第一話 「配属」 新造艦ナグルファルは、中型艦と言える大きさの戦艦だった。それでも、やや大きめなところを見ると、大型艦に見えなくもない。 荷物をまとめたトランクを持ち、イスはスフィアVに着いたその足でナグルファルの前まで来ていた。丁度、イスを乗せた輸送艇が同じ宇宙港に着いたという事もある。 ナグルファルの周囲には、物資の搬入作業を行う作業員達が数人動き回っている。準備は順調に進んでいるらしい。 戦艦への搭乗口には整備中と文字の書かれた札が貼られており、そこからはまだ入れそうにない。仕方なく、イスは開け放たれた格納庫から戦艦の中へ入る事になった。 ナグルファルの格納庫は大きなものが中央に一つあり、格納庫から左右に張り出した艦体の上にカタパルトが設置されている。その格納庫の、カタパルトの方面とは違う、物資の搬入口からイスは中へと入った。 モビルスーツのハンガーが立ち並び、そこに機体がセットされて置かれている。最新鋭量産期の上位機種、ヘイズルーンのカスタムタイプが六機立ち並んでいた。 そこに、新たに三機のモビルスーツが搬入されている。そして、その機種をイスは良く知っていた。 (――ガンダム!?) ガンダム・タイプと呼ばれる機体が二機、ナグルファルの格納庫へと運ばれている。 一つはガンダムの象徴とも呼べる白、青、赤を基調としたカラーリングの機体。それには大型のウイング・スラスタが装備されていた。そして、もう一つは対照的な黒を基調にした機体。背部にはウイングではなく、キャノンが折り畳まれて装備されている。 残りの一つは、明らかに他の機種とは違うものの、ガンダム・タイプに近いデザインの機体だった。軽装の機体に見えるため、恐らくは高速戦闘用の設計なのだろう。 (……) 一瞬だけ眉根を寄せ、イスは格納庫から艦内へと続く通路へと向かった。 恐らくは、あの三機のうちのどれかにイスは乗る事になるのだろう。今までも同じような事が何度かあったし、イスの階級は大尉だ。その階級だけでも新型機や士官機が回されるほどなのだから、まず間違いはない。 艦内の通路を進み、ブリッジへと向かう。まずはそこに着いてからだ。 「……イス・ロードガルド、入ります」 ブリッジの扉を開ける前に告げ、イスは中へと入った。 「来たか……時間正確だな」 艦長らしい中年の男性がイスを見て呟いた。 ブリッジクルーは今のところ、艦長らしい中年の男と、 イスは出頭予定時刻の五分前に辿り着いている。それに関しての事だろう。もっとも、イスには時間に遅れる理由がないわけだが。 男性の見た目は三十代後半か、四十代前半といったところで、目つきはやや鋭い。全体に漂う雰囲気は、彼が優秀な指揮官であろう事を示している。 「……紹介はもう一人が来てからにするとしよう」 男は言い、視線をイスの背後、ドアへと向けた。 (もう一人……? どういう事だ?) 表情に出さず、イスは内心で問う。 新型機は全部で三機あったはずだ。何故、ここに二人しか出頭しないのか。答えとして考えられるのは、あのうちの一つのパイロットが既にここに到着しているという事だが、それにしてはおかしい。この戦艦を母艦とする部隊のメンバーはそのほとんどが昨日今日で集まった者達ばかりのはずだ。特に、パイロットなどは全員が外部の部隊から招集されていると事前に書類で確認している。 (……ただ置いておくようにも思えない) 予備機、というのには不自然さを感じてしまう。 ガンダム・タイプというのは前線で活躍する事を前提として、様々な技術をコスト度外視で詰め込んだ気体なのだ。それを予備機とするのは、自ら戦力を低下させるようなものである。だとすれば、他にパイロットがいるとしか思えない。しかし、ここにこの場で呼ばれているのはイスと、もう一人だけしかいないらしい。 不自然だと思う。 「テュール・ハイエンド、入ります!」 予定時刻を三分ほど過ぎて、一人の少年が入って来た。 「ふむ……まぁ、いいだろう」 艦長はテュールを一瞥し、溜め息と共に呟いた。 「私はグラン・スードル。ナグルファルの艦長に任命された。階級は中佐だ」 グランと名乗った男性は、そこまで言うと書類を手に取り、それとイス達を交互に見て口を開く。 「イス・ロードガルド、テュール・ハイエンドの二名は本日付で私の指揮下として部隊に配属される。