第三話 「入隊」


 コックピット内の半分死んだディスプレイに迎賓館が写った時には、戦闘の気配は止んでいた。
 以前、煙を上げている所は有るものの、それももうすぐ消化されそうだ。
 アスクは、終わったんだ、と思った。
 あちこちに連邦軍のモビル・スーツの残骸が落ちていたりする。
 それが、ここで戦闘があった事を証明していた。
 先程から、アスクの右腕にはリーフの手が重ねられていた。
 最初は驚いたが、それも今は手に馴染んでいる。
 やはり恐いのだろう。それは震えていた。
「もうすぐ着くぜ。」
 アスクは気を紛らわせる為にジェンに話し掛けた。
「ああ。・・お前は、これからどうするつもりだ?」
「これから?」
「そうだ。」
 アスクは、ジェンの顔を見た。何を言っているのか、理解した。
「どうしようもないさ。今まで通りだよ。」
 アスクは、笑った。先程の恐怖にも似た感覚は、忘れた。
 リーフの掌の震えを感じるのがこんなにも落ち着く物か、と思った。
 人の温もりと言うのは、人を安心させる。
 今が正にそんな時であった。
「それなら、クロスボーン、バンガードに入らないか?」
 ジェンが口を開いた。
 アスクには、ジェンがそういうのを分かっていたから、驚きもしない。
 それは、受け入れるべきだと思う。
「いいよ。」
 落ち着きを取り戻していたリーフの手が、ピクッと震えた。
「そうか・・・。」
 ジェンは顔をしかめた。まだ腕が痛むのだろう。
 アスクは黙ってベルガ・ダラスを着地体勢に入った。
 アスクは、モビル・スーツで一番難しい作業は着地ではないか、と思った。
 姿勢制御用のバーニアを吹かせながら着陸するのだが、半壊したそれはバランスが悪い。
 特に、片足が無くなっているのである。よく考えたら素人には不可能に近い作業だろう。
 ジェンもそう思っていた。だが、アスクは四苦八苦しながらもそれをやってのけた。
 ジェンは、唯感心するばかりである。
 横に傾いてはいるが、その巨人は地に着いていた。
「ほら、終点だよ。」
 アスクはハッチを開き、マニュピレーターをコックピットまで持って来た。
「悪いな・・。」
 ジェンが先に降りようとするが、中々上手く行かない。
「リーフ、手伝ってやってくれ。」
「うん。」
 ジェンは、リーフの手を借りてようやくモビル・スーツの手に乗る事が出来た。
 一方のリーフは、ハッチの前で止まっていた。どうやら一人ずつ運ぶのだと思っているらしい。
「ほら、リーフもいきな。」
「えっ?」
「一気に二人運んだ方が早いだろう?」
「そっか・・!」
 納得するリーフをマニュピレーターに乗せ、それを降下させていった。
 ようやく終わった、という安心感が全身に広がったのを感じた。
 モビル・スーツを動かすのは五年ぶりだった。今さらながら不安感が自分の体に襲ってくる。
 体中に疲れが出たのを感じながらも、アスクはワイヤーで地上に降り立った。
「大丈夫か?」
 勢い良く抱き着いてくるリーフを片手で受けとめながらも、アスクはジェンに聞いた。
「ああ、良くやってくれた。」
 そういうジェンは医療チームに連れられる所であったが、それでも自分で歩いているのだから大丈夫なのだろう。
「後で私の所に来てくれ。二人の案内は、こいつに任せる。」
 そういってジェンが示したのは、一人の下士官であった。
「分かったよ。」
 アスクが答えると、ジェンは機嫌良く笑んで、行ってしまった。
「こっちに・・。」
 下士官が言った。
「ああ・・。」
 と、後ろから何やら声がしたのでそちらを振り返ってみる。
 そこには、アスクが思い出したくない物が居た。
「どうしてくれんの!」
 声は、そう言っていた。
 それがアスクの伯父夫婦であったのに、彼は驚かなかった。
 ああいう連中だと言うのは分かっていたのだ。それは、アスクに絶望をもいだかせた。
 と、伯母がこちらを向いて、
「アスク!あたし達も入れなさい!!」
 そう、言った。スリートも、しっかりと不満の色を込めた目で自分を見ている。
「行こう。」
 アスクは無視する事にした。
「アスク!待ちなさい!!」
 伯母の声は、唯醜いだけだと感じる。

 フロンティアWの政庁の迎賓館はクラシックな雰囲気を漂わせる建物だった。
 それは外から見ても他の建物とは違う雰囲気を醸し出していたが、クラシックな造りは迎賓館だけではない。
 フロンティアWは、町や住宅街などが全体的にクラシックな造りになっていた。
 その主な理由として、コロニー公社の副総裁であるエンゲイストと彼の甥であるハウゼリー・ロナによって実現した事だった。
 エンゲイストは元地球連邦政府中央議会議員であり、ハウゼリーはその秘書として政治にも参加していた。
 その後、エンゲイストは議員を辞職。秘書であるハウゼリーに全てを任せ、自分はコロニー公社の副総裁としてフロンティア・サイドの建設に加担した。
 その間ハウゼリーは政治家として名乗りをあげ、選挙に当選して地球連邦議会の議員になったのだ。
 彼は自分の考えを広く伝えた。それが、フロンティア計画に反映されたのである。
 つまり、フロンティアWのクラシックな雰囲気は、彼の一般請けする様なユニークな発想から来ているのだ。彼は他にも「地球保全法」の草案を議会に提出した。
 このハウゼリーの政策は一般にも広く受け入れられ、彼が若くして人気を集めたのもそれらのユニークな発想による所が大きかった。
 アスクは知らないが、そのハウゼリー・ロナこそクロスボーン・バンガードをマイッツアー・ロナと共に立ち上げた人物であった。
 クロスボーン・バンガードの計画はハウゼリーとマイッツアーだけの計画であった。本来エンゲイストは関係が無いのだ。だが、彼はマイッツアー達の思惑が、間接的ではあるが分かっていたのだろう。
 迎賓館の造りはクロスボーン・バンガードが使う事を想定して造られたかのようなのだ。
 その様のにして着々と進行していたクロスボーン・バンガードではあるが、ハウゼリーはこの作戦に参加する事は叶わない。
 彼は自分の事務所のあるホテルの前で、数メートルの距離から狙撃されたのだ。
 それは、日本で言えば「ライオン宰相」と言われた歴代の首相、浜口雄幸の狙撃と同じである。
 ハウゼリー・ロナの死はマイッツアーにとって、少なからず衝撃を与えた。
 だが、それによりハウゼリー論はより世間に受け入れられ、ハウゼリーに共感する議員も多数出現したのである。
 そんなハウゼリーの代わりになった人物が、カロッゾ・ロナであった。
 彼はマイッツアーの義理の息子であり、マイッツアーからクロスボーン・バンガードの理念を聞かされて、共感した。
 それに自分の全力を捧げよう、という決心である。
 それが彼に新型のサイコミュであるバイオ・コンピューターの開発により一層力を入れさせたのだろう。そして、彼は自分を実験台にした。
 その結果が、鉄仮面である。カロッゾは自分を強化人間としたのだ。
 鉄仮面はクロスボーン・バンガードの総司令官となり、フロンティアWの制圧にも出向いたのだ。
 これらが、要約されたクロスボーン・バンガードの経緯であり、歴史であった。
 同時に、フロンティア計画はクロスボーン・バンガードとも密接な関係を持っていたのだ。
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