最終話 「果たされる、約束」 大きな建物が密集し、一つの建物のようにすら見える。火星連合軍最終拠点。そこに火星連合軍を指揮する者達がいる。 シグルドはその拠点を守る防衛ラインに到達していた。 「敵、二十機よりロックオンされました」 ブリュンヒルデが告げる状況に、シグルドは口元に苦笑を浮かべた。 凄まじい数の敵意を感じる。その射線の軌跡を、放たれる前に感じ取り、そのどれからも抜けられる場所へと機体を動かして行く。 放たれた幾筋もの閃光を避け、シグルドはビーム・ライフルのトリガーを引いた。ディスプレイに映るロックオン・マーカーはブリュンヒルデがオートで定めてくれている。それを、先読みした位置にずらして引き金を引くのはシグルドの仕事だ。 一発も打ち漏らす事なくコクピットを打ち抜き、シグルドは速度を落とさずに展開する敵部隊の中へとガンダムを突入させた。 「ロックオン、三十四機に増加」 ブリュンヒルデの言葉に、シグルドは感覚を全方向に解き放つ。 前後左右上下、全ての方向からの敵意がシグルドを中心に取り巻いている。その敵意が、敵の攻撃の軌跡に変わって行く。その隙間を見つけ、滑り込んだ。 上空から降り注いだ閃光は、仲間の援護だ。見なくても、解る。 重力に逆らわずに落下し続けながら、シグルドは敵の防衛ラインをほぼ一直線に突き進んでいた。 敵の動きは手に取るように解る。邪魔になるものは全て撃ち抜き、攻撃は最小限の動きで回避する。 (戦争を終わらせるためには――!) 拠点中枢部を破壊すればいい。 そうすれば火星連合軍の指揮系統は混乱し、最終的には投降するしかなくなるはずだ。 「くっ……流石に数が多い!」 敵意の密度が濃くなった事に呻き、シグルドは機体を真横へ直角に滑らせた。 慣性を強引に捻じ伏せた操縦に、しかしガンダムは悲鳴を上げない。コクピットに座るシグルドは歯を食いしばって慣性の圧力に耐え、機体を反転させるとビーム・ライフルを十発程乱射した。 乱射に見えたビームは全て別々のモビルスーツを貫き、破壊させる。 直ぐに落下し始める機体を、地表へ向けて加速させながら、シグルドはビーム・ライフルを連射した。ヨトゥンやフリムスルス、その系列のカスタム機を何機も撃墜する。 モビルスーツによる防衛ラインの向こうに、艦隊による防衛ラインが見えた。 「戦艦か……!」 小さく呟き、シグルドは目の前に飛び出してきたモビルスーツの腕を掴んだ。 ビーム・サーベルを持って斬りかかってきたヨトゥンの手首を、空いている左手で受け止め、右腕のビームシールドで首を切断する。その上で両腕を切断し、大腿部にシールドの先端を突き刺して脚部の回路を切断すると、そのヨトゥンを戦艦に投げ付けた。 ブリッジに叩きつけられたヨトゥンへビーム・ライフルを向け、トリガーを引く。放たれたビームを受け、ヨトゥンが爆発する。その爆発の影響で戦艦が吹き飛び、機関部に影響が及んだためだろう、大規模な爆発を起こした。 横合いから斬りかかって来たフリムスルスに回し蹴りを浴びせ、ビームを撃ち込んで撃破する。背後から迫る敵に、背を向けたままビーム・ライフルを放ち、撃破する。 ビーム・シールドでコクピットだけを破壊したフリムスルスを戦艦のブリッジに叩きつけ、ビーム・ライフルを撃ち込んで戦艦を沈めた。 「はぁっ……はぁっ……」 息が上がるのも構わず、シグルドは周囲の敵意から機体を逸らす。慣性による圧力を無視して、機体を振り回し、周囲の敵を撃墜した。 本拠地がだいぶ近くに見えるところまで来たシグルドは、背筋に走る悪寒に動きを止めた。 「敵、コード不明機、接近」 呼吸を整えながら、その悪寒の感じた方へ振り返る。 そこには一体のモビルスーツがいた。背中には翼のようなスラスタを搭載した、赤い、竜人を思わせる、ガンダムよりも二周り程大型のモビルスーツ。 ガンダム・レギンレイヴ同様に、重力下でも滞空性能を持っているらしく、ガンダムと同じ高度で滞空していた。 「こいつ……」 違う、と感じた。 