第十五話 「奇襲」


 フロンティアW――現在、ロナ家によって『コスモ・バビロン』の名へと変更されたコロニーの太陽側に面している港口に、ロナ家の紋章である鷹の絵が大きく描かれていた時である。
 その空域に向って、直径百数十メートルという巨大な隕石が、コロニーに向けて流れて来た。
 航行標識灯さえもつけているような、巨大な石の塊。このままのコースを取ると、隕石はコロニーにぶつかってしまう。当然、コロニーに備えられた危険物排除装置が、その石塊を破壊すべくミサイルを放った。
 ただ、問題なのは周囲の空域が戦闘濃度のミノフスキー粒子が散布されていた事である。それによって、隕石の捕捉が遅れてしまったが為に、ミサイルの爆発はコロニーの1km以内になってしまった。
 唯、それだけが問題であった。
 それだけが問題である――筈だった。
 が、その爆発をバリアーにする様にして地球連邦軍の宇宙戦艦が姿を現わし、数機のモビル・スーツの援護を受けながら、コロニー内にあるクロスボーンの拠点を外から砲撃した。
 密閉空間であるスペース・コロニーは、外からの攻撃に驚くほど弱い。
 人工の大地の下は、円筒の外壁を構成する金属であり、それから先は真空の宇宙である。コロニーに穴が空いただけで、コロニー内のありとあらゆるものは真空に引きずり出されていく。
 宇宙は、人間にとって――いや、生物にとって、紛れも無い『死の世界』であった。その中にいて、裸同然で生命を確保するなどという事は、不可能であった。
 だから、戦艦の主砲が唸りを上げ、外壁を重たいメガ粒子砲の閃光が貫く度に、生命が有無を言わさずに失われていった。

 クロスボーン・バンガードのモビル・スーツがコロニー防衛のために出動したのは、隕石が爆破される前であった。
 その急先鋒が、アスクのペルガ・ネロスである。
 制圧したUとVに軍を駐屯させておかなければいけないクロスボーン・バンガードとしては、戦力の割かれた状態での局所的な攻撃は、一番恐れていた事である。
 それに対して、見回り用の部隊は欠かせない存在だったといえるだろう。
 見回りは、一定の期間を置いてそれぞれの部隊にローテーションされ、当直の部隊はモビル・スーツの一個小隊を一日にローテーションで見回りに振り分けていたのである。
 今日の当直はザムス・グルに振り当てられており、アスクを小隊長とした三機のモビル・スーツがコロニーの港口付近を見回っていた時に、この攻撃が来た。
 ベイ・ブロックから次々とモビル・スーツが出てくる中、ペルガを中心とした三機は既に敵のモビル・スーツと交戦状態に入っていた。
「こんな所に・・・・・!」
 アスクは呟きながらも、数十機という大軍に、現状では不利だと思っていた。
 それもすぐの話である。他の場所を見回っていた小隊のモビル・スーツや、港口から順次、クロスボーンの援軍が吐き出されているのだから、すぐに攻撃を仕掛けても無駄死にするだけだと考えて、防衛に廻った。
 この時点では、まだ戦艦からの砲撃は始まっていない。
 だから、アスクも余裕を持って相手の牽制を行っていられたのである。
 今までの戦闘の中で、確実に戦闘の基本を身につけて来たクロスボーン・バンガードに、日々をのらりくらりと過ごして来た連邦軍の将兵が敵う筈はなかった。
 練度の違いである。
 確実に数を増していくクロスボーンのモビル・スーツに、連邦軍が押されるように後退した時だった。
 戦艦の主砲から、メガ粒子砲の重い光が尾を引き、それがコロニーの外壁に突き刺さっていったのである。無論、向うの方も一発で済ますつもりなど無い。幾つものビームがコロニーに吸い込まれる様にして、外壁を焼いていった。コロニーに新しい穴が出来る度に、コロニー内の車や犬、土砂に人が吐き出されていくのが見えた。
「――馬鹿なっ!」
 連邦軍の暴走――アスクは、そう思った。元々は連邦のコロニーであったフロンティアWである。それに攻撃を仕掛けるという事は、自国民に対して攻撃を敢行しているという事になる。
 目標は――?
