第五話 「始まる戦い、覚醒の時」 ヴィーンの平手打ちがシグルドの身体を吹き飛ばした。 「馬鹿野郎! 何故あの時撃たなかった!」 続くヴィーンの怒鳴り声に、格納庫が静まり返る。 その場にいたのは、先程まで出撃してきたものと、それを迎えたメカニック達だ。 「降伏した敵を撃てって言うんですか!?」 シグルドはヴィーンに顔を向け、叫ぶように言った。 地球圏から脱出したスキッドブラドニールは、火星圏から地球圏へと向かう部隊と遭遇し、戦闘となった。敵艦は一隻のみで、出撃して来たモビルスーツも、一隻分のものだ。それと交戦状態になったが、精鋭部隊であったシグルド達は敵戦艦を撃沈した。その時シグルドが交戦していた敵が降伏すると言って来たのである。シグルドは、それを無断で見逃したのだ。 戦う意思のない敵を撃ちたくないと、感じたからだ。 「それで情報が漏れたらどうするつもりだ!?」 激昂したヴィーンがシグルドの胸倉を掴む。 「そんな……く…」 息が詰まり、シグルドは顔を顰めた。 それだけでなく、反論は出来ない。 「その辺にしておけ、ヴィーン」 ヴィーンの腕を掴んだのはリシクだった。 険しい表情のまま、ヴィーンはシグルドから手を放す。小さく咳き込み、シグルドはリシクに視線を向けた。 「シグルド、正式な手続きで軍人になった訳ではないお前だから今回は大目に見るが、次に同じ事をしたら罰が与えられる。降伏を求めて来た敵がいたら、上官に指示を仰げ。独断で判断するな」 リシクはそれだけ言うと、その場から去って行った。 「もう、お前は軍人なんだ。それを自覚しろ」 溜め息をつき、ヴィーンもそう言って格納庫から出て行く。 残されたシグルドは頬の痛みに顔を顰めながら、格納庫から出た。 「グーじゃなくて良かったな」 格納庫を出たシグルドに、ランディルが軽口を叩いた。 「……」 無言で見返すシグルドを見て、ランディルは苦笑を浮かべる。 「……あれでも隊長は手加減したんだぜ? グーで殴られたら歯が一本ぐらい折れてたっておかしくないんだからな」 「でも、次はこうはいかないわよ?」 ランディルに続いて、シグルドの後に格納庫から出て来たフィーユが言った。 「例えば、さっき見逃した敵が、運良く仲間に助けられたとして、その敵の機体に記録された戦闘データが敵の手に渡ったとしたら、どう?」 ガンダムのスペックが、一部とはいえ漏れてしまう可能性がある。フィーユはそう言っているのだ。 地球圏を脱出するにあたって、世界政府軍本部から正式な通達があった。 スキッドブラドニールを旗艦とするこの部隊を『第一エインヘルヤル隊』とし、『コード・ワルキューレ』の第二段階を発令するという通達だ。 コード・ワルキューレというのは、ガンダム・レギンレイヴを始めとする、ガンダム・タイプと呼ばれるコスト無視の最新鋭技術を多数投入した機体を保有する精鋭部隊を複数編成し、それらを火星圏へ単独で進攻させるという作戦だ。第一段階はモビルスーツの製造と、部隊編成、その部隊の戦力の確認までで、第二段階が最も重要な火星圏への攻撃だ。 また、この作戦で編成されたエインヘルヤル隊には通常部隊の一つ上の権限が与えられ、友軍と共に戦闘を行う際の指揮権が任せられる事になる。勿論、方面軍司令等の大きな司令官の指揮には従うが、そういったものがない場合はエインヘルヤル隊の指揮で友軍を動かす事が可能となっているのだ。 そして、この時、シグルドは正式に軍人として登録された。ガンダムの専属パイロットとして。 エインヘルヤル隊の要とも言えるガンダムのデータが漏れてしまうのは、重大な事だ。先の戦闘で高機動モードを使う事はなかったが、それでもモビルスーツ単体の戦闘能力としては、ガンダムはかなりの高性能を秘めている。 