第十話 「バイオ・コンピューター」


 ハデスのマニュピレーターに握られたライフルの銃口から光が見えた瞬間に、アスクの腕は操縦桿を傾かせて見せた。
 同時に、迫り来るメガ粒子の奔流を目で捉えながらも、今度は自身がビームを三点射させる。
 攻撃で体勢の崩れたハデスには避けようがない。灼熱の金属粒子が束となって、その青い機体に吸い込まれていった。
(当たる!)
 アスクの確信。が、それはハデスが目の前に突き出した巨大な盾によって消え失せた。
 シールドの両側から放熱フィンが展開されると、三つのビームが軌道を変更してハデスを通り過ぎたのだ。
「何だ!?」
 一瞬の油断。この時、アスクが無意識にでも機体を反転させていなければ、彼の体は宇宙に霧散していただろう。
 ペルガに迫った一機のファンネルがビームを放つと、アスクは上記の説明の通りに機体を反転させる。
 それと同時に、左腕のビームシールドを展開させ、ファンネルに押し付ける様にして蒸発させた。
 更に、下から迫って来た二機のジェガンを見付けると、ハデスから伸びて来たビームを避けて、ジェガンに直撃させた。
 ハデスに向き直ると、後ろで爆発が起きる。もう一機のジェガンが、クロスボーンのモビル・スーツに撃破されたのだ。
「アスク少尉、援護します!」
 通信機から飛び込んで来た声は、ベテランパイロットのグ−ス曹長だ。物分かりが良く、温和な事で人気も高い。
「駄目だ。クルスの奴は危険だ、下がってろ!」
 ペルガのマニュピレーターをグースのデナン・ゾンに向けて押し出して、下がるように命じる。同時に迫って来たハデスのファンネルの動きを追いながら、フット・ペダルを踏み込んだ。
 更に、マシンガンをフル・オートに変更して、牽制の弾幕を張る。
 ビームの目的地であるハデスはシールドを前に構えると、自身もスラスターを吹かして突っ込んで来た。
 Iフィールドによって捻じ曲げられたビームが、運の悪いモビル・スーツを貫いて閃光を煌かせる。
 アスクは更に加速すると、ペルガを回転させる様にしてシールドに蹴りを食らわせた。
 ハデスは衝撃でシールドを取り落としたが、次にはビームライフルの銃口をペルガに向ける。クルスの瞬時の状況判断力は、流石といった所だ。
 ライフルから迸った閃光を、右腕を振り上げて重心を移動させて回避すると、左腕をハデスに向けた。
 同時にカバーがスライドして、機関砲の銃口が覗く。狙うはハデスのゴーグル・タイプのカメラ・アイだ。
 その刹那、アスクの目に、いや、頭に光が走った。言いようもない殺気に駆られ、右腕のシールドを展開させる。
 その右腕を振り上げると同時に、鉛弾を連射させた。が、重心が移動した事で狙いが外れ、弾丸は厚い装甲に固められた胴体に掠り傷を残すのみ。
 一方の右腕には、展開されたシールドにビームが、まるでシャワーの如く降り注いでくる。
「付録の仕業かよ!」
 メガ粒子ビームを放ちながら接近して来たファンネルを確認すると、スラスターを噴射させて距離を取る。機体の姿勢が安定したと同時に、マシンガンのビームを乱射させた。シールドは先程取り落としていた筈、避けようがない。
 が、ハデスに迫ったビームは横から突っ込んで来た巨大なシールドにまたしても阻まれた。
「んな、馬鹿な!」
 シールドが自らバーニアを噴射させて稼働しているのだ。アスクは、信じられない物を見た気分だった。
 いや。実際、信じられない物なのだ。
「嘘だろ、くそ!」
 頭の片隅では真実だと理解していても、幻覚ではないかと目を疑う自分が滑稽に思えた。
「アスク、俺達が援護する!」
 聞こえて来たのはウィルの声。モニタには、ノイズに混じってガンスの顔も見えた。
「あいつの付録に気ぃ付けろ!」
 通信機に叫びつつ、迫って来たファンネルを思いっきり殴り付けた。反動で後ろに下がり、真後ろに来たもう一つを、スラスターを吹かして破壊しようとする。
 主スラスターから出た熱風を叩き付けられたファンネルは、その薄い装甲を溶解させ、爆破した。
 一気に加速したペルガは、クルス機の応援に来たヘビーガンの弾幕をかいくぐり、ビームサーベルを大上段で構えた。
 その間隙をついて、ハデスも負けじと突進する。その反動でペルガは後方に突き飛ばされてしまった。
「ぐぅ・・!」
 舌を噛みそうになりながらも、正面モニタにはハデスの青い機体をしっかりと捕らえて離さない。と、その機体に向けて突進する一つの機影があった。
「ウィル!?」
 デナン・ゾンの肩の装甲に、一風変わった五亡星が描かれているのはウィルの機体だ。それが、ハデスに向って突撃している。
「無理だ、後退しろ!」
 アスクの絶叫も、ウィルには聞きいれられなかった。
「お前にばかり任せてもおけねぇ!」
 ウィル機はショット・ランサーをハデスに向けて射出し、それを囮に右側からの攻撃を仕掛けようとしている様子であった。
 が、それは見事に砕かれる。ハデスへと向けて放たれた槍は、その巨大なシールドが展開した薄い光の膜に蒸発してしまったのだ。
 更に、クルスは攻撃を先読みしていた。右側へと移動しようとしたデナン・ゾンは、ハデスのビームライフルがしっかりと捕らえ、灼熱のメガ粒子がそのメイン・エンジンを貫いたのだ。
 ”こんな・・・!”
 アスクは、ウィルの断末魔を聞いた。
「ウィル!」
 目の前で燃え盛る核融合炉の炎がアスクの網膜に焼き付いた。
「少尉、危険です!下がってください!」
 ノイズに混じった、グース曹長の声。それに重なり、アスクの脳裏には、グース曹長の機体が貫かれるのが見えた。
「曹長、危ない!」
 既に間に合わない。グースの機体は、左右から迫ったヘビーガンのビームによって、光球へと変化した。
「この・・!」
 姿勢転換をしようとしていたへビーガンの、一瞬の静止をついてビームを撃って爆破させると、もう一機がサーベルを振りかざして近づいて来た。
「舐めてんのかよぉ!」
 アスクもサーベルを取ると、突っ込んで来たヘビーガンをかわしてバック・パックに輝く刃を突きたてる。
「クルスは!?」
 ヘビーガンの爆発を抜けて、メイン・カメラにハデスを捕らえると、そこには青い機体と戦闘しているデナン・ゾンの姿が認められた。
「危ない、退け!」
 聞こえないだろうとは判っていても、アスクはガンスに向って叫ばずにはいられなかった。