このモビルスーツは、このパイロットは他の敵とは違う。 (――ニュータイプ!) 直感的に判った。 (……出来るか、俺に……) 乾いた唇を舐め、シグルドは自問する。 ニュータイプと戦った事がないわけではない。確かに、今までの戦闘でニュータイプらしい敵と戦った事はある。しかし、目の前にいる敵は、そのどれとも違う雰囲気を持っている。 目の前にいる敵は、強い。 瞬間、竜が動いた。シグルドも同時に動き出す。 竜が右手に持った大口径のライフル、ビーム・カノンを放つ。同時に、ガンダムがビーム・ライフルを放つ。そのどちらもが避けられた。 シグルドは、ビーム・ライフルを左手に持ち替え、右手にバスターブレードを握らせた。それを見てか、竜もバックパック下部に収まっていた長い筒、槍を右手に掴み、ビーム・カノンを左手に持ち替えている。 (――っ!) 互いの動きを読み合い、接近した二機が、それぞれ右手に持った武器をぶつけ合った。 ビーム・ランスとバスターブレードの刃が互いを押し止める。 『……お前、ニュータイプだな……?』 接触回線を通じて、くぐもった声が聞こえてきた。 「……解ってるんだろ、お前もニュータイプなら」 シグルドは答えた。 『……名前、聞いておこうか。俺はグリーナ・シュレ。この機体はファーブニル』 「……シグルド・ルェンルーザ。機体はガンダム・レギンレイヴだ」 言い、弾き合う。 ファーブニルがビーム・カノンを放ち、ガンダムが回避する。一度互いに距離を取り、睨み合うように停止した。 「ヒルデ、高機動モード!」 「了解」 シグルドの言葉に、ブリュンヒルデがガンダムのウイングを展開させる。 それに呼応するかのように、ファーブニルも翼を展開した。 (――高機動モードっ!?) 一瞬の驚きも直ぐに消えさり、シグルドはファーブニルのビーム・カノンの連射を避けた。 放たれるビームは全てシグルドを的確に狙っている。シグルドがニュータイプでなければ、一発で撃破されていたであろう、攻撃を何発も連続で撃ってきていた。 互いに先を読み合い、回避先へと射撃を撃ち込む。だが、その時には互いにその軌跡を見切り、回避行動を取っている。そして、その直後にはもう一度攻撃をしていた。 能力の拮抗したニュータイプ同士での戦闘は、そうでない者同士の戦いと基本的には変わらない。 (――どうなってる…!? こいつについてくるなんて!) シグルドは内心で呻いた。 本来、高機動モードのようなオーバード・ブースト機能を搭載すれば、普通の機体は急激に発生する熱量を逃がし切れずに自壊してしまう。ガンダム・タイプにそれが可能なのは、フォース・ドライバーとそれを用いるために設計されたフォース・フレーム構造を用いて開発されているためだ。 ファーブニルが大型である事から、高性能なラジエータを取り入れている事も考えられるが、それだけでは消費エネルギーが多過ぎて長期間の戦闘は不可能だ。フォース・フレームは、そのエネルギーを削減するために、ラジエータと一体化した冷却機構を取り入れて設計されている。まさか、その情報が漏れていたとでもいうのだろうか。 瞬間、ファーブニルが急接近して来た。槍を振るうかと思われた瞬間、その腕から三本の爪が生えるようにビームが発生した。 「――っ!」 咄嗟に後退した先に、ビーム・ランスが振るわれる。 バスターブレードでそれを受け止めた瞬間、ファーブニルの口が開いた。その中に隠されていたビーム砲がシグルドへ向けられる。そのビームをシールドで防ぎ、強引にファーブニルを弾き飛ばした。 「ちっ、こいつより小型なのに何て出力だ……」 先程から開かれたままの近距離通信回線から、グリーナの声が聞こえた。 ファーブニルがビーム・ランスを突き出し、それをかわしたガンダムへ、ビーム・カノンが向けられる。その射線上から逃れるように機体を後方へ動かし、ビーム・ライフルを連射する。 「……くそっ」 シグルドは思わず毒づいた。 ファーブニルの戦闘能力は、ほとんどガンダムと拮抗していた。