第一話 「襲撃」


 UC,123年。
 その約六年前に、ジオン、ネオ・ジオンの歴戦の勇士であるギヌス・ハーリーは病死した。
 呆気ないものであった。
 アスク・ハーリーはそのギヌスの孫である。
 ジオンの思想を祖父から聞かされて来た彼は、同時にモビル・スーツについても聞かされた。
 実際、ギラ・ドーガのシュミレーションではモビル・スーツの撃破数は百を越えていた。
 このギラ・ドーガもスイート・ウォーターで隠し持っていたものだ。
 ギヌスは、事ある毎にアスクにジオンの思想を教えて来た。
 連邦政府の腐敗堕落をもその中には入っている。
 元来、聞き上手であったアスクの態度にギヌスも心置きなく喋る事が出来た。
 ようするに、孫でストレス解消を行っていたのだ。
 ギヌスの死後、彼の息子、つまりアスクの父親であるサンスはしっかり者の真面目な男だ。
 だから、ギヌスも安心して死ぬ事が出来た。
 よしんば、心配は自分が一族にかけた迷惑だけだろう。
 ジオン側にいた彼は、いつも批難される立場であった。
 当然、息子も孫もそうである。
 この一家は、一族の恥とすら罵られているのである。
 そんな心配も、小さな心配だと思っている。
 自分が働いて稼いだ財産が有るし、サンスも真面目に働いている。
 いざと言う時は、ギラ・ドーガを売れば良いのだ。
 未練無く死ねたギヌスは、幸せであった。
 アスクから見ても、安らかな死に顔だった。
 そんな折、アスクは交通事故で両親を失う。
 新開地、フロンティアWに移住する事になったのは、親戚がそこにいるからだ。
 だが、そこでアスクは親と祖父の遺産を奪われたばかりか、厄介者扱いであった。
 アスクと伯父夫婦が別姓であるのもそういう理由が有るからだ。
 アスクは中学から新聞配達と牛乳配達のバイトを始めた。
 自分では働きもしないで、遺産で遊んでいる伯父夫婦に反感を持つ。
 小遣いすらもらえないから自分でバイトをして金を貯めるほか無いのである。
 そうして暮らして来たが、日常でのストレスは耐えられないものだった。
 学校での関係は良いのだが、家での扱いである。
 伯父夫婦とその息子、つまり義理の弟に当たるスリート・サンが気に食わないのだ。
 それの発散場所が、学校でありバイトであり、隣のケーキ屋なのだ。
 それと言うのも、リーフ・アルフと言うアスクがこのコロニーに来た時に隣になったケーキ屋の娘の御陰である。
 正直、可愛い女の子だ。
 彼女の小柄な体は、気の小さい事からさらに小さく思える少女である。
 これぞ女の子だと言う感じの小さい鼻と口、全体的に細い線はロリコンなら即刻倒れる程のものである。
 そんな彼女もアスクにはすぐに懐いた。
 アスクも妹ができたみたいで嬉しかったし、一緒に居て楽しいと言うか嬉しいと言うかな感じを抱かせる不思議な少女だ。
 更に、リーフと同年のスリートは彼女に片恋している。
 スリートの悔しそうな視線の中、リーフと楽しそうにしているのは中々憂さ晴らしができて良いものなのだ。
 そんなこんなで日々を送って来たアスクは今、ハイスクールの学園祭をサボっているところだ。
 この学校は二学期の終了間際の三日間に学園祭を開催する。
 最終日の今日、今は学園のミス・キャンパス・コンテストが開催されているはずだ。
 これは一番盛り上がる行事だが、アスクは別段興味はなかった。
 クラスの出し物はしっかりやったので、ここぐらいはサボっても良いと考えたのである。
 だが、このミス・キャンのトトカルチョにはしっかり参加した。
 どうせ優勝はセシリー・フェアチャイルドだと踏んだからだ。
 本人に会った事はないのだが、周りの評価だ。手っ取り早く金を稼ぐ為の手段であり、ちょっとした遊び心だ。
 しかし、学校を抜けたはいいがいくあてが無かった。
 このまま街を歩いてるのも暇だと思ったアスクは結局学校に戻ろうと思い身体を反転させた、その時。
 上空でモビル・スーツが落下しているのが見えた。
「何だ・・・?」
 ゆっくりと落ちてくるそれは、学校の上に有った。
 遠目に見ると、それはこのコロニーに駐留した連邦軍の大型ジェガン・タイプだと認識できる。
 それが、学校に落ちたようだった。
 それを待っていたかのように、別のモビル・スーツがジェガン目掛けて落下して来た。
 見慣れないモビル・スーツだと思う程余裕が有ったのをアスクは不思議に思った。
 それを気に、一斉にその見慣れないモビル・スーツがコロニーに侵入して来た。
「何だぁ!?」
 その問いは、恐らく周りにいるもの達も知らないだろう。
 そのモビル・スーツは大きく旋回して近くに来たジェガンと戦闘を始めたのだ。
「うわっ!」
 ジェガンがビーム・ライフルを撃った。
 そのビームが住宅地に突っ込み、周辺を吹き飛ばした。
「なっ・・!」
 ふざけるな!
