プロローグ 「転属命令」


 火星連合軍が再度蜂起して二月ほど経った頃の事だった。
 その日、イス・ロードガルドは司令部に呼び出され、司令室に立っていた。
「イス・ロードガルド大尉、君に辞令だ」
 目の前に立つ司令官は告げる。
 その手に握られた書類には、イスの経歴などが描かれている。そこにある写真に写っている青年がイスだ。
 長い髪は目までかかり、首の後ろで束ねている。整った顔立ちに、刃のような鋭さを持つ双眸。身体は引き締まり、見た目以上の身体能力を発揮し、ニュータイプ適性こそないが、パイロットセンスは極めて高い。十九という若さで大尉という階級を与えられたのも、それに見合う実力を持っているためだ。
「新たに編成される部隊に大尉を配属する。異議はあるかね?」
「いいえ」
 感情の読めない口調でイスは答えた。
「次の輸送艇で、スフィアVへ向かってくれ」
 司令官の言葉に、イスは無言で答えた。
 スフィアV、世界政府軍の重要拠点のある月に最も近い場所だ。恐らく、精鋭部隊を組む、という事だろう。四年前の、エインヘルヤル隊のような部隊を。
「大尉が配属されるのは、ドラシル級戦艦、ナグルファルだ」
 ドラシル級、最上級戦艦だ。その新造艦で精鋭部隊を組むというのだろう。
「解りました」
 答え、司令官に背を向けて部屋を出る。
「……お前は…」
 そこには一人の女性が立っていた。黒いスーツを着た、セミロングの金髪を後ろで纏めている。切れ長の目に青い瞳の、氷のような雰囲気を持つ女性。
 ある種、イスと似た雰囲気を持つ女性だ。
「……イグドラシルの指示か」
「ええ」
 そのイスの言葉に、彼女は頷いた。
「あなたにはそこで新型機が回される事になっています」
 感情を感じさせない、女性の声に、イスは動じない。
「きっと、満足してもらえると思います」
 恐らく、誰かが二人の会話を見ていたとした、そこに存在する空気に窒息しそうになった事だろう。
 イスもその女性も決して高圧的ではない。感情を見せずに、ただ会話しているだけに見えるその場所には近寄り難い空気が流れているだけだ。
「……お前の目的は何だ?」
 女性の言葉を全て聞いた上で、イスは問う。
 彼女とは、今までに数回会った事がある。四年前のフィムヴルヴェト戦役の後、イスが様々な部隊を転々としている最中に、その転属通達を届けに来た事があった。確か、名前はジェノバ。
 恐らく、ヴァルハラの関係者だろう。世界政府とその軍が完璧なセキュリティで守られ、活動している場所。イグドラシルの端末が存在している、地球上の場所。
「……想像にお任せ致しますわ」
 小さく、女性が笑った。
 初めて見た感情だった。そこに存在するのは、嘲笑でも、喜びでもない。ただ、おかしかったから笑ったとしか思えない、そんな笑みだった。
「……まぁいい。俺には関係のない事だ」
 言い捨て、イスは女性に背を向け、歩き出した。長い髪が揺れる。
 どの道、イスは世界政府軍に所属している。イグドラシルやヴァルハラで決定された事に対する拒否権はなく、拒否するつもりもない。
 新たな場所への転属。今までと違うのは、それが新たに編成される特殊部隊であるという事だ。
 それが何を意味するのか、今考えても仕方がない。ただ、戦争が激化するであろうという事だけは、イスだけでなく誰でも、火星連合軍側でも解っているに違いない。
 その先に待ち受ける事に期待はない。どんな時でも、イスはただ、歩き続けるだけだ。
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