第五章 「ジェニューイン」 ミリスは、今更ながらここにいることを後悔していた。グラーネを見送ったあのときに帰っていれば、と思う。引き返さなければよかった。変な好奇心に負けた自分が恨めしい。 夜は更けて、空は薄い雲が一面に張っていた。 高い位置にある月がにじんだ姿を見せている。月明かりのぼやけた光は雲のフィルターを通して満遍なく淡い光を大地に落としていた。暗闇とは程遠い明るさだった。 その大地を進むのは、四機のガンダムと一台の大きな荷台を牽引するアリアの乗るジープだった。ジープはグラーネに乗せられていたもので、砲架に機関銃が取り付けられている。荷台は人間用の武器の他、積み込めるだけのガンダムの備品でいっぱいだった。 既に四時間ほど、ミリス達は南下を続けていた。出発時にはグラーネを爆破し、不要なものはすべてナパーム弾で焼却した。それからここまで、レーザー通信をヴァルハラに送りながら走っている。 ガンダムはナイトビジョンによって、目立つライトは使用せずに済んでいるが、ジープはそうはいかない。レーザー通信は他に傍受される心配は低いものの、ヴァルハラからの返事はなく、ミリス達をやきもきさせていた。 心配なのはガンダムの燃料電池だった。フル稼動で連続八時間、今は機能を限定して出力も抑えている。それでも二十時間程度の行動が可能になるだけだ。 送電衛星を経由したマイクロウェイブによる充電用パネルも搭載されてはいるが、雲の掛かる空の下ではそれほど役に立たなかった。 さらに二時間程経て、ようやくヴァルハラからの通信をキャッチした。音声ではなく、電文として送られてきたものだった。それは座標と時間を指定した短いものだったが、待ち続けたものが届いたことにミリス達は沸き立った。 回収のタイミングの問題なのだろう。合流地点はそんなに遠くでは無かったが、時間は五時間もあとだった。 早々と指定された座標に辿り着いたミリス達は、それからの時間を緊張と、全くの手持ち無沙汰のまま過ごすことになった。眠ることも出来ず、ただ、コクピットにもぐり込んで時間が過ぎるのを待った。 やがて東の空が白み始めた。雲はいつの間にか大きな固まりになって、ところどころに浮遊するだけになっていた。その隙間から朝の光が柔らかくガンダムを照らし出した。 ミリスはアストライド・シートに身体を埋めたまま、両手を組んでその上に顎を乗せ、前のめりにもたれ掛かっていた。そんな格好でどれほど時間が過ぎただろう。太陽はゆっくりと大地から持ち上がっていった。 と、突然、エディの機体が接近する物体を捉えた。 「来たか!」 メスリーが大声で言った。だが、エディの言葉はみんなの期待を否定した。 「ち、違います。これは地上からです。北東二十キロ地点、なおも接近中。詳細は不明」 「全機、戦闘準備。アリアはジープを走らせて、安全なところに退避して」 ミリスはシステムを通常モードから戦闘モードへとシフトさせた。燃料電池はまだ持ちそうだ。四機のガンダムはメスリーを中心に左右へと散開した。 「機数は一、モビルスーツです。隊長! この反応はジェニューインです!」 「何!」 全員が息を呑んだ。通信を傍受されたか、まさか、あの通信自体が罠だったのでは。本当にヴァルハラから回収に来るのか。そんなことを考えてミリスは不安になった。 四機のガンダムは三百メートルずつ間隔を開けた。ミリスは最左翼だ。窪んだ場所を見つけて機体を伏せさせる。他のガンダムも同じように姿勢を低くしていた。 数分して、視界に砂ぼこりと、それを立てて疾駆する緑色の機体が目に入る。 あれが、ジェニューイン? 降下したメスリー達をほとんど全滅させ、宇宙人と消えたという。 その後、ラスティアースを襲撃した。そのお蔭でミリスは脱出することが出来たと言えるが、実際に戦うには厄介な相手には間違いない。 ミリスはライフルを構えた。呼吸が上がっていくのが自分でも判った。 