 アスクはそう思ったが、それが分かった瞬間に、頭の中が沸騰した。
 連邦軍の目標は、クロスボーン・バンガードが拠点としている領事館であり、それしか考えられない。こんなゲリラ的な戦闘ならば、目的は頭を殺害する事だけだろう。
「リーフ!」
 今のアスクには、領事館の周りには数千人の避難民がいる、だとかコロニーに対しての攻撃を連邦軍がする、だとか言う事は頭には無い。
 リーフがいる領事館が狙われている――それだけが血液を逆流させ、激情が体を震わせる。
 アスクの激怒。
 同時に、ペルガを戦艦に向って突撃させる。急激な加速に身体が悲鳴を上げるが――そんな事は気にも留めなかった。すぐに、ペルガの進行方向に敵のモビル・スーツが邪魔をしに来る。
 「除け」――アスクは、それだけを呟いた。その感情が攻撃衝動に切り替わり、ペルガのサイコミュがアスクのやりたい事を素直に機体に伝える――。
 ペルガの羽が開いた――背中にある、ミサイル・ポッドが解放され、中から無数のミサイルが飛び出す。それらが、アスクが狙いを定めた相手に寸分の狂いも無く突撃していった。
 勿論、敵もそれなりに対抗してくる。ミノフスキー粒子が存在する現在、レーダーが用をなさない時代に入った事で、ホーミング・ミサイルは成立しなくなった。唯一直線に突っ込んでくるだけのミサイルならば、また迎撃も容易である――大多数の将兵は、自分に向ってくるミサイルに弾幕を張り、撃ち落とそうとしたり、また進路から離れて避けようとした。
 だが――
 ペルガのミサイルは、違った。寸前の所でビームを避け、また進路を変えて敵の機体を追尾する。
 ファンネル・ミサイル。それが、ペルガが装備したサイコミュ兵器であった。
 パイロットの特殊な感応波を受信する事で、それ自体が意志を持ったかのように動き、相手に特攻をかけていく。アスクが邪魔だと思っていたモビル・スーツにミサイルが激突し、半徹甲弾頭が装甲を貫き、内部で弾頭が炸裂した。
 瞬時に、フロンティアW宙域に華が咲く――。
 メイン・エンジンが爆発に巻き込まれ、機体が内側から膨らむ様にして爆光と化す。アスクが意識を集中しただげで、五つの華が真空の空間に躍り出た。
 そんな事はお構い無しに、アスクは戦艦を目指した。マシンガンの照準を合わせようとするが、一人の勇敢な兵士が、機体をペルガの前に割り込ませて来た。
 一閃――ペルガの右腕がビームシールドを展開し、それが横薙ぎに払われた。高濃度のミノフスキー粒子がジェガンの装甲を焼き、メイン・エンジンに食い込んだ。
 それだけで、再び宇宙に光が満ちた――。
 実際は、宇宙の漆黒に比べると針の先にも満たない極々小さな物である。だが、その爆光を瞬時に通り過ぎたペルガのコックピットでは、焼き付けを起こさない為に光量が調節されているにも関らず、ディスプレイが白に満たされた。
 視界を一瞬の純白が覆う。だが、アスクはそんな事を気にせずに、マニュピレーターにトリガーを引くように指令を出した。真っ白の視界には戦艦の影も見えないが、アスクには重金属粒子が主砲を貫く様子が見えた。
 ディスプレイが回復する。音速を超えていたペルガは、既に戦艦を追い越してはいたものの、先程放ったビームが着弾したのだろう。戦艦の主砲は、砲身を紛失して使い物になら無くなっていた。
 機体をターンさせ、ブリッジの目の前に移動する。アスクは、ペルガのデュアル・カメラを光らせるようにすると、ブリッジの中で恐怖に引き攣る将兵の顔を眺めた――。
 実際は、そんな事は出来ないだろう。戦闘配備にある今、ブリッジにはシャッターが降ろされており、中の様子を窺い知る事など不可能な筈だ。