高機動モード等の、破格のスペックを支える世界政府軍の最新動力システム、フォース・ドライバーの情報は漏れないだろうが、そんな機体を保有する部隊が火星に向かっているのが悟られるのは、好ましくない。 フォース・ドライバーというのは、最先端技術を用いて極限まで小型化されたメイン一基とサブ三基の合計四基の核融合炉を一セットとして稼動させる最新の動力機構だ。サブを武装等に回す事で高出力を維持したまま戦闘が可能なシステムである。高機動モードは、その四基全てをフル稼働させる事で、出力・機動力を上昇させているのだ。無論、この時に発生する膨大な熱量を冷却・放出するためには専用のフォース・フレーム構造を取らねばならず、量産機に搭載するには高過ぎる。 一定の条件下で友軍を動かす権限があるのも、独立部隊としているのも、エインヘルヤル隊を直前まで秘密裏に火星圏に進攻させるためだとも言えるのだ。友軍を囮にして、敵に悟られぬように動いたりするような作戦が立てられるように配慮された権限だとも言えるのだから。 「まぁ、あの時の戦闘データ程度の情報じゃあ、ガンダムはコピー出来ないでしょうけど」 「あの機体の限界性能って、現段階でも未知数なんだろ?」 フィーユが言い、ランディルがシグルドに問う。 ガンダムの性能を、シグルドは百パーセント引き出せている訳ではない。計算上の数値では、シグルドが最もガンダムを扱うに長けているのだが、限界性能はまだ実際に観測されていない。 「何で、俺がパイロットに選ばれたんだろ……」 ランディルに答えるように、シグルドは小さく呟いた。 何億人もの中からイグドラシルがガンダム・レギンレイヴのパイロットとして選んだのは、シグルドだった。ニュータイプの兆候があるというだけで、本当のニュータイプになれるかは定かではないのに。 「さぁな、元々民間人だから、過去の戦歴から選んだ訳ねぇしな」 ランディルも肩を竦める。 様々な状況からそう判断を下したのだろう。それが結果として、第一エインヘルヤル隊をここまで到達させているのは間違いない。 「どの道、あなたは自分で選んだ結果としてここにいるのだから、そのまま進めば良いわ」 「ま、そうだな」 ランディルがフィーユに同意するように言う。 「気を落とすなよ? 過ぎた事なんだからさ」 「解ってるよ」 苦笑し、シグルドはランディルに答えた。 ランディル、フィーユと別れ、シグルドは自分の部屋に向かった。 それから数日が経った頃、警報が鳴り響き、シグルドはベッドから飛び起きた。 「敵艦接近、数は四。総員戦闘配置に着いて下さい。繰り返します……」 エルキューレの声が、その内容を告げる。 (四隻!?) パイロットスーツに着替えながら、シグルドは敵艦の数に驚愕した。 今までの戦闘で一度に相手にして来たのは多くとも二隻までだ。その二倍の数を相手にしなければならないというのは、かなり不利な状況にあるという事になる。 部屋を飛び出し、急いで格納庫に入ったシグルドは迷う事なくガンダムのコクピットへと滑り込んだ。 システムを立ち上げ、他の機体が出撃準備に移っているのを確認する。 エルキューレの指示に従い、モビルスーツが出撃して行く、シグルドもそれに続いて出撃した。 (……?) 敵艦から光、モビルスーツが出撃して来るのが解った時、シグルドは違和感を感じた。 何か、得体の知れない感覚をシグルドは感じている。焦りでも、恐怖でも、ましてや喜び等ではない、もっと深い何かが、シグルド自身に訴えかけるような、感覚。 編隊を組んだ敵が展開していく様が、そのスラスタから噴射される光で解る。 今回は敵の数が多いために、モビルスーツは予備の二機をスキッドブラドニールの護衛に出撃させている。