第六話 「接触」


 アスクはフロンティアVのスペース・ポートにペルガ・ネロスの白い機体を押し込むようにして、侵入していった。
 そうでもしなければ、自分が感じた不快感に押しつぶされると思ったのだ。
 つまり、飽和している状態であった。アスクの中に人々の思惟や絶望などが入り込んでくるのは、嫌な感じでしかない。しかも、アスクはまだ少年であった。戦場を知らなかったものが、初めて体験した恐怖と織り交ざって、狂気だけが残るのである。
「くそっ・・!」
 アスクはノーマル・スーツの前をはだけて、リーフから貰ったお守りを握り締めた。そこから、何か温かい「気」の様なものが出ているような感じがして、安らぎを覚える。
 だが、全身にべっとりと吸い付くような不快感を全て拭い去る事は出来ない。アスクは、新鮮な空気を吸いたかったのだ。だから、ペルガのスラスターを吹かせて、加速した。
 そのまま、コロニー内に入ろうとすると、一瞬視界の中に光が通ったように見えた。
「なんだ・・・?」
 同時に、ペルガの機体はコロニー内の居住区画へと侵入していった。と、アスクの頭に、キィィィ、という音がした。そう感じた。
「くっ・・!」
 居住区は戦闘の真っ最中であった。アスクは、それを忘れていたのである。何故、と疑問を持った。
 少し考えれば分かる事なのだ。クロスボーンが侵攻したのなら、フロンティアWのようにコロニー内で戦闘が行われているのは。
 アスクは、それを思い出して、先程までの感覚を忘れた。全神経が戦闘へと集中したのである。
 操縦桿を押し倒し、ペルガを前進させる。今度はゆっくりと。ミノフスキー・クラフトの推力は、このコロニーの反対側まですぐに行けるだろう。
 同時にアスクは、マシンガンを単発にした。連射ではコロニーを傷付けてしまうと思えたからだ。
 それが出来たのも、敵が自分に気付くまでに多少の時間があると思えたから出し、ゆっくりといっても、ペルガの速度は速いのだ。敵は捉えられたとしても、攻撃までには時間があると思えたのだ。
 案の定、ビームの閃光が煌いたように見えたが、それらは直撃する事はなかった。
 アスクは安心して、ビームを発射したジェガンにマシンガンの銃口を向けた。同時に機体自身を方向転換させて、ジェガンを正面に捉えると、トリガーを引かせる。
 ギューン!銃口から発した高熱の微粒子は、コンマ数秒後には、そのジェガンの胸部に穴を空けていた。
 それが落下していくのを見やりながら、アスクは、上々だ、と感じた。
 さらに機体を降下させて、流れ弾と思われるビームを回避し、マニュピレーターにビーム・サーベルの柄を握らせると、ギャギッ!目の前で棒立ちしていたモビル・スーツを肩口から切り裂いた。
「ボーッ、としてる方が、悪いんだよ!」
 それをコックピット付近まで溶解すると、ビームを減殺する。そうする事によって、コロニー内でのモビル・スーツの核爆発を防ぐのだ。
 それは、ザムス・グルでスペルに教わった方法であった。
「よしっ!」
 切断面から火花を散らして落ちていくジェガンを見つめながら、そう呟いていた。
 その後で、向うの方で巨大な火球が咲き、轟音が轟いた。その中で、生命が朽ち果てていくのを感じた。
 頭が痛い。空気が流出し始めたのだろう。町の方から上がっていた煙が横に流れていった。
「大丈夫か・・?」
 アスクは、煙の流れに沿ってペルガの機体を進ませると、穴の空いた場所に、モビル・スーツの指間接に仕込まれているとりもちを放出して応急処置をした。
 これで、少なくとも空気の流出は止まった筈だ。
 と、一つの思惟がアスクに、正確にはペルガ・ネロスに向って突進して来たのが見えた。見えたのである。
「なんだ?」
 その、視界の隅に僅かに残る、ちりちりした光を追っていくと、コックピット・モニタには強烈な意思を漲らせたモビル・スーツが映し出された。
 見た目は連邦軍のヘビーガンにしか見えない。が、中からくるプレッシャーは、全く違った。
「何なんだよ!?」
 その思惟が邪悪なものに感じられたアスクは、カッ、となって、ペルガを反転させると、ヘビーガンに突っ込ませた。が、それは直進しながらも奇麗に回転して、それを回避する。
 アスクはビームシールドを展開して、それを横に位置したモビル・スーツに押し出すようにして、腕を焼き切ろうとした。が、それを相手はシールドを投げつけると、それを目くらましに裏手に回り込む。
 ギャギッ!ビームが鋼鉄のシールドを溶解した。が、アスクはヘビーガンの動きを読むように右腕のビームシールドも展開すると、それを、相手が突き出したサーベルと衝突させた。
 ギャァァァ!超高熱の過粒子が激突しあい、激しい火花を撒き散らした。そのビームの衝突は一瞬だけで、両機は反対側に吹き飛ばされた。
「ぐうぅ・・!」
 アスクは、激震の続くコックピットでシートに縛り付けられながらも、遠くなり掛けた意識を引き戻し、内蔵が背中から放り出されるような嫌悪感を振り払うように、ペルガにマシンガンを握らせて、乱射した。
 バババババッ、と閃光が幾重にも空中に放出されると、それらがヘビーガンに向けて直進した。が、ヘビーガンはそれらを、予想していたかのように回避する。
「こっのぉ・・!」
 アスクは、血液が重力に逆らってまで頭の方に流れていくのを感じていた。マシンガンの銃身を、ヘビーガンの進行方向に向けて素早く振ると、フル・オートで連射して標的を捉えた!
