第三話 「決意の時、交わした約束」 暗く狭い室内でシグルドは眼を覚ました。 正式に世界政府軍のパイロットとなったシグルドは、最初の三日間を独房の中で過ごす事となった。 理由は、新型機での無断出撃による謹慎処分である。もし、これが軍属となっていない状態であれば、もっと酷い事になっていただろう。 その日で、謹慎は解かれる日だった。 軍属となって、シグルドはヴィーンから部隊の説明を受けた。 シグルド達が乗っているのは新造戦艦・スキッドブラドニールだ。北欧神話に出てくる、フレイの持つ畳むとポケットに入り、帆を上げるといつも順風に恵まれる船の名が冠されている。因みに、女の名前に聞こえるが北欧神話ではフレイは男の神だそうだ。 戦艦には、その大きさや目的、設計思想によって区分けがなされているが、この新造戦艦はドラシル級と呼ばれているようだ。 等級には、最も数の多い量産型戦艦に分類されるペニングル級、実戦的な部隊に数多く配備されている中級戦艦エルトグ級、精鋭部隊や重要な部署に配備されている上級戦艦であるエイリル級の三つがあるが、ドラシル級は更にその上を行く最上級戦艦という事になる。 このスキッドブラドニールは、ドラシル級の最初の一隻との事。 従来の戦艦とは桁外れの出力と、堅牢な装甲を持つ、高性能艦である。また、この艦の艦橋は一般的な戦艦のように上部に張り出しておらず、戦艦の内部に存在している。メインカメラは戦艦外部に複数設置され、高性能なレーダーやセンサーを装備した、量産性を無視した設計となっていた。 四日前の戦闘で、港から攻められ、コロニー内部に逃げ込んで来た時も、追い詰められてはいたものの、重大な被害は受けていなかったらしい。そのため、シグルドを正式にパイロットに加えたその翌日にはコロニーから出向したのだ。装甲に関してのダメージ等は今も整備員が修理に当たっているが、それもそろそろ終了する頃だった。 シグルドはテストパイロットとして機体を動かしていたため、操縦方法は会得していた。それもあって謹慎処分になっていた。恐らく、敵襲があれば場合によっては駆り出されていただろう。 また、この部隊に配備されているモビルスーツは全部で八機。そのうちの一機はガンダムで、他の五機はヴァナ。残りの二機は士官機であるディシールとなっている。また、ヴァナのうちの二機は予備機で、実戦で主に交戦するのはディシールを隊長機とした二つの小隊である。無論、残りの二機のヴァナが投入される時もあり、主に戦艦の護衛を果たすが、場合によっては前線に加わるようだ。 そのディシールのパイロットの一人はヴィーンだった。 謹慎中、シグルドは独房内でガンダム・レギンレイヴのマニュアルを読み直していた。 テストパイロットを引き受けた時は操縦方法の部分しか読んでいなかったが、初めから読んで気付いた点があった。 まず、ガンダムの装甲材質がヴァナやディシールとは違っている事だ。主に世界政府軍のモビルスーツにはルナリウムと呼ばれる、他金属との相性が非常に良い、主に月で採取される特有の金属が使用されている。合金の繋ぎとして非常に高い効果を発揮し、それ単体としても装甲材質としては優秀な金属だ。そのルナリウムを用いた合金が世界政府軍の主力機の主な装甲材質となっている。また、逆に火星連合軍はマルセリウムという火星で主に採取される軽量で超硬質な金属を用いた合金が装甲材質として用いられているが、マルセリウムは単体で装甲材質としてかなり優秀なものの、他金属との相性は非常に悪く、合金に出来るものが少ないのだ。 そして、ガンダムに用いられている材質には、イクセリウム合金と書かれていた。それはルナリウムとマルセリウムの合金だった。 マルセリウムの特性をルナリウムが引き立て、ルナリウムの特性である耐久性がマルセリウムに加わり、装甲材質としてこれ以上ないと言える程のものに仕上がっていた。 無論、ガンダムの出力は他の機体を上回っていた。 また、ガンダム・レギンレイヴには背部のサイド・スラスタを展開した高機動モードがある事も判った。高機動モードはエネルギー消費が激しく、パイロットへの負荷も大きいが機動力が格段に上昇するというものだった。 