突撃するのはいつのも二つの小隊だ。 「いいか、これから先俺達はこんな状況にも何度も出会うかもしれないんだ。気を引き締めて行け!」 ヴィーンが言い、加速する。 それに全員が続いた。 「来るぞ! 各機散開! 死ぬなよ!」 リシクが言い放つ。 ディシールやヴァナが散開し、その直後に無数の閃光がその空間を通過した。 「四機の敵とエンカウント」 AIの言葉に、シグルドはリング・レーダーを見て敵の位置を把握する。 ヨトゥンが三機に、指揮官機のフリムスルスが一機。戦局はシグルドが圧倒的に不利だ。 「――っ!」 不意に聞こえた耳鳴りに、シグルドはその場から飛び退いた。 三方向からの閃光がシグルドの目の前で交錯する。更に、フリムスルスがビーム・ライフルを放ち、シグルドはそれをビーム・シールドで防御した。 いつも感じる耳鳴り。それがニュータイプの兆候があるが故に感じるものだとは、解っている。本能的に感知した危険を、耳鳴りという形で感じる事が出来るのだ。何度も、シグルドの危機を救った現象。 「くそ、こう敵が多くちゃ……!」 呻くように言い、回避に専念する。 「一機、スキッドブラドニールへと向かったようです」 「何だって!?」 「敵、五機のモビルスーツがスキッドブラドニールに向かっています」 「どういう事だよ、それ!?」 AIの言葉に、機体に回避行動を取らせながらシグルドは叫んだ。 数が多いがために、味方が対応出来ない分が戦艦に向かったのだ。それはAIの返答を聞くまでも無く理解している。 「敵、スキッドブラドニールと接触」 続いた言葉に、シグルドは絶句した。 戦艦の機銃の援護があるとはいえ、たった二機のモビルスーツが六機の敵に対応し切れる訳がない。いくら精鋭でも、ヴァナではそれに対応出来るようなモビルスーツではないのだ。 「ブリュンヒルデ、高機動モード!」 「了解。フェイズチェンジ」 背部サイド・スラスタが展開し、四つの核融合炉がフル稼働する。 今まで相手にしていた四機の敵に背を向け、ガンダムは凄まじい速度でスキッドブラドニールへと向かって行った。後方からの攻撃を、シグルドは耳鳴りによる予知で回避する。 前方に見えた光に、シグルドは歯噛みした。 二機のヴァナのうち、一機は片腕を失い、シールドで戦艦を守るのに必死になっている。もう一機はビーム・ライフルを乱射しているが、牽制にしかならず、本命の攻撃が放てない状態だ。機銃で敵の攻撃をさせまいとしているが、それも長くは持たないだろう。 「!」 そのブリッジに敵機が狙いを定めるのが見えた。 (――エルっ!) 瞬間、シグルドの背筋が粟立つ。 「――当たれぇぇぇぇえええっ!」 叫び、ビーム・ライフルのトリガーを引く。 放たれた閃光は真っ直ぐに、吸い込まれるように敵機を撃ち抜き、爆発させた。 高速でブリッジの前に飛び出したガンダムが急停止し、反転する。その速度は今までで最速だと言えた。 「――!」 耳鳴りはしない。頭の中が明瞭になり、敵の位置が今まで以上にはっきりと捉えられる。 二機のヨトゥンがガンダムへと放ったビームを、一動作で回避し、ガンダムが反撃のビームを放った。回避行動を取ったはずの二機が、そのビームをコクピットに喰らい、機能を停止する。連射等していなかった。一機につき、一発ずつ撃った初弾が命中したのだ。 (……判る……!) 敵が動く先が、視界には映らない敵の位置が判る。 戦艦に攻撃しようとしているフリムスルスを、護衛の二機の相手をしていた二機のヨトゥンを、シグルドは一発ずつ撃ち込んで仕留めた。 シグルドを追って来たであろう四機が辿り着いた時には、ガンダムはその四機に突撃するように加速していた。 