第三章 カノン・フォルム


 ヴァルハラを出発したシャトルは、そのまま数時間かけて地球の衛星軌道に乗ると、アフリカ大陸目指して降下を始めた。ヴァルハラのあるサイド七はちょうど連邦軍の防衛線とは逆側である。連邦軍とコロニー軍の戦闘は終結していた。レジ・ドラ降下後、コロニー軍は撤退した。レジ・ドラは十二機全機が突入したようだ。コロニー軍が何を狙っているのか判らない。だが、連邦軍もレジ・ドラをそのままにすることもないだろう。だから逆にレジ・ドラより先んじれば、ガンダム奪回は可能だ。
 シャトルはマダガスカル島の上を抜けて、アフリカのタンザニアへと降り立った。砂漠に岩ばかり。ミリスが住んでいたところに似ている。地平線は熱射によって揺らめいているが、そのはるか上空に突き出た雪を被った山が見える。キリマンジャロである。
 まだ昼を回ったばかりの時間だったが、急いで往復したため、身体はどっと疲れていた。ガンダムは北東から鉱山基地跡に向かっている。ここからは丁度、真北に千六百キロほど行ったところだ。このままだとガンダムと接触するのは明日の朝になるだろう。
 ミリス達はここで休息し、日の出前に改めて出発することを決めた。急いで追いつきたい気はあったが、もう体が言うことを聞かなかった。シャトルの中で幾らか睡眠は取ったが、まだ充分ではなかったし、空腹で、しかも体の節々がだるく、そして痛い。
 シャトルからモビルスーツを出し、二時間程北に進んだ後、大きな岩が連なるところを見つけ、そこでテントを張った。ハーベイの乗るホバートラックには、野戦用の装備は充分に積んであった。
 ダス・マンは思ったよりミリスに馴染んだ。ダス・ゼルプストのG−ボールがそのまま接続されている。システムの限界が目に見えて、多少もどかしいところはあったが、それでも機能面では充分だった。ただ、ダス・ゼルプストから脱出する際に感じた、あの強烈な圧迫感、あれに対抗することが本当に出来るのか。それがやや不安だった。
 夜、食事をとったが、何を食べたか覚えていない。カセットコンロの上で何かが煮えていたような記憶があるだけだ。色々な缶詰がゴミとしてまとめられているが、どれが自分が食べた分なのか全然判らない。疲れた心身の中で、考えられるのはガンダムのことだけだった。
 そんなミリスにリューンが話しかけた。少しでもミリスの気をほぐそうという気持ちが感じられた。悪い気はしなかったが、そこまで自分のことを考えてくれていると思うと照れくさい。リューンは身の上話を始めた。
「私がコロニー軍に入ったのは十八歳の時よ。初めは連邦軍憎し、だったけど、軍に入ってみて現状が見えてきたの。維持するだけでやっとの軍隊、政治は軍優先で民衆のことなんて考えてない。私が住んでいたのは貧しいコロニーだったけど、配給は滞るし、何かといえば臨時徴収が行われるしで、生活は苦しくなる一方だった。軍に入れば優遇されるって聞いたけど、私がモビルスーツ・パイロットとして何とかやってけるようになった二十一の時には、もう状況は酷くなるばかりだった。皆噂してたわ。戦争は目の前に迫っている。でも連邦軍と今戦争したら確実に負けるって。上層部じゃ、何か切り札を持っているってことだけど、あの状況じゃ怪しいもんだわ」
 リューンの話はそのまま連邦軍に当てはまった。キニン・メスリーから聞いた現状とそっくりそのままだった。
「そんな時、友人からパレ・ロワイヤルが望別の準備をしているって聞いたの。軍では誰もそんなことを言ってる人間はいなかったけど、その友人は、本当に住んでいたコロニーから脱出して姿を消した。その頃、住民が次々と脱出する事件があり、しかも漂流してそのまま死亡する人間も増えて、軍はピリピリしてたの。でも、それを見て私は我慢出来なくなった。このまま共倒れになる軍にしがみついているより、地球を捨ててでも別天地を目指すのがいいんじゃないかって。それでモビルスーツの訓練中、事故を装って脱走したの。仲間が何人かいて、モハマドもその時の一人。何日か漂流して、どうにかサイド二に流れ着いた。そこでイルジニフ博士を紹介され、彼女の手伝いをしている。ハーベイのことはよく判らないけど、色々と怪しい噂が絶えないから気をつけたほうがいいわ」
