第七章 「ダス・ゼルプスト」


 約三時間半後、ミリスはメスリーとともに巨大な盆地の麓へと辿り着いた。ガンダムを山肌へと密着させ、コクピットから下りて、頂上へと登る。
 登ると言っても、クレーターの淵の盛り上がりである。僅か数十メートル、ものの四、五分で頂上に到達できる。
 もうすぐ夕方という時間帯だが、まだ高い太陽の光は盆地の平野全体を照らしていた。平野は直径八キロメートルくらいに広がっていた。
 大きな平原の中央には、朽ち果てたアスファルトが広がっている。その上に建物跡らしいコンクリートの枠が幾つも見えるが、そのほとんどは原型を止めていない。
 左側にブレナンの連邦軍部隊が見える。その中には大型移動要塞ビッグ・トレーの姿があった。アビメレクと名付けられたものだ。戦艦の艦橋をそのまま巨大化したような姿をしており、四連の長大なキャタピラとミノフスキー・クラフトによって移動が可能なタイプだ。情報が正しければ、移動要塞自体に武装はない。
 だが、それを中心にモビルスーツが二十機近く数えられる。かなりの規模だ。見た事の無いものがほとんどだった。
 メスリーからその内訳を聞いた。ダス・ゼルプストのコンピュータにはそれらのデータが入力されていた。
 連邦軍主力機の軽量タイプ、ガビス。これはフェイクよりも細い身体をしていた。武器もビーム・ライフルだけだ。両肩にキャノン砲を装備した、キャノン・ガビスの姿もある。長距離支援型の四本足、ゼムン。これはキャノン砲を四門も持っている。それと主力を明け渡したが、それでも前線の配備数はまだ多いガデルと呼ばれるタイプだ。これも軽量型だが、ガビスとは色や姿はかなり違う。
 一方、基地跡の中央に陣取っているのはラスティアースの部隊だ。ネリスの乗っていたゲフィオンの姿もあった。モビルスーツも四十を数えるほどある。だが、そのシルエットはバラバラだった。作業用のモビルスーツも見える。
 以前戦ったラスティアース自前のヴェルジン、ザメリムの他に、旧型のロベル、その上半身に、戦車のキャタピラとクレーンの腕を取り付けたロベル・タンク、これには背中に砲を背負っていた。両腕に鉄球を持った作業用のズガッシュ、他にもパーツを組み合わせただけの名状しようがないモビルスーツも幾つか見受けられた。作業用もこれだけあれば結構な戦力だった。両軍共に戦力は五角に見えた。
 両者はにらみ合っているようにも見えたが、ゲフィオンの足元に立てられた仮設テントには連邦軍、ラスティアース双方の軍服姿の人間を確認出来た。
「レジ・ドラの姿は見えないわね」
 メスリーが言った。二人とも、レジ・ドラやサテライト・キャノンがどのような形をしているのか知っているわけではなかった。
 ただ、それがひと目みて、そうだと判るようなものだろうと勝手に想像していただけだった。
 あと三時間もあれば陽は沈む。二人は話し合って、夜まで待とうと決めた。どう攻撃するかは、それまでに考える。夜になれば奇襲も効果があるだろう。
 二人が下りようと背を向けた瞬間、基地跡から爆音が響いてきた。
 驚いて顔を向ける。煙が二、三箇所で立ちのぼっていた。
 また、爆発が起こった。ラスティアースのモビルスーツの一体が仰向けに倒れ煙を上げている。爆発は間を置いて、連続的に起こっていた。
「砲撃か?」
 メスリーは言った。
「ジェニューインかも知れない」
 周囲の峰々を見回して、ようやく攻撃しているモビルスーツを発見した。ラスティアースが陣取った基地跡の東側、丁度背後に当たる尾根から火線が延びた。
 だが、双眼鏡でもモビルスーツの姿はよく捉えられなかった。ジェニューインではなさそうだ。
「よく判らないモビルスーツだ。攻撃は連邦軍とラスティアースの両方に加えられている。どっちかが裏切ったようでもなさそうだ」
 メスリーの言うとおりだった。火線は最初はラスティアースに向けられていたが、それは単にラスティアース側が近いというだけだったのだろう。正確さは欠いていたが、砲撃は連邦軍部隊の陣営にまで及んだ。
「別の誰かがレジ・ドラを狙っているのかしら。何にしてもモビルスーツ一機の攻撃ではどうしようもないわ。でも、今なら混乱に乗じて敵を叩けるかも知れない」
 メスリーはこれを好機として突入することを考えているようだった。
「でも、レジ・ドラがどこにあるのか判らないのに、大丈夫?」
 ミリスは言った。レジ・ドラらしいものの姿はない。多分、まだ地下のどこかにあるのだろう。部隊の規模は大きく、モビルスーツの数も半端ではない。攻撃を加えているモビルスーツも、ミリス達の仲間というわけではないのだ。
 それに、必ずジェニューインも現れることだろう。
 ミリスは迷った。あれだけの数のモビルスーツと戦えば、相当消耗してしまうだろう。多分、カーゾンはそれを待っているはずだ。
 だが、大きな被害を与えれば、連邦軍かラスティアースが、レジ・ドラを持ち出してくるかもしれない。起動直後なら破壊もまだ容易なはずだ。レジ・ドラさえ破壊してしまえば、カーゾンの目的は潰すことが出来る。
 ミリスは決心した。
「行こう」
 メスリーは頷くと、二人同時に斜面を駆け降りた。そしてガンダムのコクピットへと入る。
 このまま一気に突入して、とにかく敵を破壊する。作戦と言えない乱暴な方法だが、どのみち手段などはないのだ。
 ミリスはダス・ゼルプストを立たせると、斜面を駆け上がった。そして、頂上まで来るとジャンプして、スラスターを吹かす。
 ダス・ゼルプストは戦場に向かって加速した。メスリーのフェイクもシュレッド・ライナーで後に続いた。
 戦場がみるみる迫って来る。この速度ではまだビーム・スキンは使えない。ミリスはIフィールドを発生させた。
 敵は混乱していた。ラスティアースのモビルスーツは、尚も砲撃を続けるモビルスーツに対して防御一辺倒だった。そこに連邦軍のモビルスーツが押し寄せ、まるで収拾の着かない動きをしていた。
 メスリーは数百メートル離れたところに着地した。そこからビームを放つ。それはモビルスーツ群の中に飛び込んだ。数機がその餌食となり、破片をばらまいてその場に倒れ込む。
 ミリスは敵の真横に着地した。何機かがそれに気付いて振り返る。
 ダス・ゼルプストの武器は貧弱だ。だが、今まで操縦してみて、その感触に大きな自信を持っていた。
 ミリスは背中のラックからビーム・サーベルを引き抜いた。唸りを上げてビームがほとばしった。
「でやぁ!」
 駆け込んで、ビーム・サーベルを真横に振るう。一機のヴェルジンの胴体を輪切りにした。
