第十七話 「フロンティアTの攻防」


 先に仕掛けてきたのは、連邦軍であった。
 フロンティアTを制圧する為に宙域に集結したクロスボーンの艦艇を、射程距離に入った時点で狙撃してきたのである。
 出鼻を挫かれた形になったクロスボーン・バンガードの艦隊は、すぐさま囮のダミー風船を排出した。同時に、それらに隠れる様にしてモビル・スーツ部隊が急襲し、そこは戦場となる。
 連邦軍艦隊の後ろで悠々と自転を続ける巨大建造物。先ずそれに迫ったのは、ザムス・ギリを中心とする十数隻の艦艇と、それを援護するドレル・ロナ以下の三つの戦闘大隊だった。
 それらが連邦軍の第一戦線を張る第三軍を中心とした艦隊と先端を交えたのだが、無傷の筈の第三軍は、緒戦で数隻の戦艦が沈められた時点で遁走し始めた。
 その行動は、他の三つのコロニーから逃げてきた第二戦線を張る将兵達を呆れさせる。
 彼らは元々、敗退して損傷した部隊である。
 それだけに、彼らはここを墓場にする決意を固めていた。とにかくクロスボーンに一矢を報いてやりたいと思っているのだ。気合いが違う。
 死を覚悟した兵士達は、それでも勝ちを諦めた訳ではない。無傷の第三軍を第一戦線に展開させれば、抵抗らしい抵抗をしてくれるだろうと期待した。その攻防の間隙をつけば、数に劣るクロスボーンに穴を開けることとて可能だ。艦隊の崩れがあれば、クロスボーンに恭順した連邦軍が背後から討ってくれるであろう気配さえあったのだ。
 が、実際はそうはならなかった。連邦軍人はそれぞれの想い入れが違った事を思い知り、同時に歯軋りしたであろう。
 早くも崩れ始めた連邦軍の連帯を突けば、第一戦は簡単に破る事が出来る。第二戦線がクロスボーンの砲火に晒されてそこが最前線になるまで、三十分も要する事はなかった。
 戦線がコロニーに近くなったことで両者は、フロンティアTに傷をつけない様に神経を使わなければならなくなり、その混戦状態に、戦線に戻ってくる第三軍の艦艇もあるにはあったのだが、その数はたかが知れていた。ここで、第二戦線の兵士達に出来る事はもはや、個々に絶望的な戦闘をする事によって地球連邦政府と中枢統合本部の無能を、自分達の血を蒸発させる事によってアピールする事しか出来なくなる。この時点で、クロスボーンの圧勝は決まったような物だ。
 宇宙の掃討は、ほとんど終わった。
 あとは、個々に抵抗してくる敵勢力を完全に制圧するだけである。同時に、クロスボーンは月からの連邦軍の援軍を警戒した。
 おそらく、そちらの方が激しい戦闘になるであろうからだ。
 その為にモビル・スーツ部隊の大半をまだ宇宙に残しておく必要があり、その部隊の中にはザムス・グルのジェン大隊も混じっている。
 彼らはコロニーに比較的近い位置で、個別勢力の殲滅に当たっていた。
 第三軍の遁走で指揮系統が乱れた連邦軍が、個々にゲリラ戦を展開してきたからである。

 アスクが先ず違和感を感じたのは、格納庫から出撃した時だった。
「――?」
 どんな違和感だったのかは、巧く説明できない。ただ、脳髄に一瞬だけ、ノイズが走ったような感覚だった。
 勿論、それは頭痛ではない。と、言うよりも、普段は感じられない違和感だったのである。
 何だろうか、と思う。
 本当に小さい感覚だった。一瞬が過ぎれば、いつものように覚めたような気持ちでディスプレイを見、巨大なペルガ・ネロスを操縦している。
 それでも、何処かに違和感は残っていた。
 今は、ザビーネ大隊が陸戦隊の支援をする為にコロニーに入っている頃だろうか。ドレル大隊はすでに、採掘用の小惑星を占領し、核融合炉をザムス・ガルに接続している筈だ。
 何故、融合炉をザムス・ガルに接続するのか。
 その理由は、抵抗分子に利用されない為に電力その物を遮断する為にある、と言う事だと説明されていたが、アスクにはどうも疑問が残った。
 ザムス・ガルだけに電力を供給する、と言うのがどうも、しっくり来ないのだ。
 ただ、では何故ザムス・ガルに電力を供給しているのか、と言う理由を聞かれると、それは分からない。だからアスクは文句を言わなかったし、表にも出さなかった。
 今さら疑問に思ってもしょうがない事だろう、と理解するのだ。
 今はとりあえず、目の前の仕事を片付けねばなるまい。
 彼は当初の予定の通りに鉱山側を廻った。同時に、僚機に指示を出す。
「マリーさん、離れすぎないで!」
 マリーのベルガ・ダラスにワイヤーを放って、接触回線を開く。だが、彼女の対応は驚くべき物だった。
「分かったわ。」
(えっ!?)
 素直に頷いた彼女を見て、思わず目を見開いた。マリーが自分の言う事をすんなり聞くとは思っていなかったのだ。
 そんな事に驚いているのがいけなかった。
 鉱山のゴツゴツとした岩石が爆発したかと思うと、その影から連邦軍のモビル・スーツが飛び出してきたのだ。それに一瞬だけ遅れて反応してしまったアスクは、自分の愚かさを知る。
(くそっ!)