 ミリスは内容については聞き流していた。彼女の気遣いは嬉しかったが、やはり気分は抑えられない。リューンは話すだけ話すと、自分のテントに引き上げた。
 一人になったミリスは夜空を眺めながら、焦る気持ちを何とか鎮めていた。じっとしていると胸が裂けそうになる。眠りたくは無かったが、体は正直に疲れを表明している。瞼を閉じればそのまま眠ってしまうだろうことは予想出来た。
 ミリスは立ち上がって、リューンと同じテントにもぐり込んだ。リューンはもう寝息を立てていた。その横で寝袋に入る。見張りはモハマドとハーベイがしている。もっともモハマドはハーベイの見張りをしているようだった。
 瞳を閉じると案の定、急速に眠気が襲ってきた。ミリスは誘われるがままに眠りの世界に落ちた。

 それから数時間後、ミリスが揺り起こされたのはまだ朝日も昇らない時間だった。
 夢を見ていた。女の子が泣いていた。その女の子のことをミリスは知っていた。というより、大切な子だということが判った。それはミリスの半身だ。その子は泣きながらミリスを呼んでいる。大きな力に閉じ込められてひとりぼっち。手を伸ばすと届きそうなのに、彼女の発する声にならない声は限りなく遠く感じる。あの子は私が守らなければ。だって、あの子は私の。
 だが、目覚めたミリスは、その断片や感じたものは覚えているものの、全体はぼやけてしまっていた。ただ女の子のことは漠然とだが覚えていた。眠りが浅かったのか、少し頭痛があり、ふらふらする。
 また泣いていた。唐突に切なさが込み上げてくる。耳鳴りがするほど耳の周辺が熱を持っていた。汗が額に浮いているのが判った。
「大丈夫?」
 頭の上からリューンの声が振ってくる。見上げたミリスは初めて、自分を見下ろす彼女の存在に気付いた。
「うなされていたわよ。っていうか、なんか泣いてたようだけど」
「平気、平気よ」
 頭を振ってリューンにそう言う。だが、その様子がとても尋常じゃないとばかりに、リューンは膝をついて、ミリスを抱きしめた。柔らかな彼女の胸に頬を押し当てる。その時ミリスは、夢の中の女の子が求めているのはこれだということを直感した。
「ちょっと難しいことになりそうだけど、あなたがそんな調子じゃ、駄目ね。休んでいて」
 いいえ、といってリューンを押し離す。気分はすぐれないが、じっとしているともっと悪くなりそうだ。何か他のことをしていたかった。
「平気だから。何かあったの? 教えて」
 リューンはちょっと眉をつり上げて、しかし、それ以上は口出しをせず、状況を伝えた。
「連邦軍の部隊が降下したレジ・ドラ部隊と交戦中。ここから三百七十キロ西の地点よ。それより別の小隊が北に四キロのところでキャンプを張ったわ。モビルスーツは三機、機種は確認中。場合によっては交戦の可能性もあるわ。今、モハマドが情報収集をしている」
 敵、だ。ミリスは立ち上がった。頭から血の気が引いて、一瞬、気が遠くなる。そのまま頭を振ってテントから抜け出した。リューンが後に続く。
 リューンはミリスを先導しながら、小高い岩山の上に登った。モハマドはそこで俯けになって双眼鏡を覗いていた。傍らのハンドヘルドPCのモニターには、モビルスーツの機種情報が表示されていた。
 リューンは姿勢を低くしてモハマドに近付いた。ミリスもそれに習う。
「どう?」
「どうもな。モビルスーツはガビスのようだが、形がちょっと違う。単なる形状違いか、それとも新型か。兵士の姿は見えない。パイロット・スーツが二人いただけだ。だが」
 モハマドは言葉を切った。その顔は不信感に溢れていた。彼の顔を覗き込むミリスに一度視線を送り、そしてまたその表情のまま、前を向いた。
「だが、何なのよ。例え新型でもガビス・タイプならそんなに脅威じゃ無い。まだ何かあるの?」
「いや、この距離じゃはっきりとは言えんが、その、裸の女が見えた」
 もごもごと口の中に何かあるような、濁った喋り方だった。
「裸の女、って、何言ってるの? 娼婦でも雇ってるわけじゃないだろうに?」
「それはそうだろうが」
 モハマドははっきりとしない。
「俺にはそう見えた。一人が手を引いて、テントの中に連れ込んだ」
 リューンは頭を掻いた。ミリスには判らなかった。女性のパイロットがいる? でも、何だかそれだけじゃないような感じだ。
 その時、ミリスの横に這い寄ってくる人影に気付いた。ハーベイだった。ハーベイは、どうしました? と訪ねながら、双眼鏡を敵に向けている。