 バオッ!数十のビームがヘビーガンに襲い掛かり、回避運動に入っていた巨人は、左半身を失ってよろけた。そこを、アスクは急接近して、胴体を蹴って下に突き落としたのだ。止め、と言っても良い。
 しかし、ヘビーガンの強烈な思惟は依然として残っていた。パイロットは死んでいないのだ。モビル・スーツの装甲越しに感じられる、憎悪にもにた質感がはっきりとこちらを向いているのは、良い事じゃない。
 アスクは、降下していくヘビーガンの巨体を見つめてから、気付いた。そこはコロニーの内部なのだ。既にアスクが放ったマシンガンのビームの弾着後が見られるが、幸いだったのは、マシンガンの威力がライフルほど強力ではなかった事だろう。コロニーの損傷は浅い。
 が、そこにモビル・スーツが落下していくのである。数条のビームを叩き込んでおいて何だが、下に人間が居た場合は大変な事になる事は必死であろう。
 アスクの脳が、反射的に正義でいる事を求めた。自分がやったことを棚に上げて、目の前の人々を護ろうとする心意気は、正に偽善者のそれであったが、アスクはそれを承知で助けようとした。
(このコロニーは、クロスボーンの物となる。出来れば無傷で手に入れなければ・・・!)
 アスクの頭には、こういう言葉が浮かんだのだが、それは所詮、良い訳であった。自分がやった事を正当化しようとするための。アスクは、頭の隅で理解していたその事実を、打ち消そうと必死であった。
 ペルガを発進させて、ヘビーガンを回収しようとしたが、間に合わない。アスクは舌打ちした。
「くそっ。・・うん?」
 その呻きは横たわったヘビーガンのコックピットから影が滑り出したのが見えたからだ。
「可笑しい・・・!」
 普通、モビル・スーツのコックピットは、四重のショック・アブソーバーでパイロットの体を護るように設計されている。だが、あの高さから落ちて、パイロットが無事で居るというのは、可笑しいのだ。
 腕の一本や二本は、切れていても不思議ではない。
 が、その影は、怪我をしているなど、微塵も感じさせない動きだった。
「何だ・・!?」
 アスクは、ディスプレイからその影が物凄いスピードで走っていくのを見て、より疑問を大きくした。
 普通の人の動きではない。
 ペルガ・ネロスを着地させると、そのコックピットを開いて、バーニアを引っ張り出して、飛び出した。
 拳銃の確認も忘れない。一回コッキングして弾を送り込むと、ペルガを置いて走り出していた。
 トラップは仕掛けてあるし、普通の人間では動かせない事も証明されているのだ、という思いがあった。
「畑・・か?」
 アスクは、フロンティアVの農業ブロックに着陸したのだ。すぐそこは月側の山で、マシンガンのビームを叩き込んだのはそこなのだろう。アスクは、少し安心した。
 こんな所なら、人は少ないだろう、と思ったのである。待避カプセルからも外れていた。
 アスクは、背中につけたバーニアのガスを噴射させて空中に飛び上がると、先程の影を探した。
 首を右に左に動かして、全神経を目に集中していると、スペース・ポートに繋がる道へ走っていく影が見えた。さっきの影だ。
「待て!」
 アスクはそちらに向けてバーニアを吹かすと、エレベーターへと潜ってしまったそいつに拳銃を向けた。
 が、追いつけない。アスクは急いで、自分も走り込んだ。
 とにかく、嫌な予感がしているのだ。
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