「シグ……」 ふと、掛けられた声にシグルドは顔を上げた。 「食事か?」 独房のドアを開け、エルキューレが立っていた。その手に持ったトレイには食事が乗せられていた。 シグルドが正式にパイロットになった時、エルキューレも世界政府軍に志願したのだ。パイロットも整備も出来なかったが、彼女もシグルドと共に行く事を決めたのだ。 今はオペレーター見習いとして、様々な雑務を手伝いながら主にブリッジで勉強をしているらしい。 「あと一時間で謹慎が解かれるって」 「そんな顔するなよ。部屋からの外出禁止ってだけなんだから」 エルキューレの心配そうな表情を見て、シグルドは苦笑した。 食事抜きという訳でもないのだ。確かに退屈だったが、それ程苦痛には思わなかった。 罰としてはむしろ軽減されているのだと、気付いていたせいかもしれない。 「うん……でも、いいの? パイロットになっちゃって……」 この三日間で数回訊かれた問いに、シグルドは頷いた。 パイロットとなって戦場に出るという事は、人を殺す事と同じだ。 「もう、戦っちゃったから」 シグルドは答えた。 たとえシグルドがパイロットにならなかったとしても、シグルドがガンダムで戦ったという事実は消えないのだ。軍の機密情報として隠蔽されても、シグルドの中ではその経験が消える事は決してないだろう。 シグルドは既に敵を撃破しているのだ。確実に、人の命を奪っている。 軍に入り、パイロットとして戦いに参加でもしなければ、それは一生シグルドを苦しめるだろう。 「こうなったら、最後まで戦うよ。戦争が終わるまで」 小さく笑みを浮かべて、シグルドは告げた。寂しげな笑みだっただろうと、自分でも思った。 「じゃあ、戦争が終わったら……」 「軍を辞める。職探すのは面倒だろうけどさ」 シグルドははっきりと答えた。 その後どうなるかは判らないが、軍を辞めるという事だけははっきり考えていた。 「じゃあ、私もそうしようかな。三十分経ったら回収に来るわ」 「解った」 エルキューレが部屋を出て行くのを見届けてから、シグルドは彼女が運んで来た食事に手をつけた。 一時間後、シグルドは謹慎を解かれ、ブリッジにいた。 そのシグルドの身体は世界政府軍の制服に包まれていた。宇宙の色をイメージしたらしい、青と紺色のスーツだ。 「シグルド・ルェンルーザ、君を正式にガンダム・レギンレイヴのパイロットに任命する」 そう告げたのは、スキッドブラドニールの艦長であり、部隊長でもあるシェイズ・ミゼイルだ。四十代前半と思える外見を持つ男だ。階級は少佐らしい。 「はい」 シグルドは頷いた。 この時、シグルドの階級は暫定的に伍長とされた。本来ならば二等兵、一等兵程度なのだろうと思うが、ガンダムのパイロットであるという事が影響しているのだろうとシグルドは思った。 「戦闘時には、ヴィーンの指揮下に入ってもらう。戦闘や部隊に関しての詳細はヴィーンから聞いてくれ」 「解りました」 頷き、シグルドはブリッジを出た。そのブリッジにはエルキューレもいたが、会話をする隙はなさそうだった。 首元に指を差し込んで、服の襟を心持ち緩めるようにしてシグルドは息をついた。 「結構緊張するもんだな……」 呟いた後で、シグルドは戦艦の通路の床を蹴った。 無重力なため、一度床を蹴れば相当な距離が移動出来る。通路を挟む壁の左右には無重力移動用のサポートバーが備え付けられ、それを握り、スイッチを押せば壁に沿ってバーが動き、身体を運んでくれるようになっている。 シグルドはそのまま格納庫に入った。 ヴィーンから部隊としての詳細を聞くためだ。 格納庫の中は思ったよりも賑やかだった。左右に立てられたメンテナンスベッドに固定されたモビルスーツの周りに整備員が動き回っていた。それに混じってパイロットスーツを来た者も数人確認出来た。 「お、シグルド」 掛けられた声に、シグルドは顔を向けた。 「え?」 「俺はランディル・サート。ヴァナのパイロットの一人だ」 言いながら、ランディルはシグルドの前に降り立った。 それを合図にしたように、周囲からパイロットらしい人達が集まって来た。 