 だが――アスクは、確かにその瞳の中に、絶望の空気に支配される戦艦の艦橋内部が見て取れた。末端の、オペレーターらしき青年の恐怖に見開かれた瞳も、一番高い席に座る司令官らしき男のバイザーの奥にある
 絶望に打ちひしがれたような表情も――。
 アスクは、唇の端を持ち上げた。何故だが、それが可笑しくてしょうがなかった。
 リーフを危険に合わせた罰だ――
 この時、アスクの精神状態は少しおかしかったのかもしれない。
 平手打ちの要領で、ペルガのマニュピレーターを横に振る。今度は、シールドの『面』の部分を叩き付けると、ブリッジは瞬時に蒸発した。
 ペルガが飛ぶ。甲板から飛翔した機体の、一際目立つ肩の『重荷』。それにエネルギーを注ぎ込むと、すぐに臨界に達する。頭を失った戦艦に、大型メガ粒子砲を避ける術はない。巨大な銃口に装填された重金属粒子が加速器にかけられる。アスクの指が、躊躇わずに指令を下した。
 発射――加速された灼熱のメガ粒子が太い尾を引いて、ペルガの肩部から射出される。護衛についていたモビル・スーツを幾つか巻き込んで、コントロールを失った艦に光が突き刺さって、一際派手な花火が咲いた。
「ぐぅっ・・・っ!」
 一瞬――ほんの一瞬だけ――頭が砕けるような激痛がアスクを襲う。頭を押さえて、掌がヘルメットに当たった。
「痛う・・・・っ?」
 何だか、とても息苦しい様に感じてしまう。バイザーを上げると、コックピット内の空気を精一杯吸った。
 密閉された空間なのに変わりはないが、ヘルメットの中の空気とは大分違うように感じられる。そのまま、ヘルメットを外した。
「はあっ。」
 息をつき、ようやく頭が正常に戻った気がする。急速に冷えた頭が、冷静な思考を返還してくれた。
「リーフは!?」
 上を――つまり、コロニーの方向を見やる。いつの間にか、ペルガはコロニーの真下に立っているような格好になっていた。
 フロンティアWの本体には、痛々しいメガ粒子砲の開けた穴が空いてはいたが、内部から応急処置を済ませられており、空気の流出も止まっているようだった。
 と、機体に小さな衝撃。三百六十度全天モニタには、ペルガに接触するベルガ・ダラスがあった。
「アスク、回線は開いとけって言ったろう。帰還するぞ!」
 接触回線特有のくぐもった声は、ザムス・グルのモビル・スーツ隊副隊長のベレス中尉だ。彫りの深い、精悍な顔がマルチディスプレイに映し出された。
「ベレスさん!コロニーの方の被害はどうなってるんです!?」
「酷いもんだぜ。まぁ、戦闘中だったからわかんなかったけど、市民に大きな被害が出たらしい。」
「領事館は?」
 それで、モニタの中のベレスは納得したように二・三度頷くと、「あの子の事か?」と言った。
「大丈夫だよ。幸い、あの建物は被害を受けなかったらしい。お偉いさんも、誰一人無傷だそうだ。」
「そうですか・・・・。」
 アスクは、安心したようにシートに深く身を沈めた。それからあたりを見回すと、戦闘の火は何処にも無かった。
「アスク。お前、今回御手柄だぜ。良くやったな。」
「いや、自分でも何やったんだか憶えてないんですよ。」
「そうか?まぁ、逃亡した敵の討伐は他の奴等に任せて、俺達は早いとこずらかろうぜ。」
「そうですね。」
「早く、あの子の顔が見たいものな?」
「ちょ、茶化さないでくださいよ!」
 ベレズは、はははっと笑って、機体を離した。スラスターを起動して帰還していく。アスクもそれに続こうと、スロットルを倒しかけて――
「?」
 違和感を憶えた。
 誰かが自分の事を呼んでるような錯覚を感じたのである。
 周囲を探してみると、モビル・スーツの残骸が幾つか漂っていた。その中で、一機の、デナン・ゾンに注意がいった。