ドーム・モニターの正面にはレティクルという菱形が円環状に並んだものが表示され、その中心にあるピパーと呼ばれる黄緑色の小さな丸印が約二秒半敵を捕捉すると赤く変化してロックされる。 今、それはジェニューインを捉えていた。 照準は修正してある。実弾射撃による調整ではないものの、ミリスは信頼を置いていた。 撃つ! 当てる! トリガーの上に置いた親指に力が入る。 ビーム兵器は大気中で急激に減退する。有効射程距離内でギリギリまで引きつけるほうがいい。 だが、ミリスの緊張感はメスリーの通信によって破られてしまった。 「少佐! カーゾン少佐! 聞こえますか」 ミリスは驚いてメスリーに目を向けた。メスリーの乗るガンダムは大地に一歩踏み出して身を乗り出していた。 「我々は少佐と戦うつもりはありません。話をさせてください。少佐!」 メスリーのガンダムの横をビームの光がかすめた。煽られてよろけるのを片膝を着いて耐える。 ミリスは改めてジェニューインを睨んだ。他のガンダムの動きも確認出来た。エディのガンダムの二門の砲が射撃準備を完了した。 「まって、みんな! 私達はもう連邦軍とは関係ない。少佐と戦う理由は無くなったわ」 「敵前逃亡は銃殺刑になるぞ」 通信機から野太い威厳のある声が聞こえた。ジェニューインからだ。ミリスはその威圧感に震えた。この声の主がヴィルヘルム・カーゾンなのか。 「もう銃殺されかかりました。我々は連邦軍から決別しました」 メスリーが言った。その声は震えていた。泣き出すのではとミリスが思うくらい、弱々しい声だった。 「ならばどうするかね。私の同志になるか?」 「同志?」 クリエが聞いた。カーゾンの目的は何だ? ミリスはライフルの照準はそのままに慎重にガンダムを起き上がらせた。 「私は地球から戦いを無くすために連邦軍を見限った。私はある者達と接触し、彼らが地球攻撃の為の先兵であることを知った。彼らは強大な軍事力を持っている。彼らの本体が地球に到着すれば、連邦軍など一気に壊滅させられるだろう。その時は地球上の全ての人類は根絶やしにされるだろう」 「それは何者なんです! 地球殲滅を企む者達なら、それらと戦うのが筋というものでしょう」 メスリーは悲鳴にも似た叫び声をあげた。 ジェニューインは仁王立ちになり、両手を広げた。 「少尉、君はこの大地をどう見る? この荒廃した大地を。繰り返される戦争、コロニーの落下、核、モビルスーツ。ここもかつては緑豊かな地だった。数百年前の地図では至るところに自然と人が住む世界があった。だが、今はどうだ。宇宙へと生活の場を広げ、多くの者達が地球圏から離れて、遥かな時を生きる者へと変わる中、地球に残る者達だけが、争いを繰り返す。地球は遥か昔に本来の機能はすっかりと失ってしまったのだ。にも拘らずその上に縛られて生きる人間達の浅ましいこと。地球を自然に帰さねばならん。今更だとは思うが、これは地球に住む我々の義務だ。他の誰でもない。我々の責任においてしなければならない。これ以上、我等が大地を貶めてはならんのだ」 「そんなものは、コロニー側の方便です」 そう叫んだのはエディだった。 「地球連邦政府の高官達は、未だに地球中心主義から抜け出せないでいる。地球圏全てを地球に居ながら支配出来ると考えているのだ。だが、見ろ。コロニー軍との戦争と休戦協定、その間に地球の文化レベル、技術レベルはどれほど下がったか。今、コロニー軍を組織している連合も同じだ。彼らはかつての地球圏望別時に、地球中心主義打倒を誓い、あえて残った者達だ。だが、もうかつての勢いはなく、連邦軍と同じように弱体化している。そんな中、彼らは帰って来た。地球のこういう状況を予測していたのかも知れない。近い将来、彼らによって地球中心主義は根絶やしにされる。地球は自然へと帰るだろう。他人の手でだ。だが、そうであってはならん。地球に住む者達の責任として、せめて我等の手で全てを終わらせる。これは我々の使命だ」 「彼らとは何者なんです?」 メスリーの問いにカーゾンがゆっくりと答えた。 「彼らはターン・タイプと名乗っている」 ターン・タイプ。