第四話 「ペルガ・ネロス」


 アスクは、フウッ、と溜息を吐いた。
 既に、クロスボーン・バンガードによるフロンティアW襲撃から一日が経過していた。
 昨日は色々あり過ぎて、頭が混乱していたせいもあるのだろうが、今となって、改めて自分のやった事を考える事になった。
 勿論、自分がどういう事に首を突っ込んだのかも、だ。
 実は既にアスクはクロスボーン・バンガードの正式な入隊を済ませている。それにはジェンの努力があったらしいが、余り知らない。興味も無かった。
 当のジェンは右腕骨折。全治一ヶ月だそうだ。それで、一日したら戻って来たのだから大したものだ、と思った。
 問題はリーフであった。自分は迎賓館を仮住まいとする事が出来るが、彼女は一般人である。そんな事を昨日一日考え、一人焦ったのだが、結局取り越し苦労だった。
 彼女の伯父が、この迎賓館の職員であった為、ここの部屋を一つ割り当てられる事となったのだ。が、問題はその部屋であった。なんと、リーフはアスクと同じ部屋を割り当てられたのである。
 問題は、絶対的な部屋数の不足である。迎賓館は巨大ではあるが、無限ではない。クロスボーンの兵士や幹部などが押し寄せて来たのだから、部屋数が足りなくなるのも当たり前に思える。思えるのだが、アスクは内心大慌てだ。年頃の少女と少年が一つ屋根の下!しかも自分は学生の身分であって、何より思春期真っ只中なのだ、と言うのが彼の言う問題である。
 屁理屈をこねてはいるが、要するに世間的な問題なのだ。あと、自分の理性。
 ただ、そんな所にも喜びを感じている自分を発見して、戸惑っているだけなのだ。それは、純情な少年の心である。
 そして、今はその問題の部屋へ向っている所であった。既にアスクはクロスボーンの制服に着替えている。
 ちなみに、アスクの階級は少尉であった。幾らモビル・スーツのパイロットとは言え、この若さでの少尉と言うのは異例の出身だ、と感じた。裏に何かある、とも思う。
 だが、そんな事は気にしていてもしょうがない。自分は与えられた仕事をこなせば良い、と意気込んだ。
 そうこうしている内にドアの前。アスクは深呼吸して、ドアノブを捻った。
「リーフ、居るか・・?」
 そっと開けた。が、その途端に目の前のドアが押し返された。アスクはそれに押し返されてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!」
 リーフの叫び。かなりの羞恥心が感じられた。
「どした?」
「着替え中!入っちゃだめだよ!!」
 アスクは、何ともベタな、と頭を抱える。この手のシュチュエーションはドラマでさえ、今は使われない。ちょっとウンザリした。
「良いよ・・。入っても。」
 くだらない事を考えている間にリーフが小さい声でドア越しに言う。アスクは再度、ドアノブを捻った。
「ん、悪かった。謝る。」
「良いよ。ここは私とお兄ちゃんの部屋だもん。」
 そういうリーフの頬はほんのり桜色に染まっていた。女の子だな、と安心する。
「それで、どうしたの?」
「うん。これから出撃命令だって言うからさ。一応会っとこうかと。」
 一瞬、リーフの瞳に悲しみの色が浮かんだ。アスクはちょっと気圧された。
「大丈夫だ。俺、ジェンのおっさんのとこらしいから。」
 いい訳になって無い事を承知で喋る。我ながら間抜けだな、と思った。
「そう。・・・うん、分かった。がんばってね。」
「ああ。」
 これで終わりなのは味気ない気がするが、他に用も無い。アスクはリーフがちょっと心配になったが、部屋を出て行く事にした。が、先に進もうとして小さな抵抗があった。
「・・・?どうした?」
 見ると、リーフがアスクの袖を引っ張っている。アスクはその姿に愛らしさを覚えた。
「これ、持ってって。」
 彼女が差し出したのは、小さな石だった。紐が付いていて、首に下げられるようになっている。
「どうして?」
 アスクは受け取りながら、聞く。
「お守り。」
「そっか、ありがと。」
 その石をぎゅっ、と握り締めたアスクは、リーフに手を振って部屋を出て行く。その時、彼女の首に同じ物が下げられているのが見えた。

 フロンティアWのスペース・ポートから幾つもの戦艦が出港して行く中、アスクの乗るクロスボーン・バンガードの五番艦、ザムス・グルも例外ではない。
 この巨大な宇宙戦艦も、出撃前の慌ただしさがあった。
 そんな中、ノーマル・スーツでモビル・スーツ・デッキを移動するアスクは、ジェンとメカニック・チーフのスペル・ブランに連れられて、彼の愛機となるモビル・スーツへと案内してもらっている所だ。
 正直言って、かなり広かった。そこには隙間なくモビル・スーツやその備品が置かれており、メカニックマン達が右往左往している。そんなモビル・スーツ・デッキ内でも、アスクの愛機はかなり隅に置かれているらしい。今だにその姿は見えなかった。
 実際、アスクは戦艦に乗る事すら始めてだったのだ。彼は、モビル・スーツが整然と並べられている光景は珍しい以外の何者でもない。
 途中、ジェンの半壊したベルガ・ダラスの修理が行われている光景が見えた。それを見て、アスクは自分のした事を信じられない思いで あった。それを自分が動かした事自体が信じられない。
 それ程まで、ボロボロなのだ。
 当のジェンもボロボロであった。折れた腕を首から吊っている姿は痛々しい。それでも現場で指揮をする、と言うのがだから凄いものだ。流石にアスクも呆れた。
 そんな事を考えていると、前を行く二人の影が止まったのが見えた。アスクは、ここか、と思った。デッキの一番隅だ。
「アスク、見ておけ。これがお前の相棒だ。」
 ジェンが指差した物を見ようと首を上げて、目を見張る事となる。そこには、他のモビル・スーツよりも一回りは巨大な、白くごついモビル・ス−ツが静かに立ち尽くしていた。
「なっ・・。」
 思わず声も出ない。アスクはてっきり、デナン・ゾンかそこらだとばかり思っていたのだ。こんな、如何にも扱いづらいです、みたいな物とは夢にも思わなかったのだ。アスクは思わずジェンの方を振り返った。
 冗談だろう、と思う。幾らなんでもこんな物を扱う自信が無い。だが、ジェンはこう言い放った。
「ペルガ・ネロス。お前の機体だ。」
 大事に扱えよ、と隣のスペルが言った。
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