Chapter2 『パプテマス・シロッコ』


 信用はしきれないとは思っていても、エマ中尉がカミーユの進言を容認したのは、モビルスーツの運送を容易にするためである。ティターンズではないようだというだけの理由では、いささか迂闊だが、燃料があるのならばそのモビルスーツは自力で飛行させた方がいいという判断だ。予定ならばクワトロの部隊の“リック・ディアス”で運ぶ予定だった。不安要素は少ない方がいいにきまっていて、カミーユと自力飛行しない“ガンダムマーク2”を天秤にかけたということである。士官ひとりならば、母艦の“アーガマ”にいついてからでも営倉に押し込んでしまえばすむことだと判断したのである。
 そして、エマのその判断は正解だった。
 モビルスーツのレーダーが敵機影を捕らえた途端、その方角から火線が走ったのだ。
 大きくそれていってくれたから、回避運動をとる必要はなかったが、
 「メガ砲!」
 実戦の経験のあるカミーユでもパイロットスーツの排泄タンクが気になった。
 メガ粒子砲は、今や珍しい兵器ではない。カミーユが驚愕したのは、その大出力である。これだけのモノとなると揚陸艇以上のクラスでないと搭載できないはずだ。月面都市に軍艦が進入するのというのは軍法はおろか国際法違反のはずなのだが、特に軍事がらみの法律など、状況次第、やぶり方次第なのである。ルール違反だと叫んだところで、撃墜されてしまえばそれまでだ。死んだ後で罪人が裁かれたとしても生き返ことなどできない。
 “モビルアーマーだな。ティターンズは、ここが地球と地続きだと勘違いしているんだ!”
 クワトロの舌打ちが無線越しに聞こえてきた。
 市街地に武装したモビルスーツを入れているエゥーゴだって大差はないだろうと思いながらも、応戦体制をとりたいが、カミーユの搭乗している“ガンダムマーク2”はいっさいの武装をしていない。モビルスーツ戦においては、攻撃をしながら回避運動をおこなうから被弾率を格段に減らすことができるのである。武装をしていないモビルスーツは、戦場において巨人のカタチをした棺桶のようなものだ。
 「大尉。僕のモビルスーツは武装してないんです!」
 カミーユは、蒼白、絶叫した。
 “ここでふた手に分かれる。カミーユ君は私と来い。エマ中尉はロベルト、アポリーと。“アーガマ”でおちあうぞ”
 と、クワトロは“リック・ディアス”が装備している予備のライフルを差し出し“ガンダムマーク2”を使いこなしてみせろと鼓舞した。
 コックピットインターフェイスは確かに“ゼータ”と同じだが、どこまで使えるものかわかったものではない。とはいえここで撃墜されるわけにもいかず、唯一の武装となるライフルを意識した。その形状からライフルという呼称ではあるが、ようはこれもメガ粒子砲である。モビルスーツクラスでも扱えるように小型化されているので出力は下がるが、搭乗者ひとりの起動兵器には充分な火力だ。急所を見極めれば、巡洋艦クラスでも一射で撃沈はともかく沈黙させることは可能という代物なのである。もっとも、敵軍艦にそこまで接近できないというのも戦場だ。モビルスーツは、軍のプロパガンダでいうほどに万能兵器ではないのである。
 モビルアーマーなどという、モビルスーツなみの機動性と軍艦クラスの火力と航続距離を併せ持った兵器のほうが特別すぎるのだ。
 そのモビルアーマーらしき敵機からの二射目を回避し、一射目より正確になってきている射撃に距離が縮まったことを知った。そして、敵機が未だにこちらの射程内に入っていないことに焦燥を感じていた。

 モビルスーツを二十メートル前後の巨人だと比喩すると、モビルアーマーというのは、その倍近くはある怪鳥というべきだろう。カミーユたちの前方にいる“メッサーラ”は、まさにそのモビルアーマーの部類に属する。ミノフスキークラフトという飛行装置を内蔵し、そこに軍艦なみの推進装置も装備している。ピラミッド型の推進エンジンを背中に二機も乗せた巨大戦闘機は、まさにグリフォンといった風体だった。
 「“マーク2”を二手に分け、どちらかだけでも本体に合流させようという作戦か」
 パプテマス・シロッコ大尉は“メッサーラ”のコックピットで、その狐のような容貌に似合いすぎる失笑をした。
 敵の采配はいかにも妥当だが、不確定要素でもないかぎりたった五機のモビルスーツが二機ものモビルアーマーの追撃から逃げられるはずはないという余裕からだ。ふた手に分かれたところで、こちらの手駒も二つなのである。
 “パプテマス大尉、三機のほうは私に!”
