第七話 「強化人間」 強化人間とは、宇宙世紀に入って出て来た、最も嫌な名称だと思う。 そして、自分はその強化人間だ、と言うのは、とても嫌な事なのだ。 クルス・キースルーは、自分がどんな立場なのか理解しているつもりだからこそ、そう思っていた。 心底、自分の不幸を呪ったが、今はそれに苛つきも混じっている。 フロンティアVの港へと続く桟橋を全速力で走りつつ、見た事も無い白いモビル・スーツを思い返した。 自分のヘビーガンを落とした奴。あの、ごつくて、異様なプレッシャーと憎悪を持ったモビル・スーツだ。 むしろ、その憎悪があったからこそ、余計に苛ついた。それは、ある意味で近親憎悪だと思う。 「あいつは、恐ろしい奴だ。なまじ、ヘビーガンでは対抗できない。」 それは、若い彼にとって、歯痒く、憎い事なのだ。 (強化人間は、曲がりなりにもニュータイプの端くれだろうに!?) 自分は常人ではない、と言う自負が、彼には存在した。機体の性能ではなく、自分自身に腹を立てるのだ。 その後で、自分を改造した連中を恨み、自分を笑い者にしている連中を憎みもする。 クルスというパイロットのなかには、混沌とした闇が存在した。 幾らくらい走っただろうか。そろそろ目的地が見えても良い頃だ。多分、自分を待っているであろう、地球連邦軍の、少し古ぼけてはい るが、二十年ほど前までは最新鋭の戦艦だった物だ。 「あった・・・。」 今にも発進しそうな艦の前で足を止めると、自分の全身が汗だくなのも気にせずに足を踏み出し掛けて、背後の物音に気が付いた。 プシュー、という音は、間違いなくバーニアのガスが噴射される音だ。 それは普通、ヘルメットに遮断されて、聞き取れる物ではないのだが、クルスはそれを錯覚とも思わずに後ろを振り向くと、弾丸が足元で弾けた。 その先には、一つのノーマルスーツが拳銃を構えて立っているのが見える。 (こいつ・・・!) クルスは、ヘビガンのコックピットで感じた奇妙なプレッシャーを肌で受け、理解した。 同時に、自分が不用心にも拳銃一つ持っていない事に気が付いた。クルスは両手を挙げて抵抗の意思が無いように見せながら、相手を観察した。 透明なバイザー越しに見る顔は、とても歴戦の勇士と言う面じゃない。むしろ、感じこそ同じものの、自分の判断が正しかったのか否かが判らなくなった。 「まだ、ガキじゃねぇか・・・。」 と、思わず漏らしていた。 そうしていると、ノーマルスーツは依然拳銃を構えながら近づいてくると、身体検査を始めた。その、如何にも慣れない手つきは、クルスには面白かった。 その少年の手が全身をまさぐって、最後に顔を覗かれると、 「聞こえてたぞ。」 バイザーを接触させて来たかと思うと、ヘルメットの中にそんな声が響いた。 「何が?」 クルスには思い当たる節はない。 「確かにガキだが、あんたも充分若造だろ?」 「ああ、そういうこと。」 少年はクルスの背後に回ると、数瞬ほど困ったように止まって、ノーマルスーツに携帯されているバンソウコウをぐるぐる巻きにしてクルスの腕に結び付けた。 「なあ。お前、あのごついののパイロットかい?」 クルスが言ったのは、ペルガ・ネロスの事だ。勿論彼はその様な名称は知らない。 「ん?そうだよ。あんたを落とした奴だ。」 「へぇ、なんて名前なんだい?」 「んなこと簡単に言えるか?」 まぁ、そりゃそうだと感心しながら、とりあえず質問の趣旨を変える。 「じゃ、あんたの。」 「俺の?」 「そ、あんたの。俺はクルス、てんだがな。」 「ふうん、俺はアスクだよ。」 瞬間、少し手が緩んだ。恐らくきちんと縛ったと思ったのだろう。 事実、がちがちに固めてあったが、たかがバンソウコウ。クルスは思いっきり力を入れると、腕に巻かれたそれを引き千切った。 「うわっ!?」 アスクの悲鳴が、ヘルメットの中で篭って聞こえた。彼はクルスが強化人間とは知らない。 クルスは隙を突いて拳銃を蹴り上げると、次にアスクの腹を蹴った。 「ぐっ!」 呻きを漏らして、無重力の慣性にそって戦艦とは反対側に流れて行くアスクを見て、クルスは上に向ってクルクル回って行く拳銃を取ろうかとも思ったが、時間がなさそうなので止めた。 クルスは床を蹴ってアスクの方に行くと、 「悪いけどもうちょい寝ててくれ!」 壁にぶつかったアスクの腹に、もう一発お見舞いしようとしたが、 「ざけんな!」 アスクの体が浮いた。そのすぐ後で、クルスのヘルメットに膝が来る。 が、ヘルメットの頑強な装甲はアスクの反撃を跳ね返した。 「甘いんだよ、まだよ!」 叫びながら、いよいよ無線から警報やら何やらが聞こえてき出したのでクルスは発射直前の戦艦へ急いだ。 「運が良ければ、また会えるかもな。」 呟いて、甲板に取り付くと、目の前のコロニーのゲートが開き出したので、急いでドアの方へと向った。 アスクは膝を押さえながらも、旧型艦の方へと行くクルスの背中を追おうと、バーニアを噴射させようとしたが、無駄であった。 「えっ・・!?」 