ついては、その二名には新型の機体に搭乗してもらう事になる」 書類、恐らくは辞令だろう、をグランが読み上げる。 「ガンダム・フレスヴェルグにはイス・ロードガルドを、モビルスーツ、ヴェズルフェルニルにはテュール・ハイエンドをパイロットにするよう辞令が下されている」 「質問があります」 テュールと呼ばれた少年がそこで口を挟んだ。 「ヴェズルフェルニルと言うのは?」 「格納庫で搬入中の三機のうち、最も軽装のものだ」 ガンダム・タイプではないものがそれだろう。だとすると、ヴェズルフェルニルというのは白い機体か黒い機体かのどちらかだ。 「ええ!? じゃあ俺の機体はガンダムじゃないのか!?」 「そういう事だが、不満かね?」 テュールが上げた声に、グランが問う。 「何で俺じゃなくてこいつがガンダムのパイロットなんだ!? 俺は少尉だぞ!」 その問いに、テュールが不満の色を込めた視線をイスへと向けてくる。それを、イスは見返しもせずにグランの言葉の続きを待っていた。 「イスは大尉だ。不備はないと思うが?」 「な、何だって!? 大尉!?」 グランの言葉に、テュールがたじろぐ。 「戦闘記録も、君以上に存在している。彼は元、エインヘルヤルだ」 返す言葉がなくなったらしく、テュールが口を閉ざした。まだ不満そうだが、それが正論ではないと察しているのだろう。反論するだけ無駄だと感じたに違いない。 「次に、ブリッジクルーを紹介する。まずは、操舵手、バーグ・デューン」 名を挙げられ、その人物が敬礼する。無精髭を生やした、男性だ。年は三十前後だろう。 「オペレータ、エルフィール・フォーリア」 イスやテュールとほぼ同年代の女性が、オペレータの位置に着いていた。 長い髪に澄んだ瞳の女性だった。グランの紹介にエルフィールも敬礼する。 「イス・ロードガルド大尉、元エインヘルヤル隊のパイロット。フィムヴルヴェト戦役終結後は火星連合軍残党討伐部隊を転々とし、優秀な戦果を挙げる。ニュータイプ適性がないのにも関わらず、高い適正を持つニュータイプをも撃墜したと記録されているな」 書類を読み上げ、グランはその真意を確かめるかのようにイスへと目を向ける。 「テュール・ハイエンド少尉、フィムヴルヴェト戦役終結とほぼ同時期に軍に志願。適正検査で高いパイロット適正を見込まれ残党討伐隊に配属、その戦果から現在の階級に、か。ニュータイプ適正は不明となっているが?」 「適正受けてないんですよ。その検査日の前日にちょっと揉め事に巻き込まれちゃいまして、謹慎中でした」 苦笑を浮かべ、テュールが答えた。それにグランが小さく溜め息をつく。 「この会話の様子は格納庫の端末にも流されている。そちらでの自己紹介が必要ないように、だ」 グランが説明し、テュールとイスを交互に見る。 「質問、宜しいですか?」 話が終わったのを見計らい、イスは問う。それにグランが頷くのを確認してから、イスは思っていた疑問を口に出した。 「ガンダム・タイプが二機ありますが、そのうちの一機には誰が乗るのですか?」 「現時点では、そのパイロットは合流できない状況にある。そのため、我々が出航した後に、そのパイロットを途中で拾う形で合流する事になる予定だ」 「そのパイロットってのは?」 そこにテュールが口を挟んだ。何かガンダムに拘りがあるのだろうか。 「フェイム・ネームロストという少女がパイロットだ。彼女が高いニュータイプ判定を持つために選定されたと聞いている」 「……ネームロスト?」 「彼女は記憶喪失者でな、フィムヴルヴェト戦役の最後に、火連軍の家族を難民として受け入れたという事があったのを覚えているかね? その中の一人なのだよ。救出された時は瀕死の重傷を負っており、治療して気が付いたら記憶を失っていたわけだ。ファーストネームしか覚えていなかったために、そう仮の名を与えられたのだ」 フィムヴルヴェト戦役の最終局面では、火星地表にある火星連合軍の最終拠点の上空で両軍が激しい戦いを繰り広げた。その際に、火星の最終拠点にあった、火星連合軍兵士の家族の居住区から、世界政府軍の兵士の一人が緊急避難させ、難民として地球圏に拾い上げたというのである。有名な話だ。 その中にいた、記憶喪失となってしまった少女がパイロットなのだと言う。 