序 『初恋 − 一』


 一等操縦士に昇進して正式にアクシズ軍のモビルスーツパイロットとして認められたその日、自分はかなわぬ初恋をしたのだとジュドー・アーシタは自覚した。
 紅潮した頬を悟られはしまいかと、気が気ではなかった。
 二等操縦士という見習い期間を終えたこの卒業式で、階級章の授与のおりに激励の訓辞も下したハマーン・カーンと眼があった瞬間、全身の血が逆流しているかとジュドーは思った。
 ワイン色のボブカット。
 菫色の涼やかな瞳。
 落ち着いた声。
 そして、白く細い喉。
 この壇上にあがって直接階級賞を受け取れたこと、首席で卒業できたことに感謝していた。
 「この階級に甘んじることなく準騎士や騎士、ゆくゆくは貴族階級をも射程にいれよ。士官学校出に気後れせぬようにな」
 そう言って口元が微笑むのをジュドーは目に焼き付けていた。
 まさにかなわぬ恋である。彼女は二十歳、自分は十四歳という年齢差もあるが、ハマーンの位階は従一位なのであり、アクシズ行政の摂政なのである。軍人が二位いじょうの位階をもつことが禁止されているアクシズにおいて、特例として軍の最高司令官である元帥にまでなった人物だ。一兵卒のジュドーとつりあうはずもなかった。
 しかし、その熱い思いは消えることなく、ジュドーの中に残っていた。
 曹長に昇進した今も、手渡しで受け取った一等操縦士の階級章は大事にとってあるのだ。

 恋に狂うというのは重複表現である。恋とはすでに狂気なのだから。

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