ビーム・シールドを展開し、擦れ違った敵にその腕を薙ぐ。ビーム・シールドがヨトゥンの胸部を切り裂き、機能を停止させる。三機となった敵の背後に回り、ガンダムはビーム・ライフルを向けた。 「――そこだっ!」 微妙に銃口をずらし、放たれたビームが回避行動を取る敵に吸い込まれる。 回り込もうとするフリムスルスへライフルを向けた時、敵がフェイントステップをするのが判った。その先へ銃口が向く。その時には、フリムスルスはフェイントステップを行った直後の、シグルドが銃口を向けた場所へと向かっている。 放たれた閃光が、フリムスルスを撃ち抜き、残った一機が突撃して来るのを、ビーム・シールドを展開した腕で薙ぎ払う。叩き付けられたビームで装甲が焼かれ、前面の機械を曝け出し、火花を散らしている機体の腕が動く前に、シグルドはそのコクピットにビームを撃ち込んだ。 その爆発を背に、味方が戦っているであろう場所へと、ガンダムは加速した。 一機のヴァナがヨトゥンを撃破したのが見えた。 その背後へ向けてシグルドはビーム・ライフルを撃つ。背後からビーム・サーベルで斬りかかろうとしたヨトゥンにビームが直撃し、爆発した。 ディシールが一機、敵を撃破したその脇を通過し、横合いから斬りかかって来たヨトゥンにビームを撃ち込み、交戦エリアを抜けて敵戦艦の前に飛び出す。 「警告。敵、背後より接近」 AIの音声と同時に、シグルドは背後へ向けてビーム・ライフルの引き金を引いていた。 そして、そのビーム・ライフルとバスターブレードを持ち替える。射撃形態に変化させ、左右に展開したグリップを握らせると、その発射口を戦艦に合わせた。 「エネルギー、圧縮開始」 ディスプレイ下部に移るゲージが伸びて行くのを、シグルドは無言で見つめていた。 周囲からの攻撃が当たらない事が、解る。 「圧縮率、臨界」 声と同時にトリガーを引く。 放たれたビームが艦橋を貫き、シグルドが銃口をずらす事によって放たれるビームがそれに追従する。艦橋から縦に戦艦を切り裂くようにビームが命中し、戦艦がその機能を停止した直後、機関部が破壊された事で爆発を起こし始めた。 直後、背後からのビームを横へ跳んで回避し、左手で瞬間的に掴ませたビーム・ライフルを放つ。 下方からの攻撃を一歩後ろに退がるようにして回避し、反撃のビームで撃ち落とした。 「ブリュンヒルデっ! エネルギーの圧縮、始めてくれ!」 「了解。バスターブレード、エネルギー、圧縮開始」 AIの返答の後、ディスプレイにゲージが表示されているにも関わらず、ガンダムは構え姿勢を取っていない。 その構え姿勢を取らぬように、AIに指示を飛ばしたのだ。 左手に握ったビーム・ライフルで迫り来るヨトゥンを打ち倒しながら、そのゲージが溜まっていくのをシグルドは確認する。 (――……!) 脳裏に閃いた行動を、シグルドはすぐさま実行に移した。 敵艦が横一列に並びつつあるのを見て取り、自身の考えが成功する事を確信した。一列に並ぶ敵艦を一直線上に捉えるように移動したガンダムが、左手のビーム・ライフルをサイド・アーマーへマウントし、バスターブレードを構える。 瞬間的後ろに退き、横合いからの攻撃を回避すると、その敵が目の前に来るのを見計らってトリガーを引いた。 目の前のモビルスーツのボディを圧縮されたビームが貫き、その後方に並ぶ戦艦の艦橋を一直線に吹き飛ばす。そのまま銃口を下方へとずらし、三隻の戦艦を両断した。 視線を仲間が戦っているであろう場所へ向ければ、その瞬間には戦況が判った。 仲間は被弾しているものが数機いるが、撃破はされていない。敵はまだ味方と同じぐらいの数が存在しているが、その状況なら十分に切り抜けられるはずだ。 