第三章 「帰還」 ミリスにとって、自分のとった行動は驚きのほか無かった。 モビルスーツなど、ほとんど見たことがも無かったし、当然、その操縦については言うまでもない。 だが、実際にミリスはガンダムに乗り込み、敵を撃退した。 ガンダムを見たときに沸き上がった、自分は出来る、という確信めいたものは何だったのだろう。コクピットに入り、流れるようにシステムを起動させることが出来た訳は? そしてガンダムはミリスの思い通りに動いた。それは操縦しているという第三者的な感覚では無く、ミリス自身が体を動かしているような感覚である。これはモビルスーツ専用コクピット・システムのお蔭だと言えなくもないだろう。 だが、モニターに表示される情報は専門用語から略語まで、それはミリスには未知のものであるはずだった。 まるで言葉にではなく、文字の形そのものに反応して身体が動いているようなものだった。それはミリスの理解を遥かに超えていた。 ミリスだけではなく、メスリー達全員の想像できる範疇では無かった。一息ついた後は、皆、口々にミリスに質問を浴びせたが、それに対する答えを何一つ見出すことが出来なかった。 皆が自分のやるべきことを思い出して散って行き、ミリスはようやく一人になった。 ラスティアースは、また襲ってくるだろう。早々に修理を済まして、ここから出発しなければならない。メスリー達はグラーネの修理やガンダムの整備に、忙しく立ち回っていた。 ミリスはガンダムには近づかなかった。ジープの横に坐って皆の姿を眺めていた。 このまま家に帰ろう。そう思っていた。戦争に巻き込まれるのは御免だ。 今更ながら両親が繰り返し言っていた、人とは親しくするな、付き合うなという教訓が頭に響いた。 頃合いを見計らって帰ろう。家が近いのは心配だが、彼女らがここを離れれば襲われることもないだろう。 見捨てるような感じがして心苦しいことも事実だが、元々自分には関係のないことなのだ。今ならそれと引き換えに代金をチャラにしても惜しくはない。そう思ってミリスは立ち上がった。 ふとガンダムに目を向けた。先の戦闘で三機のガンダムは傷ついていたが、装甲が破損しているだけで、致命傷と呼べるものは無かった。 ミリスが乗ったガンダムに至っては、土と砂にまみれているが、修理を必要とする部分は無い。今、クリエが整備を行なっている。 クリエは昇降機をコクピット付近まで上げていた。尻をこちらに向けて、上半身は隠れて見えない。 しばらく、その格好が続いていたが、上体を起こして大きく背伸びをすると、昇降機を降ろしながらミリスのほうへ向いた。ミリスは慌てて視線を別の方向に逸らした。 クリエが大声でミリスの名前を叫ぶ。返事をしようかどうか迷ったが、それが三度目には仕方なく返事をして、ガンダムに向かって歩き出した。 昇降機はとうに下に降りていた。クリエは手すりにもたれて、手招きした。 クリエに、ちょっと上がろう、と言われたときミリスは予感した。これは面白くないことになりそうだ。 ミリスは断わろうかとも思った。しかし、何かが心を引っ張っているのも事実だ。ほんのちょっとだけ付き合うつもりで、昇降機に乗った。 ミリスとクリエの体は再び十数メートル持ち上げられた。ガンダムのコクピットには電源が入ったままだった。 「ちょっと乗ってみな」 クリエが声をかける。ミリスは渋々シートに身体を押し込んだ。両足を最深部に付けた瞬間、その違いを実感した。自動で調節されたものではない、確かなフィット感を感じたからだ。アーム・ボックスに腕を突っ込んでみる。突っ張ることなくコントローラの上に手が乗った。 「いい感じだろう? さっきの戦闘であんたのデータが残ってたから、それに合わせて微調整してみたんだ」 確かにそれは変わっていた。