3 ラーニング・トゥ・コンバット


 俺は白い軍用のパイロット・スーツに身を包んで、グワヒールのコクピット内にいた。
 全天周モニターには宇宙が広がっている。ここは実験施設船カルナバルから伸ばされたアームの先端だった。無反動ロケット式カタパルトをもたないこの船では、MSの加速は主にこのアームを使ったマス・ドライバー、つまりアームを振り回して加速されるスリング・ショット・カタパルトが使われる。スリング・ショット・カタパルトは、ロケット・カタパルトと違って大きな設備も必要なく、よってコストもかからない。旧式だが、民間の大型船には今だによく使われている質量加速器だ。
 リング・レーダーは俺が思っていたよりも使い易そうだった。マニュアルを一読しただけでだいたいの感じは掴めたし、何度かやってみたシミュレーションで使い方はかなりのところまでいった。
 俺がここに到着してから既に三日目になっていたが、今日から更に三日間の模擬戦闘プログラムが行われて全て完了である。
 一週間近くガレッジを空けるのは初めてだったが、それ以上に気がかりなのはルーシーのことだった。
 大型船内にはそこで数ヶ月滞在出来るよう、クルーの為の各種施設が充実している。居住区画はそれ自体が回転し四分の一Gを得られるようになっている。快適とは言えないが住むのに問題はない。
 だがルーシーに長く学校を休ませるのは流石に拙い。
 それにここの連中は、特にロダン達メカニック連中は気の置けない良い奴らばかりで俺もジャンク屋をやっているから話も合うが、ジェノバ・ラウトゥーンを始めとするここを取り仕切っている黒服組みの連中は、やはり腹に何かを隠しているような不快さがあった。もっともルーシー自身はそんなことは余り気にしていないように見えるが。
「アヴリル、フレッド・リーヴだ。戦闘モードで起動。今日から三日間、本格的に稼動させる。よろしくな」
「ようこそ、ミスター・リーヴ。戦闘モード、起動中。こちらこそよろしくお願いします、ミスター・リーヴ」
「フレッドでいいよ、アヴリル」
「了解しました。ミスター・フレッド」
 俺は苦笑しながら、機体の起動を確認した。
 通信回線が開いた。
「よう、調子はどうだ?」
 ロダンの声だった。カルナバルのブリッジ兼作戦指令室には今はルーシーに、それにジェノバもいるはずである。やはりルーシーを人質に取られているような感じが払拭出来ない。
「ああ、大丈夫だ。やれるよ。アヴリルとも仲良くやっていけそうな気がする。なあ、そうだろう? アヴリル」
「もちろんです、ミスター・フレッド。ワタシはあなたがこの機体の全性能を完全に引き出せるよう、それをサポートする為のA.I.です。何ら問題はありません」
 そうかい、と俺は言った。そういう意味じゃないんだがな。
 そこにジェノバから通信が入る。俺は溜め息をひとつついて、それに応じた。
「よろしいですか、ミスター・リーヴ。今日の予定は暗礁宙域をプログラムを消化しながら飛んでもらいます。基本的に三日間は同じプログラムを行ってもらいますが、時と場合によっては突発的なプロセスの発生も予期されます。充分に気をつけてください」
 了解、と、俺は返事を返した。
「こちらフレッド・リーヴ。グワヒール、準備、全てOKだ。何時でも出られる。どうぞ」
「了解、こちらコントロール、これからスリング・ショット・カタパルトで機体を打ち出します。カタパルトの経験は?」
 オペレーターの女性が俺に確認する。
「もろちんあるさ。大丈夫だ」
「了解、それではプログラム・スタート、こちらでも情報収集を開始しました。グワヒール、射出位置へ移動。期待しています。頑張ってくださいね」
 了解、と俺は言った。
 グワヒールが接続されたアームはカルナバルから上に伸びた支柱に支えられ、遥か後方まで腕を伸ばして固定された。ここからロケットでアームを加速して振り回し、目的座標まで放り投げられるのである。
「カウント・ダウン、三、二、一、射出!」
 機体がいきなり空気の壁に押しつけられるような大きな衝撃に襲われた。胃が突然締めつけられ、中身がじわじわと食道を昇ってくる。目の前の宇宙がぐるりと回転した。アームがロケットで一回転し、グワヒールに充分な加速を与える。
 その次の瞬間には、ガクンと大きく機体が嘶き、固定されたアームから解放された機体が、ギュンと前に加速した。
 打ち出されたのである。
 俺の体は強烈にシートに押しつけられたが、それはほんの数秒の間だけだった。
 徐々に胃への負担も少なくなり、加速は一Gを下回った。
 恐れていた黒視病は起こらなかった。
 軍から離れて久しいが、訓練したことを体は忘れていなかった。戦艦等からのカタパルトによる加速は、最もよくやった訓練のひとつである。もちろん、ルシフェル・ガイスト隊でも、機体の振動や加速度、加速からの回復を確認する為に頻繁にやったことだ。
「アヴリル、背部スラスタ、燃焼開始。出力三十パーセントで開放。加速状態を確認」
「了解」
 俺はプログラムを順番通りに処理した。スラスタからプラズマが放出され、それによって機体が加速する。途端にコクピット内に振動が走り出した。グワヒールのようなテスト機にはよくあることだ。要するに設計の問題か、それとも機体の組み上げの問題か、スラスタの位置や方向の微妙な誤差等が機体を振動させているのである。
「何だ? アヴリル、処理しろ」
「了解しました。加速と機体振動の相関関係を確認、加速と振動の比率の最小値を推論、最小比率での加速を実行中」
 忽ち機体の振動はなくなった。加速は滑らかになり、尻の付近から僅かなムズムズとした微動が繰り返されているに過ぎない。しかし、パネルに表示される重力加速度は出力と共に確実に上昇していっている。
 ひゅう、と俺は口笛を吹いた。こりゃあいい、流石サポートA.I.、俺がモビル・スーツを動かしていたころとは雲泥の差だ。
 プログラムの消化は順調に進んでいった。この戦術戦闘サポートA.I.という奴は、想像以上に頭が良かった。機体の問題点は勝手に洗い出し、それが問題のない時点までリミッターをかけ、それでも問題があるようなバイパスを使う。逆にこちらが必要とする分に関しては、少々機体に無理をさせてもやはりベストな性能が出せるようなセッティングに自動的に合わせてくれる。しかも高いラーニング機能によって、それらは全て経験値として蓄積され、使い易いように更に加工される。
 流石にニューロとDNAの各コンピュータの特徴を統合させたものだけある。俺は直ぐにこいつが気に入った。
「よし、次に行くぜ」


