第二話 「動き始める、刻」


 暗い部屋の中、シグルドはベッドの上で右腕を自分の目を覆うように置いて、寝ていた。いや、意識は起きていた。
 空気の抜けるような音と共に、部屋のドアが開く。その向こうの通路から差し込む光は、腕で覆われたシグルドの目には届かない。
「シグルド、起きているか?」
「……はい」
 相手がヴィーンである事は声だけでなく、判っていた。シグルドに話しかけてくるのは、テストパイロットを頼みに来たヴィーンだけだからだ。テストパイロットをすぐに止められるよう、あまり軍の深い部分に関わらないようにしてくれているのだろうとシグルドは考えていた。
「今回の件は特別に不問となる事が決定した。スフィアWに襲撃を計画していたのが察知出来なかった我々の落ち度と、民間人に軍用新型機のテストパイロットを頼んだということもある」
 理不尽な事だが、シグルドが新型機で戦闘をした事の方が問題としては重大なようだった。
 敵を殲滅出来、侵攻を阻止したからそれで良し、とはならないのだ。
「恐らく、敵には新型機の事がばれただろう。そうなると、ここに留まるのは危険が増す」
 偶然とはいえ、火星連合軍に新型機は見られてしまったのだ。その情報は漏れてしまっただろう。そして、シグルドが戦った事でその性能が火星連合軍の量産型機よりも高い事を示してしまった。
 敵としては新型機に使われているであろう技術は欲しいはずだ。
 地球、世界政府軍と火星連合軍で、モビルスーツに使われている素材は異なっているのだ。
 世界政府軍では、主に月で採取される、ルナリウムと呼ばれる特有の金属を用いられている。ルナリウムは、それ自体が装甲素材としては優秀なだけでなく、耐久性が高く、他の金属との相性が非常に良いという特性を持つ。主に合金の繋ぎにした時に効果を発揮し、ルナリウムを用いない場合の合金とでは比べ物にならないほど性質に差が生じるのだ。
 また、火星連合軍の機体には、火星で採取される、マルセリウムと呼ばれる特有の金属が用いられている。マルセリウムは他金属との相性こそ悪いが、装甲材質としては最適と言える程の硬度と軽量さを併せ持つ。一般量産型には、主に被弾し易い箇所のプロテクターに似たパーツの表面や盾に使用されている。マルセリウムのみを装甲素材にしたモビルスーツはコストのためか数機しかないらしい。
 装甲素材が違うという事は、それを用いた機体の性能に影響が及ぶ。また、火星と地球という差から生じる技術の違いが、新型モビルスーツには満載されているのだ。
「我々は情報収集が終わり、上層部からの指令を受け次第、ここを離れる事になった」
「……俺に、降りろって事ですね」
 ベッドから上体だけを起こし、ヴィーンに背を向けたままシグルドは言った。
「…まぁ、そういう事になる。テストパイロットの仕事もここまでだ。後はパイロットが選ばれ次第、実戦投入でデータを取る事になるだろう」
 ヴィーンの言葉を背に、シグルドはベッドから立ち上がり、脇に置いておいた荷物の入ったバッグを掴んだ。
「……準備は出来てます。もう、降ります」
 シグルドは振り向き、ヴィーンに向かって告げた。
 ヴィーンはシグルドを宇宙港まで送ってくれた。
「報酬は既に口座に振り込まれている」
「……解りました」
 それだけ答え、シグルドはコロニー内部へと降り立った。
 コロニー内の巡回バスで家の近くまで戻り、シグルドは家を目指した。
 周囲は酷い有様であった。警備用モビルスーツの残骸などの、戦闘の跡が色濃く残っていた。数時間程経っていても、まだ復旧作業は始まっていない。人影はまばらで、崩れそうな部分には近寄らないようにしているのがすぐに解った。
 警備用モビルスーツとはいえ、通常のモビルスーツに軽いダメージを与えるぐらいの事は出来る。そして、数が多く、上手く戦えば警備用モビルスーツの部隊でも軍用モビルスーツを倒す事は出来るのだ。迂闊に見逃す事は出来ない。
「……シグ!?」
 不意にかけられた声に、シグルドは振り返った。
「……エル…?」
 長髪の少女がシグルドの元へ駆け寄ってきていた。
 エルキューレ・ローナー。それがシグルドの幼馴染でもある彼女の名前だ。家が隣り合っている幼馴染だが、彼女はシグルドとは別の学校に通っている。
「良かった、生きてたんだ…!」
「何か、あったのか…?」