 制圧が完了していると思い込んでしまったが為に、戦場であると言う事を忘れたのだ。つい、いつものパトロール的な気分に陥っていたのは事実であろう。マリーはここが戦場であると言う事の空気を感じ取っていたから、小隊長のアスクに従ったのだ。
 アスクは接触を切ると、回避運動に入った。
 相手の数は、ざっ、と六機は居るだろうか。中々多い数だ。練度もかなり高い様である。
 敵の銃口を注視する。攻撃の瞬間には機体を逸らし、先頭のヘビーガンに肉薄していた。
 この時点で、彼はいつもの冷静な自分に戻った事を悟る。冷静にマシンガンの引き金を引き、直後に離脱。閃光が花開くのを目の端に捉えながら、次のモビル・スーツに視線を移す。
 大型のジェガン・タイプが、ライフルを乱射していた。味方機が一瞬でやられた事に戸惑っているようで、狙いは滅茶苦茶だ。
 アスクがそれを撃破した時に、その宙域にはもう二つ、閃光が瞬いていた。
「良くやってくれる!」
 アスクはそう言いながらも、ペルガを敵機の下に廻り込ませた。同時にトリガーを引き、二機を狙撃する。
 それで、敵の六機は消えた。
「痛っ・・・・・つぅ?」
 一瞬だけ、頭痛に襲われながらも、彼は再び僚機を戻して編隊を組んだ。
(どうなってるんだろう・・・・・?)
 疑問に思う。今日はペルガの様子がおかしい。
 何だか、いつものキレが無い様に感じる。
 どういう事だろうか――
 もう一度考えてみるも、結局分からなかった。
(まぁ、戦闘に問題はなさそうだしな・・・・・・)
 適当に考えて、止めた。今は任務中だ。それよりも、やらねばならない仕事だってあるだろう。
 アスクは回線を開いた。
「二人とも、良くやってくれた。ありがとう。」
 そういうと、デナン・ゾンのゴール軍曹が、
「気にせんでいいって。これくらい、やれて当たり前だぜ!」
 と返してくる。アスクはその浅黒い顔を眺めながらも、
「当り前、て分けじゃないと思うけど?」
「でも、アンタは四機やってんだぜ? そこらへん、もう少し考えんとね。」
「いや、機体性能だろう。」
「そうかい? でも、どっちにしろそいつはアンタにしか乗りこなせないんだ。同じ事だ。」
 ガハハハハ、とゴールは陽気に笑って、回線を切った。まだ任務中だと言う事を忘れていない。
「マリーさん?」
 と呼びかけると、
「何よ」
 険のある声が帰ってくる。
「・・・・・・いや、そんなの嫌わなくても。」
「用件が無いのなら呼びかけてこないで。任務中なのよ!」
「・・・・・え〜っと、その・・・すいません」
 そうして通信は切れた。
 アスクは一人、冷や汗をタラリ。
 そのままマリーの機体に目を向け――
「!」
 ベルガ・ダラスの向こう側に光を見た。
「散開!」
 号令一過、ペルガが全速力で光の見えたと思える空間に疾走する。同時に他の二機もパッ、とその場を離れると、一拍おいてメガ粒子ビームが尾を引いてマリー機の側を駆けた。
(もう一機居たのか・・・・・!)
 苦虫を噛むような思いをしながら、アスクには何故か敵が一機である事が分かった。が、彼はその疑問に気付かない。
 全身がミシリ、と音を立てる。それほどの強烈な加重を体に受けながら、アスクは瞬時に敵機との間合いを詰めていた。
 減速した時に、今度は体を固定するベルトに胸が食い込む。肋骨が悲鳴を上げる。――しかし、無視。
 ペルガの加速力についていけていない敵機が、背後を向うとする。が、それは到底間に合わないはずだ。アスクは冷静にマシンガンのトリガーを絞って――
「何っ!?」
 しかし、銃口は沈黙していた。
(どうなって・・・・・!)
 悪態をつきそうになって、衝撃がコックピットを揺らした。敵機がライフルを撃ったのだ。
 がぁぁっ・・・! と呻きが漏れた。が、何とか舌を噛まずにすむと、状況を確認する。コンソールを短く一瞥すると、ライフルへのエネルギー供給が行っていなかった。バラジウム・リアクタに異常。ならばどうするか?
 微少ながらも、装甲にアンチ・ビーム・コーティングが施されているペルガである。一回のビームの直撃ならば耐えられる。と、言う事は反応炉の異常はその前からあった事になる。
「くそっ!」
 ジェガンがサーベルを振りかぶっていた。アスクは使い物にならないマシンガンを捨てる間さえない事を冷静に分析しながらも、指間接に仕込まれたトリモチを射出。ジェガンのカメラ・アイに高分子ポリマー剤を粘着させて視界を封じると、ペルガの脚部で相手を吹き飛ばした。
「まだっ!」
 鉱山の岩肌に激突して、バウンドしてきた敵機に向けて左腕を向ける。カバーがスライドして機関砲の厳つい銃口が姿を見せると、アスクは迷わず相手コックピットに向けてフルオート発射した。
 弾頭の炸薬が良い角度で炸裂し、コックピット部の分厚い装甲を破壊。中のパイロットを吹き飛ばす。心臓部を失った機体は完全に沈黙した。
 っそったれ! とアスクは悪態を吐いて、コンソールを見る。機動そのものに問題は無いが、反応炉外部へのエネルギー供給がストップしていた。
「サーベルもシールドも、駄目か・・・・・!」
 先程から散発的に訪れる頭痛に頭を押さえながら、アスクは溜息を吐く。丁度その時、発光信号があがった。
 一時撤退、の合図である。アスクは僚機を率いてザムス・グルへと戻る進路を取った。
 とりあえず、帰ったらスペルの爺さんに八つ当たりしよう。そんな事を考えながらも、顔面の脂汗を拭く。その量が尋常ではない事に、本人は気付いていない。
BACK     目次     NEXT