 アスクは、それが呼んでいるかの様に思って、ペルガの機体をデナンの方に流していった。

「どうしてこうなるのよ・・・!」
 マリーネ・レアリード・ロナが、不満をあらわにしてそう愚痴るのは、仕方が無い事かもしれない。
 初陣として、意気揚々と戦場に突入したマリーではあったが、一機も撃墜できぬままに、逆にこちらがやられてしまったのである。ただ、幸運な事にコックピットに損傷はない様で、マリーもそれがラッキーな事だとは思っていた。
 だが、戦闘が終了し、救助信号を出そうとしたが、何故か皆が素通りしてしまう。おかしいと思って良く見てみたら、救助信号と無線機まで壊れていた。おまけに、機体は頭をやられている。頭部のメイン・コンピューターが命であるモビル・スーツとは、つまりマニュアルで操作しなければいけないのだが、彼女はそこまでの熟練度が無い。
 おまけに、コントロール系までもが動かないらしく、せっかくマニュアルで操作しようとしても無駄であった。
 正に、手も足も出ない状態である。
 戦闘局面が終結したといっても、まだまだミノフスキー粒子は濃い。ノーマルスーツ程度の無線機では、誰の耳にも届かないだろう。状況は、絶望的であった。
 こんな状態の場合、誰でも愚痴の一つは言いたくなる所だ。それどころか、彼女はまだ気丈な方である。
 この様な極限状態に置かれた時に、人間はそうそう精神を保っていられる程強くはない。それでも、悲嘆に暮れずに、諦めようともしない彼女の精神力は並みのものではなかった。
 マリーがハッチをこじ開けようとして、手動でも開かない事に躍起になって力尽くでやっても、モビル・スーツの一部がそんなに簡単に吹き飛ぶ筈はない。ましてや、彼女の細腕ではどんな事をしても無理だろう。彼女は溜息を吐いた。
「全く・・・・あっ。」
 半分以上が死んでいるディスプレイの、比較的無事に済んでいる右後方の数個のモニタが、こちらに接近してくる真っ白な機体を映し出した。
「おい・・・・誰か居るのか?」
 それは、あのアスク・ハーリーの声だった。マリーは少しむっとしながらも、
「ここに居るわよ。」
 と、答えた。
「大丈夫か?」
「大丈夫な訳無いじゃない。良いから、早く私を連れて帰還して頂戴。」
「・・・・・・随分偉そうだけど、もしかしてマリーさん?」
「貴方に、親しそうに呼ばれる名前なんて、持ち合わせてないわ!」
「・・・・・・・・助けてもらう人間の態度じゃないよね。」
「良いから、早く行きなさい。こんな狭苦しいコックピットの中に居たら、肌が荒れちゃうでしょ。」
「もう少し、誠意ある態度を示してもらいたいんですけど。」
「関係ないでしょう。早く行きなさい。」
 アスクは、諦めたようだ、ペルガの腕が半壊したデナン・ゾンの機体を抱きかかえる様にして――
「何をするのよ!?」
 ハッチが、ペルガのマニュピレーターで無理矢理こじ開けられた。
「誠意ある態度を示してもらいたいっていったでしょう。」
 開け放たれたハッチから見える宇宙に、ペルガの巨体があった。コックピットが開いて、アスクが顔を見せる。
「せめて、お礼ぐらい言ってもらいたいんだけど。」
「誰が、貴方なんかに!」
 アスクは、やれやれと首を振ったようだった。
「分かりましたよ、行けばいいんでしょう、行けば。」
 ペルガがデナン・ゾンを抱えたまま、港口の方に流れていく。
 マリーは、無線のスイッチを切って、呟いた。
「あんたなんかに、絶対負けるものですか・・・。」
 それは、胸の内に秘める密かな恋心に誓った決意でもあった。
 勿論、相手はアスクではない。
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