エネルギー残量を確認し、シグルドは味方と合流するためにガンダムを加速させた。 バスターブレードを持ち替え、ビームの刃を形成させる。ディシールと交戦している二機のうちの一機に突撃し、ビーム・ライフルを放った。敵が回避するのは解っている。そうして、回避行動を取ったところを、横合いからバスターブレードを叩き付けて両断した。 上方と横合いからの攻撃を察知し、機体を回転させるようにして横合いから斬りかかる敵にバスターブレードを叩き付け、左手のビーム・ライフルを上方へ掲げるようにしてトリガーを退く。 「敵、残り三」 AIの言葉に、シグルドは周囲を見回した。 その明瞭な意識は周囲の状況を瞬間的に判断し、そこに存在するものが次にどこへ動くか、という事を理解させる。脳裏に映し出されたイメージが視界に被さるように、そこに何も存在していないと視認出来るのに、そこに敵が動く事が示されるのだ。今までの耳鳴りのように、直感的な、そこが危険だ、と感じるのではない。周囲がどう動くかが、見える。 正面に捉えたのは、ヴァナがヨトゥンと戦っている光景だ。 そのパイロットがランディルであると、直感的に解る。そして、ランディルのヴァナと、敵のヨトゥンがどう動くかを、見切る事が出来る。 ライフルの銃口を向けたヴァナに対してシールドを構えるヨトゥンへ、横合いから別のヴァナがビームを撃ち込んだ。それがフィーユだと、解った。 ヴィーンのディシールがフリムスルスと戦闘しているところへ目を向ければ、ヴィーンがライフルを撃つところだ。六発のビーム、その中に一発、敵の行動を予測したものを放つのが、解った。その、本命が外れた代わりに撹乱のために撃った二発が命中するという事も。 残りの一機がそれと同時にリシクによって撃破され、敵部隊全滅がAIによって告げられる。 「……ブリュンヒルデ、高機動モードを解除してくれ」 「了解、フェイズチェンジ」 フォース・ドライバーが通常稼動に戻り、背部スラスタが元の状態に閉ざされる。 大きく溜め息を着き、身体に痛みを感じた。機体を振り回し過ぎたために、圧迫され過ぎたのだ。暫く休めば治るだろう。 「全機、帰艦する」 ヴィーンからの通信が入り、仲間が動き始める。 「ブリュンヒルデ……訊いてもいいかな?」 仲間を追うように戦艦へと向かいながら、シグルドは口を開いた。 「イエス」 「この機体、俺が乗らなかったら、どうなってた?」 呼吸を整えつつ、シグルドは尋ねた。 「バスターブレードによる固定砲台を兼ねたスキッドブラドニールの護衛として稼動する予定でした」 「お前に組まれたプログラムは、何だ?」 「ニュータイプ適性を持つパイロットの補佐。パイロットがいない場合、火星連合軍本部に突撃し、自爆。優先プログラムとして、火星連合軍本部を陥落させるまでの、機体の保護」 「……自爆だって……?」 「肯定です。フォース・ドライバーをフル稼働させた状態で自爆を行った場合、四基の核融合炉のエネルギーによる爆発を発生させる事が出来ます。通常のモビルスーツの自爆と違い、フォース・ドライバーのフル稼働時に生じるエネルギーを用いた自爆を拠点中枢部にて行う事で、拠点を陥落させる事が可能です」 シグルドの言葉に、AIが淡々と答える。 優先プログラムとは、ようするに自動回避等による機体が破壊されぬようにする行動の事だ。最終決戦まで、この機体を持っていけるよう、パイロットが咄嗟に行動出来ない時には強引にでもAIが回避行動を取らせる。コロニー内で戦闘した時に自動回避したように。 「ニュータイプってのは、何なんだ!?」 「パイロット適性が高く、正確な先読みが可能な人間であると言われています」 「俺が、ニュータイプだと、思うか?」 