 ビームの衝撃波が襲い来る中、アスクは激昂した。
 コロニーに穴が空かないかったのが奇跡的だったのだ。
 アスクは周りの大人達に従って逃げ出した。
 確か、家は近くだったはずだ。最低サバイバル・バックだけでも持って逃げようと思った。
 一生懸命にそこまで走り、玄関に駆け込んだ。
「母ちゃん!何が起こったんだよ!?」
 スリートの情けない声が聞こえたが、そんなのに構っている暇はなかった。
 自分の部屋に入り、サバイバル・バックを引っつかんでまた出ていった。
「アスク、居るのかい!?」
 途中、伯母のドスの利いた声が聞こえたが、無視して玄関を出ていった。
 性悪の伯母の声など聞きたくも無いのだ。
 玄関を出たところで、リーフがきょろきょろと辺りを見回していた。
「リーフ!」
 アスクはそう呼びかけ、急いで少女に駆け寄った。
「お兄ちゃん!」
 リーフはアスクを見て、駆け寄って来た。
 リーフは何故かアスクをこう呼ぶのだ。始めはとにかくもう慣れた。
「大丈夫か!?」
「うん!」
 彼女もサバイバル・バックを持っている。
 上空では、未だに戦闘が続いていた。
「二人とも!」
 近くでそう呼ぶ声が聞こえた。それはリーフの両親だった。
 反対側の道路で、二人が手を振っている。
「お父さん!」
 リーフがそちらがわに走ろうとするが、右往左往する人の波が邪魔で通れない。
 次の瞬間、反対側の道路の家にミサイルが突っ込んで来た。
「うわぁぁぁ!」
 リーフの両親はその瓦礫に押しつぶされ、死んだ。
「あ、ぁぁぁ・・・。」
 さらに、そこに止めとばかりにもう一発、ミサイルが飛んで来て爆発した。
 それは間違い無く連邦軍のモビル・スーツから発射されたものだ。
 アスクはそのモビル・スーツからまるでスローモーションのようにミサイルが飛ぶのが見えた。
「あぁぁぁぁ・・・。」
「くそ!」
 アスクはリーフの腕を掴んで走ろうとした。しかし、リーフは動かない。
「リーフ、どうした!?」
 振り返ったリーフの顔は、正に蒼白と言う形容がぴったりだった。
 先程は気付かなかったが、彼女の腕は震えている。
 いや、全身が震えていた。
 その見開かれた目は、虚空を見ているようにアスクには思えた。
「しっかりしろ!」
 アスクはそう、叫んで手を掴んだまま走り出した。
 リーフは力無くそのまま引っ張られているのが分かる。
 頭上では、まだ戦闘が行われていた。

 アスクはコロニー内のシェルターに駆け込んだ。
「すみません、入れて下さい!」
「駄目だ!ここはもういっぱいだ!!」
 アスクは、今日何度目かの舌打ちをせざるをえなかった。
 これで三つ目なのだ。
 コロニー内には、緊急時の為のシェルターが置かれている。
 その中には、食料やノーマルスーツもある。
 コロニーの自転に合わせて宇宙へと脱出できるようにもなっていた。
 しかし、まだ開発途中のフロンティアWはそのシェルターが十分に無かった。
「リーフ、行くぞ!」
「・・うん。」
 その返事を聞いた時、アスクは少し安堵した。
 リーフが、少しでも立直ってくれたと思えたからだ。
 しかし、依然上空ではモビル・スーツが戦闘をしている。
 おまけに、シェルターは既に避難民でいっぱいだと言うではないか。
 出来る事と言えば、いくあても無く逃げ回るしかないのである。
 と、前方に「山」が見えた。
 「山」とは、スペース・コロニーのシリンダーの前後に、周囲の内壁からシリンダーの中央部まで土による斜面が形成されている場所である。
 直径六キロ近いシリンダーならば、三千メートルの斜面が、三面の地上部から伸びている事になる。
 それは、内壁面から見れば、「山」そのもので、その様な景観を造成しているのである。
 ただ、フロンティアWの場合、この山は月側にしかない。
 大要面に造成されるべき「山」は、まだフロンティアWのスペース・コロニー其の物が完成していない為に、造成されていない。
 アスクが見たのは、その月側の「山」で、同時に彼は閃いた。
(あそこに逃げれば被害が少なくなるかもしれない。)
 何より、コロニーの状況を見る為には打ってつけの場所だと直感もした。
「リーフ、辛いけど精一杯走ってくれ!」
 後ろを振り返り、大声で呼んだ。
 そうしなければ周りの騒音と、戦闘音に掻き消されてしまうかもしれないからだ。
「わかった!」
 リーフも負けじと叫んだ。
 それで勇気づけられたアスクは、山に向って走った。
 上空での戦闘は一層激しさを増したようだ。
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