 薄っすらと目に涙を滲ませ、呟くエルキューレに、シグルドは不安を覚え、問う。
「だって、シグルドの学校、さっきの戦闘の被害にあったじゃない…」
「――!?」
 シグルドには初耳だった。
 というよりも、両親の事で頭が一杯になっていたらしく、他のニュースを見ていなかったのだ。すぐさまハンド・コンピュータを開いて調べた。
「……」
 エルキューレの言う通り、シグルドの通っていた学校は戦闘の被害によって半壊していた。警備用モビルスーツが校舎に倒れたらしい。
 軍に呼び出しを受けて早退を余儀なくされたシグルドは助かったが、ほとんどの生徒はあの場にいたはずだ。
 死者、重傷者は合わせて生徒の三分の二程にもなっているらしく、しばらくは再起不能だろう。
「…もしかして、知らなかったの?」
 その言葉に、シグルドは無言でエルキューレに顔を向けた。
「どこにいたのよ…あなたの家だって…!」
「…それは知ってるよ」
 エルキューレの言葉に、シグルドは表情を歪めながら答えた。両親が死んだ、という事は、家が倒壊している事だろう。丁度、両親共に休みの日だったのだ。偶然にしては最悪の結果だ。
「私の両親だって……」
 そこでシグルドは気付く。
 幼馴染であるエルキューレの家はシグルドの家の隣だ。シグルドの家に影響があれば、少なからず彼女の家にも被害が及んでいるのだ。
「これで、あなたにまで死なれちゃったら、私……」
 堰を切ったようにエルキューレの目から涙が零れ落ちる。そして、そんな表情を隠すかのようにシグルドの胸にエルキューレが抱き付き、顔を埋めた。
「……ねぇ、どこに行ってたの? どこに向かってるの?」
 しばらくして、少しは落ち着いたのか、エルキューレはシグルドに抱き付いたまま問う。
「……家に向かってた。用事があって、出てたんだ」
 軍に言われなくとも、テストパイロットの件は極秘だ。話す事は出来ない。
「……私、これから、どうしたらいいの…!?」
 涙を袖で拭い、顔を上げ、エルキューレはシグルドに言う。
(それは俺も聞きたいよ…!)
 内心、シグルドはそう言い返したかった。
 胸が痛んだ。エルキューレはただシグルドに救いを求めているだけだという事は判っているのに、責められているように聞こえてならなかった。
(俺が戦ったからか……?)
 シグルドは自問した。
 結果的に見ればシグルドは戦闘を終わらせる事に成功している。しかし、それは一民間人であるシグルドには許されてはいない行為でもあった。軍の機密兵器を無断使用してしまったのだから。今回は状況的に大目に見てもらえたが、恐らく、次同じ事があればそうもいかないだろう。
 シグルドはガンダムを使って戦闘を終わらせた。しかし、ただそれだけだ。既に港近くまで侵攻してきた敵を撃破出来ていても、戦闘による被害を抑える事は出来ていない。
「……とりあえず、俺は一度家を見に行く」
 エルキューレが落ち着いてから、シグルドは言った。
 現状を実際に目でみなければならないと、シグルドは思っていた。見たくない、という気持ちも無論あったが、それでも見ておくべきだと思う気持ちの方が強かった。
「でも……」
「エルはここで待ってて。そんなに時間はかけないから」
 引きとめようとするエルキューレに告げ、シグルドは自分の家へと向かった。
 そうして、数分とかからずに辿り着いた場所で、シグルドは足を止めた。
 そこにはシグルドの家が建っているはずだった。しかし、今ではただの瓦礫の山と化している。その、シグルドの家と隣のエルキューレの家の丁度真ん中辺りに半壊した警備用モビルスーツが倒れていた。
(……案外、落ち着けてるな……)
 もう少し取り乱してしまうのではないかと、シグルドは思っていた。何度も考えていたせいか、それ程取り乱してはいない。ただ、それでもショックを受けているのは変わらない。
 前までは自分の家であった瓦礫に歩み寄り、シグルドは見回した。自然と、何かないかと探していた。
(…………)
 ふと、目をやった瓦礫の一部に、薄赤い色が付着しているのにシグルドは気付いた。そして、それが何なのかはすぐに理解出来る。
 血だ。瓦礫に埋もれて、シグルドの家族が死亡した何よりの証拠でもある。恐らく、既に死体の処理は終わっているだろう。
 結局何も見つからず、シグルドは来た道を戻り始めた。
(これから、俺はどうなるんだ……?)