 いける! 確かにダス・ゼルプストは自分の思い通りに動いていた。手足のように、ではなく、完全にミリスの体の一部になっている。ミリスが考えたことが操縦するという過程を省略して、直接機体に伝わっている。反応速度も申し分なかった。
 砲撃をしていたモビルスーツからの攻撃が止んだ。今度はラスティアースが攻撃に転じる。作業用を改造したタンク型が備えつけたキャノンやミサイルランチャーを連射した。
 その背後にいる連邦軍は目標をミリス達に変えた。一斉にこちらに向き直る。
 そこにメスリーからのビーム攻撃が飛び込んだ。密集しているところに加えられた攻撃は、ほとんど外すことなく、少なくとも数機のモビルスーツはそれで大破した。
 ミリスは敵の真ん中に飛び込んだ。
 モビルスーツの群れが銃を一斉に向ける。
 しかし、こんな状態で銃撃は出来ない。その一瞬の膠着をミリスは最大限利用した。
 一番手近なモビルスーツに向かってビーム・サーベルを突き込んだ。さらに二度、それを繰り返す。二機のガビスがそれを食らって機体に風穴を開けた。
 ダス・ゼルプストはそのまま踏み込んで、ビーム・サーベルを真横に振り抜く。
 光の一閃が二機のモビルスーツの腕と胸を真一文字に切り裂いた。
 ガビスの一機が堪り兼ねたのか銃を撃った。ミリスは上体を引いてそれをかわした。
 銃弾はダス・ゼルプストの目の前をかすめて、反対側にいたゼムンに直撃する。
 その姿を見て、周囲は更に混乱した。
 何機かのガビスが腰に下げられた巨大な斧を取り出した。刃の部分が真っ赤に染まる。単分子を振動させて刃を加熱させる、ヒート系という接近戦用の武器だ。
 ミリスは一直線にガビスに迫った。そして身構える暇を与えずにビーム・サーベルを振るい、なぎ倒す。
 モビルスーツの数は確実に少なくなっていった。
「ミリス、下がって!」
 メスリーの通信に、ダス・ゼルプストは飛び退いた。そして敵と距離を置いて着地する。
 メスリーの一斉射が敵を捉え、たちまち三機近くが倒れて動かなくなった。
「倒し放題じゃない」
 ミリスは興奮しながら言った。
「ミリス、あなた」
 メスリーが何か言おうとしたが、次の言葉は出なかった。
 大丈夫、この程度ならやれる。全滅だってさせられる。最初は心配だったけど、こんな敵ならまるで相手にならない。
 ミリスは敵を倒すことのみに心を向けていた。戦場の様子は手に取るように判った。
 メスリーの攻撃も気にしなかった。自分には絶対に当たらない。なぜかそんな自信を持っていた。
 実際、敵の攻撃は全て見切っていた。ミリスは気にもしなかったが、その感覚はまるでダス・ゼルプストにミリスが二人乗っていて、各々が攻撃と防御を分担しているようだった。ミリスはただ敵をどう倒すかだけに集中していた。
 敵の攻撃があればもう一人のミリスが脳に直接教えてくれる。それもどの方向から、どんな距離で、どういう攻撃か、極めて正確にだ。興奮したミリスは、その不思議な感覚には全く気付かなかった。
「ミリス、あのモビルスーツ!」
 メスリーが叫んだ。砲撃していたモビルスーツが、いつの間にかこの基地跡へと降りてきていた。敵に向かって脚に取り付けたミサイルを放ちながら、大きく輪を描いてこちらへと走って来た。
「そのガンダムは、ひょっとしてヴァルハラの人ですか?」
 聞き覚えのある声が通信機から聞こえた。ひょっとして。
「エディ?」
「隊長! じゃあ、そっちのモビルスーツは? それもガンダムのように見えるけど」
「ミリスよ。ダス・ゼルプストというの」
「ミリス! 無事だったんだね」
「エディ、あなたこそ。生きてたんだ」
 ミリスは我に帰った。興奮していたことがうそのように心が落ち着いた。そのかわりに胸に熱いものが込み上げてきた。
「死んだとばかり思ってた」
「やつに吹き飛ばされたとき、脱出が間に合わなくて、倒れた拍子に飛び出したんだ。おかげて地面を転がって気絶してた。気がついた時には、もうみんなの姿は無かったんだ。曹長は?」
「クリエはヴァルハラの守りに残ったわ。そのモビルスーツはどうしたの」
 メスリーが聞いた。エディの乗るモビルスーツは、よく見ると胴体はフェイクだったが、頭は無く、腕も足も別のモビルスーツのものだった。頭部はむき出しのモノアイ・センサーが取り付けられ、腕は両方とも手首がなく、右の下腕には重機関砲が直接備えつけられている。さっき撃っていた砲は見当たらなかったが、腰にはミサイルランチャー、両脚にはミサイルポッドといった武装が施してある。どれもフェイクの正規パーツではない。
 乗り捨ててあったガンダムを、部品を付け替えて動かせるようにしたんです。途中でラスティアースの補給部隊と鉢合わせて戦闘になったんですが、何とか倒して、奪った部品で修理しました。部隊の持っていた情報からこの場所を見つけて来たんです」
 興奮して一気に話す。その内容を想像して、エディの変わりように驚いた。しかも、たった一人でここまで来て攻撃を仕掛けるなんて、以前の彼からは信じられない。
「エディ、アリアは」
「判っています」
 メスリーの言葉に、エディは静かに答えた。
「その、彼女は、彼女の遺体は僕が弔ってやりました。だからここに来たんです。彼女の仇を打つために」
 ミリスの周囲で爆発が起こる。敵の銃撃が三人の機体に向けられていた。
「ひとりで戦うつもりだったの?」
「僕の命に変えても、やつらに一矢むくいるつもりでした。でも、ひょっとするとみんなが来てくれるような気もして」
 そう、とメスリーは呟いた。ミリスはエディが生きていてくれたのが嬉しかった。アリアをそのままにしていたことは気になっていたが、エディはちゃんと彼女を最後まで面倒みてあげたんだ。エディがアリアに言ったことを思い出した。エディは嘘はつかなかった。
 ダス・ゼルプストの正面でビームが跳ねた。機体が小刻みに揺れる。Iフィールドは敵の攻撃を完全に打ち消していた。
 あとは敵を倒すだけだ。さっきの攻撃で敵の戦力は大幅に落ち込んだ。三分の一は壊滅させたはずだ。士気も下がっている。
「メスリー、エディ、お願い!」
 ミリスは叫ぶと、再び跳躍した。そして敵の密集したところを目掛けて降下する。
 足元でミリスを見上げるモビルスーツ達が銃口を向ける。そこにメスリーとエディの攻撃が叩き込まれた。数機のモビルスーツが仰向けに倒れた。
 そこに着地すると、目に入るモビルスーツに構わずビーム・サーベルを振り続けた。
 ミリスの周囲で次々とモビルスーツが切り裂かれる。