「肯定です。この機体のパイロットはイグドラシルによって選出されたニュータイプ以外が操縦する事を想定されていません。また、今までの戦闘からも、先読みの現象が記録されています」 AIの言葉には、迷いがない。当然の事ながら、シグルドの質問に即答して行く。 「……この機体で、戦争を終わらせる事って出来る?」 「不可能ではないと判断します。火星連合軍本部を陥落させる、という意味合いならば、戦争を終わらせるのが、この機体と私の最終目標です」 「そっか……じゃあ、お前の目標は俺と同じなんだな…」 シグルドは小さく呟いた。 それがAIに聞き取れたのかどうかは判らない。ただ、AIはそれに言葉を返さなかった。 「ブリュンヒルデ、次からお前をヒルデと呼ぶ事にする。お前も俺を敬称なしで呼んでくれ」 「了解」 シグルドの言葉に、ブリュンヒルデが答えた。 ブリュンヒルデがただの道具には思えなくなった。機械だという事は解っているが、その機械が持つ目標は、シグルドと同じものだった。せめて、それが終わるまではパートナーとしようと、シグルドは決めた。 スキッドブラドニールの格納庫に辿り着き、全機が中に入ってからハッチが閉められる。 そうしてから、全員がモビルスーツのコクピットから出て来た。 「ヒルデ、機体の電源をオフに。お疲れ様」 「了解。お疲れ様でした」 シグルドが掛けた労いの言葉に反応してか、ブリュンヒルデが同じ言葉を返した事にシグルドは少し驚いた。 今まで、シグルドがブリュンヒルデを労う事も無ければ、ブリュンヒルデがシグルドに労いの言葉を掛ける事もなかったのだ。それもAIの対応力なのだろう。 「シグルド、お前……」 ――凄いな。 床に足を着けたシグルドに駆け寄って来たランディルの言葉の先が読めた。 「先読み、出来るようになったみたいだ」 「本格的にニュータイプになったって事か……」 「ヒルデにはそう言われたよ」 ランディルに言い、シグルドは背後に立つ機体をちらりと見た。 「ヒルデ?」 「AIだよ。ブリュンヒルデだから」 ちょっと長いでしょ、と言いシグルドはランディルに視線を戻す。 「あれがニュータイプだとしたら、敵に回したくないわね」 後から近付いて来たフィーユが言った。 「いや、ニュータイプと言えど、あれだけの先読みが可能なのはシグルドぐらいだろう」 「ヴィーンさん……?」 ゆっくりと近付いて来たヴィーンにシグルド達の視線が向かった。 「やはり、イグドラシルの選出は間違っていなかったようだな……」 「それは、どういう……?」 「ガンダムのパイロット選出基準は、ニュータイプ能力の高さだ。最初に造られた試作機のパイロットが最も早く選出されたが、それがお前だ」 ランディルの言葉に、ヴィーンが告げる。 イグドラシルが選出したガンダムのパイロットは、全員がニュータイプであると言うのだ。しかも、戦場で覚醒したであろう、現在軍に在籍しているニュータイプ達を遙かに凌ぐ潜在性を秘めた人間を選んだのだと言う。 「確かに、あの時のお前は凄かったな」 「ええ、あなたがいれば私達はきっと負けないわね」 ランディルに続いて、フィーユも言った。 「まさに、戦乙女(ワルキューレ)、だな」 「俺、男なんだけど……」 ランディルの言葉に、シグルドが苦笑して答える。 皆がそれに笑い声を漏らした。戦艦四隻、戦力としては四倍にもなる敵を、誰一人欠ける事なく打ち倒した事に皆が安心しているのだと、シグルドには解った。 意識しなければ先読みは出来ない。戦闘以外で先読みを意識するのは止めようと、密かにシグルドは思った。 |
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