ミリスは心の中で、その名前を反芻した。 「地球に住む人間を殲滅するなど間違っています。現在の体制を変えて行くことこそが必要ではないのですか?」 カーゾンは笑った。メスリーは侮辱されたと思ったのだろう。呻くような声がミリスの耳に入った。 「あなたはそんな人では無かった」 「人類が宇宙に出て既に数世紀が過ぎた。だが、同じ過ちを繰り返し、未だに戦いは続いている。その根源は地球の重力に縛られた人間達だ。すべての元を絶つ」 「戦争なんてあなた達が勝手にやってることでしょ。わたしには関係ない!」 ミリスは叫んだ。その声にカーゾンは驚きの声をあげた。 「子供の声だ。ガンダムに乗っているのか?」 仁王立ちだったジェニューインが動いた。腰を屈めて力を溜めているような格好をする。曲面で構成されたボディが太陽の光を浴びてきらめいた。ここからでもガンダムより大きいのが判る。全身がごつごつと人型のフォルムとは不釣り合いに各部が突出している。見た目でも厚い装甲が判った。それに伴う内蔵火器も多いことだろう。背中から突き出ている円筒形のものは砲だろうか。よく見ると、腰にも武器らしきものをぶら下げているのが判った。 そして、カーゾンの自信に満ちた声。それは自分の掲げた正義への陶酔もあるだろうが、それをさせているのは、モビルスーツの操縦技術だ。そう思えば極めて厄介な相手である。 ガンダムがビーム・バズーカを放った。 クリエだ。早い。ミリスは焦った。 ジェニューインは機体を横に滑らせビームを避ける。ビームは遥か彼方で地面を穿った。 「そんなモビルスーツ一機で何が出来るものか!」 クリエは叫びながらガンダムを駆け出させた。何を熱くなっているの? ミリスはライフルの照準を慎重にジェニューインに合わせた。 「サテライト・キャノンとそれを搭載したモビルアーマーがある。ラスティアースと連邦軍が使えるようにしてくれている」 「やつらだって馬鹿じゃない。あんたに自分達を狙わせるような親切はしないよ」 「どうかな」 ジェニューインからビームが飛んだ。それはクリエのガンダムの右肩を直撃し、被せられていた装甲が丸ごと吹き飛んだ。その場でがくりと膝を落とす。地面に落ちたビーム・バズーカの砲身は折れ曲がっていた。 増加装甲はビーム・コーティングされているはずだ。ジェニューインはかなり強力なビーム兵器を持っている。しかもそれは内装のものだ。 「このやろう!」 エディが叫びながら二百四十ミリキャノンとガトリング砲を連射する。火線がジェニューインへと延び、足元から爆煙が巻き起こった。 ミリスもビーム・ライフルのトリガーを引いた。ビームが尾を引いてジェニューインへと飛ぶ。 だが、当たったと思った瞬間、ビームの粒子が四散した。Iフィールドだ。ミリスは歯噛みした。 エディのガンダムが右手を突き出す。その先はすっぽりと四連装ハンド・キャノンが被さっていた。ターレットが回転し、先端から火花がほとばしる。側面から薬莢がバラバラと排出された。 弾丸の流れがジェニューインに集中する。その中の三分の一以上が直撃しているように見えた。だが、その攻撃もジェニューインに決定的なダメージを与えているようではなかった。 やがてカタカタと軽い音を立てて弾倉が空になった。 エディはハンド・キャノンを捨てて、シールドにマウントしてあったマシンガンに持ち替える。 「みんな援護して!」 クリエのガンダムがブースターを全開にして地面を滑走する。エディは砲撃を続けた。メスリーもライフルを構えて放つ。ミリスもトリガーを引き絞った。 一瞬、ミリスはジェニューインが右手を背後に回すのを見た。その先に巨大な銃のような姿を捉えた瞬間、足元が爆発し姿がかき消える。爆発はジェニューインの周囲で途切れなく起こった。 そこにクリエのガンダムが急速に接近する。ミリスはトリガーから指を離した。 クリエのガンダムがビーム・サーベルを抜いてジャンプした。周囲では土煙が舞い上がり、ジェニューインの姿を見えなくしていたが、うっすらとシルエットは判った。