第二部 「行き場無き思い」


宇宙世紀0079…
増加の一途を辿る人類を宇宙都市へ移民させるようになって半世紀以上。
地球から最も離れたコロニー「サイド3」は、ジオン公国を名乗り、長くに渡って地球から宇宙を支配してきた地球連邦政府に独立戦争を挑んだ。
開戦から一ヶ月余りで総人口の半数を死に至らしめたこの戦乱は、人々の魂を恐怖に陥れるのだった。
すでに連邦・ジオン双方の組織は無いに等しく、年端も行かぬ少年少女が戦場に駆り出される時代になっていった。
レーダーを無効化するミノフスキー粒子の実用化によって成果を発揮する人型兵器「モビルスーツ」を開発し、連邦軍を翻弄していたジオン軍だったが、やがて連邦によって生み出されたモビルスーツ部隊によって、反撃を受けるのだった。
戦乱は宇宙と大地を巻き込み、多くの兵士がその戦火に命を散らしていった。


…地球、グレートキャニオン連邦軍基地。
この周辺で、今日も連邦軍とジオン軍の戦いが繰り広げられていた。
連邦軍基地を襲撃しているのは、ジオン軍の代表的モビルスーツ、MS−06「ザク」。
それを迎え撃つは、地球連邦軍の量産型モビルスーツ、RGM−79「ジム」。
ジムの性能は、ザクのそれを凌駕したものであり、瞬く間にジムの使用するビーム兵器「ビームスプレーガン」の射撃により、破壊されてしまった。
岩陰に隠れていた残りのジオン軍モビルスーツ部隊も、ジムの部隊によって壊滅させられるのだった。
やがて任務を終えたジムの部隊は、一目散に基地へ帰還していった。
そしてその中には、連邦のエースパイロット「ソノ・カルマ」軍曹の姿もある…


カルマは格納庫に並べられたジムを眺め、ため息をつかざるを得なかった。
なにしろ、度重なるジオンの襲撃によって破壊された対空砲台の修復のため、カルマの搭乗していた重量型ジムが売却されてしまったのだから、愛機を失うという意味では、カルマは最悪の気分だった。


だが、完全な兵器などは存在しない。
兵器とは道具だ。
人殺しのための道具だ。
所詮は物。いつかは壊れてしまうのは至極同然。
愛機とて、例外ではないのだ。
カルマは見慣れたカラーリングのジムのフォルムを眺め、眉間にしわを寄せながら格納庫を出て行った。
カルマは現在、この基地の「第6陸戦小隊」の隊長を務めている。
そんな彼には、思いのほか精神的な負担が掛かりやすいのだ。
格納庫を出た矢先、ある将校に呼び止められた。
カルマの上司であり、司令官に当たる、レズン・イェーガー中佐だ。
レズンはカルマにある書類を渡し、軽く微笑んだ後、くるりと背を向け、立ち去っていった。
カルマはしばらく自分から遠のいていくレズンの後姿を眺めた後、書類に目を通した。
「俺たちの部隊にパイロットが一人加わるのか・・・」
その書類は、新たにカルマの部隊に入隊する新兵が来ることを綴った内容だった。
その新兵の名は、「レベッカ・ターナー」。
階級は三等兵だという。
「三等兵だって?まるで下っ端ではないか。」
カルマは当ても無く独り言で彼女への文句を口にした。
その新兵の実戦経験は、共同撃墜が一機のみ…
総合撃墜数二十機以上のカルマにとっては、実に寂しい戦果だった。
カルマは苛立ちを募らせつつ、自分の部屋へ戻って行った…