身体に余裕が出来て、これなら疲れないだろうと思う。 「まさか、動作予約を切って動かせるやつがいたとはね」 クリエは腕を組んで、コクピットの淵に両肘を乗せた。 「昔のパイロットには、動作予約を嫌がるやつがいるって聞いたことがある。動作予約、モーション・セットアップってやつは次の行動を予測して、必要な動作プログラムをマクロで優先的に準備するものだからね。手足をちょっと動かしただけで掴んだり殴ったり走ったりされちゃ、勝手に動いてるような感じがしても仕方がない。ま、あたし達は折り合いつけてるんだけどね」 「何故そんなことを?」 ミリスが聞いた。クリエが口を曲げて言った。 「メスリーがさ、あんたをガンダムに乗せたがってるんだよ。戦力になるってね。でも、承知するんじゃない。はっきりと断りな」 クリエは息を一つ吐いた。 「半年程前、軍の上層部の連中が、休戦前に行方不明になってたモビルスーツを見つけたんだ。一機がジェニューインという次期主力の運用試験機だったやつで、もう一つがこのガンダム。ガンダムは昔のコロニーの残骸の中で見つけたって話だ。イルジニフってモビルスーツの科学者が整備してね。あたしらの任務は、その博士からガンダムを受け取ることだった。そのために、宇宙に上がって三ヶ月も訓練もしたんだ。それと同じ時、基地ではジェニューインのパイロットが脱走した。あたしらはグラーネ二機で地球に降下して基地に向かってたんだが、命令が変更されて、ジェニューインをとっ捕まえることになったって訳。でも、逆にジェニューインに襲撃されて、ガンダムが六機とグラーネが一機、破壊された。そいつ一機にだ。生き残ったあたしら三人はそのままジェニューインを追ってる」 クリエは数歩下がると手すりにもたれかけた。 「メスリーはさ、意地になってんだよ。規律にはうるさいが、その分同期のあたしより昇進は早かった。でも、実戦なんて初めてだったんだ。あたしらの様を見たろ? 一度目はジェニューインにやられて、二度目はあんたに助けられた。アリアをグラーネに乗せたときも驚いたけど、是が非でも任務を果たしたいんだね。本来はジェニューインにやられた時点で帰還すべきだったんだが、もう細かいことなんてどうでもいいって感じだからね」 クリエは顔を右に向けた。その先にはメスリー用のガンダムがあった。整備は終わっている。メスリーの姿は無かった。 「それに、ジェニューインのテスト・パイロットはヴィルヘルム・カーゾン少佐だってことだ。カーゾン少佐はあたしらのモビルスーツ教習の教官だったし、噂じゃ、メスリーの想い人って話だ。だからさ、意地になるのも判りはするんだよ」 クリエがミリスを見る。その口元が緩んだ。 「でも、だからってあんたがそれに巻き込まれることはない。あたしは、隊長の個人的なことはともかく、命令には従うだけだ。あんたが、何故ガンダムを知っているのか、動かせるのかは気になるけど、何もかも忘れて今まで通り暮らしたほうがいいに決まっているからね」 ミリスはコクピットの電源を落として、シートから這い出した。そして昇降機に飛び乗るとクリエの横に立った。 「わたしも戦争なんてしたくない。ガンダムのことは自分でも不思議だけど、このまま帰るわ」 クリエは微笑んだ。操作パネルに手を伸ばして、昇降機を下降させる。メスリーが歩いて来るのが見えた。 昇降機から降りたミリスにメスリーが話しかける。 「ちょっといいかしら?」 「一応、話しておいたよ」 クリエが言った。そして、ミリスに目をやって片目を閉じると、そのまま周囲を見回して、メスリーに聞いた。 「エディとアリアはどうしたの?」 「アリアは体の調子が悪くなって、吐いてたわ。