エピローグ 「去り行く刻の流れの中で」 戦争は、終わった。火星連合軍本拠地を貫いた閃光は、火星連合軍を指揮している中枢部を消滅させた。 今、シグルドは小さな輸送艇に乗っている。地球圏へ向けて移動している途中だそうだ。 ガンダムは、火星圏に捨てて来た。 あの後、シグルドは近くの戦艦に収容された。そうして、そのまま火星大気圏を脱出した戦艦から一人、ガンダムを持ち出した。 「……ヒルデ、この機体にプロテクトをかけてくれ」 「了解、どのようなものをかけますか?」 「音声認識で一つ、解除コードは『Promise』。俺がコクピットから出たら、ロックをかけろ」 「了解、シグルド・ルェルーザの音声で『Promise』の解除コードが告げられた場合のみプロテクトを解除します」 ブリュンヒルデの言葉に、シグルドはコクピットハッチを開けた。 広がる宇宙空間を見据え、シートから腰を浮かせたシグルドはコクピットハッチに足をかける。 「シグルド、行くのですか?」 「……」 「長い間、お疲れ様でした」 無言を返したシグルドに、ブリュンヒルデが告げた。その言葉に、涙が溢れそうになる。 システムにプロテクトがかけられ、シャットダウンされる。それを見て、シグルドは身体を宇宙へと晒した。 遠ざかる機体から光が消え、コクピットハッチが閉ざされる。 「もう、二度と会う事はないよな」 シグルドは呟き、視線を逸らした。 そのまま宇宙で死ぬかもしれなかったが、いっそ死んでしまおうと思っていたシグルドには関係のない事だった。 気がついた時、シグルドは世界政府軍の輸送艇の医務室の中にいた。パイロットスーツのまま寝かされていた。 救助されたという事に、ありがたみは感じなかった。 約束は果たせた。戦争を終わらせる引き金を引いたのはシグルドだ。だが、その代償として、シグルドは敵と同時に守るべき味方をも貫いている。 戦う前に見た夢と同じだ、と思う。戦艦は、スキッドブラドニールは、沈んだ。他の仲間、ランディルやフィーユ、ヴィーンやリシクがどうなったのか、判らない。 結局、見えた未来を変える事が出来なかった。 (……くそっ!) 静かに涙する。 違う。知らず、シグルドは見えた未来を導いてしまったのだ。シグルドのミスなのだ。 最初から、こうなる事が決まっていたのだろうか。シグルドがガンダムに乗り込む事になったのは、スフィアWが火星連合軍の襲撃を受け、それでシグルドの生活が破壊されたためだ。だが、もし、そのスフィアWへの攻撃が最初から仕組まれていたものだったとしたら、シグルドがパイロットになるのは必然だったのかもしれない。 (……違う!) スフィアWへの襲撃は、仕組まれてはいなかった。それは断言出来る。 だが、もし、襲撃が想定されていたとしたら、シグルドがパイロットになる可能性が高いと計算されていたら。全てはイグドラシルの演算の上で起きていた事に過ぎない。それに沿うように、事態が動いただけに過ぎないのだ。 (――違うっ!) 思い切り、壁を叩く。 感情的な否定、それを直感は否定していた。イグドラシルにはそれが可能な演算能力が備わっている。だからこそ、今まで地球圏が安定していられたのだ。 (俺が、俺が……!) 溢れてくる涙を腕で拭う。 過ぎた事は、もうどうすることも出来ない。それでも、涙が、自分への怒りが、心を締め付けていた。 (――俺だけ、生き残っちまったな……) ようやく落ち着きを取り戻したシグルドは、医務室から出ていた。 ランディルやフィーユ達、他のパイロットの事は相変わらず分からない。ただ、エルキューレが死んでしまって、自分が生き残ってしまった事に対して、シグルドは思いを馳せていた。 「エル、俺は……」 ――ただ、君がいれば良い。 あの時、最後まで言えなかった言葉。交わした約束も、それはエルキューレを守るためのもの。彼女がいなくなった今、シグルドを支えてくれる者は、いない。 帰る場所も、守るものも、失くした。 「……そうか…」 不意に、理解した。 「俺が死んだらいけないよな……」 皆が守ってくれた命。 そうだった。エルキューレやシェイズ達は、シグルドを守ってくれたのだ。身を挺して、シグルドを生かした。そこに、戦争を終わらせるという目的も含まれている。しかし、シグルドを守るために、スキッドブラドニールを盾にしたのは事実だ。 最後に見えたエルキューレは、シグルドを安心させようとすらしていた。その思いを、無駄にしてはいけない。 「生きていくよ、この先も……」 出来るところまで、生きよう。 涙で霞む視界を、一度閉ざし、窓の外に浮かぶ火星へ背を向け、シグルドは輸送艇の通路の奥へと消えて行った。 |
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