パターン? 奴がドラッケン・マギを使うのにパターンがあるってのか?」
「もちろん、グルーゼン・ビョルンも人間ですから。ドラッケン・マギは常に相手の回避パターンを読んで、その離脱コース上に配置されます。それはGT−エムズが相手を追尾するために旋回する瞬間に行われます。どうやって回避パターンを読んでいるか、離脱コースを特定しているかは不明です」
 そいつはきっと奴のニュータイフ能力、つまり先読みの力がやらせているんだ。そうか、パターンがあるならさっき思いついたことが出来るかも知れないな。
「アヴリル、奴にドラッケン・マギをわざと吐き出させることは可能か?」
「恐らく可能です」
 よし、と俺はアヴリルに作戦を伝えた。もうこれしか思いつかない。
「何処だ? リーヴ! 隠れていたって無駄だ。バスターエッジでデブリをぶち抜いていけば、嫌でもお前の機体を破壊することが出来る。だが、俺は貴様を真正面で切り刻みたいんだ! 早く出てこい! 楽にしてやる! もう前のような偶然は起きない! 三度目はないぞ!」
 グルーゼン・ビョルンが毒づく。俺はその言葉が途切れた瞬間、グワヒールを奴の機体に向かって踊らせていた。
「アヴリル、指示した通りだ! 機体の制御は全部お前に任す! ECMを最大! まずはこの周辺をジャミングして奴の目を潰してしまえ!」
 了解、とアヴリルが返事を返した。
 リング・レーダーの表示が大きく歪み始めた。発信されたECMがレーダーを攪乱しているのである。条件は恐らく同じだ。奴もこれでリング・レーダーの信頼性は極めて低くなっているはずだ。
「ふん! この程度で俺が混乱するとでも思っているのか? むしろ貴様のほうが不利になっているはずだ!」
 その通りだ。このままではな。何たって、奴はニュータイプとしての先読み能力がある。俺はアヴリルに索敵を任せることでようやく奴と対等程度までにはなっている。
 グワヒールが加速し、GT−エムズに肉薄する。グルーゼンは俺を迎えているのか、GT−エムズの高機動は使わない。グワヒールの速度に合わせるように移動するのみだ。
「はははっ! ついに観念したか! 貴様をここで倒して、全てを終わらせてやる!」
 グルーゼンはそう言うと、バスターエッジを放った。機体が僅かにロールしてギリギリでそれをかわす。グワヒールの制御は全てアヴリルに任せてある。俺はアヴリルを信じるだけだ。
 ビームが掠めた部分の装甲が溶けて変形したが、そんなことはお構いなしにグワヒールはGT−エムズに接近した。奴も俺に接近する。
「接近戦か? 無駄だ!」
 グルーゼンが俺を斬ろうとバスターエッジを振るった。それを上手く避けて、今度は左に最小半径で旋回する。
「何のつもりだ? リーヴ!」
 GT−エムズがグワヒールにぴったりと張りついた。奴に追い立てられるようにグワヒールは再び旋回した。
「十時の方向に高エネルギー反応」
 ドラッケン・マギだ。だが機体は静止しない。アヴリルは報告をしたのみだった。
「死ね!」
 後方からビームが伸びる。それを避けたグワヒールは更に右に向かって旋回した。
「右上方に高エネルギー反応」
 今度もアヴリルは報告のみである。
「ちょろちょろと逃げ回りやがって!」
 グルーゼンの怒号が聞こえる。だが俺はアヴリルを信じて何も手を出さなかった。
 アヴリルはアポジモーターを噴かし、機体を細かく振り回してGT−エムズの周囲を飛び回った。
 グルーゼンは俺を叩き斬ろうとバスターエッジからビームの刃を放出し、グワヒールに襲いかかった。それをギリギリで避ける。
 機体が方向を変える度に、俺は上下左右から空気の壁に叩きつけられるように体が揺れた。内臓が絞られ、俺は舌を出して呻いた。頭がガンガンと捏ね回される。思考が出来なくなって、ただ呼吸して命を繋ぐことのみ、俺は集中した。
