第九話 「ハーデース」


 艦隊の砲撃が止んでくると、モビル・スーツの出番になる。
 各々の艦艇から順次、モビル・スーツが発進すると、それらが戦闘空域目指して突撃していくのだ。
 ザムス・グルの第一カタパルト・デッキで一番最初に発進したのはアスクのペルガ・ネロスである。
 アスクは機体を前進させると、敵艦隊の真ん中に照準を合わせて、メガ粒子砲のエネルギーを充填させた。
 周りにはクロスボーンのモビル・スーツがテール・ノズル光を引きずりながら、照準から逃げるように、左右に散っていった。
 アスクは深く、長く息を吐く様にすると、ロックが安定したスコープを覗いて、震える指でトリガーを押し込んだ。
 途端に、ギャァァァ!ペルガの右肩に乗せられた様に鎮座していたメガ粒子砲が、その竜の口の様に開いた銃口から、灼熱のビームの奔流を吐き出して、連邦軍艦隊へと長い尾をひいて伸びていった。
「ぐぅっ・・!」
 その輝きはアスクの横顔を照らし出し、彼の目を眩ませた。
 メガ粒子が着弾したと見るや、そこに無数の巨大な光球が光り輝き、モビル・スーツの爆発の光点も幾つも見られた。
 彼は、チカチカする目を懸命に開いて、ペルガの機体を一、二mm程度、左右に振るようにすると、メガ粒子砲の太い線は、遠くにある艦隊からみて、左右に流れる様にして、大部分に穴を空けたのだ。
「こんな力が・・!」
 アスクが発見した、最も恐ろしい兵器である。
ペルガに搭載されたメガ粒子砲は、戦艦の主砲をも凌ぐ程の威力を持ち、その射程範囲も広い。
 本気でやれば、コロニーさえも破壊しかねない武器であった。それゆえに、今までの大部隊内での使用は憚られていた。それを使ったのは、奇襲の意味を持っているのだ。
 普通の兵士なら感銘を受ける所だが、アスクの気分はどんよりとした曇り空を重ね合わせたようなものにしかならない。
 チカチカとした光が彼の目の端に残って、気持ち悪かった。
「痛っ・・。」
 そう呟いて頭を押さえたのも、無意識下の事だ。
 アスクは気が付かないが、ペルガのサイコミュが、メガ粒子砲の中に消えていった人々の苦悶の叫びを拾い上げているのだ。それでも距離的に離れていた為に、まだましなほうではあった。
 それでも気持ちの悪い、ヌルッ、とした感覚は消え去ってくれない。
「アスク、凄ぇじゃん!」
 突然コックピット内に声が響いたかと思うと、横にぎょろりとした目を持つモビル・スーツが迫っていた。
「ガンスか?」
「おう。もうすぐ白兵だからさ。お別れの挨拶でもしとこうとね。」
 接触回線特有のくぐもった声で、ガンスの冗談が聞こえる。
 戦闘空域では既に、先鋒隊によるモビル・スーツ同士の戦闘が行われているのだろう。幾つもの閃光が煌びやかに宇宙空間を飾っていた。
「んじゃ、行くか!」
 目の前の戦闘に意識を集中させる事ができたからなのか、嫌な感触は薄れていた。アスクは操縦桿を握り直すと、フット・ペダルを思いっきり踏み込んで、最大戦速で、剥き出しの思惟と思惟がぶつかり合う戦場へと機体を直進させた。

 フロンティアUの宙域に形成された戦場に、煌びやかな光が華麗な舞いを踊る度に、幾人もの人々の思惟が消滅して、宇宙へと、悲痛な叫びを拡散させていった。
 少なくとも、ハデスのコックピットに座るクルスには、その様に感じられた。
 ハデスに内蔵されたサイコミュはクルスの意識を急速に拡大して、戦場に存在する一人一人の思惟を拾い上げていくのだ。それは、とても悲しい事であった。
「少し効き過ぎるか・・・。」
 ハデスを戦闘空域へと押し出すようにすると、血気盛んなモビル・スーツが我先にと襲い掛かってくる。まずはそれを破壊させようと、クルスは意識を集中させて、雑念を取り払った。
 同時に、ハデスに搭載されている六機のファンネルを飛ばして、周囲に展開させると、各々のターゲットへとビームを発射させる。
 それだけで周囲に散らばるモビル・スーツを三機、光球へと変貌させると、ライフルで残りを順次、片づけていった。
 正直、今はシールドを使う必要もない、と思っている。
「一気に片付けるか・・。」
 クルスはハデスのマニュピレーターを振ると、後続のモビル・スーツに来るように合図した。
 同時に機体を深く進ませて、敵方の艦隊へと直進する。
 この時、クルスは既に違和感に襲われていた。
 例えるなら、虚無感。何かが足りないと思いつつも、それが分からない状態なのだ。
 クルスはその様に感じていたが、実際は危機感である。
 もうすぐ襲い来る恐怖に敏感に反応しているのだ。それは、先を感じ過ぎている事から、まだ起きていない事が起きているような錯覚に陥っているのである。