エディは付き添ってる」 「付き添いねぇ。それより、アリア大丈夫かな。襲われて住んでた街を追われたってことだから、さっきの戦闘で思い出したんじゃない?」 それがね、とメスリーが言った。 「変なのよ。確かにアリアの住んでたっていう街は地図にあるんだけど、その近辺は連邦軍が反連邦組織の討伐をしてたところなの。襲撃を受けたっていうのは、ちょっとね」 クリエが唸った。 「二人を見て来る」 そう言ってクリエはそこから離れた。クリエの後ろ姿が消えるのを待ってから、メスリーはミリスに向き直った。 「聞いたと思うけど、あなたに是非同行してもらいたいの。情けない話だけど、私達では任務はおろか、ゲリラとさえ、まともに戦えない。認めるわ。訓練はずっとしてきたのに。シミュレーションも成績はよかった。でも、実戦ではまるで駄目だわ。しかし、任務は果たしたいの。戦力が欲しいのよ」 メスリーはそんな言葉を言う人間には見えなかった。さっきの戦闘が余程こたえたのだろう。ミリスに助けられたことより、自分にろくな戦いが出来なかったことがショックだったようだ。 「もちろん、食料の代金とは別に、報酬を用意するわ。軍には内緒だけど、私個人が出す。約束する」 それでもミリスは首を振った。 「わたしはもう帰るわ」 一瞬言葉に詰まるが、ようやく、そう、といってメスリーは微笑んだ。目を細めて視線を自分の足元に向ける。その姿にミリスの胸は痛んだ。 「そうね、仕方ないわね。本当ならこんなこと頼んではならないのに。巻き込んでしまってごめんなさい」 メスリーは胸のポケットから封筒を取り出した。 「やはりこれは持っていってちょうだい。連邦軍は必ず地球に秩序を取り戻す。紙屑なんかにはさせないわ。それと必要なものがあったら何でも持っていってね」 ミリスは黙ってそれを受け取った。それを見届けたメスリーは、満足そうに笑みを浮かべて格納庫から出て行った。 一瞬、その顔の中に陰りのようなものを感じた。だが、それには気付かない振りをした。そうしないと断ち切れないと思ったからだ。 そして、ミリスは一人になった。 帰ろう。ジープへと乗り込んだミリスは、最後にガンダムに目をやった。 どうしてこんなふうに思うんだろう。別れるのがつらい? メスリー達と?、ガンダムと? 今日初めて会って、彼らと過ごした半日。親しく人と話したのは初めてだったし、危険な目にも遭った。自分の中に、何か秘密があることも知った。 だからなの? こうやって胸をしめつけるのは。 ミリスはエンジンを掛けた。前を向いてアクセルを踏みつける。ジープは急加速して、扉の無くなったハッチから飛び出した。地面に大きくバウンドして着地し、そのまま走り続ける。振り返らなかった。 今日半日の間に何があったとしても、自分は今までの暮らしを続ける。メスリー達は軍人だもの。関係ない自分が、わざわざ危険に首を突っ込むことはないわ。ガンダムについても、知らないことは知らないままでもいい。知ってどうなるとも思えないから。 自分にそう言い聞かせながら、ジープを長い間走らせた。遠くからかすかに音を聞いて、ミリスはジープを止めた。そこで、初めて振り返る。 遠くで土埃が舞い、太陽の照り返しを受けて、機体が一瞬きらめいた。黄色い大きな機体がゆっくりと横に滑り出す。 更に大きな土煙が舞い上がり、グラーネは前進を始めた。そしてやがてその機体は西の彼方に消えていった。 ミリスはそれを見送った後、長い間、ハンドルの上に顎を乗せたまま佇んでいた。 その間、何も考えなかった。目に映るものに何の感慨も持たなかったし、過去の何かが去来するようなことも無かった。時間が過ぎてゆく中で、意識は溶けてしまっていた。 