 ダス・ゼルプストの目の前を巨大な鉄球が横切った。
 ミリスは、それが繋がったチェーンを掴んで引きちぎった。ズガッシュの鉄球だった。
 チェーンを両手で握ると機体を旋回させる。鉄球はその勢いで回転し始めた。
 振り回す鉄球が幾つかのモビルスーツを直撃する。四機目のモビルスーツを砕いた時点で、鉄球が三つに割れた。
 ミリスはチェーンを投げつけると、そのまま前にダッシュして敵に迫った。そして再びビーム・サーベルを振るった。
 数分の後には、その辺りには動いているモビルスーツの姿は無くなった。バラバラに切り刻まれた破片が散乱していた。
 恐れをなしたモビルスーツ達が、それぞれの陣へと後退してゆく。ミリスは一番近いゲフィオンを次の目標と定めた。
 そのとき、大きな振動がミリスを襲った。足元から突き上げるような地響きが周囲を揺るがせた。それは徐々に大きくなっていく。
「何か来る。地下から?」
 ミリスは後ろに飛び退いた。百メートル四方のアスファルトの道が砂煙を上げて持ち上がり始める。
「何だ、突然、高エネルギー反応が」
 エディが叫んだ。
 道路は数メートル持ち上がると、今度は真っ二つに割れて左右にスライドし始めた。その奥に地下に向かって大穴が空いていた。
 そこから濃い紫色の巨大な円盤がゆっくりと浮上する。大きさは通路いっぱいまで広がっていた。
 円盤はダス・ゼルプストと同じくらいの厚みがあった。下面には左右の大型ノズルに挟まれるように、巨大な円筒形のものがぶら下がっている。その周りには折り畳まれた羽のようなものが付いていた。
「まさか、こいつがレジ・ドラ?」
 メスリーが呻いた。
 円盤は地上から百五十メートルくらいまで浮上すると、そこに滞空した。ミノフスキー・クラフトである。
「そこのモビルスーツども」
 聞き覚えのあるしゃがれた男の声が響いた。
「ブレナン大佐か?」
「やはりメスリー少尉か。来るとは思っていたが、予想以上にやってくれたな。だが、レジ・ドラは見ての通り動き始めた。ちょっと遅かったようだ」
「まだだ。たかが一機のモビルアーマーくらい破壊してやる!」
 メスリーはビームを放った。それは一直線にレジ・ドラへと向かう。だが、命中するはるか手前で、ビームは四散した。
「Iフィールドか? なら!」
 メスリーはシュレッド・ライナーのブースターを吹かして、飛び出した。真っ直ぐにレジ・ドラへと向かう。
「こんな図体だけのモビルアーマーなど!」
 その時、ゲフィオンから伸びたビーム光がシュレッド・ライナーのブースターを貫いた。
 ブースターが火を吹いて炸裂する。間一髪、メスリーはフェイクからシュレッド・ライナーを切り離した。その爆発から逃れて、その場に着地する。
 ゲフィオンの上には赤いモビルスーツの姿があった。
「これ以上、好き勝手はさせないわ」
「あなた、イレーネ・ネリスね」
 ネリスの乗る赤いモビルスーツは曲線を基本にした外観に、大きく張り出した肩を持っていた。後ろには突き出た羽が四枚見える。高い機動性を引き出す、バインダーと呼ばれるものだ。丸い後頭部に尖った額、その下にはモノアイが鈍く光を放っていた。腕には大型のビーム・スマートガンと菱形の基部から十字に張り出した盾を持っている。
 赤いモビルスーツはジャンプすると、一気に距離を詰めてレジ・ドラの上に降り立った。
「ラスティアースの新型モビルスーツ、アルルカンだ。ブレナンからガンダムのデータは貰っている。二十年以上前の旧型に負けるわけがない」
「じゃあ、試してみなさい」
 メスリーはビーム・サーベルを抜いた。
「ネリス、ガンダムとそのスクラップはいい。だが、もう一機のガンダムは別もののようだ」
 ブレナンの声がした。本当にイルジニフは、ダス・ゼルプストを連邦軍から隠匿していたようだ。
「同じことだ」
 ネリスはスマートガンを構えた。銃口はメスリーを狙っている。
「そうはさせない!」
 エディは叫んで、ミサイルランチャーを乱射した。発射されたミサイルがアルルカンに向かう。立て続けに爆発が置き、アルルカンの姿を炎に包む。
「やったか?」
 だが、アルルカンは平然と爆発の中から姿を現わした。シールドを構えて防いだのだ。損傷を受けている様子はなかった。
 ビーム・スマートガンが轟いた。太い光の槍がメスリーのフェイクへと向かう。
 メスリーは盾を構えたが、ビーム・コーティングされた盾はいとも簡単に貫通した。
 そのビームをギリギリで交わしたメスリーは大きく穿たれた盾をアルルカンへと投げつけた。それはビーム・スマートガンの二撃目に弾かれて、あらぬ方向へと飛んだ。
「隊長、ミリス」
 エディが密やかな声で言う。
「どうした?」
「連邦軍部隊の動きが変です。生き残りのモビルスーツがゲフィオンに向かっています」
 ミリスはレーダーを見た。確かに残ったモビルスーツ達は、散開してアビメレクの周辺に散らばっているが、その何体かはレジ・ドラの遥か後方を回り込みながら進んでいた。
「何を見ている」
 ネリスがビームの一撃をエディに放った。それは腰のミサイルランチャーを貫いた。
「くっ!」
 爆発前に切り捨てる。ミサイルランチャーは地面に落ちる前に閃光を放って爆発した。
 爆風がエディを煽り、機体が大きく揺らぐ。それを何とか踏ん張って耐えた。
 ミリスは腰のマルチラックからビームガンを取り出した。ピストルのような形状に四角いエネルギーパックが付いている。総弾数は一発、エネルギーパックは三つしかない。武器のほとんどないダス・ゼルプストにとっては貴重な飛び道具だ。ジェニューインとの戦いに残そうと思ったが、これではそうもいかない。
 レジ・ドラの先端の左右にある隙間の部分から閃光が発せられた。
「逃げて!」
 ミリスが叫ぶ。三機は一斉に後ろに飛んだ。
 今までガンダムがいたところに、ビームが雨のように降り注ぐ。辺りの地面が真っ赤になって溶解した。
 ミリスはビームガンの狙いをアルルカンに定めた。
 レジ・ドラの左右から六角形のパーツが放たれる。その側面が六方向に開くと、そこから小型のミサイルが幾つも発射された。弧を描きながらミリス達を襲う。
「行けぇ!」
 エディが持っている武器を全て発射した。ミサイルの七割を撃ち落とし、残りが地面へと墜ちる。辺りが一斉に破裂した。何とか直撃だけは避けた。
 ミサイルの煙は直ぐに風に掻き消えた。その向こうには重い音を響かせるレジ・ドラとアルルカンの姿を見えた。
 突然、レジ・ドラが斜め後方に上昇を始めた。そして、さらに高い位置で静止した。