 リューンは簡単に説明した。モハマドが女性の事で見間違いとは思えないと念を押す。ハーベイはその度にふんふんと相槌を打った。
「二機のガビスは新型ですね。もう一機もガビス・タイプに見えますが、形は相当違います。G型の新機種ですかね」
 G型というのは、連邦軍でのモビルスーツの分類の一つだ。モビルスーツが燃料電池になってからの新しいカテゴリーだと聞いたことがある。軽量汎用機種のことだ。
「モハマドの言いたいことは判ります。実物を見られればはっきりするんですがね」
「実物を、見る?」
 リューンは不信の目をハーベイに向けた。ハーベイはそれに気付かない様子で双眼鏡をずっと覗いている。ミリスは二人に挟まれて、身を縮めた。
「どうします? 夜明けも近い。叩くなら今のうちですが?」
「ロングレンジで攻撃出来る装備があればな」
 モハマドが拳を岩に打ちつける。
 リューンは一瞬考えて、直ぐに結論を出した。
「ガンダムと接触する前に撃退しておこう。奇襲をかける。起動する前に叩けば戦闘にはならない」
 了解です、と笑みを浮かべたのはハーベイだった。ミリスはその顔に不快な印象を持ったが、それを表に出さない様に気をつけながら、リューン達の後に続いて岩山から降りた。
 ミリス達のモビルスーツはテントの近くに幌を掛けて置いてあった。片膝をついてしゃがんでいる。昇降は専用のウインチとワイヤーで行う。ミリスは把手を握ると片足をワイヤー先端のフックにかけて作動させた。身体が、胸の下あたりにあるコクピット・ハッチまで持ち上げられる。ハッチの上に乗ると、ドーム・モニターを開けて中のシートに体を滑り込ませた。使い慣れたコクピットだ。ただ、操る機体は違う。大分慣れたとはいえ、戦闘は初めてだ。
 リューンとモハマドのヴァンガードは先に起動していた。直ぐにイグニッションを入れてシステムを立ち上げる。ガンダム、ダス・マンは完全にミリスの体を覆う十八メートル強の鎧となった。
「ミノフスキー粒子は通常濃度。仕方ないわね。このまま一気に突入。モビルスーツに二、三撃加えて起動不能にすれば、それで済むわ。いい?」
 了解、とミリスは返事した。同時にモハマドも言った。
「ハーベイがいない? どこ?」
「トラックじゃないのか?」
 ミリスも周囲を探してみるが姿は見えない。こんな時にどこへ?
「放っておこう。今はモビルスーツが優先だ」
「判ったわ。ミリス、機動力はダス・マンのほうがある。あなたが先行して突入して。援護するわ」
 ミリスはダス・マンの調子をざっと確認する。問題はない。
 よし、このまま行くわ! ダス・マンをジャンプさせるとスラスターを噴かせて上昇させた。Gが体を上から押さえつける。特殊操作でダス・マンの機体を飛行形態であるG−インターセプターに変形させる。ガクンと一瞬機体が大きく揺れた。だが、それだけで終わりだった。操縦方法は同じだが、機体の特性は大きく違う。やや戸惑うが慣れるしかない。
 いけ! 両足の後方へと突っ張り重心を前に向ける。と同時にダス・マンは急加速した。明るみ始めた空が視界に広がる。四キロの距離はあっと言う間だ。このまま低高度で飛び込んでモビルスーツを破壊する。やることは簡単だ。戦闘は初めてじゃない。
 機体は加速を続ける。目標は直ぐに眼前に迫った。
 その時、前方からビームが放たれた。その光の向こうに人型が立っているのが見える。
 ミリスは驚いて機体を垂直に上昇させた。ビームが背中から数発、機体を掠めて飛んだ。
 何? 奇襲が失敗した? 敵はもう起動しているじゃない!
「ミリス? どうしたの? ミリス!」
 通信機からはリューンの声が聞こえる。
「失敗したわ。敵は待ち構えてたみたい!」
「そんな馬鹿な。何故よ?」
 そんなこと知らない。でも事実は事実だ。こうなったら戦うだけだわ。ミリスは機体をモビルスーツにチェンジさせる。上昇は直ぐに自由落下に変わった。
 デュアルカメラで地上を見る。レーダーでは敵は展開を始めていた。ノイズが走りつつある。ミノフスキー粒子の濃度が上昇を始めていた。
 姿勢制御用のバーニアを使って、機体を後方に流す。敵は前方のモビルスーツを前面に立てている。リーダー機? 敵の援護は散発的だ。ダス・マンでもやれる!