「馬鹿にしやがって! 貴様はここで死ぬんだ!」
「死ぬ、のは、お、前だ」
 俺は必死に声を出して奴に言った。アヴリルがそれに悪口雑言を文字で付け加える。
「貴様、貴様らはー!」
 貴様ら、か。とうとうアヴリルも奴に認められたわけだ。ふとそんなことを考えたがもう俺の頭の中は、腕の良いバーテンダーのシェイカーの中で振られたかのようにぐちゃぐちゃで、意識すら飛びそうになった。
 機体が旋回を繰り返す度に、グルーゼンのGT−エムズが放出したドラッケン・マギが俺達を阻んだ。それをすり抜けながら奴の周りを更に旋回し続ける。ドラッケン・マギの密度は徐々に高くなり、俺達の逃げられる場所は確実に少なくなっていった。
「ドラッケン・マギ、密度上昇。回避コースが無くなりました。もう充分です」
 アヴリルの言葉で俺はようやく笑みを浮かべることが出来た。
 俺はグワヒールを直進させるとGT−エムズと三百メートル程の距離で相対速度を落とし、奴と対峙した。グワヒールのビーム・ライフルが奴を捉える。
「何だ? ようやく終わったか? そんなに遊ばれるのが嫌なら、このまま一撃でお前をこの墓場の住人にしてやろうじゃないか!」
 頭の中はまだぐるぐると回っていたが、それでも状況が俺に傾いたことをはっきりと感じていた。
「残念だが死ぬのはお前だ、グルーゼン・ビョルン。でもな、俺は今はただのジャンク屋で仕事でこいつに乗っているに過ぎない。もう止めないか? お前だってたかだかA.I.のことぐらいでそこまで本気にはならないだろ? こっちは完全敗北寸前でA.I.だけが命綱だっていうじゃないか。それぐらい譲歩したって罰は当たらないだろ?」
 俺は言った。
「たかだかA.I.という言い方を訂正してください。私はこのモビル・スーツを制御、管制を行う為に搭載された」
 ちょっと黙ってろ、とアヴリルに小声で耳打ちする。
「他の奴がパイロットなら遊びで済んだ。だが、貴様が乗っているんだ。イグドラシルは俺のようなニュータイプが貴様みたいな時代遅れを打ち倒していくのを見たいんだ。イグドラシルに見せつけてやる! 新しい者が古い者を超えていくところをな!」
「イグドラシルはたかだかコンピュータじゃないか。それをさせたがっている奴がいるならイグドラシルじゃなく別の奴だよ。それに残念ながらその期待には応えられないな。俺はそんなに簡単にやられないからだ」
 グルーゼンは高らかに笑った。
「そんなボロボロの機体でどうしようっていうんだ? そうでなくても貴様のモビル・スーツはどうしようもない低性能だ。貴様が勝つ可能性は限りなくゼロに近い!」
 アヴリルもそう言っていたが、これを見てもまだそう思えるか? 俺は一呼吸したあと、アヴリルに言った。
「ECM、解除だ!」
 周囲に発信されていたジャマーが途端に無くなり、リング・レーダーが正常に機能する。
「な、何? これは何だ!」
 グルーゼンが狼狽する。当然だ。リング・レーダーは靄のように霞み、その中心にGT−エムズがいたからである。
「こ、これは、まさか俺が放出した」
「そうだ、ドラッケン・マギ。お前は自分の術に溺れて、俺を追い詰める為に放出し過ぎたんだ。俺が何故、不利になるのを覚悟でリング・レーダーをジャミングしたか、何故、お前の周囲を逃げ回っていたか、これで判ったか? 俺はお前にドラッケン・マギを吐き出させて周囲を満たす為に、一筆書きの要領で旋回していたんだ!」
 グルーゼンが息を呑んだのが判った。
「ば、馬鹿な! そんなことが出来るわけがない!」
「出来るさ、A.I.の力を借りればな。俺とアヴリルは最高のパートナーなんだぜ」
 ふざけるなあ! と奴が絶叫した。
 GT−エムズがリ・ウイング・スラスタを大きく展開する。その瞬間、周囲がバチバチと閃光が閃いて真っ赤に染まった。