 シグルドは溜め息を漏らした。
 家がなくなってしまった事で、シグルドは寝る場所も失ってしまった事になる。テストパイロットによる報酬は振り込まれているはずだから、ある程度の資金はあるが、これから生活して行くには心許ない。
 とりあえず今は寝る場所が確保出来れば良いが、問題はその後だ。どうにかして生活していかなければいけないのだ。
 考える事が多過ぎて、何から考えればいいのかさえ判らない。
「……シグ…」
 エルキューレはシグルドと別れた場所の、邪魔にならない道の端に座り込んでいた。シグルドの存在を確認すると、のろのろと立ち上がる。
「……見てきたよ、エル」
 静かな口調で、シグルドは答えていた。
「とりあえず今日は落ち着いて休める場所を探そう」
 シグルドの言葉に、エルキューレは頷いた。

 その日は、安いホテルの部屋を取った。
 エルキューレの希望で相部屋になったが、何もなく過ごした。もっとも、そんな気分にはなれなかった。
 相部屋のお陰で部屋代が一つ分浮いたぐらいだった。
 エルキューレは落ち込んだままで、シグルドもこれからの事に頭を巡らせていた。
「…私達、死ぬのかな……?」
 不意に、エルキューレはそんな事を言ってきた。
「……私は、死にたくない」
「……俺だってそうさ」
 今にも泣きそうな顔で言うエルキューレに、シグルドはそれしか言ってやる事は出来なかった。
 結局、今後の事に関して、シグルドは何一つ決める事は出来なかった。それは、恐らくシグルドの経験の限界だった。まだ年端もいかぬ少年のシグルドには、急に全てを失った上で先を見通す力はないのだから。

 その翌日、シグルドはホテルを出て、エルキューレと共に近くの喫茶店で食事を済ませ、半壊した学校を見ていた。
「やっぱり、今日はうちの学校も休み」
 エルキューレは小声でそう呟いた。
 確認のために一時的に離れて行動していたエルキューレは待ち合わせの場所、シグルドの通っていた学校前に戻ってくると、そう言った。
「……どうしようか、これから」
 シグルドはエルキューレに向けて言った。
 それはシグルドのエルキューレに対する、最初の弱音だった。エルキューレの方が明らかにショックが大きいため、シグルドは出来るだけ助けを求めないようにしたかった。比較的ショックの小さい、それでいて資金の多いシグルドなりの気遣いだった。
 しかし、シグルドだけでは答えが出せない事を、昨夜のうちに思い知ったシグルドは思い切って尋ねたのだ。
 恐らく、暫くは政府の援助を受けて生活が出来るだろうが、いつまでも続くとは限らない。
 エルキューレは首を横に振った。
「俺も分からないんだ、どうしたらいいのか、どうしていくべきなのか」
 先を見通せない不安。今までにも、進路選択等を考えて感じた不安だが、今回のものはそれとは比べ物にならないほどに大きい。
 と、突然コロニー内に警報が響き渡った。
「……何だ!?」
 それは、緊急事態の時に鳴る避難を促す警報だ。
(……まさか、また戦争が!?)
 今の時代、警報が鳴る事態といえば、敵襲しかない。
 シグルドは顔をしかめた。
 隣ではエルキューレが不安そうな表情で周囲を見回している。
「……避難しよう!」
 頷くエルキューレと共に、シグルドは走り出した。
 丁度その時、宇宙港で爆発が起きた。世界政府軍がいる場所ではなく、その反対側、前回火星連合が侵入して来た場所だ。
 そして、そこから多数のモビルスーツがコロニー内部に侵入して来た。
 警備部隊は壊滅しており、それに対して抵抗するものはいない。ただ、民間人は逃げ惑うばかりだ。シグルド達も少し避難の道を進んだだけですぐに多数の人の流れに動きを阻まれてしまっていた。