しかし、ひとつだけ彼女の心を揺するものがあった。言いなおせば、それだけが彼女の思いだったのである。 それはただ、すっきりしない、ということだった。ガンダムに背を向けてからそれは膨らみ続けていた。何かを失った切なさが耐えられないほどになっていた。 太陽は刻々と地平へと落ちていく。もうしばらくすると、空を朱に染めて大地に溶けてゆくだろう。 やっぱり、これで終わりっていうのもね。 ミリスはジープのエンジンを掛けた。そしてアクセルを踏むと、グラーネの消えた方向へとハンドルを切る。 車体は何度も大きく跳ねたが、足はアクセルを踏み込んだままだった。ジープは転がっている岩石を避けながら、一直線に走って行った。 空は星の光に埋めつくされた。月は出て異様に明るく周囲を照らしている。しかし、その明かりだけでは地面を走り続けるのは無理だった。真っ暗闇の中で頼りになるのは、車のライトだけだ。 長い間走っていた。吹き抜ける風の中に混じった砂が、顔や髪の毛や、服の中にまで紛れ込んだ。それは汗を吸って張りつき、ミリスを不快にさせた。 ようやくミリスは、前方のずっと右側に、明滅する光を見つけた。光は花火のように赤く弾けて、その度に、遅れて地響きのような音が聞こえて来る。その周囲には、光の球が尾を引いて飛び交っている。 あれは戦闘の光だ! ミリスは身を乗り出した。 戦っている! またラスティアース? それとも探してたものを見つけたの? ミリスはシートに座り直すと、進行方向を光へと向けた。 光が近づくにつれ、そこに浮かび上がるシルエットも判別出来るようになってきた。その姿は間違えようがない、グラーネだった。周囲で爆発が起こる度に、鋭角的な巨人の影も垣間見える。それを目にしたミリスの中に、安堵にも似た感情を覚えた。 グラーネに近づくにつれ、爆音と爆発は耐えられないものになってきた。それは散発的ではあったが、その中に飛び込んでゆこうというのは、相当の覚悟がいった。 でも、とミリスは決心して、スピードを落とさず直進した。 グラーネと、その脇にある一機のガンダムが眼前に迫った。ガンダムの足元で地面が破裂する。ミリスは全身に土を被った。爆音に耳がさらされたため、ひどい耳鳴りに襲われた。 近くで見るグラーネは、もう動くことも出来そうに無いほど被害を受けていた。下部のミノフスキー・クラフトはここから見えるものについては、程度の差こそあれ、全て損傷していた。 「足元に車が? 何、誰? まさか、ミリス!」 ジープの通信機からメスリーの声が聞こえた。このガンダムにはメスリーが乗っている。 突然、ミリスの頭上で爆発が起こった。振り返ったミリスの目に、盾を構えたガンダムの姿が目に入った。盾は上半分が消えている。 次の瞬間、爆風に煽られて、ジープが転倒した。車外に投げ出されたミリスは二回ほど地面を転がった。 大きな金属の固まりが周囲に散らばる。ミリスは頭を抱えた。幸い破片は当たらなかった。 起き上がったミリスは、全力で走ってグラーネの開いたままのハッチに駆け上がった。奥にガンダムの姿を認める。以前、ミリスの乗ったものだ。 ミリスはまっしぐらにそれに向かって走った。そして昇降機に飛び乗ると作動させる。昇降機は一気に十数メートル持ち上がった。 コクピットに乗り込み、シートの中に身体を埋めると、何とも言えない安心感がミリスの高ぶった神経を落ち着かせた。 電源を入れるとドーム・モニターが周囲を映し出す。コンソール・パネルの光が周囲に溢れた。 「誰? 誰かいるの?」 アリアの声が飛び込んできた。 「わたし。今、外はどうなっているの?」 「ミリス? まさか、ガンダムに乗っているの?」 アリアは通信機越しに驚きの声を上げていた。 