 プログラムは戦闘行動へと移った。
 デブリ密度が高い暗礁宙域で、更に大きなコロニー廃材や破壊されたMSや戦艦等のデブリ、それに用意されたターゲット・ポッド等を使って模擬戦闘を行うのである。模擬戦闘のレベルは一番簡単なものだ。ターゲットはほとんどがデブリなので反撃もない。
 グワヒールに持たされているのはビーム・ライフル、ビーム・サーベルが一本、そしてビーム・シールドだ。
 全て実戦タイプだが出力は低く抑えられている。あくまで戦闘用ではなく訓練用の武装である。
 俺はグワヒールにライフルを構えさせた。
「判っているな、アヴリル。最初はとにかく敵の位置のみを俺に教えろ。慣れてきたらロックもそっちに回すから」
「了解。左三十五度にボギー二機接近」
 リング・レーダーにその反応が映る。敵の姿を直ぐに全天周モニター上に見出した。マーカーを付けられたデブリである。
 俺はグワヒールのライフルをそちらに向けた。
「ロック!」
「しています」
 トリガーを引く。ライフルから発射されたビームが、真っ直ぐにターゲットを射抜いた。ぼっ、と遠くに眩い光が閃く。
「ボギー、一機消滅」
「次だ!」
 機体がぐっと捻り、リング・レーダーの中心に敵を捉えた。既にロック・オン状態だった。
 俺はトリガーを引き絞った。
 またしても閃光が暗闇の中に一筋溢れ、ターゲットは破壊された。
「こいつはすげえ。確かにこれなら戦闘に集中出来るな」
 俺は関心した。
「後方にボギー三機、高速で移動中」
「確認!」
「敵と認識しました」
 ターゲット・ポッドである。既にそれらはロックされていた。俺はそのままトリガーを引き絞った。機体がぐっと回転し、更に上半身を捻ってそちらに腕を伸ばし、構えたライフルを立て続けに発射した。
 連続で三つの光が閃いた。一番簡単なレベルの模擬戦闘とはいえ、確かに俺はこのサポートA.I.の能力を実感していた。


 俺はヘルメットを取り、コクピットから這い出した。
「どうだった? アヴリルの使い勝手は」
 待っていたロダンが俺に聞く。
「ああ、随分とやりやすい。これが本当に成長したらもっと戦闘に集中出来る様になるだろうな」
 ロダンが大きく頷いた。
「アヴリルはその為のA.I.だからな。もっと複雑で強力な機体を制御するのが目的だが、グワヒール程度でもテキメンに効果的なはずだ。俺達が開発した中でも唯一の正式採用だからな。譲れない機能さ」
 と言って胸を張る。
「お兄ちゃーん、お疲れさまー!」
 遠くでルーシーが手を振った。俺はそれに手を振って返した。
「さて、明日はもっと高度な戦闘プログラムが待っている。このままあんたに任せても大丈夫だとは思うが」
 ロダンが俺に耳打ちする。俺はルーシーのほうを向いたまま、耳だけをロダンに傾けた。
「何かあるっていうのか?」
 いや、とロダンは口ごもった。
「ちょっとな。嫌な噂を聞いててさ」
「何だよ、嫌な噂って。そんなの初耳だぞ」
 ロダンは軽く笑った。
「別に大した噂じゃないよ。トライアルをやったことは言ったろう? それでさ、向こうの開発チームからモビル・スーツを任されていた奴がA.I.に負けた腹いせに何か仕掛けてくるんじゃないか、ってさ」
「おいおい、トライアルは向こうの圧勝だったんだろう? こっちが勝ったのはA.I.だけじゃないのか?」
 はっきり言ってくれるな、とロダンが頭をかく。
「その通り、こっちは下手な量産仕様機を作ったもんだから、そりゃ高性能機にやられるのは当然さ。だから向こうも気に食わないんだよ。完全勝利だと思っていたのにモビル・スーツの要、頭脳で負けたんだからな」
 なるほどな、と俺は思った。ふと、懐かしい顔が頭を過る。何度かロダンとの会話にも出てきた男のことだ。奴にもそういうところがあった。
「まあ、噂は噂だ。あんたが上手くやってくれりゃ、後の事はそんなに難しくはない。俺達に満足の行く結果さえ残してくれりゃ、あんたの仕事はお終いってことさ」
 判っている、と俺は答えた。
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