第五話 「フロンティアV」


 クロスボーン・バンガードの艦隊が次の目標であるフロンティアVを目前とした時、各戦艦・巡洋艦からモビル・スーツがカタパルトに乗って出撃して行く。
 その中では勿論ザムス・グルも例外ではない。その巨大戦艦の二つのカタパルト・デッキからはどんどんとモビル・スーツが吐き出されて行った。
 その中で、アスクは順番待ちである。ペルガ・ネロスのコックピット内で、彼は緊張していた。
 一つは、戦艦からの出撃など始めてだったからである。もう一つは、戦闘が近い事だ。
 何より一番心配な事は、彼がこの巨大なモビル・スーツを使いこなせるか、であった。
 ギラ・ドーガのシュミレーションを最後にやったのはかれこれ五年以上前になるし、たまたまそれを覚えていたからベルガ・ダラスを扱えた訳だ。が、このモビル・スーツは違う。
 明らかに操縦系が難しくなっていた。おまけに、このモビル・スーツのサイコミュは人を受け付けない事で有名であった。かつて、クロスボーンの腕に自信のあるパイロット達を跳ね除け、総司令官にしてこのモビル・スーツのバイオ・コンピューターの製作者とされている鉄仮面でさえ扱えなかった、と言われていた。
 ただ、そんなきかん坊に乗ってもアスクは何とも無かったし、あらゆるシュミレーションは繰り返したつもりであった。しかし、シュミレーションと実戦はかけ離れている。やはりアスクには自信が無かった。
 そんな事を考えていると余計沈鬱な気分になる。本日何度目かの溜息を吐いた時だった。
「何をぼさっとしとる!とっとと出るんだよ!」
 キーン、とする声がヘルメットの中を駆け回った。
「痛っ、うぅ・・。」
 この声は・・。アスクはモニター越しに下からこちらを睨み付けている初老の整備チーフを見下ろす。
「後がつかえてるんじゃ!早くせい!!」
 案の定。そこにはノーマル・スーツを着込んだスペルがぶんぶんと誘導灯を振り回して喚いている。
「勘弁してくれよ・・。」
 これ以上聞いてるとおかしくなっちまう。呟いてヘッドホンをオフにする。後はスペルの誘導に従ってペルガを動かして行った。
 そこで、アスクは自分の武器が何処にあるのかわからない事に気付く。ブリッジに回線を繋いだ。
「武器は?」
「そんな事もわかんないの?」
 小馬鹿にした様なオペレーターの態度にアスクは腹を立てた。完全にガキ扱い。ふざけやがって!
「左にマシンガンがある。後はスペルの爺さんに聞いてくれや。」
 またも馬鹿にしたような態度。アスクは目の端にマシンガンがあるのを捉えながら、返事を一つ。
「分かったよ。それはそうと、職務怠慢はいかんな?あんた確か軍曹だろう?」
「職務怠慢だぁ?何言ってんの?」
「上官には敬語を使え、て事だよ!」
 これこそアスクの思い上がりである。若さの証拠でもあった。
 アスクはブリッジとの回線を切り、マシンガンにマニュピレーターを伸ばしながらスペルと繋いだ。
「爺さん、他の武器は?」
 ペルガ・ネロスのマニュピレーターがマシンガン手前で空を掴む。それを見たスペルは、
「わはは。他?ないわい。ファンネルもサーベルもちゃんと入っとる。」
「そうかい。」
 アスクは今度こそ、とマニュピレーターにマシンガンを持たせて、ペルガの巨体をカタパルトへと向けた。
 が、カタパルトがペルガの幅広の足にあわない。
「あれ、どうなってんの?」
「馬鹿者!そいつはそのまま飛び出せと言っといた筈だ!」
「あ、そうか。アスク、出まーす!」
 アスクがコールし、操縦桿を押し倒す。と、ペルガ・ネロスの巨体が宙に浮き、そのまま無限に広がる漆黒の闇へと消えて行った。
 その初速は、カタパルトの比ではない。

 フロンティアVの外壁がどんどん近づくにつれて、自分の体に緊張が浸透して行くのが分かった。その、ゾクゾクとした感覚にまた高揚しながらも、先頭のモビル・スーツ、隊長代理のベルガ・ダラスにぴったりと付いて隊列を維持する。
 狭いコックピットの中にびっしりと埋められたモニターが正常に機能し、三百六十℃全てに、まるでモビル・スーツの体を透かしたかのようにコックピット外の風景が見える。その、漆黒の宇宙を埋め尽くすかのようなモビル・スーツの群れは、壮観ですらあった。前方で悠々と自転している巨大な円筒状のコロニーが、これらのモビル・スーツを引き立てているように見えた。