 自分に随伴する“メッサーラ”パイロットのサラ・ザビアロフ曹長のいかにも少女といった声に聞き惚れつつ、シロッコは、その判断を正しいと誉めた。同時に、自分の目標を鮮紅のモビルスーツに定める。“ガンダムマーク2”の動きは、シロッコにとってみればずいぶん稚拙に見えたからだ。紅いのさえ抑さえてしまえば、あとはいかようにもできるという判断をしたのである。
 まさかエゥーゴとはいえ、紅い彗星などということはないだろうと思った。一年戦争のおり、モビルスーツという兵器の性格上、多くのカリスマパイロットが生まれた。ジオン公国軍のパイロットで、紅くペイントしたモビルスーツを操るシャア・アズナブルという男は、編隊を組むことなく五隻の戦艦を撃沈させたという。モビルスーツの連続稼働時間を考えればいささか眉唾の戦績ではあるが、言わば伝説化していることだけは確かだった。
 「サラ、あまり無茶をするな。この件はバスクの失態にすぎんうえに、こちらはぎりぎりだ。このような出撃で、軍法会議にかけられても面白くはないからな」
 “了解です”
 と、サラ・ザビアロフ曹長の若草色の“メッサーラ”が三機の方に向かって驀進するのを見送り、自分は紅いモビルスーツに機首を向けた。

 敵モビルアーマーの動きに、クワトロは逃げ切れるのではないかと直感した。
 実際、モビルアーマーとモビルスーツでは真っ当な戦闘にはならない。モビルアーマーの射程距離の方が圧倒的に長いのだから、遠巻きにモビルスーツを追い込めばいいのだ。にもかかわらず、“リック・ディアス”のわきをかすめて後方に突き抜けたから、こちらにも運が向いてきていると思うのだ。このまま素直に見逃してもらえるとも思えないが、モビルアーマーを任される割にはずぶの素人なのか、その気がないということなのではないか。今、その気になられていたら、自機かカミーユの“ガンダムマーク2”は被弾していただろう。
 「カミーユ君、逃げるしかないな。さしもの“ガンダム”といえど、君はアムロ・レイではないのだからな」
 一年戦争の英雄パイロットの名前を出すことは現役のパイロットを侮辱することになるのかとも思ったが、対モビルアーマー戦の経験が無いであろうパイロットを納得させられる方法をクワトロは他に思いつかなかった。たとえモビルアーマーといえど、ひとりでなら余裕で逃げ切れる自信はあった。一対一という状況で、敵のメガ粒子砲を躱しきれる自信ならある。しかし、庇わなければいけないモビルスーツが他にいたら話は別だ。カミーユの力量が自分と同等以上であれば問題はないが、それを期待することは、キャリアを考えれば酷というものだ。
 とにもかくにも“ガンダムマーク2”を持ち帰ることは、これからのエゥーゴの士気を考えても重要なことだった。ティターンズ工廠の新技術を入手できるかも知れないという期待いじょうに、エゥーゴを世に正式に認知させ、かつその力を示すには最高のパフォーマンスになるからである。
 アムロ・レイの名前を持ち出されても、カミーユに特別な感慨はない。この状況下においては逃げ切ることの方が先決だということしか考えられなかった。大編隊を組んでいなければモビルアーマーからは逃げるものだと士官学校では教えられたし、実際に相手にしてみたら教官の言葉は正しかったのだとわかる。今の敵が発砲を躊躇しているのはここがグラナダ市内だからで、街の損壊や軍法をおそれているからに違いない。このまま、更に発砲しにくくなる港にまでいかに逃げ切るかということを考えるべきだ。クワトロ大尉の判断は至極真っ当だ。
 「大尉、燃料はまだもちます。ティターンズの“ガンダム”だって、ヤワじゃないでしょう」
