第二話 「戦闘」


 山の中腹まで来ると、人影が見当たらなくなった。
 コロニー内に居るほとんどの人が、港の方に向った為だろう。
 ここまで来ても、依然戦闘が行われていた。
 アスクとリーフはここで一休みする事に決めた。
 全速力でここまで来た為に、リーフの体力が限界だったからだ。
 中腹と言っても、そこからでもコロニー内のおよそのところは見る事が出来る。
 アスクはある事に気がついた。
 煙がある方向に流れているのだ。
「コロニー内に穴が空いたのか!?」
 確かにそれもありえるかもしれない。ビームライフルが直撃したらコロニーなんて一溜まりの無いのだ。
 先程の攻撃で穴が空かなかったのが奇跡だった。
 まして、モビル・スーツの核融合炉が爆発したらやわなコロニーなんて簡単に穴が空いてしまう。
 だが、更に驚愕する事があった。
 連邦軍のモビル・スーツが戦火を拡大させているのだ。
「何をやってるんだ、あいつらは!」
 この怒気を含んだ声が口を衝いて出たのに、アスクは気付かなかった。
 と、中破したモビル・スーツが一機、こちらに向って落ちて来た。
「うわっ!」
 アスクは座っていたリーフの手を掴むとその場からジャンプした。
 シリンダーに近いそこは多少慣性重力が弱いので普段より少し多い距離をジャンプする事が出来る。
 見慣れないモビル・スーツはそのまま斜面に突っ込んだ。
「大丈夫か!?」
 アスクは、胸の中のリーフに呼びかけた。
「・・大丈夫。」
 その答えを聞いて安心したアスクは立ち上がり、多少スマートな感じのそのモビル・スーツを見やった。
 と、胸部のハッチが開いて中からパイロットが現れた。
 そのパイロットこそジェン・ギーバーである。
「大丈夫か!?」
 アスクは急いでジェンに近づいた。
 リーフも後を追う。
「迂闊だった・・・。」
 ジェンがそう呟いたのだが、それは二人には聞こえなかった。
 幾分血で汚れてしまったヘルメットのバイザーを上げると、子供が近づいてくるのが見えた。
「おっさん、大丈夫か?」
 アスクがそう言ったのも、ジェンが頭から血を流していたからだ。
 リーフがジェンに近づいていった。それはアスクには意外な事だった。
 リーフは、人見知りが激しい女の子だからだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな・・。」
 そのジェンの声は弱々しく、とても大丈夫には見えない。
 事実、腕を一本折っていた。
「すまないが、私をベルガ・ダラスに戻してくれ・・・。」
 ジェンがまたも弱々しく言った。
 ベルガ・ダラスと言われてもアスクには分からない。
「このモビル・スーツのコックピットに運んでくれ・・。」
 ジェンが、言い換えた。
「!、駄目だ!怪我してるじゃないか!!」
「私が行かなければ示しがつかないんだ!」
 ジェンの真に迫った言葉はアスクを動揺させた。
「駄目です!こんな身体じゃモビル・スーツになんか乗れませんよ!!」
 リーフが力強く言った。こんなに強くリーフがものを言うのは珍しい。
「わかったよ。」
 アスクは、言ってから自分の決心を固めた。
「お兄ちゃん!?」
 リーフの言葉を尻目に、アスクはベルガ・ダラスと言うらしいそのモビル・スーツに向った。
 コックピットに入り、計器類に灯を入れる。
「何をする気だ!?」
 ジェスの声も、コックピット内では聞こえなかった。
 数年ぶりにモビル・スーツに乗るのがアスクには気になった。
 なにより、このモビル・スーツはギラ・ドーガとは違うのだ。
 だが、ベルガ・ダラスは思った以上に簡単に動いてくれた。
 モビル・スーツの操縦系はすべて同じようなものなのだ。
「これなら行ける!」
 全天視界モニターの幾つかはノイズになっていたが、大半はまだ生きている。
 損傷していると言っても片腕と片足が無いだけだ。操縦するのに問題はない。
「二人とも、乗れ!」
 そういってベルガ・ダラスのマニュピレーターを二人の前に置いた。
 二人がそれに乗ったのを見ると、その手をコックピットに近づける。
 二人が乗るのを手伝った後、ハッチを閉めた。
 だが、コックピットは狭い。
 しょうがないので二人にはシートの後ろに居てもらうしかなかった。
「操縦できるのか・・・?」
 ジェスは不思議だった。こんな少年が自分のモビル・スーツをいとも簡単に動かしてみせたのだ。
 しかも半壊の、だ。
 と、モニターにジェガンが一機近づいてくるのが見えた。
 そのジェガンはベルガ・ダラスにビームライフルを向けている。
「この・・!」
 アスクは急いでベルガ・ダラスにビームライフルを持たせた。
 照準に入る時間が、とても長く感じる。
「よし!」
 アスクはジェガンのコックピット辺りに狙いを絞るとマニュピレーターに引き金を絞らせた。
 一条のビームがジェガンに向い、次にそれが巨大な閃光となって消えた。
 モビル・スーツの核融合炉にビームが当たったのだ。
 幸いにもそこはコロニーの上の方で、爆発はコロニーに穴を空けるほどではなかった。
 だが、アスクは激昂した。
(ギラ・ドーガのシュミレーションでは何百回とやったはずだ!)
