4 ロック・オン・ターゲット


 テストも二度目になると、俺にも随分と余裕が出てきた。
 グワヒールを操縦している間、俺はアヴリルともう少し話をしてみたくなった。
 というよりも、A.I.という奴がどのくらいマン・マシン・インターフェイスとしての機能を持っているか知りたくなったのだ。
「なあ、アヴリル、お前、生まれてどのくらいだ?」
「ワタシが起動したのは十六日と十二時間三十四分前です」
「何処で生まれたんだ?」
「A.I.開発室に設置された親コンピュータの中に人格を形成、そのままニューロ・チップに移植されプログラム化したものが現在、グワヒール戦術戦闘コンピュータ管制プログラムとして稼動中」
 やはりな、と、俺は溜め息をついた。結局、人並みの会話が出来ると言っても、確かに出来る、という程度である。
「じゃあさ、今まで何人の男と付き合った? ロストバージンは何時だ?」
「ワタシに関係する開発、運用担当者全員の名前は把握していません。上位二百七十七名のみ情報を入力済み。その内、性別が男性であるのは二百十二名です。エラーです。会話の中にNGワードが含まれています。A.I.はNGワードに関する処理、返答は出来ません」
 突然、アヴリルが言った。
「何だよ、そのNGワードって」
 俺は聞き返した。それに答えたのはアヴリルではなく、ロダンからの通信だった。
「おい、くだらない質問をするなよ。NGワードってのはパイロットがA.I.を困惑させるようなアンビバレンツな質問や、今みたいな卑猥な質問を弾く為のものだ。出来ればもう少し集中してくれ」
「お兄ちゃんのエッチ!」
 後ろからルーシーの叫び声が聞こえる。同時に周囲から笑いが巻き起こった。俺はばつが悪くなった。
「ちぇっ。このA.I.、確かにどんどん頭がよくなっていってるよ。だから俺が気を配るところも減ってきてる。居眠りしないよう話するしかないじゃないか」
「ならば丁度良いターゲットがあります。左四十五度に回頭。そのまま二千二百進めば、破棄された戦艦の残骸があります。全長が約七十メートル、現所持武装でその残骸を平均一.〇メートル以下にまで破砕してください」
 言ってきたのはジェノバだった。
「一メートル以下? こんな低出力のビーム・ライフルとビーム・サーベルだけでか? どうやれっていうんだ?」
「それを考えるのがあなたの仕事です。効率的な攻撃方法はA.I.が吸収していきます。その為にあなたを雇っているのよ」
 へいへい、と返事をしながら、俺の頭は既にどうやってそれをバラバラに切り刻もうかと考えていた。
 ターゲットは直ぐに見えてきた。恐らくペニングル級戦艦の胴体部分だ。全長七十メートルは遠目からは小さい。だが、俺はその脇を飛び抜けて、それが意外と厄介な大きさであることを知った。
 ちっ、結構難しいな。これじゃあ、ビーム・サーベルで単純に切りまくるってわけにはいきそうにない。それにずっと監視されている。やりにくいぜ。
「アヴリル、ちょっと耳を貸せ」
「ワタシには耳はありません。ミスター・フレッドのボイスは全て集音されております。現在、集音センサーの不良は感知されておりません」
「そういう意味じゃない。通信を完全に遮断しろってことだ」
 了解しました、とアヴリルは通信を切った。直前までロダンの焦る声が聞こえていたが、それがぷつりと途絶えた。
「よし、アヴリル、ターゲットの情報を教えてくれ」
「ターゲット、ペニングル級七十八番艦オシレウス。A.C.〇二〇七年に就役、スフィアWに配備、その外周哨戒を主任務にしていました。〇二〇九年に退役後、航行演習艦として〇二二二年までスフィアTからWまでを六十四往復航行。後、〇二二三年、世界政府軍再配備計画により改修は却下、破棄が決定。八日前にスフィアU防衛部隊モビル・スーツ隊の演習に敵対艦艇想定艦の一艦として使用、同日、モビル・スーツ隊の模擬戦闘により攻撃、破壊。四散した艦体の破片は回収されず」
 俺は一息吐き出した。
「そいつが流れて来たってわけか。それよりもアヴリル、もう少し違った言い方は出来ないのか? 何て言うか」
「ワタシの役目はミスター・フレッドに常に正確な情報を提供することです」
 そうだろうけどさ、と俺は口の中で言った後、もう一度言い直した。
「それじゃあ、アヴリル。あの破片について教えてくれ」
「ペニングル級七十八番艦オシレウスの胴体部分の側面外板。セミ・モノコック構造、フレームはリベットで結合、ハット型断面フレームが二十インチ間隔で並べられています」