「……来たか、シグルド」 歩みでたヴィーンがシグルドを見て、言った。 「あ、ヴィーンさん」 シグルドが知っている人間は、この戦艦の中ではエルキューレとヴィーンぐらいしかいない。艦長の名前も今日知ったばかりだった。 「艦長は何て言っていた?」 「ヴィーンさんの隊に入れ、と」 シグルドは答えた。艦長の言葉を要約してヴィーンに伝える。 「やった、俺の勝ちだ」 ランディルが声を挙げ、隣にいた女性に対して笑みを向けた。 「……ちぇっ」 女性が悔しそうに呟いた。 「あの…?」 「ああ、あいつ等はお前が俺の指揮下に入るか入らないかで賭けをやっていたんだよ」 シグルドが困惑した表情でヴィーンに視線を向けようとした時、別の方向から声がした。 「俺はリシク・カルシィ。ディシールに乗っている、指揮官の一人だ」 「部隊は二つ。普段は俺とリシクが二機の僚機を連れて戦闘する」 リシクと名乗った男に続き、ヴィーンが言った。 「あの二人はランディル・サートと、リシクの隊についているフィーユ・ラースだ」 ヴィーンはどうやらランディルがシグルドに名乗ったのを聞いていなかったらしい。 丁寧に二人を紹介してくれた。 「では、皆にも改めて紹介しておこう。新型機のパイロットとして今日付けで部隊に入るシグルド・ルェンルーザだ」 「宜しくお願いします」 ヴィーンが言い、それに続いてシグルドは言った。 「とりあえず簡単な部隊説明は聞いているな? 戦闘するとなった場合はパイロットスーツを着用し、モビルスーツに搭乗後、オペレーターに従って出撃すれば良い。その後で隊を組み、戦闘となる」 ヴィーンが説明し、シグルドは頷いた。 一刻を争うような状況であれば、全員がモビルスーツに乗り込んでから出撃するというのは、敵に攻撃の隙を与えてしまう事になる。戦闘配置となった時には格納庫からは空気が抜かれ、直ぐにでも出撃出来る状態となるのだ。そのため、整備員はそのほとんどがノーマルスーツを着用し、作業している。そして、格納庫に入るパイロット達もほとんどがパイロットスーツを着用していた。 ノーマルスーツとパイロットスーツは微妙に違うものだ。ノーマルスーツは戦艦のクルー用のもので、パイロットスーツはモビルスーツに搭乗する事を前提に造られている。そのため、パイロットスーツには対G性能や耐衝撃性等が高く、モビルスーツを操縦し易いように動き易く造られているのだ。 「操縦に関しては問題はないだろうから、後はお前が動いて、この部隊に慣れれば良い」 ヴィーンが言い、簡単な紹介は終わった。 「……それにしても、若いわね、あなた歳は?」 周囲にいたパイロット達が散り散りになって行く中で、フィーユとランディルだけが残った。 「十五歳だけど……?」 「間違いなくうちの部隊じゃ最年少だな」 答えたシグルドに、苦笑を浮かべてランディルが言った。 「十五ね、確かに、軍人になるような歳じゃないわね」 「それをいうなら二人とも若いじゃないですか」 同様に苦笑を浮かべて言ったフィーユにシグルドは言い返した。 「おっと、俺達には敬語は要らないからな。まぁ、若いってのは事実だな。この部隊はパイロットの平均年齢低いしな」 「そうね、ヴィーン隊長とリシク隊長以外はみんな二十代だから」 ランディルの言葉にフィーユが同意した。 「それで大丈夫なのか?」 「お前が言うなよ、最年少で新型機のパイロットなんだからさ」 敬語を使わなかった事には何も言わず、苦笑し、ランディルが答えた。 「この部隊の成り立ちを教えてあげるわ。ここのパイロット達は私やランディを含めて、元は別々の特殊部隊の人間だったのよ」 「新型機を造って、決定打にしようっていう作戦が出た時に、一つ精鋭部隊を作るって事になってな。いろんなところから人員を選んだわけだ。こっちはパイロットだけじゃなくてな」 「パイロットに関してだけは、他の特殊部隊からも中核を成す隊長とかは外せなくて、戦力としては最も各下の人達が引き抜かれた結果、平均年齢が低くなったのよ」 「もっとも、ヴィーンとリシク隊長は別枠で引き抜かれたから歳も行ってて熟練パイロットな訳だけどな。