ガス切れだ。ここに来るまで、派手に使い過ぎた、と後悔した。 と、コロニーのゲートが開き、そこから覗ける漆黒の宇宙を目の前に、旧型艦のエンジンが吠えて、スラスターから勢い良く紅蓮の炎が噴射して、星空の中へと消え去っていった。 「くそっ!」 アスクは一人悔しがると、排気に体を流されながらも背後に迫った壁に取り付いて、コロニー内に戻るためのドアを潜った。 先程来た道を戻り、エレベーターの方へと進むと、そこには連邦軍の兵士や、逃げて来た民間人が多くいたが、その頭上を幾つものモビル・スーツが通り過ぎていくのを見て、ここも占領されたんだ、と思った。 空気のあるエリアに到着したと思ったのでバイザーを上げて、ふと気付いた事がある。 先程まで感じていた、頭痛や苛つきは消えているように思えたのだ。 それは、一種の安心感だと思い、アスクはホッ、とした。 「さて、どうするか・・・。」 そんな事を呟きながらも、エレベーターを使って地上へと出ると、煙や何やらが出てはいるものの、コロニーの光景だと思って、アスクは視覚できるペルガの機体へと歩を進めるのだ。 屈み込んだそれには、多くの兵士や、物珍しさに引かれてきた野次馬が集まっているのだが、アスクはそこに数機のクロスボーンのモビル・スーツが立っているのを見て、ちょっと困った。 流石に、自機をあんなところに置いていったのは不味かったと思ったのだ。 でも、とりあえずはそちらに向けて歩いていくしかないようである。 フロンティアVの港に係留されたザムス・グルにペルガ・ネロスを着艦させると、すぐにブリッジへの呼び出しがあった。 アスクは、あまり良い予感がしなかったので気が進まなかったのだが、軍の中では自分の我侭なんて通る訳も無い事は承知しているつもりなので、急いで、とはいかないまでも、ブリッジに姿を現わしたのである。 そこでは見事に予感が当たり、ジェンに叱られたのだった。 内容的には、 「ペルガは大切な機体だ。それを、あんな無防備に置いていくとは・・・!」 確かに、ジェンの言う事は分かる、と、言うより、自分で、やはり不味かったと後悔していたのだ。 だからこそ、何の反論も出来ないし、できる立場でもない。ただ縮こまって話を聞いていた。 「申し訳ありませんでした、大尉殿。」 これは決して嫌味ではない。アスクは若いなりにしっかりしているつもりでもあるし、バイトを長くやっていた事もあって、素直に言えるのだ。 それは、良い事だろう。 「罰は受けてもらわにゃな。艦内掃除、三日間。この艦全部だぞ?」 ジェンが話し終えた後に、ウィリアム艦長がキャプテン・シートから顔だけ出してそう言った。 「三日、ですか?」 「ああ。その間には、フロンティアUに着いてるさ。心配せんで良い。」 「はっ!失礼いたします!」 かっ、と踵を鳴らすと、敬礼をして後ろを向く。すると、ジョ−ジがこちらに流れて来た。 彼が、アスクが出撃の時に喋った若い軍曹である。 「へぇ、あれが”上官には敬語”、か。御若いのに上手ですな、少尉殿?」 「嫌味かい?」 「どうでしょうねぇ。」 「お前がしっかりしてないだけだろう?」 そういって、アスクはジョージの額を押すと、その反動でドアへと流れていった。 「掃除はしっかりやれよ!」 オペレーター席に流れていくジョージの声を聞いて、だから昇進できないんだ、と思う余裕が出来た事は、アスクには嬉しい事だ。 「よーう、少尉殿。艦内掃除だって?」 とりあえず、重力ブロックのモップ掛けから始めたアスクは、部屋から顔だけ覗かせたガンスの言葉にムッ、ときた。 「今回の戦果は聞いたぜ。凄いじゃんか、なのに掃除とはついてねぇな。」 「うるさいな。そういうあんたはどうなんだい、曹長殿?」 バケツにモップを押し入れて湿らせると、廊下を磨いて汚れを落とす。小学生でもできる動作を、広い艦内全てに行うのは、流石に辛いと思った。 そんな胸中をガンスが察する訳も無い。 「それより、次の目標はUなんだろ?」 と、話をはぐらかして来たのだ。アスクは、それに応じる事にした。 「らしいな。WとVの残存勢力も来てるらしい。」 「なーる、だから手間取ってんのか。」 ガンスは言いながらも、モップを取り出して来た。 「Vは早々に落ちたものな。・・・手伝ってくれるのかい?」 「ん。次で手間取るなら、お前にゃ、働いてもらいたいからな。期待してるのよ、こう見えても。」 「訓練は?」 「大丈夫、自由時間だから。」 ニッ、と白い歯を見せて笑う青年を見て、ありがたい、と思った。素直に口に出した。 「ありがとな。一人じゃ終わりそうにないんだ。」 「良いって事よ。代わりに、帰ったらなんかおごれよ。」 「ハンバーガーでいいなら。戦闘食の奴な。」 「ざけんな、ての!」 お互い冗談を言いながらも、アスクはふと、リーフの様子が気になった。ちょっと胸が締め付けられるような気分になったが、それには気付かない。 ちなみに、人はこれを恋煩いと呼ぶ。 |
|
BACK 目次 NEXT |