「えっと、敵は五機よ。昼間のやつの他に、大きなやつが二機、遠くに陣取って砲撃してるの。メスリー達はグラーネの近くで防戦してるわ」 了解、と返事をしてガンダムを歩ませる。武器を探して周囲を見渡すと、ビーム・ライフルと盾の他、ガンダム用のバズーカ、肩に取り付ける二百四十ミリキャノン砲、脚部用四連ミサイルランチャー、五連ガトリング砲があった。だが、どれも装備に時間のかかるものばかりだった。 ミリスは盾を背中に背負うと、ライフルを持った右手でキャノン砲を抱え、左手にミサイルランチャーを二つ掴んだ。ショット・ベースと呼ばれる遠隔操作機能を使えば、装備しなくても操作は出来る。 そしてグラーネのハッチ横の隔壁に寄り添い、外の様子を伺う。レーダーでは敵は前と右側に位置している。ガンダムはグラーネの周囲でそれぞれに敵を牽制していた。 コンソール・パネルからグラーネにアクセスする。サブ・モニターに周囲の地形と敵の種類、距離等が表示された。敵はヴェルジンが三機と長距離支援用の大型モビルスーツ、ザメリムが二機。ここは小さな窪みになっているものの、ほとんど平らに地形が続いている。こんなところでは防御もおぼつかない。 天井に着弾してグラーネ全体が大きく揺さぶられた。 遠距離攻撃さえ止めればいい。突っ込むしかない。 彼方の闇の中に一瞬光が見えた瞬間、外に向かってジャンプした。そのままスラスターを吹かして、その付近へとまっすぐに飛ぶ。機体の直ぐ側を光弾がかすめた。 見えた! 闇の中に、頭に巨大な砲を持つ、逆さにしたコップのような形のモビルスーツを発見した。ザメリムだ。それは二本の細い腕を持っているが、足に当たる部分は判別できず、そのまま砲台のようであった。 更に砲から一発発射される。続けて、胴体から炎の礫がミリスへと向かった。 バーニアを使って左右に機体を振りながら敵を飛び越えると、振り向いて背後へと着地する。モビルスーツはガンダムより二廻り以上も大きかった。鈍重そうにこちらに旋回する。 ミリスは後ろに飛び退くと同時に、ミサイルランチャーを二つ、敵に投げつけた。それにめがけて頭部のバルカン砲を連射する。ランチャーの弾薬が爆発し、巨大な火の玉となった。 それの直撃を受けたザメリムは、煽られてのけ反り返る。そこに続けざまに二発、キャノンを発射する。放たれた弾丸は敵の上半身に続けて命中し爆発した。ザメリムは頭から胸にかけてを大きく抉られて傾き、動かなくなった。 次は? グラーネとの中間付近でモビルスーツの影が見えた。ヴェルジンだ。ミリスはガンダムを走らせて敵の動きを追った。 グラーネからの攻撃が敵の移動先に飛ぶ。 うまい! 動きが一瞬止まった敵にビーム・ライフルを放った。それは右肩に命中し、武器を持ったままの腕が弾け飛ぶ。反動で体が一回転した。 さらにグラーネから伸びたビームが二発、胴体を貫く。ヴェルジンは数回転がった後爆発した。 攻撃はメスリーのガンダムが行なったものだ。彼女はグラーネに背を向けて、攻撃の盾になっていた。 ミリスは通信機に呼びかけながら、メスリーに向かって走っていった。酷いノイズの中に、ぼやけた声が入り出した。 「やっぱり、あなたなのね。ミリス」 ガンダムの姿を視認できるほど近寄って、ようやく声がクリアになった。 「いきなりガンダムが飛び出して行って、その後であの爆発でしょう。驚いたわ。でも、戻ってきてくれてよかった」 「まだ敵は三機いる。エディとクリエを援護しよう」 メスリーはグラーネから、替えの盾を取り出し、バズーカを右肩に乗せた。 「通信が駄目で、二人とは連絡が取れない。そんなに離れてはいないはずよ。ミリス、お願い。アリアは大丈夫なの?」 はい、と返事がした。