俺達も含めてほとんどは腕は良いが経験の浅い新米だったわけだ」 フィーユとランディルが交互に補足し合い、説明した。 元々特殊部隊に回されるだけの素質があったために、この部隊はそれなりに精鋭部隊になっているらしい。もっとも、部隊成立自体が比較的最近なため、戦力としてはまだ低いようだ。 「それと、俺の事はフィーユみたいにランディでいいからな」 「解った」 思い出したように言ったランディルに、シグルドは頷いた。 「さてと、私達も戻りましょうか。まだ調整済んでないし」 「部隊としての実戦は前のコロニーでの二度の戦闘が初めてだったんだよ」 フィーユとランディが言い、床を蹴ってそれぞれの機体へ向かって行った。 恐らく、個人用の調整が済んでいないのだ。 機体の調整といっても、性能自体を変えるわけではなく、システムや操作に関しての調整だ。それぞれのパイロットにあった射撃システム、格闘システム、機動システム等は微妙に異なってくる部分があるのだ。 基本は同じでも、射撃補正の度合いのズレや、回避運動時の動きの程度等、細かい部分だが、実戦ではその細かな部分で命を救われる時があるのだ。 「俺もしといた方がいいかな」 呟き、シグルドはガンダムの前まで移動した。 コクピットに入り、システムを起動させる。 「ブリュンヒルデ、システムの調整をしたいんだ」 「了解、項目を選び、確認、調整を行って下さい」 シグルドが声を掛けると直ぐにAIの声が返って来た。 提示された項目からシグルドは射撃補正を選んだ。左右に移動する赤いマーカーに対して、照準が追従して動いていた。マーカーは定期的に動きを上下移動、円形軌道と変えて行く。赤いマーカーをターゲットとして、照準がそれに追従する度合いを設定するのである。コンソールモニタの下部に、補正度合いがパーセンテージで表示されており、コンソールパネルで調整出来るようになっていた。シグルドはマーカーに対して、照準がマーカーを微妙に追い越す程度で設定した。 その後も、様々なシステム調整を行い、シグルドは格納庫から出た。 「結構疲れたな……」 溜め息をつき、シグルドは自分の部屋へと向かった。 それから数日が経った。シグルド達に対する追撃はなく、戦艦は順調に戦場に近付きつつあった。二、三日のうちに、戦闘が起きてもおかしくない場所に到達するという計算がなされていた。 その日シグルドが目を覚ました時、傍にエルキューレがいた。 「あ、ごめん、起こしちゃった?」 「いや、偶然だと思うけど……」 身を起こし、シグルドはエルキューレに答えた。 「いつから来てた?」 「ついさっき」 エルキューレも世界政府軍の制服を着ている。 彼女は既にオペレーターとして正式なブリッジクルーに含まれていた。その成績は優秀といえるまでになっていた。 「……どうかした?」 「ううん、ただ会いに来ただけ。前線に出たらゆっくりしていられないらしいから」 エルキューレが言う。 戦場に入れば、戦闘を行ったパイロットは休息と出撃を繰り返す日々となる。オペレーターも様々な情報を遣り取りしなければならず、ゆっくりと会話をする時間が取れる保障はない。 休息として会話は交わせるだろうが、状況が変わってしまえばその会話の内容も変わってしまうかもしれない。ゆっくりと時間を過ごせるのは戦闘の危険がない時だけだ。 「そうだね。俺も、何かそんな気がする…」 シグルドは頷いた。 ただの勘ではあるが、シグルドにはニュータイプの兆候がある。その勘が外れているという保障は出来ない。 「それと、この部隊への正式な指令が来たの」 「……どんな?」 エルキューレの言葉に、シグルドは訊き返した。 「……戦場を通過して火星へ侵攻せよ。それが指令よ」 「……」 シグルドはそれに無言で頷いた。 戦場を突っ切って、火星の敵本拠地を叩け、というのがその実際のところだろう。戦場の真ん中を通れば新型機の実戦テストも多数のデータが取れるし、それが戦力となるのであれば他の部隊が火星へ侵攻する糸口となるかもしれないのだ。 「これから、大変になりそう……」 「うん」 エルキューレの言葉に、シグルドは頷いた。 