その中に真上から切り込む。 ガンダムが土煙の中に突っ込もうとしたその時、幾筋ものビームの光が背中を貫き、後ろに弾き飛ばされた。 ガンダムは宙を舞いながら、砕けた装甲を周囲にばらまいた。破壊された部品が空中に舞う。仰向けに倒れ込んだ時には、両腕と頭、背中の追加ブースターは無かった。 「クリエ!」 メスリーが叫ぶ。 「何が、起こった?」 ノイズの中、クリエの掠れた声が聞こえた。 ジェニューインが背面のノズルを噴射する。周囲の土塊が弾き飛ばされ、その姿を現わす。 ジェニューインは動けなくなったクリエのガンダムを飛び越えると、メスリーに向かって加速した。右手には前腕と同じ大きさの銃が握られている。銃口は六つ以上あった。 ビーム、ガトリングガン? ミリスはライフルを放った。全員がジェニューインに向かって銃撃を加える。 ジェニューインは更に加速してそれを避けると、メスリーのガンダムに肉薄した。 「私は見逃したのだがな。無駄だったようだ」 カーゾンが言う。メスリーに対してだ。 ジェニューインはガンダムの僅か十数メートル前に着地すると、左手を横に払った。ビーム・ライフルの先端が真っ二つに折れた。 「何やってるのよ!」 ミリスが怒鳴ってライフルを向ける。だが、二機が近すぎて撃つことが出来ない。 その間にジェニューインは手にした銃のグリップをガンダムの頭部に叩き付けた。頭は完全に潰され、腰も不自然に前のめりに曲がった。 もう一度、今度は斜め上から叩き付ける。ひしゃげた頭が地面を転がり、ガンダムは真横に倒れ込んだ。 「隊長!」 叫びながら駆け寄るエディのガンダムに向かって銃を向ける。その先端から幾筋ものビームの針がガンダムに発射された。 ビームがガンダムの全身を貫き、装備した武器、左腕、頭の順番に砕いた。 エディのガンダムは全身からスパークを発しなから、その場に両膝を着いた。残ったマシンガンを持つ右手を地面に着けるが、肘の関節がガクガクと揺れて安定しない。 ミリスは続けて数発、ライフルを発射した。だが、ジェニューインに命中する寸前に四散し、あるいは湾曲して後方へと流れた。 この距離でもビームを弾く。ライフルは役に立たない。 ライフルを捨てるとビーム・サーベルを抜く。ジェニューインは銃をミリスへと向けた。 盾を構えてそれに備える。 ジェニューインから放たれたビームの針は凄まじい威力を持ってミリスを襲った。構えた盾が淵から湾曲し始め、熱で変形する。防ぎ切れないビームが背面の追加ブースターや脚に取り付けたブースターポッドに幾つもの穴が空いた。その内の一発がプロペラントタンクを射抜く。 爆発する! そう思った瞬間、盾をジェニューインへと投げつけ、装備を全て一気に排除して飛び上がった。 その一瞬後、切り離したプロペラントタンクが爆発し、追加ブースターが誘爆する。巻き起こった爆風がガンダムを前方へと押し出した。 ジェニューインが眼前に迫る。ミリスはビーム・サーベルを横に払った。 距離が足りず、ジェニューイン本体には届かなかったが、避けようとして突き出した銃を切り裂くことが出来た。 ジェニューインはジャンプして五百メートル程後方へと飛んだ。ミリスもそれを追って跳躍する。そしてジェニューインの目の前に着地する。 ミリスは目の前に倒すべき敵を捉えた。だが、今、彼女の中には絶望感が満ちていた。こいつには勝てない。いつの間にか汗が全身を濡らしていることに気がついた。肩を大きく揺らしても息苦しさから解放されない。 勝てない、でも、やるしかない。 ジェニューインを睨み付け、ビーム・サーベルに操る右手に意識を集中する。 だが、ミリスの予感は現実となった。ミリスは敗れた。 ジェニューインの右手に逆手に握られたビーム・サーベルの先端が、ガンダムのコクピットを狙っていた。 やられる! 呼吸が荒くなり、耳に籠もった熱が全身を巡り沸騰させる。何か方法はないの? 「すまんな。