 そう言った刹那、“ガンダムマーク2”は高度を落としはじめた。長大な跳躍はできても、飛翔するまではできないのが通常のモビルスーツだ。先日まで、カミーユがテストしていた“ゼータ”のようにはいかない。
 まだ余力のある“リック・ディアス”のクワトロは、“ガンダムマーク2”の着地地点を見越してモビルアーマーを牽制する。跳躍を繰り返す場合、着地をしたときが尤も無防備になるからだ。もっとも、着地地点を予測させないように跳躍を繰り返すのがエキスパートというものである。
 「カミーユ君は、とにかく港に急ぎたまえ。エゥーゴに興味があるのならば、初仕事だと思えよ」
 クワトロはそう言いながら、転進して背後から猪突してきたモビルアーマーの腹側にしがみついた。
 その加速からくる強烈な加重に気絶しそうになるも、どうにか振り落とされない体制にした。驚異的な操縦技術である。
 大型のモビルアーマーではモビルスーツほどに低空を飛ぶことはできない。モビルスーツの方が足は遅いが、逃げ切れる可能性はそこにあるのだ。
 モビルスーツの主武装であるビームライフルでは、巨大クレーターの中にある“月面都市の蓋”を傷つけることはほとんどない。しかし、街そのものに対してはそうはいかない。軍艦やモビルアーマークラスのメガ粒子砲となると“都市の蓋”を傷つける可能性が高いために、その使用にモビルスーツのそれ以上に制限が加えられている。カミーユの“ガンダムマーク2”はこの大型のモビルアーマーからは見おろすかたちになり、街への流れ弾を考えれば容易には攻撃はできないはずだ。追尾することはできても、足止めをすることまではできるものではない。
 “大尉、一機でモビルアーマーを相手にするんですか”
 「私とて、前線でジオン独立戦争を生き延びたパイロットだよ」
 無線から聞こえてきたカミーユの声は、踵を返しそうな雰囲気だったのでぴしゃりと言い放った。戦闘経験の少ない若いパイロットには反感を買ってしまう言い回しかもしれないが、他に言葉を思いつかなかったのである。
 無論、クワトロとてモビルアーマーに勝てるはずがないということくらいは解っている。しかし、兵器の性能差が勝敗を分ける決定的要素ではないというのはクワトロの哲学でもある。一機が二機になったところでどうにかなるという性能差でもないということでもあった。また、敵の目的が“ガンダムマーク2”にあるのならば、この状況でならクワトロは単純にひとりで戦闘をしているということにはならないのだ。
 “紅いモビルスーツのパイロット、聞こえているな。奪ったモビルスーツをおとなしく返せ。投降までは強要しない。君たちがエゥーゴでも、不問にする”
 戦闘機同士が接触することで開かれる接触回線から聞こえた声に些細な驚愕をした。こちらが新兵器を強奪するという蛮行に及んでいるというのに、実に紳士的な申し出である。とはいえ、感嘆しつつもクワトロはモビルアーマーの巨大なエンジンを半壊させることを考えた。追撃を避けるためならば破壊、撃墜のほうが正解だがあいにく下にはグラナダの市街地が広がっている。そして、モビルアーマーのパイロットの紳士的な発言に対する負い目でもある。
 「私はエゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉だ。貴様は信用できても、上官があのバスク・オムではな!」
 三十バンチ事件の主謀者など信用できるわけがない。バスク・オムの部下であればクワトロの言葉の意味は理解できるだろう。
 “私は、パプテマス・シロッコ大尉だ。残念だな!”