 ミリスはダス・マンに銃を構えさせた。ビーム・ショット・ライフルはダス・マンの腕程もある大きな銃で、威力、速射性共に高い。エネルギーパック式だが、三十二発の容量がある。
 ロック・オンさせるとトリガーを引く。ダス・マンの銃からビームが数発放たれた。それは中心の敵の足元に落ち、閃光を発する。
 ダス・マンが地上に着地し、その反動を充分に吸収したのを確認すると、そのまま敵に向かって突進する。銃を腰にマウントさせると、ダス・マンにビーム・サーベルを構えさせ切り込む。敵はシールドを使ってそれを防いだ。ビームがアンチ・ビーム・コーティングされた盾の表面で火花を迸らせる。
 ミリスはビーム・サーベルを振り上げさせると、そのまま斜めに振り抜いた。敵はそれを紙一重で交わす。それは目を疑うくらい正確で機械的な動きだった。
 一瞬、無人機のような印象を受けた。だが、その動きの端々には人間独特の揺らぎが感じられる。だが、動きそのものには無駄がない。
 “気持ち悪い” ミリスが感じたのはそういう感覚だった。
 敵もビーム・サーベルを抜く。互いのビームの刃を形成するIフィールドが切り結んだ。そこからスパークを発する。
 この! 踏み込んで横に一閃する。だが、敵は機体を沈めてそれをかわした。この動きは人間じゃない。しかし、機体の中からは人間の息づかいが聞こえる。何故?
 ミリスはダス・マンを退かせた。百五十メートル程度、間合いを開けてダス・マンと敵が対峙する。距離は殆どない。一歩踏み込めばビーム・サーベルの切っ先は機体を捉える。だが、それを許してくれるような敵ではない。どう攻撃する?
 リューンとモハマドはそれぞれ後方の敵と銃撃戦を行っていた。だが、二人とも慣れたもので、ミリスから見ても明らかに圧しているのが判った。あとは私がこいつを倒せば終わりだ。
 先に動いたのは敵のほうだった。一瞬、横に一歩動くと、そのまま踏み込んでくる。ビーム・サーベルが斜め横から振り下ろされ、そして軌道が変わる。
 だが、ミリスにはその軌道がはっきりと見えた。ダス・マンも敵に向かって踏み込ませ、機体を反らせてかわす。
 何? 何か迷っている? 揺らぎの中に敵の躊躇を見た。迷い、ではない。多分、身体的な何かが意志に反して体の動きを鈍らせているのだ。だからミリスにはやり易かった。敵の意志は読めた。その通りに機体が動いていれば、かなりの手練と言える。そして、意志とは逆に体を動かしているのならば、全くの素人か更に恐るべき相手だ。だが、そのどれでもない。どんなに気持ち悪い感覚を持っても、強敵であっても、ミリスには充分に対抗出来る相手だった。
 ビーム・サーベルを振り抜いた敵の懐に、ミリスは低くダス・マンを飛び込ませ、そのがら空きになった横腹にビーム・サーベルを突き刺した。さらに根本までそれを押し込む。
 敵は一瞬、痙攣したように震えると機体の各部から煙を吹き出し、その場に突っ伏した。胸の一部分が内部から破裂する。そして、それ以上は動くことはなくなった。

 ミリスは、自分が思った以上に疲れているのが判った。知らない間に呼吸が激しくなっている。安堵感で一瞬、気が遠くなった。
 何故? この敵は何なの?
 そこにリューンとモハマドのヴァンガードが歩み寄った。もう戦闘は終わっていた。
「大した事無い奴らだった」
「でも、交戦は避けられたはずなのに。どうして奇襲がばれたの?」
 ミリス達はモビルスーツを降り、倒した敵モビルスーツのコクピット付近に集まった。ミリスが相手をした例のやつである。そこへハーベイも姿を見せた。
「やあ、さすがに凄いですね。こいつも新型ですよ」
 ハーベイは言ったが、ミリスには空々しく聞こえた。
「あなた、どこに居たの?」
「隠れてましたよ。私は戦闘員じゃないですから」
 悪びれることなくそう言って、ハーベイは敵のコクピットに近付いた。
「G−NT、ガーネットか。思ったとおりだ。でも、案外呆気なかったかな」
 ハーベイはコクピットを開けた。ミリス達は近寄ってパイロットを確認する。アストライド・シートだ。
 そこからパイロットを引きずり出す。ハーベイのその行為は、人間に対する気遣いが何ら感じられないものだった。だが、ミリスは地面に仰向けにされたパイロットを見て更に驚いた。
 二十歳くらいの裸の女だった。頭髪はない。というより、体毛はまるで無かった。その顔は美しいと言えるがマネキンのように無機質で、見開いた瞳には意志そのものが感じられなかった。身体は異常に白い。口元から鮮血が流れ、その濃い赤が目立った。もう絶命しているが、これなら動かなければ、生きている時でも死体に見えるだろう。
 ミリスはその姿に嫌悪感を感じた。だが、その根本となるところが判らない。確かに見た目は異常だ。だが、それだけではない。この不自然な感覚は何なのだろう?