武装が多く、出力が高い分ガンダムが不利かもしれない。 「――!」 背後から敵意にビーム・ライフルを放ち、ヨトゥンを撃墜すると、ファーブニルも同様にヴァナを撃破していた。 急速に敵意が遠ざかっていくのを感じた。敵も味方も、この周囲が、ガンダムとファーブニルが危険だと悟ったのだろう。 「……なぁ、あんた、何で戦ってるんだ?」 不意に、グリーナが尋ねて来た。 戦闘の手は止まらず、相変わらず互いに互いの攻撃を避けあい、撃ち合っている。 「……何でそんな事を訊くんだ?」 「あんたが世界政府軍にいる理由が知りたくなった」 「……別に、理由なんてない」 「イグドラシルに選出されたのか」 グリーナの言葉は、シグルドの心を読んだものだった。 「お前、俺と同い年だろ。お前こそ何でそんなもので戦ってるんだよ?」 シグルドも、グリーナの事が見えた。 「俺は……イグドラシルが嫌いなんだよ」 「……お前も、俺と同じか」 グリーナの返答は、本心ではなかった。 本当は、火星やイグドラシルなんてどうでも良くて、ただ戦争さえ終わってくれれば良いと願っている。そんな人間なのに、他に選択肢がない状況に置かれた。パイロットとなって生きるか、戦火に巻き込まれて命を落とすか。 絶え間なく繰り出される攻撃を互いに全てを見切り、互いに先を読んだ攻撃をし続けている。 「……もう、止めにしないか?」 シグルドは小さく問いかけた。 「……この戦闘で、戦争は終わる。解ってるはずだろ?」 「……俺には、諦められない理由があるんだ!」 瞬間、グリーナの力が増した。 「――あの施設の中には、妹がいるんだ! 落とさせやしないっ!」 突き出されたビーム・ランスをバスターブレードで受け止める。 そのバスターブレードが、ファーブニルの口から放たれたビームで破壊された。 「……俺だって――」 シグルドは呟き、バスターブレードをファーブニルへと投げ付ける。そのバスターブレードをビーム・ライフルで撃ち抜き、目くらましに使った。 「――俺にだって、守らなきゃならない約束があるんだっ!」 ビーム・シールドを展開して腕を突き出し、ビーム・カノンを破壊する。 ファーブニルの口が開くよりも早く、ガンダムの右足がファーブニルの脇腹を横から蹴り倒していた。体勢を崩したファーブニルが、途中で切断されたビーム・カノンを投げ捨て、それを口から吐き出したビームで爆破させる。シグルドに対する目くらましだ。 拡大された知覚が捉えたファーブニルへ、シグルドは突撃した。突き出されたビーム・ランスを、機体をずらして避けると同時に展開したビーム・シールドで途中から切断する。 ファーブニルの腕から伸びた爪を、ビーム・シールドで受け止め、外側へと弾いた。口が開くよりも早く、ガンダムの左手のビーム・ライフルの銃口がファーブニルの口へと向けられている。躊躇う事なく引かれたトリガーに、ビームが放たれる。 ファーブニルの頭部が吹き飛び、それでもファーブニルが爪を伸ばした腕を振るった。それがガンダムの胸部装甲を浅く切り裂く。 「メインカメラがなくったってぇっ!」 ファーブニルが両腕の爪を伸ばし、ガンダムへと振るった。 ビーム・シールドでそれを全て防ぎ、シグルドはビーム・ライフルをファーブニルへ向けた。 放たれたビームを、ファーブニルは避けた。明確には避けてはいない。だが、コクピットへ撃ち込んだはずの一撃を、グリーナは確かに避けていた。 右肩にビームが命中し、ファーブニルの腕が吹き飛ぶ。その背後の翼をもビームは貫き、片翼を破壊した。 「ライフル、エネルギーが切れました。残りエネルギー、危険域です」 ブリュンヒルデが告げる。 シグルドは荒い息を吐きながら、落下して行くファーブニルを見つめていた。通信回線は途切れている。 (グリーナ……俺も、お前も、戦争の被害者なんだよな……) 小さくなっていく赤い竜であったモビルスーツを見つめ、シグルドは思った。 戦争と言う大きな流れの中で、意思とは無関係に巻き込まれて行く。