 モビルアーマーは錐揉み運動をはじめ、クワトロの“リック・ディアス”を振り落としにかかった。
 倍以上の質量が生み出す旋回運動に、さしもの“リック・ディアス”も振り落とされた。
 はじき飛ばされた“リック・ディアス”は舞い上がってしまい、モビルアーマーが市街地を背中にしてしまったので、今度はクワトロの方が攻撃できなくなってしまった。攻撃できなくなってしまったのは、はじき飛ばされたときの加重に目眩をおこしかけていたからだということもある。シートのショックアブゾーバが最新型のものでなかったら、気絶していたかも知れなかった。
 「大型だとはいえ、パプテマスという男は何なのだ!」
 クワトロは、モビルアーマーの挙動に舌を巻いた。モビルアーマーの方がパイロットにかかる負担は少ないものの、あの速度であのような操縦をするのは相当の技術や胆力、体力を必要とするはずだった。侮れないということだなと口の中で言うと、“リック・ディアス”をめがけて上昇してくるモビルアーマーへむけて急降下をした。ビームライフルを使える状況にするために、一秒でも早く敵の下側に回り込まなくてはならない。月面都市における戦闘で敵があれだけ大型ならば、再びしがみ付く方が技術を要することだとしても有利ではある。しかし、パプテマス・シロッコを相手にとりつくのはむしろ危険すぎると判断した。
 モビルアーマーもとうとう背面に装備されたメガ粒子砲を使い始めたが、クワトロはそれを躱しながらモビルアーマーのわきをすり抜けようとする。
 が、
 モビルアーマーの右翼から巨大なマニピュレータが飛び出し、“リック・ディアス”の脹脛を捕らえた。
 先ほど以上に脳味噌を掻き回すような衝撃の所為で胃液を少し戻してしまう。
 “貴公を紅い彗星のようだとみとめてもやるが、相手が悪かったな”
 再び接触回線が開き、シロッコの哄笑が聞こえた。
 「紅い彗星とは、ずいぶん侮られたものだ」
 クワトロはため息のような声しか発すことができなかったが、奮える掌で操縦桿を操り、ビームライフルで巨大なマニピュレータを攻撃する。破壊することはできなかったが、振り解くことには成功した。頭蓋の中で豆腐のように脳が揺れている常態だというのに、まだモビルスーツを操縦できるというクワトロもただ者ではない。
 とはいえ、クワトロは遁走を考えはじめていた。戦闘に著しい制限を加えられる月面都市でモビルアーマーの相手をするのはやはり無理があったようだ。

 シロッコは、鮮紅のモビルスーツに半ば恐怖していた。
 秋霜烈日とばかりの追及でもまだ稼働しているモビルスーツなどこの地球圏にあるものだろうか。一年戦争の頃は木星圏にいたからまさに噂にしか知らないが、奴は本当に“紅い彗星”なのではないだろうか。今の旗色でこちらが負けることこそないだろうが、動きに制限が加えられた今の常態で撃墜できるとは思えなくなっていた。そして、その紅い彗星に護られている“ガンダムマーク2”を捕獲することなど夢想にすぎまい。
 深呼吸をしてどうにか落ち着こうとしていると、前方から高出力のメガ粒子砲の火線がはしり、かろうじてシロッコはそれを躱した。深追いしすぎたようだ。空母を二隻並べたような風体の、見たことのない軍艦が前方にあった。
 「エゥーゴめ、あんなものまで造っていたのか」
 この軍艦のこともだが、失笑されようとも報告書には紅い彗星の事を書かねばなるまい。たったひとりのパイロットで戦局が変わることなどはない。しかし、紅い彗星はシャア・アズナブルなのだ。本名はキャスバル・レム・ダイクンであり、ジオン・ズム・ダイクンの息子でニュータイプとも噂されていたという男である。その名前は、地球連邦政府だけでなくスペースノイドにこそ特別な意味があるのだ。
 “ガンダムマーク2”を奪還できなかったことなどバスク・オム大佐の失態でしかない。これいじょうこだわって“メッサーラ”を傷つけられるのは御免こうむりたいとも思うから、シロッコはサラ・ザビアロフ曹長に撤退命令を発した。
 反地球連邦組織にシャアがいるのは、できすぎた話なだけに気に入らないとひとりごちた。



 グラナダ市ティターンズ本部で、パプテマス・シロッコ大尉とサラ・ザビアロフ曹長はノーマルスーツのまま華麗な敬礼をした。
 目の前では、巨漢のティターンズ司令官バスク・オム大佐が苦虫をかみ潰したような顔をしていた。
 とは言っても、バスクは丸いサングラスをかけており、表情を正確に読み取ることなどできはしないのだが、この男が顔を明らかにしていたとしても好きになれそうにはないと、シロッコもサラも思っていた。