 そして、もう一度コロニー内部に衝撃が走った。
 反対側の港、世界政府の戦艦があった港が爆発し、その爆発の中からあの新造戦艦が姿を現したのだ。それに続いて、閃光の筋が戦艦を狙うように外側から飛来した。
 どうやら、奇襲を受けて内部に入って来たらしい。世界政府軍の量産型モビルスーツ、ヴァナが出撃し、戦艦に飛来する攻撃を手に持った盾で防いだり、反撃を行っていた。
 それらはコロニーの中央へと逃れるように動いていた。
「――っ……!」
 突然右耳で耳鳴りがして、シグルドは右手で耳を覆い、顔を歪めた。
「シグ……!?」
 その様子に気付いたのだろう、エルキューレがシグルドに声を掛ける。
「エルっ、ここはまずいっ!」
 半ば叫び、シグルドはエルキューレの腕を掴むと、強引に引っ張ってその場を離れた。
「どうしたのよ、シグっ! そっちはシェルターじゃ――」
 そこまで言って、エルキューレの言葉は途切れた。
 凄まじい轟音と衝撃が二人を襲った。先程まで二人がいた方向に一機のモビルスーツが墜落したのだ。
 よろけながらも、シグルドは転ばなかった。エルキューレも何とか倒れてはいない。背後を見て、目を丸くしている。
 先程まで逃げ惑う人々が大勢いた場所には無数の潰された死体が転がり重軽傷を負った人や、吹き飛ばされて気絶したもの、その光景を目の前で見て絶句する人などがその場にいた。その場を離れていなければ、シグルドとエルキューレの二人は死んでいただろう。
「……ぅっ……!!」
 シグルドは両耳を手で覆い、小さく呻き声を漏らした。先程よりも強い耳鳴りが、両耳からしたのだ。そして、押し潰されてしまうような圧迫感と恐怖感を感じた。
「シグっ!? どうしちゃったのよシグっ!?」
 エルキューレが必死になってシグルドを揺すった。
「ここも駄目だ、逃げるぞ!」
 叫び、シグルドは再度エルキューレの腕を掴んで走り出した。その切迫した様子に、エルキューレは驚きながらも従った。先程、助かった事もあっての事だろう。
 耳鳴りが少しずつ薄れ、消えた場所まで来て振り返ったところで、シグルドはそれを目にした。
 敵に攻撃され、被弾した戦艦がその場所に不時着していたのだ。半ば追い詰められるような状態になっていた。
 シグルドとエルキューレのいた場所は、ぎりぎりで不時着の衝撃の影響を受けない位置で、戦艦は目と鼻の先といえる程に近くに不時着していた。
 格納庫が開き、ヴァナが一機そこから飛び出して反撃に加わった。それが最後の一機だと、シグルドのいる場所からは確認出来た。
「――あ……」
 いや、最後ではなかった。その中には、シグルドが一度搭乗したガンダムが残されていた。
 瞬間、心臓が跳ねた。
(駄目だ! 何考えてるんだ、俺は!?)
 瞬間的に浮かんだ考えに、シグルドは頭を左右に振った。
 そんな事をすれば、もう後戻りは出来なくなってしまうだろう。
 と、シグルドは左腕に圧迫感を覚えた。見ると、エルキューレがシグルドの腕を両手で掴み、小さく震えていた。
 ――私は、死にたくない。
 エルキューレの言葉が脳裏に蘇った。不安そうな表情は、今は恐怖が混ざり、震えてすらいる。
(……エル……)
 シグルドは周囲を見回した。
 先程までシグルド達が逃げてきた道を振り返れば、戦艦と、モビルスーツが墜落した事でかなりの被害が出ていた。そして、上空に見える、コロニーの反対側に多数の煙や炎の明かりがあり、かなりの被害が出ている事が見て取れた。
 火星連合軍の機体は減ってきているが、戦闘が長引けばそれだけ被害は大きくなる。
(そんなの自惚れだ!)