 アスクは、その光景に暫く息を呑んでいた。圧巻である。こんな光景は始めてであった。
「おい、新入り!」
「ん?」
 乱暴な言葉に現実へと引き戻されたアスクは、自分のモニターに映る顔を見た。そこには、まだ若いパイロットの姿があった。
「なんだい?」
 ミノフスキー粒子は戦闘濃度に散布されている筈だった。よもや通信してくる人間が居るとは思っていなかったので驚いたが、すぐに分かった。モビル・スーツの指の間にあるワイヤーで繋いで、接触回線を使ったのだ。わざわざご苦労だな、と思った。
「期待してるぜ。隊長を助けた要領で今回もやってくれよ!」
「勝手な言い分だな。そろそろ戦闘空域に出るぜ。早く離れろよ。」
「つれないね。俺はガンスってんだ。覚えときな。」
 それだけ言って通信は切れた。アスクはもう一言言おうと思っていたのですっきりしない。
「何だかね・・。」
 誰に言うでもなく呟いて、前方を見る。そして、驚愕した。
「おわっ!?」
 視界を埋め尽くさんばかりのビームとミサイルの弾幕。それらが自分に向って突撃して来たのだ。衝突より一瞬はやく、左腕のビーム・シールドを展開して弾幕を防ぎながら機体を上昇させた。先程の弾幕の発進元はすぐに見えた。フロンティアVに駐留している連邦軍の戦艦が一隻、こちらにむかってモビル・スーツを放出していたのだ。
「一隻だけだと?舐めてんのか!」
 アスクは一瞬、我を忘れてその戦艦に突撃する。ミノフスキー・クラフトによる加速は通常のモビル・スーツのスラスター推力の比ではない。その異常な加速によるG(加重)による痛みにアスクは正気を取り戻す。が、その目には高速で流れて行く景色しか写らない。アスクは困惑した。
「と、止まれ!」
 そう、強く願った。アスクの意思がサイコミュにより機体へと伝わり、ペルガ・ネロスがアポジモーターを吹かして制止する。が、そこには連邦軍のヘビー・ガンがいた!
「うあぁ!」
 ヘビー・ガンが振り下ろしたサーベルをシールドで防ぎ、弾き返す。そして、右手に持たせたマシンガンを連射した。銃口からは実弾ではなく、数条もの光が吐き出されて行く。
「マシンガン!?違う、ビームか!」
 その、灼熱化した金属粒子が束となって目の前のモビル・ス−ツを貫き、粉砕して行く。ヘビー・ガンは一瞬にして火の玉と化した。
「くそ!」
 機体を下げて爆風を回避する。いくらなんでも自分で殺ったモビル・スーツの爆発に巻き込まれて死ぬのなんてごめんだ。
「はぁ。ビームならそうと言ってくれよ・・。」
 何とか目の前の脅威を粉砕した事で、ようやく冷静さが取り戻せた。ビームなら無駄遣いは出来ないな、と思い、ビーム・マシンガンをフルオートから三点射へと変換する。
 そんな事が出来たのも、アスクの心に、まだ大丈夫だと言う思いがあったからだし、事実敵のモビル・スーツがペルガ・ネロスに気付いて攻撃してくるのにあと数秒の間があった。
 アスクはその間に近くのジェガンを撃破して、今度はゆっくり機体を進めた。ペルガのサイコミュはアスクを受け入れている。
 先程まで盛大にビームを乱射していた戦艦も、モビル・スーツによる白兵戦となったら下手に撃つ事も出来ない。アスクはそこへ付け入り、ペルガ・ネロスを高速で戦艦へと向わせた。そこから来るGは生半可なものではない。
「お前等みたいなのが居るから!」
 アスクは戦艦から吐き出される弾幕を縫うように避けて、ペルガ・ネロスの機体を看板へと着地させた。そのまま、腕部の機関砲を乱射してブリッジを破壊する。
 ババ、バッ!エンジンが心臓ならばブリッジは脳である。そこを九十mmの弾丸が突き破り、破壊して行く様は圧巻であった。一瞬アスクの脳裏に、巨大な弾丸に突き破られて四散して行く人のイメージが映し出された。その無念の叫びは、アスクを飽和させた。
「う、うわぁぁぁ!」
 ペルガ・ネロスを飛び上がらせ、アスクはその怨念を振り払うかのようにビームを乱射した。戦艦が一際巨大な炎の花を宇宙に咲かせ、断末魔の悲鳴と共に散っていく。
 その様子を見ながら、アスクは荒い息を吐き出しながらペルガの機体をコロニーへと侵入させて行く。
 今は、全てが気持ち悪かった。
BACK     目次     NEXT