「……火星の本拠地を落とせば、戦争、終わるよね?」 「多分、終わると思うけど?」 不意にエルキューレが言った言葉に、シグルドは疑問を感じつつも答えた。 火星には火星連合軍の本拠地がある。それを陥落させれば火星連合軍は軍事組織としての指揮系統を失い、統制が取れずに自壊するはずだ。そうなれば、残った中での最高機関に降伏を呼び掛け、和平協定を結べば良い。 無論、それはシグルドの予測であって、実際にそうなるかは分からない。それほど簡単に事が進むかどうかは、現時点では明確には分からないのだ。 ただ、実質的に戦争を終わらせるためには火星連合軍の本拠地を叩くというのは一つの手段だろう。人間も脳を叩かれれば死ぬのだ。最高機関を叩くというのは合理的だ。 「ねぇ、だとしたらシグが戦争終わらせるかもしれないわね」 「俺が!?」 流石にエルキューレのその言葉にはシグルドも驚いた。 つまりは、シグルドが火星本拠地を叩くかもしれないというのだ。 「ガンダムは凄く強いみたいだし、シグの腕もトップクラスなんでしょ?」 「まぁ、そうだけど……」 ここ数日の間に行ったシミュレータでの訓練では、シグルドはトップクラスの成績を出していた。そのシミュレータで用いられた仮想プログラムの搭乗機体は全員が同じ、ヴァナだった。 通常のパイロットには完全に乗りこなす事が出来ないと言われているガンダム・レギンレイヴを扱える部隊で唯一人の人間、シグルドはそのパイロット適性が低いはずがない。ヴァナでトップクラスの成績が出せなければ、ガンダムに乗る事は出来ないだろう。シミュレータでの訓練はその事を周囲に再認識させただけだった。 だが、だからといってそこまでの活躍が出来るとはシグルドも思っていない。過信は身を滅ぼすのだ。 「なら、シグがこの戦争を終わらせてよ」 シグルドは返答に困った。 火星連合軍の最終拠点を陥落させるという事は、それだけ人を殺すという事だ。シグルドの意識はそれを考えてしまったのだ。 その事をエルキューレに言おうかとも、シグルドは一瞬考えた。だが、それは止めた。エルキューレがその事を考えていないとは言い切れないし、彼女は純粋にシグルドに目標を提示しているに過ぎないと考えられるからだ。 「……やってみるよ」 だから、シグルドはそう答えた。 たとえ彼女がただの思い付きで言ったのだとしても、シグルドはそれを目標にする事に決めた。戦争を終わらせるために戦うと、シグルドは自分の戦う意義を定めた。 本格的な戦争を戦い抜くために、シグルドはその理由を使う事にした。 「約束よ」 柔らかな笑みを浮かべて、エルキューレが言った。 「……うん」 シグルドは頷いた。 その約束が守れるかどうか、シグルドには判らない。 たとえシグルドとガンダムが強くとも、撃破される事だってあり得るのだ。勿論、それだけではない。火星に辿り着くまでにこの戦艦が沈められてしまう場合だって、十分あり得る事態なのだ。母艦が沈められて宇宙空間に放り出されてしまえば、いかに高い戦闘能力を有するモビルスーツに乗っていようと、成す術はない。広大な宇宙空間では、付近にコロニーでもなければ救助はまず見込めない。つまり、母艦が失われれば、その部隊は全滅したも同然なのだ。 「俺も、戦争、終わらせたいよ」 シグルドは言った。 だが、戦争を終わらせるのはシグルドではない。火星連合軍の本拠地を叩く事が出来たとしても、それはきっかけに過ぎない。戦争終結への糸口ではあるが、そのきっかけが戦争の終結へと結び付く可能性は、百パーセントではないのだ。世界政府軍が、残った火星連合の機関に交渉し、それが上手く成功して戦争が終結するのだ。 しかし、それでもきっかけは必要だ。きっかけがなくては、事態は動かないだろう。 そのきっかけを作り出すために、ガンダムと新造戦艦の部隊が設立されたとも思えた。 「大丈夫、シグならきっと出来るわ」 「うん、そうだといいな……」 優しげに目を細めて言うエルキューレに、薄く笑みを浮かべてシグルドは答えた。 |
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