その中の選択肢を選んだのは確かにシグルドやグリーナだろう。しかし、そこで違う選択をしていれば、ここに彼らはいない。 (――いけないっ!) ふと、シグルドは夢を思い出した。スキッドブラドニールが沈む夢だ。 「補給のため、一度帰艦する事を提案します」 「賛成だ、戻るぞ!」 シグルドは答え、高機動モードのまま上空へと加速した。 一度抜けた敵の防衛ラインに下方から飛び込み、ビーム・シールドで敵を薙ぎ倒しながら上昇して行く。 敵の数は明らかに減っていた。味方の数はどうか判らないが、シグルドの勘は世界政府軍が押していると告げている。だが、油断は出来ない。 この状況では世界政府軍が押しているだけであって、逆転される可能性は否定出来ないのだ。 数的には、本拠地という場所で戦っている火星連合軍に利がある。遠くまで攻め込んで来ている世界政府軍の方が、物量的にはやや少ないと言える。 それを補っているのが、エインヘルヤル隊だ。 混戦し過ぎたこの状況では、たとえニュータイプであっても戦況の把握は困難だった。どちらが優勢でどちらが劣勢なのか、仲間はまだ生きているのか。それらの状況よりも、まだ数多く残っている敵の攻撃を避ける事に意識を向けなければ、自身の身も危うい。 ビーム・シールドでヨトゥンを薙ぎ倒す。フリムスルスを切り裂く。背後からの、左右からの、上下からの攻撃を避け、上へ上へと昇っていく。 スキッドブラドニールの存在を感じ取り、シグルドはひとまずの安心を得た。 まだ、その状態にはなっていない。護衛のヴァナはかなり被弾しているが、状況を考えれば善戦していると言える。 戦艦の護衛用にカスタマイズされた、ヴァナ・ガーディは武装を多く搭載し、装甲も厚くされている。防御、対応用に調整されているのだ。 そのヴァナの周囲を取り巻くヨトゥンをビーム・シールドを展開した腕で薙ぎ払い、コクピットにシールドの先端を突き刺して撃破して行った。 「シグ!? どうしたの?」 エルキューレからの通信が入り、シグルドは大きく息を吐いた。 「エネルギーが残り少ないんだ。ライフルもブレードも壊された」 「補給ね!?」 「頼める?」 「ええ、すぐにハッチを開けるわ」 エルキューレと言葉をかわし、スキッドブラドニールの格納庫が開くと、シグルドはその中へとガンダムを進ませた。 機体を格納庫のメンテナンスベッドに立たせたところで、格納庫のハッチが閉じる。 「ヒルデ、少し休憩してくる」 「了解。お疲れ様です」 ブリュンヒルデの労いの言葉に小さく笑みを浮かべ、シグルドはコクピットから出た。 メカニック達がガンダムに取り付いていくのを見て、一度格納庫から出た。 「ふぅっ……」 ヘルメットを外し、頭を軽く振ると、水しぶきが飛んだ。知らぬ間に汗をかいていたのである。 からからに渇いていた喉を潤すためにリフレッシュルームへ行くと、そこにはエルキューレが待っていた。 「エル? 席を放れてもいいのか?」 「ええ、ちょっと代わって貰ったの」 エルキューレは微笑み、飲み物のパックをシグルドに手渡す。 そのスポーツドリンクを一気に飲み、シグルドは一息ついた。仄かな甘味と酸味が、渇いた喉に心地良い。 「……大丈夫?」 「うん、まだ、大丈夫」 椅子の背もたれに大きく寄りかかり、天井へを顔を向けたまま、シグルドは答えた。 「装甲の修理はする暇がないから、エネルギーを補充したら武装のスペアを持っていけって」 「解った」 エルキューレの言葉に、シグルドは顔を向けて頷いた。 元より、そのつもりであった。両手両足が残っているのだから、修理する必要はない。破壊された武装と、エネルギーさえあれば、まだ十分に戦える。 不意に、スキッドブラドニールが揺れた。 「被弾した……?」 「これぐらいなら大丈夫。致命傷じゃないから」 シグルドの呟きに、エルキューレが答える。 残ったドリンクを一気の喉へ流し込み、シグルドは立ち上がった。そのまま大きく背伸びをして、身体の緊張をほぐす。 