 が、その正体がすぐに理解できた。同時に覆い被さってくるプレッシャーに絶叫し掛けながらも、頭は冷静に、現状を分析している。
 意識と体が噛み合わない。クルスは、魂と肉体がはぐれた様な感覚に目眩がした。
 全身の倦怠感に必死に抵抗して機体を傾かせると同時に、ギャウッ、ガァァァァ!ディスプレイに巨大な黄色い閃光が走った。
「何だ!?」
 超高熱のメガ粒子の川の激流に飲み込まれた機体が奇妙にグニャグニャになりながら、宇宙空間に爆発の花を咲かせているのを見て、思わず息を呑んでしまう。
 ペルガのメガ粒子砲の事は、知らない。見えるのはただ、残酷な現実だけだった。
「馬鹿なっ!」
 連邦軍艦隊の中央に位置していた艦隊が次々と消滅して、その中に消えた人々の思惟を蒸発させているのを目の当たりにして、クルスは絶叫した。同時に来る強大なプレッシャーも感知して、戦慄する。
「アスクと言ったか!」
 忘れる事のできない感覚に表情を強張らせながら、向かい側から猛スピードで向ってくる白い機体に視線を向けると、戦闘態勢を取った。
 信じられない速さで迫るペルガは、あっ、という間に目の前を通り過ぎると、周囲に存在したモビル・スーツを爆発させていったのだ。
「このっ!」
 クルスのプライドに傷が入った。
「貴様ぁ!」
 ハデスを急転させると、ビームライフルを向ける。が、その時には既にペルガの姿はなかった。
「こんな・・、滅茶苦茶に速かったのかよ?」
 クルスがこううめくのも無理はない。彼はコロニー内での、スピードが減殺されたペルガしか見た事がないのだ。
 ミノフスキー・クラフトの原理は知ってても、実物を見た事がないだけに、それが何なのかすら理解できずにいる。クルスの心中は、驚愕と同時に怒りで一杯になった。
 理由は、ない。
 唯一、理解できるのは、自分が押さえ切れない程の怒りに駆られているという事だった。
 クルスはフット・ペダルを限界にまで踏み込んで、最大速度でペルガの後を追った。
 と、唐突に周りのモビル・スーツが三つ、爆発した。クルスは直感的に機体を反転させると、頭上から来た数条のビームをかわす。
 そのビームの射線上には、ペルガの白い機体がマシンガンを構えていた。その銃口がまた、光を放ったのがクルスの網膜に焼き付けられると同時に、回避。更にクルスは、ハデスに後退させながらライフルを三射させた。
 向うは撃てない、とクルスは確信する。ビームマシンガンの射程距離はビームライフルよりも短い。こちらはまだ届く範囲だが、相手のマシンガンでは途中でビームが減刹されるのがオチだ。
 ペルガが回避行動に移ったのを認めると、クルスはその進路方向にビームを連射させた。逃げ場はない。
 が、ペルガの腕が突き出されると同時に、そこから八角の光が形成されて、ビームを全て弾いた。
 無傷。クルスは少しの恐怖と、歓びを覚えた。その間にも敵は間合いを詰めてくる。
「くそっ!」
 ペルガからくるプレッシャーに圧されながらも、殺気に心を奮わせる。アポジモーターとAMBAC機能を使って、ハデスの機体を高飛びの背面飛びの様にしてみせた。
 すると、左右からデナン・タイプのモビル・スーツが撃ったライフルがハデスの背中を、高飛びの棒の様に通り過ぎていく。右側のモビル・スーツを破壊しながら、正面に迫ったペルガを巨大なシールドで押しのけると、その表面にビーム膜を展開させた。
 左腕の機関砲を突き出していたペルガは、目の前のシールドに九十mmの弾丸を叩き込むが、それらは尽く蒸発していった。
 その隣で、先程のデナン・ゾンが爆発している。ハデスのファンネルに、核融合炉を貫かれたのだ。
「アスクか?」
 クルスはペルガのパイロットに通信回線を繋いだ。近距離での無線回線だが、それもミノフスキー粒子の影響で、少しノイズが走る。
「やっぱ、お前か・・。」
 帰って来た声は、案の定、この間の少年兵のそれであった。
「また、会ったな。」
 そっと、微笑んでみせた。モニタ越しに見えるアスクの表情が少しだけ柔らかくなる。
「今度はまた、違う機体だ。手応えが有りそうだよ。」
「ぬかせ!」
 そこで回線を切ると、両者は間合いを取った。モビル・スーツ同士が睨み合いを始める。
 先に動いたのはクルスであった。自機のライフルを持ち上げると、照準を定めないうちから、ペルガの大き目の脚部に向けて乱射すると、その閃光を、アスク機はいとも簡単に避けてみせた。
 ここから、両者の本格的な戦闘が始まるのだ。
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