 俺は唸った。やはりセミ・モノコック構造か。俺もジャンク屋をやっている関係上、戦艦のデブリもよく扱う。殆どの戦艦がセミ・モノコック構造だ。これは引張力を外板で、曲げ荷重の圧縮力は縦通材が受け持つようになっている。
 ということは、だ。
 俺は考えた。七十メートルもあるデブリ、だが撃ちどころさえちゃんとしていれば最小限の破砕力で粉砕することが出来る。狙い目としては縦通材の結合部分である。
 武器を確認する。腰にマウントしてあるビーム・ライフルのエネルギーは充分、ビーム・シールドの基部に設置されたビーム・サーベルも同じだ。よし、と俺は決断した。
「アヴリル、破片の状態と船体構造から縦通材の結合部分の位置を割り出してくれ」
 了解しました、と返事を返したアヴリルは、しばらく黙り込んだ後、リング・レーダー上に表示した破片の裏側の三次元映像の中に、縦通材の結合部分を赤く示した。
「ロックだ。ビーム・サーベル用意。背面に回るぞ」
 俺は破片の周囲を旋回していたグワヒールの機体を傾け、破片の裏側を真正面に捉えた。
 機体を加速させ、破片にギリギリまで接近する。そしてグワヒールにビーム・サーベルを抜き放たせた。
 全天周モニター上の画像には縦通材各所にロック・オン・マーカーが示されている。敵機体や事前に登録された攻撃目標だけではない、こういった突発的な攻撃に対して目標がロック出来るのは戦術上、大切なことだ。ロック・オンされているということは、その目標に追随し、こちらの攻撃や機体の向きを常に敵に向けられるということだからだ。
 こういう判断が自分で可能なところがA.I.の優れたところだ。俺は今更ながらに感心した。
「行くぜ!」
 ビーム・サーベルでロックさせた箇所を叩き斬る。アポジモーターを上に向かって噴射させ、機体を下方に移動させながら、攻撃箇所を一つ一つ切り裂いていった。
 それは簡単な作業だった。機体制御の細かな部分は全てアヴリルが行った。それは適切にグワヒールを攻撃目標の正面まで移動させ、最適なビーム・サーベルの間合いに機体を置いた。俺は大まかな動きをコントローラで指示してやるだけでよかった。
 グワヒールのビーム・サーベルがロックされた最後の縦通材に切れ込みを入れた。
「よし、今度は正面だ。アヴリル、グワヒールを回すぞ!」
「了解しました」
 俺はグワヒールにビーム・サーベルを納めさせた。そして上に加速させて、破片を眼下に見ながら機体を旋回させる。そして今度は破片の外板側に回り込んだ。
 さっきと違って破片からの距離はかなりとってある。だが、ロック・オン・マーカーは相変わらずそこを示していた。
 俺はアヴリルに、そのロックの中からもっとも効果的な部分を選ばせた。ロック・オン・マーカーは最終的に五つまで減った。
 腰にマウントしてあったビーム・ライフルを持たせる。そしてそれを構えると俺は一息吸い込んだ。
「行け!」
 俺はトリガーを引き絞った。
 ビーム・ライフルのマズルから発射されたエネルギーの粒子が、一直線に伸びて破片を貫いた。
 そこから眩い光が漏れる。加速された高エネルギーの粒子が貫いた外板を溶解させながら激しく反応しているのである。
 ビームは直ぐに途絶えたが、それが貫いた部分は長い間真っ赤に染まり、周辺に大きな亀裂を幾つも生み出していた。
 俺はロック・オン・マーカーに従い、残り四つの部分も同じようにビーム・ライフルで射抜いた。
「よし、これで最後だ!」
 俺は破片に向けてグワヒールを一気に加速させた。体がシートに押しつけられる。加速は直ぐに最大に達した。
「でやぁ!」
 グワヒールの拳を構えて破片の最も破壊に効果的な部分に叩き込んだ。機体全体を激しい振動が襲う。俺の体はシートの上でガクンと揺れたが、それが確かな手応えを感じさせた。
 殴りつけた部分から破片全体に亀裂が広がっていく。それはビーム・ライフルで撃ち抜いた部分に達すると、そこから水面に石が落ちて波紋が広がるように、亀裂は大きなものから細かなものまで、次から次へと生まれていった。
 裏面の縦通材を破壊することで、破片全体は圧縮力の支えを失っていた。尚且つ、ビーム・ライフルで外板を破壊することで引張力を解放させる。そこに大きな振動を加えることで、曲げ荷重と引張力が外板を一気に崩壊させたのだ。
 もう一度、俺はグワヒールに外板を殴らせた。次の瞬間、外板は殴った部分から細かな破片となって周囲に飛び散り始めた。
 俺は急いでそこから飛び退いた。機体を後方に移動させ、その様子を見守る。近くでいると弾け飛んだ破片で損傷を受ける可能性があったからだ。
 崩壊は瞬く間に外板全体に広がり、それは破片をさらに細かな破片へと変えた。