「そろそろ、終わったかな」 リフレッシュルームの出口へ視線を向け、シグルドは呟いた。 「シグ……」 「――エル、約束、守るよ」 背後からかけられたエルキューレの言葉に、シグルドは言い、部屋を出た。 格納庫へ続く通路を進み、格納庫に入る。開いたままのコクピットに入ると、ハッチを閉めた。 「お待たせ、ヒルデ」 「いえ」 ブリュンヒルデが相槌を打つ。 エネルギー残量が十分にある事を確認して、シグルドは機体を歩かせた。その右手にはバスターブレードが、左手にはビーム・ライフルが握られている。 「ヒルデ、行くぞ!」 「はい」 答えるブリュンヒルデに、シグルドは格納庫から飛び出した。 外では戦闘が続いている。 (……世界政府軍が、押され始めてる……) そう、感じた。 最初は押していた世界政府軍が、ここに来て押され始めている。疲弊してきたという事だろうか。そうなれば、本拠地という事で物量的にも地理的にも有利な火星連合軍が巻き返してきてもおかしくはない。 「ヒルデ、バスターブレードの射程でここから拠点を貫けるか?」 シグルドは火星地表へ視線を向け、ブリュンヒルデに尋ねる。 「計算中……可能です。ただし、いくつか問題があります」 「問題?」 「まず、通常出力では出力が足りません。ここから地表を狙う場合、機体のエネルギーを八十七パーセント消費しなければ十分な威力になりません。その場合、エネルギー充填中は移動が不可能になります」 ブリュンヒルデの説明に、シグルドは考えた。 八十七パーセント、少し降下すれば八十パーセントまで抑えられるとしても、エネルギー充填中は移動不可能というのは厳しい。通常出力の時は、四つある核融合炉のうちの一つをバスターブレードの出力に当てるために、移動がや他の動作が可能だが、八十パーセント以上必要になるとすると、四つ目の核融合炉までもがバスターブレードの出力に当てられる事になる。 「移動可能で撃つにはどこまで下がればいい?」 「現在、戦闘が激しいポイントまで降下する必要があります」 的確かつ解り易い返答だった。 戦闘の激しい場所で停止していればただの的になってしまう。そうなれば、スキッドブラドニールを守る事はおろか、約束を守る事も出来なくなってしまう。 「敵、接近」 ブリュンヒルデの言葉に、シグルドは舌打ちしてビーム・ライフルを向けて撃破した。 「ヒルデ、何か決定打になるものは他にないか?」 「直接進攻し、破壊するのが最も簡単です。先程もシグルドは敵の防衛ラインを突破しています」 「それじゃ駄目なんだ。スキッドブラドニールの近くにいる状態で何か決定打になるものはないのか?」 ブリュンヒルデにシグルドは言った。 防衛ラインを突破し、本拠地の施設を破壊すれば、戦艦の護衛が出来ない。そうなれば、夢が現実のものとなってしまう。 それだけは厭だった。 既に、ヴァナ・ガーディだけでは不安な状況になっている。かといって、他の仲間を呼び戻す事は出来ない。エインヘルヤル隊は主力なのだ。前衛として敵を攻撃する先陣を切らねばならないのである。 そして、ガンダムは襲撃の要とも言える、この戦闘にはなくてはならない機体なのだ。それが敵の注意を引く囮的な役割も持っているとしても、その戦闘能力はヴァナやディシールを凌駕し、敵の主力であるヨトゥンやフリムスルスをも圧倒している。 「長距離射程を持つ、高出力射撃兵装はガンダム・レギンレイヴ以外ではこの場には存在しません」 ブリュンヒルデの言葉に、シグルドは唸った。 (――やるしか、ないか……!) 心を決め、シグルドは機体をゆっくりと降下させた。 「バスターブレードの消費エネルギーが八十五パーセントの所で教えてくれ」 「了解………ここです」 ブリュンヒルデの言葉に機体を停止させると、シグルドは周囲を取り巻く敵を、その場に滞空した状態でビーム・ライフルを用いて全て撃墜した。 「ヒルデ、バスターブレードを使うぞ」 バスターブレードを射撃体勢に変形させ、ガンダムを構えさせると、シグルドは告げた。 「了解。