「サテライト・キャノンを手に入れた以上、これからの戦局は大きく変わる」
 ネリスが言った。
 レジ・ドラが奇妙な動きを始めた。後方を向いていたブースターが突如下に向かって降り始め、胴体が中心から二つに別れる。その中に隠れていた円筒形のシャフトが起き上がると、その脇から伸びたアームが本体を離れた。下面のサテライト・キャノンが、ぐるりと後方に回転して頭上へと持ち上がる。レジ・ドラは擬似的にではあるが、人型となった。
「変形、したのか?」
 レジ・ドラの頭部へと移動したサテライト・キャノンが、その脇に畳まれた羽を広げる。六枚の羽が完全に開ききると、それは巨大な花を模しているように見えた。
 その巨大な砲身がゆっくりと旋回し、アビメレクへと向いた。
「何をしている! イレーネ!」
 うろたえたブレナンが叫んだ。ネリスは静かに言った。
「ごくろう、ブレナン大佐。連邦軍の協力で無事レジ・ドラを動かすことが出来た。レジ・ドラは無人で今は私の管理下にある。あとはこのサテライト・キャノンの威力を身を持って体験してくれ」
「馬鹿なことを。共闘を約束したのではないか。調印を反故にする気か?」
「そんなものはどうでもいい」
 ネリスは全く動じなかった。サテライト・キャノンの羽が静かに唸りはじめた。マイクロウェイブを受けているのだ。
「そうか、やはりそういうことなんだな? だが、見ろ。貴様の部隊を」
 ミリスはそれを見た。ゲフィオンの周囲にモビルスーツの姿が見える。ゲフィオンを守るように数機、それを取り囲む連邦軍のモビルスーツが数機、ラスティアースのモビルスーツはほとんどが作業用だった。
「ゲフィオンは私の手の内だ。私の号令で全滅させられる」
 ブレナンの言葉は威圧的だった。だが、ネリスの次の言葉はそれをあざ笑った。
「だから?」
「何だと! 貴様の部隊を狙っているんだぞ!」
「サテライト・キャノンの一撃は、この盆地全体を破壊出来る威力がある。少々の犠牲など、どうということはない」
 サテライト・キャノンの砲口が輝き出した。
「この力があれば、ラスティアースのトップに立つことが出来る。そして連邦軍を打ち砕くこともな。そうすれば腐敗した連邦政府の地球圏支配は終わる!」
 ネリスは叫んだ。サテライト・キャノンの砲口の輝きが増した。
 まずい! ミリスは背を向けた。構えたビームガンを再びマルチラックに戻す。
「メスリー、エディ。早く逃げて!」
 その意味を理解した二人は同じように背を向け、一目散に走り出す。ミリスは二機のフェイクの手首を掴むと、最大推力で跳躍した。
「うぐっ!」
 二人が悲鳴をあげる。ミリスの体も強烈なGが襲った。
 間に合え! ミリスは稜線に向かって、一直線に飛んだ。フェイクは手を引かれて、玩具のように無抵抗に引っ張られていた。二人の体の心配などしている余裕は無かった。
「貴様、仲間を!」
 ブレナンの言葉が途切れた。ミリスの背中に光が溢れた。
 発射した! ミリスはダス・ゼルプストのデュアル・カメラを保護するバイザーを降ろした。
 凄まじい光の嵐がミリスを包み込んだ。激しく機体が揺さぶられる。抉られた地面が巨大な岩石をまき散らす。爆風のうねりが周囲をかき乱した。
 ミリスは瞬間的にウェイブ・ライダー形態にすると、一気に加速した。
 その勢いで握っていたフェイクの手首が滑り落ちる。二つの機体は衝撃に撥ね飛ばされて、その姿を見失った。
「メスリー! エディ!」
 ミリスは叫んだ。だが、脱出するのがやっとだった。稜線すれすれを飛び抜け、そのまま上空へと舞い上がる。
 ダス・ゼルプストは損傷を受けていない。ビーム・スキンを張って高速で脱出したお蔭だった。
 だが、フェイクの反応は見つからなかった。爆発に巻き込まれてしまったのか? 熱と電磁波が渦巻き、センサーを駄目にしていた。回復するまでには時間が掛かる。
 ミリスは盆地に目をやった。バイザーを上げたデュアル・カメラに映る光景。
 それは完全に半球形に抉られたクレーターだった。中心は溶解した地面が真っ赤な溶岩に変わっていた。周囲に動くものはなく、焼け焦げた地面から立ちのぼる湯気が遥か上空まで揺らめかせた。
 ミリスはそれを呆然と見下ろした。圧倒的な破壊力。それを生み出したものが、まだその上に滞空していた。
 人の形を模した不格好な深紫色の姿。今は腰の部分となっている円盤の上部に直立する赤いモビルスーツ。
 それを目にして、ミリスの中に激しい怒りが込み上げて来た。二度とこんなものを撃たせてはならない。
「見ろ! この破壊力を! この力があれば戦いの主導権を一気に引き寄せられる。連邦軍を壊滅させられる」
「あなた、連邦軍を倒すだけじゃないわね」
 ミリスは言った。ネリスのこの入れ込みようは只事ではない。
「私の目的は連邦政府打倒よ。ただ、その後の地球の統率は私が行なう」
「やっぱり、そんなこと」
「当然のことよ。連邦さえ倒せばそれでいい。地球圏の支配態勢を放棄すれば、コロニー軍とは戦わなくて済む。あとはターン・タイプとも交渉すれば、地球は救われる。私はその立役者ってわけ。地球の執政は当然のことだわ」
「そんな甘いもんじゃない」
「どうかしら。私はあのブレナンとも盟約を交わしたのよ。そしてあいつは私の思うとおりに動いた。人を動かすのはそう難しいことじゃない」
 そう言って、大声で笑った。ネリスがどうやってブレナンに近づいたか、漠然とだが想像出来た。相当汚い事を、口に出すのも憚ることをしてきたに違いない。
 嫌悪感が走った。怒りとごちゃまぜになって、ミリスの心を突き上げた。
「そんなことは、わたしがさせない!」
 ミリスは叫んだ。そしてダス・ゼルプストをウェイブ・ライダー形態でレジ・ドラへと突進させた。
 アルルカンがビーム・スマートガンを構えてミリスを狙った。
 ミリスはさらに加速させた。ビーム・スキンが作動する。
 ネリスが撃つ。ビームはダス・ゼルプストを確実に捉えた。が、Iフィールドと機体を包むビーム・スキンに阻まれて四散する。
 速度を維持したまま、レジ・ドラの脇をかすめる。
 ダス・ゼルプストの挙動を制御しながら、最小旋回半径で再びレジ・ドラを正面に向ける。横殴りのGがミリスを体を襲った。
 意識が一瞬遠のくがそれ以上何もなかった。
 レジ・ドラは大きく傾いていた。その上でアルルカンは態勢を保つために、片手を下に付けていた。
 発生した衝撃波がレジ・ドラとアルルカンを襲ったのである。レジ・ドラの頭上で開いた羽から破片が飛び散った。マイクロウェイブを受けるパネルが砕けていた。それはアルルカンの上に降った。