弱々しい返事だった。 「だ、大丈夫です。グラーネの被害が大きくて、レーダーも使えなくなってます。機能のほとんどが」 言葉は続かなかった。メスリーは、そこにじっとしてなさい、とアリアに命じてからミリスに合図を送った。 それに応じて、二人同時にグラーネを飛び越える。六百メートル程先に砲撃の火柱を見た。二つの影がその中にあった。 ミリスとメスリーはそのすぐ後ろに着地する。二つの影はそれに気付いて顔を向けた。エディとクリエのガンダムは円形に陥没した地面に寝そべっていた。一機のガンダムは左腕を失っていた。 「隊長、それに、まさかミリス? 戻って来たのか? どうして?」 クリエが言った。 「そんなこと後でいいでしょ。どうなっているの?」 答えたのはエディだった。 「敵の砲撃跡に足止めだよ。左腕が盾ごと持っていかれた。それにライフルのエネルギーも上がってしまった」 エディがぼやいた。ミリスは抱えているキャノン砲をエディに投げた。 「ここじゃ装備出来ない」 「でも撃つ事は出来るでしょ?」 ミリスはそう言うとライフルを持ち直した。エディは残った右腕でキャノンを脇に構えた。 着弾が距離を詰めてくる。ミリスはガンダムを立ち上がらせた。 「わたしが突入するから、みんなで攻撃して」 我ながら、よく判らない程の自信があった。 「わたしには当てないで」 「だ、だめだよ。そんなの無茶だ」 エディが悲鳴に似た声で言った。しかし、それは遅かった。 いきなり飛び上がると機体を加速させる。Gがミリスの体を後ろに押しつけた。 熱源感知によって、モビルスーツのだいたいの位置を把握する。モビルスーツの一機がミリスに向かってバズーカを撃った。しかし、弾は大きくはずれた。 そのモビルスーツの周囲が一斉に爆発する。メスリー達が攻撃を仕掛けているのだ。 ミリスは降下しながら、ビームを放つ。それは狙い違わず、敵の首の下を貫いた。 ヴェルジンは爆発し、火柱を上げる。その近くに着地したミリスのガンダムは炎に煽られ、全身を真紅に染めた。 一機のヴェルジンが大きく弧を描きながら、接近して来た。 ミリスは振り向きざまにバルカンを連射する。 火線が伸びた先で、空中が爆発した。敵の弾を撃ち墜としたのである。 ミリスはもう、サブ・モニターやコンソール・パネルは見ていなかった。ドーム・モニターから相手の気配を直接探るように、ただ勘だけを頼りに攻撃をしていた。 だが、その勘はただの当てずっぽうでは無かった。センサーが敵の姿や攻撃を捉える度に、ミリスの五感を通して入ってきた。 ミリスの身体は考える間もなくそれに対応していた。ガンダムの状態についてもそうだった。どこかが壊れれば、それがどの程度か、動くのに支障があるか、手に取るように判った。感じられるのだ。 ミリスがビーム・ライフルを撃つ。それはヴェルジンの顔面に穴を開けた。 立て続けにもう二発放った。それは真っ直ぐに胴体を穿った。モビルスーツは地面をしばらくホバー移動すると、岩に足を引っかけて転倒し、それきり動かなくなった。 残りはでかいやつだ。ミリスは闇の中を睨んだ。ミリスの目は相手の姿をはっきりと捉えていた。 ミリスはガンダムの姿勢を低くさせると駆け出した。ビーム・ライフルを捨てる。もうエネルギーは残っていない。腰からビーム・サーベルを取り出した。 撃ってくる、そう思った瞬間、盾を投げつけた。盾は地面に落ちる前に攻撃を受けて爆発した。 ミリスは機体を左に流す。そして敵を見据えると、サーベルを構えてスラスターを吹かした。 急激にモビルスーツの姿が近づいた。そのままサーベルを一閃する。ビームの刃は敵の体を斜めに切り裂いた。 更に二度、ビーム・サーベルを払う。