「どうやら、戦いの中に失った記憶があると感じているらしくてな、志願したようだ。階級は少尉を与えられている」 テュールが問おうとするよりも早く、グランが告げる。 そのような経歴があるにも関わらず、ガンダムのパイロットになるという事はそれだけ強力がニュータイプという事なのだろう。 「他に質問はないな? ならば部屋に荷物を置いた上で格納庫に行け。そこで部隊の仲間を確認しておくように」 グランの指示に、イスとテュールは敬礼し、ブリッジを出た。 そのグランに指示された部屋へと向かいイスはそこに荷物を置くと直ぐに格納庫へと向かった。 「あんたがイスだな?」 「ああ」 「俺はここのメカニックチーフを任されたメック・メイクスだ」 「……宜しく頼む」 差し出された手を握り返し、イスは言った。 「今からあんたが乗るフレスヴェルグについて簡単に説明する。フレスヴェルグは白い方のガンダム・タイプだ。高機動、高出力を備えているが、その出力の余剰分は全て稼働時間に回されている。つまり、高機動戦闘を長時間行えるっていう設計だ。だから武装はビーム・ランチャーとビーム・ソードの二種類だけだ。一応、ハード・ポイントもあるが、補助武装に使うぐらいだろう。二つともそれだけで優秀な武装だからな。勿論、フォース・ドライバー搭載機だ」 メックが語る要点を、イスは黙って聞いていた。 ガンダム・フレスヴェルの最大の特徴はやはり背部のウイング・スラスタだろう。かつてのガンダム・タイプ、ワルキューレ・シリーズに似ているがそれとは異質な翼だ。フレスヴェルグの方が力強く、大きい。 ガンダム・タイプには標準装備とも思われる新式の動力炉フォース・ドライバーとそれに順ずるフォース・フレーム構造を持つ。武装は手持ちの高初速、高出力のビーム・ランチャーと、高出力のビーム・ソード。腕にはハード・ポイントもあるようだが、使う局面は少ないかもしれない。フレスヴェルグの最大の長所である機動力を損ねてしまうような追加装備は、その時の戦局にもよるが、戦略的には有用とは言い難い。 「……フレスヴェルグ、か……」 小さく呟く。 どうやら、イスの戦闘の癖も考慮されているようだ。どんな機体においても、イスは高機動戦闘を行ってきた。機体がオーバー・ヒートし、内部機器に負荷をかけ過ぎた事も一度や二度ではない。そうしなければ状況を打開できなかったと言い換える事もできるが。 「どうだい、気に入ったか?」 「……そうだな」 メックに相槌を打つ。イス自身はそれを肯定も否定もしていない。 その後で、イスは格納庫に集まって来た部隊のパイロット達を確認した。モビルスーツ部隊の隊長はスリッド・クリートと言う、中年の男だ。グラン艦長とは同期らしい。 部隊長ではないイスがガンダムを駆る、というのも妙な話に思えたが、ここは腕前よりも指揮能力で選んだのだろう。 一通りの紹介を終え、する事のなくなったイスはガンダムを見上げていた。 「おい、イス!」 呼ばれ、振り向けばそこにはテュールがいた。 「俺とシミュレータで勝負しろ」 「……断る」 イスのその返答にテュールが一瞬固まった。想像していない答えだったのだろう。 「な、なんで!?」 「俺にそれをする理由がない」 「いいからやれ! 逃げるのか!?」 「……何がしたいんだ、お前は?」 イスは眉根を寄せ、鋭い視線を向ける。 「俺はガンダムに乗りたいんだ」 テュールははっきりと告げた。つまりは、そのために自分の腕がイスよりも上だと証明したいのだろう。 周囲の者達は皆、イスとテュールのやり取りを黙って見ていた。どう受け答えるかも、シミュレータでの模擬戦も、彼らには興味があるのだろう。 「……なら、乗ればいい。俺はヴェズルフェルニルでも構わない」 その言葉に、その場にいる全ての人間が驚きに目を剥いた。 テュールも言葉を失ったようで、固まっている。それを他所に、イスは背を向けて歩き出そうとする。 ガンダムというモビルスーツに対して、イスはテュールほど執着していない。戦えさえすれば、それでいいのだ。ならば、テュールにガンダム・タイプのパイロットを譲ったところで、イス自身には何も変わりはない。 「ま、待てよ……お前、それでいいのか?」 「……乗る機体があればいい」 「俺は納得しねぇぞ。