 「この件でエゥーゴの実在が判明したな。正式に宣戦布告もあった。その様な時に紅い彗星の名前を出せば、自分の失態をごまかせると思ったか?」
 「今度の件が私の失敗だなどと、ご冗談はやめてください。“ガンダムマーク2”もエマ・シーン中尉も私の管理下ではありませんでしょう」
 その飄々と追及を躱そうとするシロッコの態度がバスクには気に入らない。
 「屁理屈を並べるな。“マーク2”の強奪そのものの責任は貴様にないとしても、ティターンズのメンバーとして奪還の責務はあったはずだ」
 「大佐こそ開き直りが得意であらせられる。私はまだティターンズに配属されたばかりで、部下もこのサラ・ザビアロフ曹長しかおりません。自由にできる戦力も、自前で用意した“メッサーラ”しかなければ無理というものです。まして、十一メガワットものメガ粒子砲をサラ曹長のような下士官に扱わせるわけにはいきません」
 事実そうだった。サラ曹長は今回の出撃でメガ粒子砲を一度も使用してはいない。“ガンダムマーク2”奪還作戦をシロッコに任されたこととて、半ばは嫌がらせのようなものだった。“ガンダムマーク2”がシロッコの管理下にあったわけでもない。今回の事件でも、バスクはシロッコ以外の部隊をモビルスーツで処理することもできたはずなのだ。それを、わざわざ月面都市では運用のむかないモビルアーマーという戦力しか持っていないシロッコを指名したのである。
 バスクは、シロッコのことが単純に気に入らなかった。
 ティターンズ入りしたのが半年前なのだが、今やティターンズひとりで取り仕切っている自分への牽制のためにジャミトフ大将が抱え込んだというのは明白だった。
 「もうよい。報告書は明日中に提出しておけよ。紅い彗星でもなんでも構わん」
 シロッコの言うことはいちいち正論だった。口論をはじめてしまったら他の部下にいらぬ恥をさらすことになるとふんで、バスクは生意気な部下を下げさせた。皮肉のひとつも用意できてはいたが、それもどの様に上げ足をとられるのか解ったものではないとやめておいた。
 「“メッサーラ”への補給はさせていただきます。早速の転属命令がでていますから」
 シロッコとサラは、もう一度華麗な敬礼をして踵を反した。
 バスクは、その背中に唾を吐きかけたい衝動を抑さえるのに必死だった。三日先にシロッコに転属の伝令があった。その内容をバスクは知らず、ジャミトフ・ハイマン大将から直接の命令だというのである。バスクとて穏やかでいられるはずがない。
 『サイド7のグリプスを完成させれば、閣下は認めてくれる』
 現在、グリプスという作戦をバスク主導ですすめている。サイド7にある二バンチコロニーであるグリーンノア2の基地化が目的で、宇宙においてティターンズがスペースノイドに睨みをきかす橋頭堡にするつもりだ。
 先の大戦にもその後のジオン残党との数々の小競り合いのひとつにも、宇宙の果てにいて参加していないシロッコになどにバスクが親近感など持てるはずもなかった。旧ジオンのニュータイプ研究機関所属の研究員の息子だというのも気に入らなかった。ティターンズの根底にあるジオンへの敵愾心から考えれば、シロッコの入隊など矛盾でしかないと思える。互いに協力してティターンズを設立したジャミトフとてその気持ちは同じはずだ、というのが自分の甘えだとは思いたくはなかった。



 「私、大佐は嫌いです」
 “メッサーラ”のあるドックに向かう途中、サラはシロッコを呼び止めず口の中の余憤をもらした。
 結っていた栗毛色のショートカットをほどきつつ、ため息をついた。
 シロッコは振り返らずに、ティターンズ創立の功労者を侮るものではないとたしなめつつも、
 「サラ曹長のそういう感じ方はすばらしいな。君のことを閣下が私に託した意味も解るというものだ」
 シロッコの顔が見えないままだが、サラは微かに紅潮した。彼が、自分を認めてくれているというのは気持ちのいいことだ。
 「大尉のために頑張りたいのです」
 その決意を聞いたシロッコは、聞き流せないとばかりに立ち止まり、振り返った。サラの細い両肩に掌をおくとグリーンのまるい瞳を覗き込むようにしながら、
 「嬉しいが、そういうのは命を縮めるな。家族のことを考えるべきだ」
 これは、優しさではなく経験だと続けた。献身は身内にだけ向けられればよい。戦場での思いやりは自滅を招くと。
 シロッコの淋しい瞳の光の理由を僅かに感じたサラは、無言で肯きつつ、身震いをしていた。

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