「貴様ぁー!」
 そんなことに構わず、グルーゼンはバスターエッジを構えて機体を加速させ始めた。GT−エムズの周囲ではぶつかったエネルギーのカプセルが弾けて反応し、金属片を巻き込んで真っ赤に溶解させる。
「終わりだ、グルーゼン・ビョルン!」
 俺はビーム・ライフルを奴の周囲に向けて数発放った。
 それが何も見えない、しかしドラッケン・マギで満たされた空間を突き抜け、それを連鎖的に爆発させた。
 真っ赤な閃光が周囲を満たし、GT−エムズの機体がその中に飲み込まれた。眩い光が俺の目を眩ませる。
「ぐわあぁっ!」
 グルーゼンが呻いた。ドラッケン・マギの閃光は次々と広がり俺達がいる空間を埋めていった。俺はそれに巻き込まれないように徐々に後退しながら、その光景を眺めていた。リング・レーダーは凄まじい熱量を示し、それがすっかりその中に消えてしまっているGT−エムズを中心に何度も閃いた。
「やったか?」
 真っ赤な閃光が幾分落ち着いてきた時、俺はアヴリルに聞いた。
「周囲の熱量が計測限界をオーバーしています。確認は不可能です」
「だろうな。だがこれでは奴も無事では済まないはず、何!」
 突然、光の中から俺の目の前に被さる影があった。
 俺は慌ててグワヒールのスラスタを全開にしてそこから飛び退いた。
 グワヒールが今まであったところをビームの刃が突き抜ける。
 影の正体はGT−エムズだった。リ・ウイング・スラスタは消え失せ、全身の装甲は剥がれ溶け落ちていた。そしてその上には固着した鉄が瘡蓋のように張りついて不気味な様相を呈している。
「まだだ! 俺は貴様等にはやられない! 死ぬのは貴様だ!」
「もう止めろ! 形勢は逆転した! こっちの勝ちだ! だが、今なら二人とも生きて帰れる!」
 ふざけるなと言っているだろう! 奴が怒鳴ってバスターエッジをグワヒールに向けた。まだ撃てるのか? 俺の機体は加速を続けていたが、このままビームを撃たれれば、確実に落とされる。
 だが、奴は撃ってこなかった。バスターエッジの基部が突然爆発し、GT−エムズの右腕部ごと消え失せたからだ。
「ま、まだだ、貴様はここで死ぬんだ!」
 グルーゼンは異様な執念で執拗に俺を追ってきた。もう奴の機体も俺以上にボロボロだ。だが俺を倒すことばかりを考えているギラギラとした奴の眼がふと俺の頭を過り、この状況になっても、もう奴からは逃げることは出来ないと悟った。
 GT−エムズが残った左手でビーム・サーベルを抜いた。
 その瞬間を見計らい、俺はビーム・ライフルを投げ捨てると同じようにビーム・サーベルを引き抜いた。
 そして反転して奴の機体に突撃した。
「アヴリル!」
 俺は叫んだ。
「はい」
 とアヴリルが返す。
 機体はビーム・サーベルを振り上げて交錯した。
 しかし、俺のグワヒールは構えたビーム・サーベルを振ることなく、機体を捻って奴の一閃を避けた。
 そして直ぐ様もう一度反転し、加速して奴の後方から急接近した。
 俺の体は強烈な重力加速度で今にも潰されそうになった。
「本当に終わりだ、グルーゼン」
 グワヒールのビーム・サーベルが間近に迫ったGT−エムズの腹部を貫いた。
「ぐふっ」
 グルーゼンの呻き声が聞こえたような気がした。しかし、通信機からはノイズしか流れ込んでいない。
 ビーム・サーベルを腹に突き刺したまま、GT−エムズはしばらく飛んで行った。
 そしてデブリが集まるその手前で、機体の各部からスパークを発し、それが全身に回ったと思った瞬間、大きな閃光が機体を包み込み、GT−エムズは爆発して砕け散った。
 奴の機体はそのままデブリとなった。
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