(こんな奴と闘り合ってたのかよ!?)
 ガンスの心の中を代弁すると、こうなる。
 ハデスの適確な射撃と、先を読んだような攻撃にガンスは防戦一方であった。
 元々、機体の性能自体に巨大な差が存在するのだ。更に、ガンスは知らないが、クルスは強化人間なのである。それでもまだ、撃墜されていないガンスは凄いのだ。
「こんにゃろがぁぁぁ!」
 ビームライフルの連射を軽々と防がれて、ガンスは咆哮した。その叫びは、自身の無力さを嘆いた物だ。
 ここでガンスは大きな見落としが合った。全神経をハデス本体に向けていた為に、後ろから接近して来たファンネルの存在に気がつかなかったのだ。
 だが、ファンネルの放ったビームをガンスは避けた。
 これは、偶然でしかない。たまたま、アポジモーターを吹かしただけなのだ。
「何だ、ありゃ?」
 偶然にも外れたビームがデナンを横切ると、ガンスはようやくファンネルに気がついた。
 続けざまに迫ってくるファンネルの猛攻を、ガンスは四苦八苦しながらも全てをかわしてみせた。まるで、次の攻撃が事前に分かるような感覚に、ガンスは自身で恐怖する。
(どうなってんだよ、これ!?)
 三機のファンネルの攻撃を全て避ける事ができるのは普通ではない。その点では、ガンスにもニュータイプの素養が存在したかもしれなかった。
 だが、それは突然に裏切られる。ファンネルの猛攻を突破し、何とかスペースに抜ける事ができたガンスが息をついた瞬間であった。
 メイン・モニタに写るのは、ハデスの巨体。その、青い巨人が構えるライフルの銃口にガンスの目は釘付けとなった。
 ガンスは、自分がこの空間に誘い込まれたのだと知った。
 自分の目が恐怖に見開かれるのが判る。
 どうにかして避けようとするが、震える体は動いてはくれなかった。
 どうしようもない、絶望の時間の果てに見えたのは、銃口から発生する光。
 それが自分に向って伸びてくるのが確認できた。
 ゆっくりと近づいてくる光の矢は、次第に大きくなって迫ってくる。
「母さん、ごめん!」
 最後の最後でガンスが感じたのは、絶望でも恐怖でも、悲壮でもない。
 後悔、という言葉だけだった。

 ガンスの機体が超高熱の微粒子に貫かれるのが、視神経から脳内へ、映像という形で認識される。
 その、非現実的な光景は、ゆっくりと、しかし確実に進展していった。
 光がデナン・ゾンの体を貫通し、消えてなくなる。
 一瞬間、デナン・ゾンは静止した。傍目から見ても、何も変わらない様子がそこにはある。
 それが、絶望的にも次の瞬間には、腰の部分から膨らみ、破裂して、膨大な量の閃光を溢れさせた。
 ”母さん、ごめん!”
 ガンスの絶叫はアスクの脳へと、ダイレクトに届いてくる。その中には、絶望や悲しみの感情は存在しなかった。
 心底からの、純粋な謝罪の言葉。
 爆発が静まり返る。そこにはもうデナン・ゾンの、いや、ガンスの姿はない。
 ガンスが存在していた、という痕跡は、全く残っていなかった。
 眼球が目一杯見開かれ、全身がぶるぶると震える。
 操縦桿を握る手に力が入らない。いや、手だけではない。足も、胴も、頭も。全てが金縛りにでも遭ったかの様に縛り付けられていた。
 金縛りと違うのは、全身が狂ったかのように痙攣を繰り返しているというだけ。
 震える喉はからからに渇き、唇は乾燥する。
 何かを懸命に出そうとするかのように、喉がヒクヒク動いていた。
 青ざめた唇が大きく開き、バイザーの中の空気を精一杯吸い込んだ。それを吐いた時に、一緒に出て来たのは、声。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 絞り出されたのは、絶叫。
 その、絶望の響きは、湖面に広がる波紋の様に、フロンティアU宙域の戦場へと広がっていった。
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