「こ、こいつ、一体?」
 ネリスの呻き声が聞こえた。
 ミリスは右手にビーム・サーベルを、左手にビームガンを持って、再び突撃した。
「化け物め!」
 アルルカンは態勢を立て直して、スマートガンを連射した。ビーム光がダス・ゼルプストに伸び、直撃寸前で弾かれた。
「何てやつ!」
「うぉーっ!」
 ミリスは叫んだ。ダス・ゼルプストは再びレジ・ドラをかすめて飛んだ。
 ミリスは限界ぎりぎりで機体を旋回させた。重力加速度が体を押しつぶし、吐き気を催す。
 モニターに映る相手を見た。レジ・ドラの巨体は大きく傾いでいた。砕かれた装甲の破片がさらに宙に舞った。
 アルルカンは体を弓反りにして姿勢を崩していた。
 ミリスはウェイブ・ライダー形態を解除すると、スラスターは全開のままでアルルカンへと急接近する。
 そのままの勢いでビーム・サーベルをかざし、そして目の前に迫ったアルルカンに向かって振り下ろした。
 ビームの刃が構えたシールドの上に叩きつけられる。ビーム・コーティングされた表面から閃光がほとばしった。
 アルルカンはビーム・スマートガンの銃口をダス・ゼルプストに密着させる。
「この距離なら!」
 ネリスが吠える。ミリスは気合いを発して、アルルカンの横腹を左膝で蹴り上げた。スマートガンが真っ二つに折れ、腕がひしゃげる。
「貴様!」
 ネリスの叫び声が聞こえた。ミリスはビームガンをアルルカンの胸に突きつけるとトリガーを引いた。
 爆音と共に閃光を発して、ビームが胴体に巨大な穴を穿つ。
 さらに右脚で蹴り上げる。アルルカンは無防備に手を上げた。
「でやぁ!」
 ミリスは真っ向からビーム・サーベルを一直線に振り抜いた。アルルカンの装甲がスッパリと縦に割れる。切り裂かれた内部の装置がスパークを始めた。
 アルルカンはその格好のままで落下すると、数秒後、空中で爆発した。爆煙が広がり、尾を引いて破片が四方に散らばった。
 爆発の中から円錐型の物が飛び出した。それは尾を引きながらずっと向こうまで飛ぶと、パラシュートを開いた。
 脱出ポッド? それは風に煽られて大きく傾きながら地上へと墜ちて行く。
 逃げたか。
 だが、イレーネ・ネリスなどどうでもいい。今、倒さなければならないのは、あの女ではない。
 ミリスは向き直った。あとはレジ・ドラだけだ。
 レジ・ドラは既に態勢を立て直していた。装甲の表面は抉れ、内部をむき出しにしている。腕にあたる部分の関節に大きくねじ曲がっていた。サテライト・キャノンの羽は一枚が根元から折れ曲がり、何枚かのパネルが砕け散っていた。
 ミリスはビーム・サーベルを収めるとビームガンを持ち替えて、エネルギーパックを交換した。その銃口をサテライト・キャノンへと向ける。
 その時、足元に急速に迫るモビルスーツの影を見つけた。
「何?」
 後ろに避ける。影はダス・ゼルプストの正面をかすめて上昇すると、直立したまま同じ高度まで降りてきた。
 その姿は忘れようがない。ミリスは叫んだ。
「ジェニューイン!」
「全滅か酷いものだな」
 カーゾンの声が通信機から響いた。
「だが、これは大きな力となる。地球を人類から解き放ち、自然へと帰す、な」
「そんなことはさせない!」
 ミリスはビームガンをジェニューインに向けた。
「ミリス、君には私を止めることに何ら意味はない。もう一度言う。私と共にくれば、新たな人類の歴史を銀河の彼方に刻むことが出来る。それが宇宙へと進出した人間の義務だ」
「あなたはアリアを殺した! 彼女が宿した赤ちゃんを殺した!」
「君の友人か? だが、人は死ぬ。これからもだ。そして、ターン・タイプによって地球の人間は全て抹殺される」
 ミリスは苛立った。
「だから、どうだというの?」
「君だって多くの人間を殺している。連邦軍、ラスティアース。なのに、自分の友人が死ぬのは耐えられんかね」
「そ、それは」
「君はただ、自分の私怨によって戦っている。だが、君は自分のしたことがより多くの私怨を生み出していることを知らない。あまりに無自覚だ。しかし、それも止むを得まい。戦争が続く限り、私怨は生まれ続ける。そしてそれを元に、また新たな戦争が始まる。その根源となっているものは何だ? 戦いを求めるのが人間の性なら何も言うまい。だが、宇宙という新たな生活の場を手に入れた人類にとって、何故地球にこだわる? 何故戦争が起こる? 人間の私怨は消えることはない。だが戦争はそれとは別のものだ。戦争は国家間、組織間の益によって起こるものだからだ。ならその益の根源は何だ? 地球だ。権力、富、民族、国家。全ての益の源は地球を中心にある。だからこそ地球を離れ、地球を自然に帰し、人類は自分の手で旅立たねばならんのだ」
 地球が戦争の根源、という言葉はミリスの心を揺さぶった。
「でも、コロニーに住んだとしても、戦争がなくなるとは思えない」
「確かにそうだ。例え人類の全てがコロニーに住むようになっても、戦争は起こるだろうし、もっと身近に犯罪や事故で人は死ぬだろう。だが、規模はずっと小さい。コロニーという環境は人間が自ら作り出すものだ。それは自己責任において管理される。その中で起こす戦争は即、自分の破滅にも繋がる。かつて、核兵器が戦争の抑止力になると考えた時代があった。それは不健全な考えだ。だが、コロニーという環境での抑止力はそれとは全く別のものだ。無用な争いはコロニー全体の滅亡だからな。コロニーの中には戦いによって破滅するものもあるだろう。事故で、あるいはその他の全く別の原因で、住民が死滅することもある。だが、そうやって淘汰された先にあるものは、自らの意志、責任によって戦いを抑制出来る人間達、争いを克服した進化した人類だ。そこに到達するためには、地球から巣立たなければならない。地球にいる限り、人類の甘えが自らを滅ぼす。そういった兆候は今までに何度もあった。そして、もう後戻り出来ないところまで来ているのだ。私はその第一歩として、地球上から人類を一掃させる。誰かがやらねばならないことだ。例えそれが虐殺になろうとも、未来の世界において、巨悪の誹りを受けようとも、誰かが引き金を引かなければ何も変わらない」
 ミリスは何も言い返せなかった。戦争が無ければアリアは死ななかったし、自分自身もここにいなかったに違いない。地球がこんなに荒廃した原因は、すべて過去何度も繰り返された戦争によるものだ。
 そして、ミリスには戦争を止めさせる方法など考えもつかない。カーゾンの言葉は、未来に於いて人類が到達しうる一つの理想であると思えた。