お前のが上だと言われて、ガンダムを勝ち取ってやろうと思えば、くれてやる、だと!? 俺はお前にも勝ちたいんだ。勝負しろ」 言うテュールの視線を見返す。 真っ直ぐな目をしていると思う。ただ、ガンダムに乗りたいのではなく、実力でそれに見合うだけの力がある事を証明してから、それを得たいのだ。 「……いいだろう」 小さく溜め息をつき、イスはテュールの申し出を受け入れた。 機体は公平に、ヘイズルーンの改良型で、プログラムのみのシミュレータでの対戦となった。コクピットに入り、システムを起動させる。 「AI、シミュレーション・モードで起動だ」 起動したAIに指示を飛ばし、テュールの乗ったヘイズルーン改とリンクを繋げた。 「シミュレーション、開始します」 その言葉を合図にプログラムが開始される。 コクピットのスクリーンがプログラムによる擬似空間を表示する。今回のシミュレーションに用いた仮想空間は宇宙空間だ。障害物の多数ある場所に放り出されたような位置から、イスはシミュレーションを始めた。 機体を前進させ、周囲の浮遊物を盾にして移動していく。リング・レーダーの探知範囲に入るまではあまり派手に動かない方がいい。 ふと、前方に光の筋が見えた。恐らくは移動の際に生じたスラスタの噴出光だ。それが前方の障害物の裏へと消えて行くのを見て、そこにテュールがいる事を察知する。まだレーダーの範囲内ではない。 イスは移動を止め、慣性でゆっくりと移動しながら、ビーム・ライフルの照準をテュールのいる辺りに向けていた。 (……来たか) 唐突に飛び出してきたテュールの機体へと照準を向け、トリガーを引く。三発連射し、テュールがビーム・ライフルを向けるのを見て取り、瞬時にその場から移動する。背後の障害物に身を隠すように回り込み、テュールの射撃をかわした。そのまま、身を隠した障害物を押して移動し、レーダーの範囲に入った直後にその障害物から飛び出す。 ライフルが放つ光が、仮想空間の中に閃いた。イスが放った四発のライフルを、三発はかわし、残った一発を盾で凌いでテュールが反撃に転じる。その腕の動きを見て、テュールの上部へと逃れ、ライフルをかわすと同時に引き金を引く。テュールがそれを盾で防ぎ、ライフルを撃ってきた。 イスは機体の左手にビーム・サーベルを握らせ、ライフルを応射しながら徐々に接近する。ある程度の距離に接近したイスは、テュールの反撃が途切れるのを待って一機に加速した。距離を素早く詰め、サーベルを横合いから叩き付ける。 テュールの機体がそれを盾で受け止めるが、サーベルは少しずつ、決して遅くはない速度でシールドの装甲を焼き切って行く。と、突然テュールは盾を捨て、距離を取ってライフルを構えた。 「……」 瞬間、イスもテュールへライフルを向けていた。 二人がライフルを撃ったのは同時。その射線も一直線に重なっている。ビーム同士がぶつかり合い、仮想空間であるためにそれほど眩しくない爆発を生じて相殺された。実際に起きれば、かなりのエネルギーが放出されているはずだ。 急加速したイスの機体がテュールの機体へとサーベルを振るう。それを、同じくサーベルで受け止めたテュールが片手のライフルを向けてくるのを、イスは自機のライフルの銃身をぶつけて逸らした。 瞬間、繰り出した蹴りを、テュールは機体を後方に退いてかわした。そうしてライフルを向けるテュールに、イスはビーム・サーベルを投げ付けた。それを横に機体をずらしてかわしたテュールへ、盾を前面に押し出すようにして加速し、その速度が乗り切る前に盾だけを切り離して機体を急停止させる。盾がテュールの機体に突撃して行くのを尻目に、テュールの機体に対して下方へと滑り込み、銃口を向けた。 「――!」 テュールは盾に腕を叩き付けて下方へと弾き、イスの銃口の射線上に重ねていた。 普通のパイロットが咄嗟にできる芸当ではない。 イスはその盾にライフルのビームを撃ち込み、そのエネルギーでテュールに盾をぶつけた。瞬間的に加速し、もう一本のビーム・サーベルを引き抜くと、テュール機へ叩き付ける。 テュールがそれを受け止めようとサーベルを持ち上げるのを見て取り、イスはサーベルを握っている手を開かせた。サーベルのビーム同士がぶつかり合い、閃光が散る。