Prologue 『宇宙移民開始』


 宇宙世紀六十八年。
 地球の主要国が地球連邦宣言をし、スペースコロニーとよぶ管型宇宙ステーションへの移住法を制定してから半世紀を越えていた。五十億とも言われる人類の移民は急速に行われ、かつて地球に住んだことのある世代は少数になり、人間がかつては地球に住んでいたということは、単なる昔話から歴史の領域に入りつつあった。
 人々は、巨大な円筒の内壁を大地とし、それが回転することで生まれる遠心力を重力として生活することになったのだ。
 スペースコロニーで生命が生まれるのはごく自然なことであったし、ここで死んでいくのだということになんの疑いももたない者が大半を占めはじめていた。スペースコロニーは、政治的にはともかく精神的に運命共同体としての役割を果たしていた。
 一方で、地球に利権を持つ資産家や政治家は、地球から離れたがらなかった。
 スペースコロニーに移民することで、地位や財産が脅かされるのを懸念するのは当然のことである。むしろ、大半の人間が移民するのに乗じて地球上での権限を拡大した者までいるのだから、その利潤は馬鹿にできるものでもない。そして、地球永住権を金で買うという違法行為までが水面下で行われるようにもなる。
 やがて、地球に住んでいる人間という意味のアースノイドとスペースコロニーの人間であるという意味のスペースノイドという呼称は、ブルジョアとプロレタリアという言葉の代名詞ともなった。その意識は、お互いの関係が宗主国と植民地国であるというものにまでなりつつあった。
 さらに、地球の政治家は地球に残った企業の保護を目的にスペースコロニー側企業の経営に制約や圧力を加える必要もあった。地球の生産物、とくに野菜や畜産物などは良品ではあるが生産能力はコロニーに遠く及ばないのだ。そこにもってきて、宇宙に地球の地下資源に相当するものが予想ほどに期待できないと判明し、それらが高く売れたのである。生活水準の格差は開くばかりになり、スペースコロニー側の不満はたまっていくこととなる。
 地球から加えられる制約に加え、コロニーに連邦政府の宇宙軍が駐留しているのがさらにスペースノイドの神経を刺激した。政治的不満の解決をしようという運動も宇宙世紀三十年から四十年頃から盛んになったが、それをコロニー駐留軍が鎮圧するという事件が多発し、まさにスペースコロニーは地球の植民地と化していた。

目次     NEXT