「いつからそんなにご口弁になったんですか、少佐」
 突然、通信に割り込んで来た声があった。ミリスはそれが誰か直ぐに気付いた。
「メスリー?」
「メスリー少尉か? よく生きていたものだ」
 メスリーのフェイクは足元にいた。地上に、である。この高さからでは、その姿を視認することはほとんど出来ない。最大望遠でモニターに映す。
 フェイクの姿は見る影もないほどに破壊されていた。右腕は肩から無く、頭部も装甲が割れて、顔半分の内部がむき出しになっている。左の下腕と肩の装甲も無くなっていた。胸も装甲が曲がり、無くなっているところもあった。下半身は見えないが、追って知るべしといったところだ。
「エディは? エディはそこにいるの?」
「ええ、ガンダムは完全に破壊されたけど、彼は無事よ」
 それを聞いて、ミリスは胸を撫で下ろした。
「カーゾン少佐、あなたはそんな考えをする人ではなかった。我々は軍人です。軍人ならば多くの人間を救おうと考えるのが当然でしょう。あなたは昔はそうでした。だからこそ、私はあなたのことを。なのに、人類の未来のために、人を殺してもいいなんて信じられません。あなたの言っていることは正しいかも知れません。やがて地球の人類を滅ぼす何者かが本当にやってくるのかも私には判りません。でも我々の成すべきことは、そういったことから人々を守ることではありませんか。人の為に戦ってこその軍隊です。人を救ってこその軍人ではないのですか」
「少尉、君は軍というものを勘違いしている。軍は人を救うものではない。国や組織に益をもたらすためにあるのだ。軍が人を守るのはそれが必要だからであり、益に繋がるからだ。人を守るために、敵を殺すのかね。それでは同じことだろう」
「我々は連邦軍の軍人です! 地球の全ての人間の為に戦うのが義務です」
「それは幻想だ」
 カーゾンは吐き捨てた。
「連邦軍の首脳はそんなことは考えていない。ブレナン大佐を見ろ。程度の差こそあれ、皆あんなものだ」
「ならばなおのこと、我等の手で組織から変えて行く必要があるのではないのですか?」
 カーゾンは大きく溜め息をつくと言った。
「がっかりだぞ、少尉。ここまで生き残った君なら戦いの意義について、もっと深く考察できると思ったが。これ以上議論を続けていても、平行線のままだ」
 ジェニューインはミリスに背を向けた。そのままレジ・ドラへと向かう。ミリスはビームガンを構え直した。
「やっぱり、人間を殺そうとするのはゆるせない」
 ミリスは言った。ミリスには何も判らなかった。ただ、思ったのは目的の為に平然と人を殺してはいけないという漠然とした気持ちだけだった。
「あなたを止める。あなたはアリアの仇。それで十分よ」
 ミリスは自分に言い聞かせた。ジェニューインは再びダス・ゼルプストと相対した。
「邪魔をするというならば、仕方がないな」
 ジェニューインは右肩の砲を構えた。それを見たミリスはビームガンの引き金を引いた。
 光弾がジェニューインに向かって飛ぶ。ジェニューインはそれを上体を反らしただけで避けた。
 しまった! 迂闊にビームガンを使ったことをミリスは後悔した。ビームガンのエネルギーパックはもう一つしか残っていない。パックを交換すると、左手にビーム・サーベルを引き抜いた。
 生半可な攻撃ではジェニューインは倒せない。それは判っているが、武器のほとんどないダス・ゼルプストでは他にどうしようもない。
 ミリスはジェニューインに斬りかかった。ビームの刃が振り下ろされる。だが、Iフィールドに阻まれて、直前で粒子をまき散らした。
 ジェニューインは左手を突き出した。内臓されたバルカン砲を撃つ。ダス・ゼルプストの表面で命中した弾丸が踊った。
 連続して続く振動がコクピットを揺さぶる。ミリスはたまらず後退した。
「ガンダムのオリジナル」
 カーゾンは呟くように言った。
「なるほど、やつらに聞いたとおりだ。確かに君ならば、そのモビルスーツを扱うことも出来るだろう。だが、知っているのか? それが稼動しているということは、既に君のカノン・フォルムが誕生しているということだぞ」
 ミリスはカーゾンの言葉の意味が判らなかった。確か、イルジニフが似たことを言っていた気がする。
「連邦軍の一部でも使おうとする動きがある。その存在は人類を冒涜するものだ。だからこそ連邦軍を滅ぼさねばならんし、それだけでも君を倒す理由が出来たな」
 ジェニューインはビーム・サーベルを抜いた。
「それにそのガンダムは、ジェネレータが偏った位置にあるところをみると、完全には稼動していないようだな」
 確かに四基あるMPPAエンジンのうちの三つは動いていない。多分サーモグラフィーでダス・ゼルプストを調べたのだろう。MPPAエンジンは両胸に二基ずつ入っている。
 だが、そんなことを知られたぐらいで状況は変わらない。
 ミリスは突進して、ジェニューインにビーム・サーベルを振り降ろした。ジェニューインはビームの刃を横に構えてそれを受け止める。二機のモビルスーツはそのまま固まった。
 ジェニューインのパワーは半端ではない。渾身の一撃を受けて微動だにしない。ミリスは右脚で蹴り上げた。
 それを軽く払いのける。
「子供だましだ。いや、歳相応か? 君はガンダムをうまく操縦しているようだが、言ってみればそれだけのことだ」
 ジェニューインはサーベルを力で押し上げた。ダス・ゼルプストの上体が反る。無防備となった。
 まずい! そう思った瞬間、ジェニューインの左手がダス・ゼルプストの横腹を捉えた。突き上げる激しい衝撃がミリスに伝わった。
 この! ミリスはスラスターを噴かせて、胸からジェニューインに突っ込んだ。大きな金属音を立てて激突する。
「ぐっ!」
 カーゾンが呻いた。そのままビームガンの銃口をジェニューインの脇腹に当てる。
「墜ちろ!」
 ミリスは叫んで、トリガーを引いた。ダス・ゼルプストの手元が炸裂し、破壊された装甲の破片か飛び散った。
「何?」
 ミリスは異様な手応えを感じて、慌てて飛び退いた。直撃の筈だった。ミリスはジェニューインを見た。
 確かに左脇腹の辺りの装甲が大きく消え失せていた。周囲も高熱で溶解しているのが判る。だが、その中には別の装甲が入っていた。
「まさか、アーマー?」
 間違いない。ジェニューインはほぼ全身を追加装甲が覆っている。さっき爆発したのは、装甲の外面に設置された爆薬が破裂したものだ。これは攻撃が直撃した際の破壊力を相殺させるためのものである。