「やはり、これはカノン・フォルムですね」
 ハーベイが言った。えっ、と全員がハーベイを見る。ハーベイは女の顔の中心に、持っていたハンドヘルドPCを立てるように当てた。
「ほら、判りますか? 顔の左右が対称でしょう? 人間ってものは身体の左右が、こんなに正確に対称になんてならないものですよ。これは人為的に手を加えられた証拠です」
 ミリスは初めて、この女の不自然さを理解した。ハーベイが人間として扱っていないのも判る気がする。これは作られたものなのだ。これがカノン・フォルムの姿。
「人型になる戦闘用のカノン・フォルムです。実用化の話は聞きませんが、もう実戦に出してくるとは。ガンダム対策でしょうか、コクピットにはデータ収集用のモニターが沢山付いてますね」
「でも、そんなに大したこと無かったわ」
 ミリスは言った。確かに機械的でありながら、変なプレッシャーも感じた。だがそんなに脅威ではなかった。腕のいいパイロットなら充分以上に渡り合える程度だった。
 ハーベイはカノン・フォルムの足元に回った。そして足首を持って片足を高く持ち上げる。ハーベイの視線は明らかに、開かれた股間に注がれていた。
「おい! ミリスもいるんだぞ!」
 モハマドが怒鳴る。ハーベイは一瞬、真面目ぶった顔をこちらに向けて、すぐにカノン・フォルムの足を閉じた。
「随分と呆気ないと思ってたんですよ。どうやら直前まで、他のパイロット達の性行為の相手をさせられていたようです」
「性行為の相手って、それはつまり」
 リューンに向かってハーベイは振り向き、そして頷く。
「生殖能力は持ってませんが、後は勿論、人間と一緒です。感情も持たず、抵抗もせず。戦場に出る人間にとって、無抵抗な裸の女がいるということは絶好の欲望の捌け口になるわけです。もっともそれがカノン・フォルムの能力を下げさせたのでしょう。戦闘用は慰安用とは全く別物ですからね」
「恥知らずな。なんて馬鹿なものを作ったんだ」
 モハマドが怒りを込めて言う。
「感覚をどこまで制御しているかは知りませんが、カノン・フォルムは戦闘用ならそれだけしかできません。栄養の補給や排泄、その他、人間らしいことは全部世話する必要があります。慰安用も同様です。そんなものを慰安の為だけに戦場には連れていけませんからね。本来ならカノン・フォルム用の部隊になるか、士官クラスの人間が管理をするはずなんですが。今回は小規模で歯止めが効かなかったのでしょう。まあ、お蔭で楽に勝てたのですが」
 別に楽に勝ったわけじゃない。相手をしたミリスはその薄気味悪さに身震いした。そして思った。私のガンダムも、内部でこれを持っているのだろうか。
「ねえ、ガンダムもこんなカノン・フォルムを作っているの?」
 ハーベイはミリスを見て首を振った。
「ダス・ゼルプストが作るのは自身を制御するための生体コントロール型です。人型にはなりません。もっとも、その姿は気持ち悪いぐらいじゃ済みませんがね」
「あなた、随分詳しいわね。その知識、どこから仕入れたの」
「色々です。最新の情報を手に入れる為に結構苦労してます。イルジニフさんにも随分無理言ってますよ」
 リューンは納得しないというように、ふうんとだけ言った。ミリスにはそんなことはどうでもよかった。ただ、自分の心をかき乱す、そしてこんなにも愛情を感じさせるものが、何だかよく分からない細胞の培養物やこの人間モドキが発しているのでは、と考えて、そら恐ろしくなった。
 太陽の光が目に入る。全員が顔を向けてそれを見た。もう時間は迫っていた。ガンダム、ダス・ゼルプストと接触する時間が。
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