プロローグ


 UC,0093。
「我々の負けか・・・。」
 ギヌス・ハーリーはギラ・ドーガのコックピット内でそう呟いていた。
 彼の愛機のディスプレイには、進路を変えたアクシズの光の帯が写っている。
 思えば長かった。
 十数年前、いわゆる一年戦争時にジオン公国の兵士として参戦。
 その後もグリプス戦役、第一次ネオ・ジオン紛争をアクシズ、ネオ・ジオンでの参戦。
 四度目のこの戦争でもまた、敗北を見てしまった。
「隊長・・・。」
 ギヌスの耳に声が聞こえて来た。
「ゴールか。撤退だ。」
「はっ・・。」
 ゴール中尉のその声は憔悴し切っているように聞こえた。
 ギヌスもまた、疲れ切っている。そんな自分に苦笑した。
 先程まで、連邦軍の援軍を相手に死闘を繰り広げていたからこそ、その疲れは更に重い物だった。
 彼は愛機の操縦桿を握り直し、機体を回転させた。
 そして、モビル・スーツのマニュピレーターを近くにいたギラ・ドーガに接触させる。
「生きてるか?馬鹿息子。」
「親父か。生きてるよ、残念ながら。」
 それは紛れも無い自分の息子、サンスの声だった。
「よし、それじゃ、帰還するぞ。お前には帰って子供を残してもらわにゃならん。」
「いきなりそれかい、大尉殿。勘弁してくれよ。」
 二人とも笑い、どちらからともなくエンジンを吹かせた。
 もう一度、ギヌスは名残惜しそうに振り返った。
 既にそこには何も無い。
 ただ、地球が青く光っているだけだった。
「はははっ。」
 視点を元の位置の戻す。
 サンスのギラ・ドーガが発するテール・ノズル光が長く尾を引いていくのが見えた。

 UC,0123、三月。
 フロンティアWの目前に、大量のモビル・スーツ群が迫っていた。
 その群れの前の方にぼんやりと光が見える。
 それが、部隊長機から発せられるビームなのは彼ら以外知らないだろう。
 彼等以外にそれを知っている者はいないはずだからだ。
 そしてジェン・ギーバーもその部隊を率いる部隊長の一人だった。
 クロスボーン・バンガードを名乗るその軍隊での初の大仕事を決行すると有って、彼は緊張していた。
 そのクロスボーン・バンガードでパイロットの教官をしていた自分が、次は手本として教え子達に良いところを見せねばならない。
 深く、溜息を吐いた。
 昔、彼がまだ地球連邦軍の士官であった頃。
 その時にマフティー・ナビーユ・エリンを名乗る組織と対決した時が彼の初陣であった。
 あの時はケネス・スレッグ准将の部隊に配属されたばかりの新人だった。
 それから連邦軍がぬるいと感じた彼は職を変更する。
 それから、ブッホ・コンツェルンで働いていた時だった。
 偶然にクロスボーン・バンガードという私設軍隊が秘密裏に組織されていると聞いたのは。
 そして、この軍の総司令官であるカロッゾ・ロナこと鉄仮面にパイロットの育成を頼まれたのもその時である。
 彼にしてみればニュータイプと言われるドレル・ロナも、ザビーネ・シャルも可愛い教え子でしかない。
 それから彼は、マフティーの事を考えた。
 組織のリーダーである青年は処刑された。それは仕方が無い。
 しかし、その後のマフティーの運動は著しく低下していった。
 彼等はアデレート襲撃を最後に消えてしまったのだ。
 ジェンは彼等に感謝していた。
 彼らが現われなければジェンはここにいなかったからである。
 地球連邦のぬるま湯の中でずっと生活していたと思うと、嫌気が差して来た。
 ケネス准将の部隊はこれぞ軍隊と言う感じの、彼が望んでいた物だったが、後任の隊長は違った。
 だからこそ地球連邦軍には居られないと思ったのである。
「ふぅ・・。」
 感傷に浸るのは止めた。今は思い出を回想しているような時間ではない。
 目標は目の前なのだ。
 彼は回線を開き、自分の部隊の者に呼びかけた。
「全員、作戦は分かっているな。これよりそれを実行に移す。いいか、練習ではないぞ。気を引き締めてかかれ!」
 ミノフスキー粒子のせいで多少ノイズが走るが、微かに「おお!」という声が聞き取れた。
「では、これより無線の使用を一時中断する。ドレル大隊の突入後に我々も続くぞ!」
 そう言ってから無線を切り、ジェンは深呼吸を大きく二回した。
「よし。」
 操縦桿を握り直して、ペダルを大きく踏み込む。
 目の前の巨大な円筒形コロニーがグン、と近づいて来た。
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