グレートキャニオンの北北東。
そこに、ジオン軍グレートキャニオン基地が存在していた。
そこに所属しているモビルスーツ部隊を統率しているのは、若くして多くの戦果を挙げている「サナル・アキト」大尉だ。
過去に、カルマによって自機を撃破されたサナルは、彼への意識を覚えるようになっていた。
「なぜだ・・・?」
サナルは誰もいない作戦会議室の椅子に身を預け、グラスに注がれたワインを眺めながら、自分に問うた。
何故俺は奴に勝てなかった。
モビルスーツの性能はともかく、腕なら俺のほうが勝っていたはずだ。
現に奴の仲間の二機は、容易い相手だった。
だったら、負けるはずは無い。
サナルは、自分をこうまで悩ませたカルマに、激しい憎しみを覚えた。
「おのれ!」
サナルは、会議室に置かれた基地内回線の電話で、部下を一名呼びだした。
サナルに呼ばれた部下は、素早い足運びで、サナルのいる会議室へ足を踏み入れた。
「サナル大尉。」
「マデラス准尉。貴官の大仕事だ。」
サナルはマデラスと呼ばれる大柄の男に歩み寄り、不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「貴官には、新兵器のテストを兼ねて、連邦軍基地を襲撃してもらいたい。」
「新兵器…ですか?」
「左様。サイコミュ試験型ザクだ。宇宙で開発されている我が軍のモビルアーマーにデータを送るために我々が保持していた試作機だが、サイコミュの性能を確かめる機会としては良好と考えてな。」
マデラスが高次のニュータイプである可能性があることは、既に基地内でも知られていた。
サイコミュとは、最近ジオンで研究されている、特別人種「ニュータイプ」に対応した遠隔兵器の事である。
現に彼はこれまででも、常識を逸脱した戦いをしばしば見せている。
サナルは、そんな彼の真の実力を確かめようとしているのだ。
カルマと交戦させることによって。


その頃、グレートキャニオン上空を飛行している連邦軍戦闘機「フライ・マンタ」は、第6陸戦小隊を目指していた。
そのパイロットである、レベッカ・ターナーは、慣れない戦闘機の操縦に四苦八苦している。
「レーダーを見間違えば、あっという間に迷子になる。」
これは、レベッカの出撃を見送った教官の言葉だ。
「やだなあ…こんなところで迷子になったら基地につくどころじゃなくなっちゃうよ…」
レベッカは一人文句を言いながら、操縦桿を握り締めていた。
ふと、レベッカの機体の脇を、鳥の群れが通り過ぎていった。
「わあ、きれい!」
子供のような笑みを浮かべるレベッカは若干19歳。
ハイスクールを卒業して間もなく、なし崩し的に軍属になったのだった。
そして、レベッカのフライ・マンタは基地へ徐々に近づいていっていた。
そして、基地までの距離が五十キロをきる。
いよいよ、私の戦争が始まるんだ…。
そう思った矢先だった。


突如、フライ・マンタの傍を一筋のビームが突き抜けた。
レベッカは自分の後ろに敵がいることを知り、顔から一気に血の気が引いた。
逃げなきゃやられる。
撃たれる。
撃たれたら死ぬ。
そうだ、横に避けよう。
レベッカは真っ白になった頭を必死に働かせ、機体を横に滑らせ、回避した。
すると、今度は別の方向からビームが飛び出してきた。
熱源をキャッチしていたものの、意表をついた方向からの攻撃に戸惑いを隠せず、左翼に命中してしまった。
レベッカはレーダーに目を向けた。
敵は、一機。
「何で!何で一機なのに変なとこからビームが来るのよ!!」


こんな状態を見逃すほど、第6陸戦小隊ノ情報網は甘くは無い。
「カルマ軍曹!!新入隊員のフライ・マンタが敵機の襲撃を受けている!!至急援護を!!」
レズンの乾いた声が、カルマの耳に入っていった。
「了解!」
カルマはレズンと敬礼をかわし、部下のいる部屋へと駆けていった。
「例の新入りが敵モビルスーツの襲撃を受けてる!メロ伍長、シールズ一等兵!!発進だ!」
「了解!!」
「了解だ!!」
第6陸戦小隊隊員のクラウディオ・メロ伍長と、ハリー・シールズ一等兵は、カルマの後を追うように、格納庫へと走る。
格納庫へたどり着いた時には、すでに三機のジムの発進準備が完了していた。
「隊長!敵機の数は!?」
「一機のみだが、増援の可能性もあるし、新入りのフライ・マンタでは相手がザクでも火力上厳しくなる!!」
三人のパイロットは、ヘルメットを被り、コクピットへ乗り込んだ。
そして、格納庫の扉が開き、カルマ機を先頭とした、第6陸戦小隊が出撃していった。
「さあ、討ち入りと行くぞ!!」