 ビームガンの一撃は致命傷にはならなかった。ミリスはビームガンをマルチラックに収めた。そして、ビーム・サーベルを両手に構える。
「どうした? 剣劇が好きなのか?」
 軽い口調でカーゾンが言った。その言葉にミリスは怒りを露にした。
「絶対に倒す!」
 だが、カーゾンは冷静に言った。
「もうそのガンダムには武器はないのだろう? 諦めたまえ」
 ジェニューインは後方に飛んだ。その向こう側にレジ・ドラの姿がある。
 レジ・ドラはゆっくりと動いていた。欠けた羽を大きく広げて、サテライト・キャノンの砲門をダス・ゼルプストへと向けた。羽のパネルが唸り始めた。
「大きく欠損したが、これの威力は見ただろう? 例え半分、いや三分の一の出力でも十分だ」
 ミリスはレジ・ドラに向かって飛んだ。撃たせてはならない。あのサテライト・キャノンを破壊しなければ!
 その前にジェニューインが立ちふさがった。ビーム・サーベルを振るう。
 ミリスはそれを間一髪で避けた。だが、態勢を崩してレジ・ドラを視界から失った。
 再びジェニューインがビーム・サーベルを振る。それもかわしてミリスは後退った。
 近づけない! どうすればいい? ミリスはコンソール・パネルを叩いて、とにかく様々な情報を次々と表示させた。
 その時、一つの数値がミリスの眼に止まった。
 それはダス・ゼルプスト内臓のヴァイパー・ブレードとビーム・シールドだった。エネルギーの充填率は三十パーセント程度。これに賭けてみるしかない。
 サテライト・キャノンが呻き出した。甲高い音が急激に大きくなってくる。その先端からエネルギーの光が洩れ始めた。
 ミリスは再び突っ込んだ。
「同じことを!」
 ジェニューインが前を塞ぐ。ミリスは真横に加速した。Gがミリスの体を押さえつけた。
 だが、ジェニューインはそれに反応した。完全にダス・ゼルプストの動きに付いて来ていた。
「その程度か!」
 ジェニューインがサーベルを振り下ろす。ミリスはそれを右手のサーベルで受け止めた。そして左手のビーム・サーベルを真横に振った。ジェニューインは密着してそれを防ぎ、そのまま左腕をダス・ゼルプストの背中に回す。ダス・ゼルプストは抱え込まれた。
「さあ、どうする?」
 カーゾンが言った。
「こうする!」
 ミリスは叫ぶと左肘をジェニューインの胴体側に向けた。カバーが開いてシールドの基部が露出する。
「うぉーっ!」
 気合いと共にビームが周囲に広がった。それはダス・ゼルプストの上半身を隠す程の大きさまで拡大し、密着していたジェニューインの横腹から胸までを削り始めた。
「何!」
 驚いてダス・ゼルプストを抱えた腕を離す。ミリスは肘を突き出して、更にビーム・シールドをジェニューインに当て続けた。その激しいビームの流れにジェニューインの機体はバランスを失って、仰向けにひっくり返る。さらにミリスは脇腹を蹴り飛ばした。
 ミリスはレジ・ドラを正面に捉えていた。
 ダス・ゼルプストの胸の中央部分が上下に開き、六角形をした砲口が突き出る。そこから光が溢れ出した。
 レジ・ドラのサテライト・キャノンは真っ直ぐにダス・ゼルプストを向いていた。その先端の輝きは既に限界を迎えようとしていた。
「行けーっ!」
 ミリスは叫んだ。その瞬間、ヴァイパー・ブレードの先端からメガ粒子が弾けた。それは一筋の流れとなって、サテライト・キャノンの砲口に飛び込み、その背面から突き抜けた。
 一瞬、間を置き、ビームにくし刺しとなった砲身のあちこちが歪み、膨れ上がり、光が洩れ始める。
 そしてサテライト・キャノンは、その内側から膨れ上がった巨大な光の球の中に飲み込まれた。溢れた光はコクピットのミリスを直撃した。圧倒され、目を瞑る。瞼の向こうからでもその光は瞳を焼き付けた。
 耳をつんざく爆音が機体を激しく震わせる。爆風が周囲に猛威を振るった。
 ダス・ゼルプストはそれに撥ね飛ばされた。ミリスは咄嗟にビーム・スキンを発生させると、まるで無茶苦茶に鳴動する機体を何とか操縦して、地面に着地した。
 ミリスの瞳は、閃光で眩んでいた。何度も大きく頭を振り回復させる。
 そして空を見上げた。青黒い染みが瞳のあちこちに広がる中、遥か頭上には辺り一面に爆煙が広がり、その中から真っ黒な煙の尾を引いてレジ・ドラの破片が舞い落ちるのが見えた。
 その爆煙の中から、かつては胴体であった部分が現れた。全身から火を吹いて、かつての姿の名残はほとんど無かった。それは、極めてゆっくりと地面へと落下し激突した。その瞬間、周囲の岩石がめくれ上がり、土煙がもうもうと立ち昇った。
 ミリスは大きな溜め息をついた。張り詰めていた全身の筋肉の力を抜く。汗で張りついた服の感覚に初めて気付いた。
 敵を倒した、という達成感が口元を緩ませる。ミリスはゆっくりと息を吸いながら天を仰いだ。
 そのとき、ミリスの頭に大きな影が被さった。
 驚く間もなく、ダス・ゼルプストは正面から激しい衝撃を受けて、後ろに倒れ込んだ。
 顔を上げる。その先にはジェニューインの姿があった。全身の装甲は多くがひび割れ、砕けていた。
「そんな武器もあったのだな」
 カーゾンが言った。
 ジェニューインが体を大きく震わせた。全身から火花を散らす。甲高い金属の軋む音が響いて、装甲が剥がれ落ちた。
 身体を覆っていたものを全て取り払った姿は、その形状そのものは以前とさほど変わらないものの、一回り細くなり、全身に筋肉が盛り上がっているような屈強さを醸し出していた。
「生きていたの?」
「当たり前だ。もっともリアクティブ・アーマーは駄目にしてしまったがな。それよりもそのガンダムの頑丈さのほうが驚きだ。私よりも爆風の直撃を受けたはずなのだがな」
 確かにダス・ゼルプストに損傷らしいものは無かった。モニターにもそういった警告は表示されていない。もちろんモニターそのものも正常に動いているようだ。
 だが、両手のビーム・サーベルは既に刃を失っていた。ビーム・シールドも、当然ヴァイパー・ブレードもエネルギーはゼロになっている。ビームガンのエネルギーパックも充填されてはいなかった。
 ミリスはビーム・サーベルを背中のラックに収めた。
 ダス・ゼルプストにはもう武器がない。ジェニューインはアーマーを捨てたために、逆に威圧感を増していた。
 鈍重さはなりを潜め、巨体であるにも関わらず、非常に俊敏そうに見える。鍛え上げられた兵士のようだった。余計なものを脱ぎ捨て、真の闘争に目覚めたように感じた。
 ミリスは身構えた。こんな状態で勝てるの?