イスはそれを尻目に、テュールがライフルを向けるのを、サーベルを捨てた手で掴み、向きを逸らすと同時に懐に入り込む。そうして、そのままコクピットに銃口を押し付けてトリガーを引いた。 瞬間、モニターの正面に勝利を示す言葉が表示され、仮想空間消える。 (……ニュータイプか。いや、だろうな……) コクピットのシステムをシャットダウンしながら、イスは思った。 イグドラシルによる演算による計算結果や、選定によってこの部隊は編成されている。そうであれば、潜在的にであっても強力なニュータイプがいて不思議ではない。むしろ、その方が自然だとすら言えるだろう。 コクピットから出れば、端末の前には人が集まり、イスとテュールの戦闘をリプレイさせていた。 一方のテュールは、コクピットから出てはいたが、信じられない事が起きたかのような表情をしていた。負けるとは思っていなかったという事なのだろうか。それとも、ニュータイプなりに今の戦闘で何かを感じたのか。 「……凄い……」 誰かが呟いた。 リプレイの映像は、イスとテュールが接近してからの動きを映し出していた。その動きは互いの動きを察知しているかのように見えるだろう。 しかし、本当のニュータイプはそれどころではない事を、イスは知っている。強力なニュータイプ同士の戦闘はそれ以上に激しく、凄まじいものだ。有名になっているのはやはり、ドラゴンキラー、龍殺しと呼ばれたニュータイプであろう。多くの人間がその戦いを目撃しているのだ。フィムヴルヴェト戦役終結の後に消息が掴めなくなったため、退役したと言われているが。 テュールは恐らく、完全にニュータイプとしては覚醒していない。ニュータイプとして覚醒していれば、イスを追い詰める事もできたはずだ。 そんな事を考えながら、イスは格納庫を後にした。 自分の部屋の前に、人が立っているのを見て、イスは足を止めた。 「お前は……」 「……あ、ご苦労様」 イスに気付いたエルフィールが労いの言葉と共に飲料水のパックを差し出して来る。 一瞬だけ躊躇い、イスはそれを受け取った。 「何か用か?」 「え、いや、そういうわけじゃないけど……」 エルフィールの様子から、先ほどのシミュレーションがブリッジでも流されていたのだろうと推測する。でなければ、オペレータとしてブリッジにいたはずのエルフィールがイスに対して労う理由がない。それに、様子を知っていなければ、こんな事もしないだろう。 「……ニュータイプキラーって、艦長が言ってたけど……?」 イスの言葉に口ごもったエルフィールが話題を変える。 「ただ周りが勝手にそう呼んでいるだけだ」 ニュータイプでなくとも、ニュータイプを倒す事はできる。ただ、ニュータイプを倒した回数が人一倍多かったというだけだ。たったそれだけでも、敵を恐れさせるために、味方を鼓舞するために、異名を付ける。 「あ……ええと……」 イスの言葉にエルフィールは返答に困ったようだった。 「もう、話す事がないのなら、通してくれ」 「あ、ご、ごめんなさい……!」 言い、エルフィールが扉の前から身を退かせると、イスは自分の部屋に入った。 部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。手に持ったままの飲料水を、イスはそこでようやく口にした。 きつい言い方に聞こえるような口調は、ほとんど癖のようなものだ。それに、人を遠ざけておくという事は悪い事ばかりでもない。だが、それでも不思議なもので、部隊を率いる立場になった際には部下から慕われてもいた。 (……もう、四年か) フィムヴルヴェト戦役から四年。戦役終結から今までにも、色々あった。 火星連合軍の本拠地は破壊されたが、世界政府軍がまだ察知できなかった拠点に残っていた者達と、戦役で生き残った火星連合軍の兵士達が集結して、再度火星連合軍を結成した。それを、世界政府軍は察知できなかった。ただ、各地で燻っていた火星連合軍の抵抗する一部の者達を相手に動いていたのである。むしろ、それが囮だったのかもしれない。 溜め息を一つつき、イスはベッドの上に横になった。 恐らく、明日は出航になるだろう。 |
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