第6陸戦小隊が到着したときには、レベッカのフライ・マンタはほぼ中破していた。
「ターナー三等兵応答しろ!!こちら第6陸戦小隊隊長ソノ・カルマ軍曹だ!!」
カルマは必死に交信し、応答を求めた。
「あ…はい、私は、第6陸戦小隊へ入隊する、レベッカ・ターナー三等兵です…」
彼女の声は、ほとんどしおれきっていた。
カルマはこうまでレベッカが被弾したことに、責任を感じた。
それを思うと、後悔の念が込みあがってくる。
しかし、過去は変えられない。
変えられるのは、未来だけだ。
カルマは操縦桿を握り、レーダーを頼りに敵機へ接近していった。
刹那、カルマ機の側面から熱源反応が現れた。
カルマはスラスターを噴射させ、飛翔することによってその攻撃を回避した。
すると、今度は真上から熱源反応。
「敵は一機のはずなのに!」
カルマは空中でスラスターの向きを変えることにより、辛くもそれを回避した。
そして、砂埃が晴れ、敵機の姿を視認する事が出来た。
敵は、確かにザクだ。
しかし、いつものザクとは違っていた。
砂漠と同じような配色で、機体も一回り大型だ。
カルマは、メインカメラの映像をズームし、詳しく観察した。
そのザクの背中からワイヤーが飛び出し、そのワイヤーの先にはビーム砲がついている。
そのワイヤーは生き物のように変幻自在に動き、こちらに向かって攻撃してくる。
有線ビームといったところだろう。
「この有線式ビーム砲なら、必ずや勝てる!」
このザクの正体である、サイコミュ試験型ザクのパイロット・マデラス准尉の心は、自信に満ちていた。
信じがたいといえば信じがたいが、事実は受け入れるしかないだろう。
「隊長!!敵は一機のはずなのに、何故か多方面から攻撃が………」
ハリー機からの交信だったが、途中で途切れてしまった。
撃破されたのだろう。
メロ機のジムは、必死に有線ビームに対抗しているが、既に左腕を破壊され、満身創痍だった。
カルマは神経を尖らせ、接近戦兵器・ビームサーベルを構えた。
「間合いを詰めれば、対応しきれまい!!」
そして、サーベルを上段に振り上げ、サイコミュ試験型ザクめがけて突進した。
「近寄られるわけには…!!!」
マデラスも、有線式ビーム砲で必死に迎撃する。
「当たらなければいいんだ!!」
カルマは最低限の動きでビームをぎりぎりで回避し、間合いを詰めていく。
そして、一気にサイコミュ試験型ザクの頭上に飛び上がり、ビームサーベルを振り下ろした。
「千切れ飛べーッ!!」
カルマは炎を吐くように叫び、サイコミュ試験型ザクを一刀両断した。
マデラスは爆炎の中、ジオンの栄光を願いながら、その命を散らすのだった。


「作戦終了…これより帰還する。」
「うむ、了解した。」
「ハリー機と、レベッカ三等兵の回収、お願いします…」


カルマはザクの残骸に目を向けた。


「何故、人はこうまでしても分かり合えないんだ?何故、人の思いは、行き場をなくしてしまうんだ?」


カルマは自分にそう問うた。
しかし、この時の自分の力でその答えを見つけ出すことは出来なかった。


第二部、終
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