 レジ・ドラこそ破壊したものの、事態は一向に良くなっていない。むしろミリスにとってはより悪くなっているのだ。
 しかし、ミリスは別の可能性を発見していた。腰に装備されたサテライト・ユニットである。
 ダス・ゼルプストの背中に接続してサテライト・キャノンと同様にマイクロウェイブを受けるためのものだ。もちろん規模は比べるべくもないし、充填にどれだけかかるのかも判らない。まったく何も判らないのだ。
 だが、ジェニューインを倒すためには、これが一番可能性が高そうだ。問題はどうやってパネルを広げ充填するかだった。
 ジェニューインは腰から、刃のついていない斧の柄のような形状をしたスティックを取り出した。
 右手に握られたその先端から、前に向かってビームが扇状に広がる。ヒート系の斧をビームに置き換えた形をしている。言わばビーム・ホークだ。
 ジェニューインは駆け出すと、バーニアを噴かしてダス・ゼルプストの真正面へと一気に接近した。
 そしてビーム・ホークで斬りかかる。
 ミリスはその軌道を見切ってかわした。
 ジェニューインはそのまま、何度も何度も斬りかかった。縦に横に斜めに、ビームの斧の刃が残像を残して宙を踊った。
 必死にそれをかわしたミリスだったが、その凄まじい攻撃に避けるのが精一杯だった。
 しかも、ダス・ゼルプストは徐々に後退りを始めた。攻撃に転じることはおろか、全神経を集中しなければ避けきれない。
 更に、ミリスの体が追い打ちをかけた。激しい挙動の為、全身が軋み、痛みだした。体の力が徐々に失われてゆく。
 前後左右に振られた頭は、時として現実感を喪失させた。夢の中にいるように周囲がぼやけ、頼り無く揺らめいた。
 いけない、このままじゃ! ミリスの心の底から警告が発せられる。だが、それとは逆に体は動かなくなっていた。疲労が限界まで来ているのである。
 その時、後退するダス・ゼルプストの足が滑った。一瞬、態勢を崩し、動きが止まる。
 しまった! ミリスの感覚は一気に現実に引き戻された。
 ジェニューインはここぞとばかりにビーム・ホークを振りかぶる。
 死ぬ! ミリスは凍りついた。
 ビーム・ホークが振り下されようとしたその時、大きな影が、横からジェニューインに体当たりした。
 メスリーのフェイクだった。
 ジェニューインはよろめいた。フェイクは更にもう一度踏み込んで体をぶつけようとする。
「この!」
 ビーム・ホークがフェイクの横腹に食い込んだ。刃は、そのまま反対側まで突き抜ける。
 真っ二つになったフェイクは、空中で一回転して、その場に転がった。
 アリア?
 その姿を見て、ミリスの頭の中にアリアが浮かんだ。
 アリア、メスリー!
 ミリスは全ての力でもってコントローラを倒した。
 ダス・ゼルプストが唸りを上げて、ジェニューインに激突する。その衝撃にも構わず、ジェニューインの両方の手首を掴んだ。
「何だ、こいつ!」
 カーゾンが呻いた。ミリスはさらに力を込めた。
「う、動かない。何故、こんなにパワーが」
 ダス・ゼルプストはジェニューインの動きを、その力で完全に押さえつけていた。
 今しかない!
 腰のサテライト・ユニットを作動させる。ユニットが縦向きに回転して背中に接続される。左右の蓋が開いて長方形のパネルが伸びた。その長さは片方だけでもダス・ゼルプストの全長を超えていた。
 パネルがマイクロウェイブを受け取り、エネルギーが充填されてゆく。〇、数パーセントずつゆっくりと。
「何故だ、何故動かない? こんなモビルスーツごときに!」
 ジェニューインは体を捻らせてもがいた。だが、握りしめた手は離れなかった。指の先端はジェニューインの装甲に食い込んでいた。
 エネルギーが四パーセントを超えた。ジェニューインはスラスターを全開にして後ろに飛び上がった。
 ダス・ゼルプストもそれに引きずられる。その勢いで両方のパネルが根元から折れた。
「これでどうだ!」
 カーゾンが叫んだ。ダス・ゼルプストとジェニューインは空へと舞い上がった。
「うぉーっ!」
 ミリスは両手を引いてジェニューインを引き寄せた。胸が激しくぶつかり合う。ダス・ゼルプストはヴァイパー・ブレードを構えた。
「これで終わりだ!」
 ヴァイパー・ブレードが閃光を発した。
 鋭いビームがジェニューインの胸を貫いた。
 その勢いで肩の関節が砕け、頭が、胸が、腰が、バラバラに吹き飛ぶ。ダス・ゼルプストの手には根元から引き抜かれたジェニューインの両腕だけが残された。
 胸は数十メートルほど空中を飛んだ。
 そして爆発した。
 それに合わせて腰も四散する。頭と両足はそれぞれ別の軌跡を描いて落下していった。掴んでいた両腕がダス・ゼルプストの手を離れて墜ちて行く。
「た、倒した」
 ミリスは今度こそ終わったことを確信した。ダス・ゼルプストはゆっくりと降下を始める。安堵感がミリスの意識を消滅させてゆく。
「終わった」
 もう一度呟いて、ミリスの意識は消えた。
BACK     目次     NEXT