 攻撃目標の残骸は、全天周モニター上ではもう塵の固まりのようにしか見えなかった。それが元の三倍くらいの大きさまで広がっている。リング・レーダーでは細かな靄のようにしか表示されていなかった。完全に破壊されたのである。
「アヴリル、念のため、残っている大きな破片を割り出してくれ。あのジェノバに何を言われるか判らないからな」
「了解。スキャニング開始。破片多数、また破片の間隔が詰まっている為、大きさが特定出来ません。破壊状況から推測すると一メートル以上の破片がまだ七パーセント程残っている可能性が示唆されます」
 七パーセントか。まあ、それぐらいならいいだろう。あの破片の中に飛び込んで、それを探す危険を考えれば充分に成功したと言える。何も機体を損傷させてまでそれを実行する必要はない。
 俺はしばらくその破片を眺めていた。粉々に砕いたそれが周囲の空間に広がっていく様は寒々としていて恐ろしくなった。あれ全てがデブリになってしまったわけだ。あんな中に突入してしまったら、どんなモビル・スーツだってボロボロになってしまう。
 デブリ回収をしているジャンク屋がデブリをこんなに作っちまって、と俺はため息をついた。
「よし、アヴリル、回線を繋いでくれ。ロダン達もモニターしているだろうが、取り敢えず報告だ」
「了解しました」
 プツンと音がして通信が回復する。途端に怒号とも歓声とも取れる騒めきが飛び込んできた。
「おい、見てたか? ちゃんと破片はバラバラにしたぜ」
 俺は言った。ロダンの興奮した声が聞こえてきた。
「ああ、見てたよ。お前、すげえや。見事に木っ端微塵じゃないか! どうやったんだ?」
「なあに、モビル・スーツのパイロットじゃない、これはジャンク屋の領分だからな。それにアヴリルがサポートしてくれてれば、これぐらいは簡単だ」
 俺は言った。実際のところ、アヴリルが攻撃に最適な箇所を割り出してくれなければどうしようもなかった。
「こちらでも確認しました。破片の中にはまだ一メートル以上のものが七・三パーセントほど残っているようです。特に二メートル近い破片が幾つか見られますが、状況を考えれば成功としておいていいでしょう。お疲れさまです。今日のプログラムはこれで終了しましょう。帰還してください」
 冷淡にジェノバが言った。俺は少し唇を尖らせたが、今日の分が終わりというのはありがたい。文句を言わずに従うことにした。
 続けて直ぐにロダンが上擦った声を再び発した。
「ちょっと震えちまったよ。こっちの歓声が聞こえるだろ? みんな興奮しちま」
 しかし、途中でその声は途切れた。バタバタと向こうで何かの音がして、次に通信に出たのはルーシーだった。
「お兄ちゃん、スゴーイ! ねえ、どうやったの? わたし、感心しちゃった! お兄ちゃんって口だけじゃなくて、本当にモビル・スーツ動かすの上手いんだね!」
 口だけじゃないってどういう意味だ? 今まで散々俺がMSを扱うところは見ているだろうに。もっともここまで戦闘用MSを動かす姿は見た事がないだろう。確かに作業用のMSでデブリを回収するのに比べれば派手なのは間違いない。
「まあな、流石に俺ひとりじゃ無理だが、今はアヴリルがいるからな。俺達、いいパートナーだよな、アヴリル」
 もちろんです、とアヴリルが返す。通信の向こう側でルーシーは黙ってしまった。遠くからは相変わらず騒めきが聞こえて来る。
「おい、どうした? ルーシー?」
「何だか二人で楽しそうね。そんなにアヴリルといるのがいい?」
 は? と俺は聞き返した。
「お前、それってヤキモチか? アヴリルはA.I.だぞ? 楽しいとかそういうのは関係ないだろう?」
 しかしルーシーは、ぶー、と不快感を露にした。頬を膨らませているルーシーの顔が浮かんで俺は吹き出しそうになった。
「ワタシはパイロットを完全にサポートする為のA.I.です。その為には人間でいうところの親密な関係を築く必要があります。嫉妬心は親密な関係に対して第三者が羨むもの、嫉妬を他者より得られるような関係であるのならば、ワタシの人格形成、ミスター・リーヴとの連携は成功していると言えるでしょう」
 アヴリルが言った途端、通信はブツリと途絶えた。
「ありがとよ、アヴリル。トドメをさしてくれてさ」
「意味が理解出来ません」
 俺は溜め息をひとつついて、グワヒールを帰還コースに乗せた。そして機体を加速させながら、ルーシーの機嫌をどうやって直そうかと、そればかりを考えていた。
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