三度目のビーム・サーベルが敵を穿つ前に、体から炎が吹き出した。だが、ミリスはそれに巻き込まれることなく、飛びずさった。ザメリムが爆煙を上げた。 辺りは静かになった。敵の残骸から立ちのぼる炎が風に揺らぎ、電子部品のスパークが闇の中に閃いているだけだった。 終わった。ミリスは大きく息を吐くと、目を伏せた。気がつけば、あまり汗はかいていなかった。心臓の高鳴りもそれほどではなかった。乗ったのは二度目ではあったが、ガンダムはすっかり馴染んでいた。 ミリスは振り返った。後ろから三機のガンダムが近づいてきた。 「援護の必要も無かったな」 そう言ったのはクリエだった。 「すごいな」 エディが呟くように言う。 「ミリス、あんた一体何なの? 普通じゃないよ」 答えられない。自分にも判らない。ガンダムに乗るということについて、考える必要は無かった。だから、考えても判らなかった。 「ニュータイプ」 メスリーがぼそりと言った。 えっ、と全員が声を上げた。 「それ、聞いたことある。宇宙時代の適応人種のことだろ。でも、もう何年も前にそんなものは存在しないって結論になったはずだ」 「でも、ミリスのことを説明するのに、今のところ一番それっぽい」 「あたしは信じないよ。そんなの都合よすぎる」 クリエとエディは言い合った。 「ごめんなさい、変な事を言って。今のは忘れてちょうだい。でも、ミリス。あなたが戻ってきてくれてよかった。ありがとう、本当に嬉しいわ」 「そうそう、ミリスのお蔭で僕らは助かったんだ。ありがとう、ミリス」 メスリーとエディは順番にミリスに礼を言った。 「本当言うとさ、あたしもあんたとは別れたく無かったし、何か、戻ってくるような気がしてたんだ。でも、本当に来てくれた助かったよ」 クリエが言った。ミリスは恥ずかしくなった。人からこんなに感謝されたことなど、今だかつて無いことだった。 「アリアが待っているわ。早く帰ろう」 ミリスの言葉にエディが悲鳴をあげた。 「そうだ。アリア、アリアは大丈夫なの?」 エディのガンダムは、グラーネめがけて走りだした。ミリス達はそれに続いた。 ミリスがグラーネに辿り着いたときには、既にエディはガンダムを降りて、アリアとお互いの無事を確かめ会っていた。 おーい、と手を振って、二人がミリス達に近寄って来る。 三人が同時にガンダムのコクピット・ハッチを開いた。 その時、突然、上空から巨大な光の球が降りてきた。それはミリス達を照らしながら、頭上に滞空した。 「何なんだ、一体?」 クリエが叫んだ。 周囲に巨大なものが幾つも着地するのを感じた。モビルスーツだ。まばゆい光に慣れてくると、光の正体が投光機であることが判った。頭上に降下してきたのは空中母艦だった。グラーネの倍はあろうかという胴体の左右に幅の広い翼を持っている。前にはモビルスーツ用のカタパルトが二本突き出している。下から見上げる姿は尻尾のないエイのように見えた。 周囲に降下したモビルスーツ達は、バズーカを構えて威嚇した。 「こいつら、ラスティアースだ!」 クリエが叫ぶ。空中母艦はさらに降下してきた。 「聞こえるか。貴様らは既に我々の手の内だ。抵抗しなければ攻撃はしない。大人しくモビルスーツを降りろ」 頭上で、ひどいボリュームの声が鳴り響く。女の声だった。 ミリス達はお互い顔を見合わせたが、答えは直ぐに出た。 ガンダムを降りてその前に集まる。銃器を構えた男達が走り寄り取り囲む。ミリス達は両手を上げた。男達は服装はバラバラだが、羽織ったジャケットと帽子は統一されていた。ラスティアースのものだった。 五人は捕らえられた。 |
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