 それはアスクの奢りである。核融合炉を爆発させずに敵を倒すのは至難の技なのだ。
 しかし、ジェスは驚きを隠せなかった。
 アスクはたった一撃で敵のモビル・スーツを撃破したのである。
「ちっ!」
 アスクは機体を起こすと、バーニアを吹かして飛び立った。
「それで、何処に行けば良い!?」
 その問いかけに、
「迎賓館に行ってくれ・・・。」
 ジェスは短く答えた。動揺が隠し切れていないのだ。
「そういや、名前まだだったね。俺はアスク・ハーリー。隣がリーフ・アルフだ。」
 ジェスがそちらに向くと、リーフが小さくお辞儀をした。
「私はジェス・ギーバー。クロスボーン・バンガードの兵士だ。」
「クロスボーン?」
 その名は聞き慣れない言葉だった。
「この軍隊の名前かい?」
「そうだ。」
「ふーん。」
 そこに、連邦軍のモビル・スーツが二機接近してくるのが見えた。
「くそ!」
 アスクのベルガ・ダラスは敵の上空にいるのでビーム・ライフルを撃つのは危険だった。
 下手に撃つとコロニーを傷付けてしまうからだ。
 その点、敵は容赦無くビームを撃って来た。
「この野郎!」
 アスクは慎重にそれを避けた。急激に動くと後ろの二人が危ないのだ。
 それでも衝撃を拭い去れない。
 結局、モビル・スーツで一番安全なのは四重のショック・アブソーバーがあるシートなのだから。
「っ、少しはこっちの事も考えてくれ!」
 ジェスが怒鳴った。
「分かってる!!」
 アスクも負けずに怒鳴り返して、慎重にビームライフルの照準を合わせる。
 アスクの額を汗が一筋流れていった。
 その汗が落ちる時、アスクはスイッチを押した。
 ビームがジェガンのコックピットを貫き、そのジェガンは落下していった。
 シュミレーション通りだった。
 と、横から別のモビル・スーツがビームサーベルを持って襲って来た。
 連邦軍のヘビー・ガンである。
「うわぁぁぁぁ!」
 咄嗟にアスクは操縦桿を押し込んだ。
 すると、ベルガ・ダラスの右腕が動き、それがヘビー・ガンのメイン・カメラに当たった。
 視界を失ったヘビー・ガンは尚も動こうとしたが、ベルガのショット・ランサーがコックピットに突き立てられて停止した。
 もしかしたら、アスクは数秒間気を失っていたかもしれない。
 それ程までに激しい戦闘だった。
 それだけに、アスクには刺激が強すぎたのだ。
 確かにアスクは、ヘビー・ガンのパイロットの叫びを聞いたのだ。
 それは余りのも強烈だった。
 シートの後ろにいる二人は、アスクの雰囲気に押されて声をかける事さえ出来ないでいた。
 アスクは黙ってベルガ・ダラスを迎賓館に向わせるだけだ。
 コロニー内の戦闘はもう、消えていた。
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