これで終わりだ」 ビーム・サーベルを突き下ろそうした瞬間。 ジェニューインの顔面に火花が散った。甲高い音を立てて何かを弾いていた。モノアイの防護ガラスにひびが入った。 一つ目をその方向に向ける。その先に一台のジープが止まっていた。設置された機関銃が火を吹いていた。 あれは、アリア? ミリスはガンダムを動かしてその姿を確認しようとした。しかし、思ったようには動かず、ジープの一部分だけが、まだ生きているモニターの片隅に表示されている。アリアの姿は見えない。 「逃げて! アリア!」 ミリスが叫んだ。 「何だ、こいつは」 ジェニューインが左腕をジープに向ける。 だめ! そう叫ぼうとしたよりも一瞬早く、二連装バルカンがジープを粉々に吹き飛ばした。砂煙が立ち昇り、ジープの破片が宙に四散する。 ミリスはその中に赤く染まった土塊をはっきりと見てとった。 「アリアっ!」 ミリスは叫んだ。殺した! こいつが殺した! ミリスの中にジェニューインに、そしてカーゾンに対する激しい憎悪が巻き起こった。 よくも! よくも! よくも! 全身を動かして、ガンダムに怒りを伝える。コクピット周りにミリスの汗が飛び散った。 「どうして動かないの!」 ミリスがまた叫ぶ。そのとき、通信機からエディの声が聞こえた。 「ミリス、アリアがどうかしたの?」 途切れ途切れに声を出して問う。ジェニューインの遥か後方に立ち上がった片腕のガンダムが見えた。関節から白い煙を吹き出していた。 「アリアが死んだ」 ミリスの言葉にエディは沈黙した。そして。 「ちくしょう!」 エディが吠える。マシンガンの銃弾がジェニューインとガンダムの周囲に降り注いだ。 ちっ、と舌打ちしてジェニューインが踵を返す。肩のキャノンが轟音を発した。 腹に直撃を受けたエディのガンダムは、後方に数十メートル撥ね飛ばされ、その姿が視界から消える。 「これで全滅だ」 ジェニューインは振り返ってミリスを見下ろした。 「君も仲間の元に行くがいい」 カーゾンの言葉が終わると同時に大きな爆発が起こった。見覚えのあるパーツが宙に舞う。ガンダムのものだった。 「エディ?」 それは間違いなかった。エディのガンダムが四散したのである。 ミリスの心は沸騰した。 こいつはエディも殺した! ミリスは全霊を持って欠損したモニターにようやく映るジェニューインの姿を睨んだ。 例えガンダムが動かなくても、自分のこの怒りで殺して見せる! ミリスは沸き上がる殺意を瞳に込めてジェニューイン越しにカーゾンを射た。 ジェニューインが緩慢な動きで再びビーム・サーベルを振り上げる。 ミリスは動じず、モニターを睨み付けていた。 ジェニューインの動きは止まっていた。モノアイがあらぬ方向に動く。 何? その動きにミリスも気付いた。 ジェニューインがビーム・サーベルを振り降ろした。 ミリスにではない。視界に飛び込んで来たものを真っ二つにする。それが爆発するのとジェニューインが飛び退くのはほぼ同時だった。 爆風がガンダムを揺さぶった。視界には更に幾つもの細長い円筒形のものが通りすぎた。立て続けに大きな爆発が起こる。その度に衝撃がガンダムを襲った。 これはミサイルによる攻撃だ。誰が一体? ミリスは首を振って周囲を確認しようとした。しかし、ガンダムはぴくりとも動かなかった。 ミリスはアーム・ボックスから腕を引き抜き、シートから這い出した。コクピット・ハッチを手動レバーを使ってこじ開け、何とか外に出る。熱せられた鉄の焼ける匂いに顔をしかめた。 ミリスの頭上をミサイルの影が幾つも通りすぎる。爆発の音が遠くに鳴っていた。ミリスはミサイルの発射方向に目を向けた。 長い二本足に魚のような胴体を持ったモビルスーツが三体、腕は無く、胴体の両脇には小さな羽の上下にミサイルランチャーや重機関砲、胴体の上にはキャノン砲を装備している。それらは不器用に前進しながら、ジェニューインを攻撃している。その後ろにブースター付きのシャトルの姿も見えた。 「ミリス!」 