フォース・ドライバー、全ライン直結。エネルギー充填開始」 ディスプレイにゲージが表示され、それが少しずつ満たされて行く。 その速度は今まで使って来た時に比べ、非常に遅い。 (――早く……早く……!) シグルドの思いとは裏腹に、ゲージはゆっくりと溜まって行く。それがもどかしくてか、シグルドは小さな焦りを感じていた。 「――!」 不意に、敵意が向けられた。 「ヒルデ、敵が来る!」 「回避、防御、共に不可能です」 「そんな……!」 ブリュンヒルデの返答に歯噛みする。 充填を途中で止める事は構造上不可能だ。圧縮され、充填されるエネルギーは一方通行で、逆流させる事は出来ない。強引にそんな事をすれば、行き場を失ったエネルギーが暴発して、動力ラインが吹き飛び、機体が自壊する可能性がある。 (くそっ……どうする!?) 強く噛み締めた奥歯が鳴った。 (――誰か……敵を抑えてくれ!) 目をきつく閉じた瞬間、敵意が強くなる。 だが、その敵意が何かに阻まれるのを感じた。大きな、何かがシグルドと敵の間に割り込んだ。 「――なっ!?」 目を開けたシグルドの目の前にあったのは、スキッドブラドニールだった。 「シグルド、お前の意図は解った。我々が盾になる間に充填を済ませるんだ!」 「か、艦長っ……でも!」 シェイズの言葉に、シグルドは口ごもった。 視界の隅で一機のヴァナ・ガーディが爆発する。敵が次々と向かってくるのが判る。 「戦艦が持たない! どいて下さい!」 「そうはいかん……それが決定打になるのなら、それは我々の希望なのだ」 シェイズが言う。 「……まさか、ヒルデ! お前が連絡したのか!?」 「肯定です。私はこの戦いが終わるまでこの機体を保護するためのプログラムが組まれています」 そのブリュンヒルデの言葉に、シグルドは絶句した。 失念していた。ブリュンヒルデの使命は、この戦争が終わるまで機体を保持する事なのだ。 動けないという致命的な防衛手段の欠落を、援護を呼ぶ事で補う事にしたというのだ。そして、今、援護出来る仲間は、スキッドブラドニールしかない。 「充填、完了しました」 「……動けるのか?」 「それは不可能です」 ブリュンヘルデの返答に、シグルドは唇を噛んだ。 「……撃て、シグルド」 そのシグルドに、シェイズが告げる。 「解りました。艦長、艦をどけて下さい」 戦艦が射線上から放れたら引き金を引く、そう告げるシグルドに、シェイズは首を横に振った。 「それは出来ん。敵の攻撃は続いている。この状況でどけば、お前が撃たれる」 「でも、それじゃあっ!」 思わず声を荒げるシグルドの視界、通信回線にエルキューレが映る。真剣な表情のエルキューレに、シグルドは一瞬言葉に詰まった。 「……シグ、約束したでしょ?」 「エル、俺は……!」 シグルドが反論しようと口を開いた時、一機のモビルスーツがスキッドブラドニールとガンダムの間に割り込んで来た。 (――!) その瞬間、シグルドは全てが見えた。敵の動き、放たれる光、沈む戦艦、止まる戦い、終わる戦争。その全てが、シグルドの脳裏に閃く。 もう、間に合わない事も。 「自己防衛プログラム作動――」 「――ヒルデ、待てぇぇえええええええっ――!!」 「――発射します」 ブリュンヒルデの宣言に、シグルドは叫んだ。 バスターブレードから莫大な光は放出される。渦を巻き、閃光は一直線上にある全てのものを貫いて、火星地表へと突き進む。 「――シグ、私は……」 ――大丈夫だから。 エルキューレの言葉が、心が、見えた。その暖かさが遠のいて行く。それがどうしようもなく悲しかった。 涙が溢れる。 「……ちっくしょぉぉおおおおおおおお――――!」 ただ、シグルドはガンダム・レギレイヴのコクピットで絶叫していた。 火星地表、本拠地を貫いた閃光は、その瞬間、確かに戦闘を停止させ、戦争を終結へと導くものとなった。 |
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