 シグルドはもう一度頭を振った。
 今、この場で即戦力になるものはシグルドしかいない。そして、シグルドには今、先が見える。
「……シグ……私達、死ぬの…?」
 そう尋ねるエルキューレに、シグルドははっとした。
 このまま放っておいても、恐らく、シグルドとエルキューレは死ぬだろう。恐らく、宇宙港が爆破された事で、空気が抜けているはずだ。シェルターは既に閉ざされてしまっているだろうし、そうなるとシグルド達は助からない。
「死なせやしない……!」
 シグルドは呟くと、エルキューレの手を取って、駆け出した。戦艦の格納庫へと。
「おい……お前!?」
 整備兵がシグルドを見つけて口を開いたが、それが見覚えのある者だと気付いたのか、言葉が途切れた。
「ここにいれば、安全だから、少し待ってて」
 シグルドはそう言ってエルキューレから手を離した。
 そして、一気にガンダムのコクピットまで駆け上がると、コクピットハッチを開けて中へと滑り込んだ。
 システムを立ち上げてから、起動するまでの間にシートに身体を固定し、シグルドは操縦桿に手を乗せた。
「ブリュンヒルデ、戦闘稼動だ!」
「音声照合確認、パイロットはシグルド。了解、システムを戦闘稼動」
 AIの反応を確認してから、シグルドは機体を動かした。重力下での操縦は宇宙港で既に行っていた。
 バスターブレードを右手に持ち、格納庫後部からシグルドは飛び出した。フット・ペダルを押し込み、急加速をかけて戦場に飛び込んだ。
「通信はオフ!」
 通信回線に呼び出しが入るのを聞いて、シグルドはAIに命令を飛ばす。
 後で面倒な事になるかもしれなかったが、今は聞いていても邪魔なだけだ。雑音はない方が集中できる。
「了解、通信拒否します」
 その返答と同時にバスターブレードが刃を形成し、ヴァナに狙いをつけるヨトゥンを切り裂いた。
「背後、敵接近」
 AIの警告に、シグルドは振り向きながら左腕のビーム・シールドを展開する。その腕が背後からビーム・サーベルを構えて斬りかかって来たヨトゥンに命中し、ビーム・シールドがその身体を削り取った。
 身体がシートに押さえつけられ、シグルドは息苦しくなるのを堪えた。ノーマルスーツを着ていないため、その圧力は少し強い。
 新型であるガンダムが出てきた事で、敵は一瞬怯んだようだった。それを契機に、ヴァナが一気に反撃し、ヨトゥンが数体撃破された。
「――っ!」
 急に感じた悪寒に機体を後方へと引く。目の前を閃光が通過し、コロニーの大地にビームが突き刺さった。
「ビーム!? あいつかっ!」
 敵を捕捉するのと同時に加速。ガンダムは他の機体を振り切ってそのヨトゥンに接近し、右手に握ったバスターブレードを振るった。腰部を両断され、モビルスーツが爆発する。
「後方に敵影」
 すぐさま機体を反転させ、正面からの射撃を左腕のビーム・シールドで防ぐ。

「残りはいくつだ……?」
「敵反応、残り二機」
 AIの返答を聞き、シグルドは周囲を見回した。
 ヴァナが連携攻撃で一機のヨトゥンを追い詰めている。シグルドは視線を巡らし、もう一機のヨトゥンを探した。
「見つけた……逃がすか!」
 火星連合軍が侵入して来た側の宇宙港へと向かうヨトゥンを見つけシグルドはフット・ペダルを踏み込んだ。急加速に身体がシートに押さえつけられるが、歯を食いしばり、圧力に耐える。ヨトゥンが宇宙港に入ろうとする直前にその背後に迫り、バスターブレードを袈裟懸けに振り下ろした。両断されたヨトゥンが爆発する。
「敵、全滅」
「……はぁ……はぁ……」
 呼吸を整え、シグルドはガンダムをゆっくりと降下させた。
 戦艦の格納庫前にはヴァナが集まり、ガンダムが着地するのを待っているかのように見えた。
「ブリュンヒルデ、起動終了してくれ」
「了解、シャットダウンします」
 AIの声を最後にモビルスーツの全システムが停止する。
 その後でコクピットハッチを開け、備え付けの補助ワイヤーを使って機体を降りた。
「やはり、お前だったか」
 シグルドを出迎えたのはヴィーンだった。
 傍らにはエルキューレがいる。
「…シグ……あなた……」
「昨日、いなかったのはこいつのテストパイロットやってたからなんだ」
 不安と驚きの混ざった表情で歩み寄ってきたエルキューレに、シグルドはそう答えた。
「通信回線を切っていたらしいな?」
「集中出来なくなるよりは、その方が良いと思ったんだ」
「助かった、と言ってやりたいところだが、解っているな?」
「解ってる。もう腹は括った」
 シグルドは頷いた。
「この状態じゃ、俺には先が見えないんだ」
 背後を一瞥して、シグルドはそう続けた。
 昨日の戦闘で生じた被害よりも、今回の戦闘での被害は酷かった。
 コロニーの両端にある二つの港が破壊され、戦艦がコロニー内部で不時着した事に被害は甚大だ。コロニー全体に及んだ戦闘により、警備部隊が戦った時の倍以上の被害が出ている。警備部隊であれば手加減も出来ただろうが、正規軍が相手であれば手加減をすれば命取りになってしまうのだ。
 戦闘の被害により、家も家族も失い、今後の事も考えられないシグルドは覚悟を決めた。
「俺は、こいつのパイロットになる」
 背後に立つ白いモビルスーツに視線を向け、シグルドは告げた。
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