自分を呼ぶ声に振り向いたミリスは、クリエと彼女の肩を借りて立っているメスリーの姿を見つけた。 「無事だったのね。ミリス」 メスリーは笑みを浮かべた。だが、その顔は頭から流れる血の帯が頬に出来て、髪が四方に乱れていた。二人が着ているものもところどころ破れて血が滲んでいる。 「エディが」 クリエが目を伏せて言った。ミリスは、うん、と頷いた。 「アリアはどこ?」 ミリスは何か言おうとして口を開いたが、言葉が出ず、ただ首を振った。それを見てクリエが、そう、と呟いた。 「ヴァルハラからのシャトルよ。早く乗り込みましょう」 メスリーが促した。ミリスはメスリーを庇いながら走った。モビルスーツの足元を通りすぎ、シャトルへと急ぐ。シャトルは待機状態でエンジンの火は入ったままだった。 昇降口に人影が見える。女性の姿だった。彼女は大きな手招きでミリス達を呼んでいる。モビルスーツの攻撃の音と、シャトルのブースターの爆音で声は届かず、何かを叫ぶ口元だけが見えた。 突然、背後で爆発が起きる。振り返ると一機のモビルスーツが両足だけを残して胴体を吹き飛ばされていた。 「まずい、急げ!」 クリエが声を上げた。ようやくシャトルから伸びた昇降用アームに取りつくと、タラップを駆け上がり、昇降口から内部に転がり込んだ。 「いいわ。出して!」 ミリス達を迎えた女性が、手にしたマイクに向かって大声で叫ぶ。シャトルの揺れが大きくなり、地面を走り出した。アームがゆっくりと畳まれて昇降口の扉が閉まった。 ミリスは頭を振って、シャトルの内部を確認する。人員を輸送するための一段式大気圏脱出用シャトルだ。ミリスは既にエアロックを過ぎてシートが並んだ機内の奥にいた。窓らしいものは無く、外のようすは判らない。 「何かに掴まっていて!」 女性がミリス達に向かって叫ぶ。ミリスは床に這いつくばったまま、シートを備えつけるための金属棒を両手でしっかり握った。 床が斜め上へと持ち上がる。シャトルが離陸したのだ。 「モビルスーツが」 ミリスは女性に向かって言った。 「セキュアードは無人モビルスーツよ。シャトルが離れたら自爆するようにしてある。大丈夫。うまく不意をつけたので、ザクも、もう追っては来れないわ」 女性は笑ってみせた。 「私はヘス・フォレスト。イルジニフ博士の助手といったところかしら。あなた、ミリス・ヤワね」 「どうしてわたしのことを?」 「メスリーから連絡を受けてね。ヴァルハラじゃ、あなたは結構な有名人になっているわ」 ふうん、と言ってミリスは顔をしかめた。自分の知らないところで名前が広がるのを、あまり気持ち良いとは思わなかった。 ふと見ると、メスリーとクリエが床に突っ伏している。二人とも息はしているが意識は無いように見えた。メスリーの下から血が流れ出しているのを見つける。 「二人も限界ね。メスリーの傷はたいした事はない見たい。シートを倒して寝かせましょう。ちゃんとベルトで縛ってね」 ヘスと二人で順番に抱え上げて、横倒しにしたシートの上に乗せる。シートベルトを十字にしてその体を固定した。念のため、メスリーには止血テープを大量に貼り付けた。 またシャトルが揺れ始めた。今度は更に大きく、しかもすぐには終わりそうに無かった。 「ミリス、あなたもシートに着いて。大気圏を突破するわ」 言われた通り、適当なシートに腰掛け、ベルトを着ける。体を押さえつけるGが徐々に強くなっていった。目を閉じてそれに耐える。 身動きが取れない上に、胃が締めつけられ、吐き気を催す。苦悶の汗が頬を伝った。 だが、それは長くは続かなかった。 揺れが収まり、急に自分を押さえつける力が弱まって行く。 無重量? 宇宙に出たんだわ。 大きく息を吐き出して体を楽にする。もう力は全然入らなかった。 アリア、エディ。二人のことを考える。つい何時間か前まで、普通に話していたのに。 そして、アリアのお腹にいた赤ちゃん。生まれて来ることの無かった命。 心の中を支配する大きな喪失感に、ミリスは涙を流した。 |
|
BACK 目次 NEXT |