第十八話 「死の予感」


 一旦ザムス・グルに戻ったアスクは、コロニーへの再侵攻に向けてのブリーフィングを行った所でようやく、スペルにペルガの異常を訴える事ができた。
「異常じゃと?」
 各機体の再点検に追われていたスペルは露骨に面倒そうな顔をする。だが、ペルガに何かあったのならば点検しない訳にもいかない。彼は数分待てと言い残して、ペルガの方へと飛んだ。
 アスクは遅れる旨をジェンと艦長に説明した後で、自分が受け持つ小隊の二人にも先に行くように促して、兵員食堂へと向った。
 どうせ待たされるのならば、喧騒に満ちたモビル・スーツ・デッキよりも、静かに体力回復ができる食堂の方が良いに決まっているのだ。
 アスクはそうしてやせ我慢しながらも、カタパルトから再発進していくモビル・スーツを見る。勇ましい姿で宇宙へと飛び立つデナン・ゾンをここまで羨ましく思ったのは始めてではなかろうか。
(ん?)
 不意に、自分に近づいてくるノーマルスーツを見付けた。何だ、と思いつつもとりあえず棒立ちしていると、バイザーの奥にはトンボ眼鏡が映る。
「あの、アスクさん・・・・・・?」
 無線からやや控え目な声が聞こえた。整備員のバジル伍長だ。
「アスクさんですよね。ここで何をしているんですか?」
 アスクはギクリとなった。
「いや、何をしてる、て言われても・・・・・ねぇ。」
 困惑した表情を作る。すると少女はアスクにさらに近づいて、
「あの、出撃は・・・・・?」
「へ、出撃?」
 アスクは素っ頓狂な声を上げる。
「アスクさんは出ないのかな、と思って・・・・・・」
 バジルは小さ目な体を更に縮ませた。何故かアスクが怒ったように感じられたのだろう。相も変わらず気が弱い少女である。
「別に怒ってる訳じゃないんですが」
 と一言言っておいてから、
「今、ペルガの調整中なんだよ。だからそれが終わるまでは出れない。」
 なるべく易しく言ってやる。気の小さい女の子には、リーフで比較的慣れているので平気だ。
「そうなんですか?」
「そうなんです。」
 言って、アスクはペルガを見上げる。整備作業は急ピッチで行われているようだ。
 ただ、スペルの怒鳴り声が五月蝿いのは勘弁して欲しい。回線をオールにして居るので、周りの喧騒は嫌なくらいに入ってくるのだ。
「だから少し休んどこうと思ってね。」
 アスクは再びバジルに向き直って微笑んでやった。バジルもはにかみながら笑みを返してくれる。
「そういう君はどうしたんだい?」
 逆に問い返すと、
「私は休憩です。あの、宜しければ御一緒したいな、と思いまして・・・・・。」
「ん〜・・・・?」
 別に良いけど――
 そう言い掛けた所で、アスクのヘルメットにスペルの怒鳴り声が響いた。
「アスク、診療室じゃ!」
「はいぃ?」
「診療室にいけ!」
 スペルの声は、かなりハイになっているらしく、聞き取り難い。よって、言ってる事が訳分からなかった。
「レリーが呼んでるんじゃ! 健康診断じゃと!」
「ん・・・・・俺だけ?」
「お前だけじゃ!」
「そっ・・・か。分かった。」
 アスクは一つ頷くと、
「ごめん、そういう訳らしい。」
 バジルに謝った。
「あ、いえ、その、しょうがないですよね!」
「良ければ、また誘ってよ。」
「分かりました!」
 アスクはそれに頷くと、通路へと飛び出す。
「あの、気を付けて下さいね!」
「ああ、ありがとう。」
 言って、アスクは靴底のマジックテープを床に接地させる。診療室への通路を歩いている時にアスクの頭の中にあった疑問は、何故にあんなに良い子が普段は私服にミニスカで無重力空間を行き来してるかなぁ、と言う事であった。

「調子はどう?」
 と言うレールエットの質問に、特に異常はないと答えた。
「本当に?」
「多分、ですけど・・・・・。」
 自信はない。時々、頭痛が襲ってくるからだ。が、原因が分からない以上、どう答えれば良いのかは分からない。それに、ペルガに乗ってからこっち、そんな事は日常茶飯事だ。異常とも思わなくなっていた感だってある。
「そっ。なら良いけどさ。」
 レールエットは言って、聴診器を持った。
「なんか最近、あんたの顔色が優れてなさそうだからさ。」
「そうですか?」
「そうよ。『自分の体の事は自分が良く分かる』なんて阿呆な事言ってる奴が世の中には沢山いるけど、実際は何一つ理解してない奴の方が多いの。人間、誰よりも自分の事を一番理解してないもんなんだよ。」
 言いながら、彼女はアスクの心音を聞く。喋りながら出来る物なのか、とアスクは少々疑問に思ったが、それこそ専門外だ。聴診器なんか、持った事さえない。
「そういうもんですかね?」
「そういうもんなの。――ん〜、特に異常は無し、と。まぁ、健康と言えば健康だね。」
「安心しました。」
「ただ、前よりやつれた気がするな。何かあったの?」
「特にはないと思いますが・・・・・。」
「健康でいてあげないと、可愛い彼女ちゃんが悲しんじゃうんじゃない?」
「そうですね。心配はかけたくないんですけど、そうもいかないみたいです。」
 出る時に、思いっきり心配されちゃって――
 アスクはそう続けた。艦に乗り込む直前に見た、リーフの潤んだ瞳が思い出される。思い出した時に、少し胸が苦しくなったと感じたのは気のせいだろうか。
「あんた、ガンスのお母さんに会ってきたんだって?」
 レールエットが唐突に話題を変えてきた。が、アスクはそれに静かに頷く。
「ええ、レリー。」
「どうだった?」
「・・・・・悲しんでました。でも、ガンスの言う通り、芯の強い女性で。最後の方には俺が落ち込んでしまった物だから、逆に心配されてしまいましたよ。」
 それは、友として必要最低限の行為だと思っている。ガンスは最後の最後まで母親の事を心配して、死んでいった。アスクは彼の死を見届けた人間として、彼の気持ちを伝えてあげなければと言う使命感を持っていたのは確かだ。
「その後、落ち込んだ俺を見て、リーフが言うんですよ。『大丈夫』って。『きっと、大丈夫だよ』って。俺の事、励ましてくれて、慰めてもくれて。だから、その時に思ったんです。ガンスのお母さんの悲しみが伝わってきたから、だから、リーフにはそんな思いはさせてあげたくないって。俺は無事に帰ってあげたいって、そう思ったんですよ。」
 それは、少し感傷的になった心情の現われであった。普段はこんな事は絶対に口にしない。胸に秘めた思いとして、少年は静かに誓う事だけしていただろう。が、強固な外装を誇るアスクの精神も、中は脆い少年のままだ。彼はペルガのサイコミュで、余りにも多くの人々の『死』を感じ過ぎてしまったのかもしれない。それが、彼の心を疲弊させていたのだ。
「ウィルやグースさんの遺族の方とも会いたかったんですが、Wに居たのはガンスのお母さんだけで。だから、この戦いが終わったら、行こうと思ってます。」
「それが良いね。」
 アスクは、俯けていた顔を上げた。そこには、レールエットの笑顔があった。
 今まで見た事の無いような、優しい笑顔。慈愛に満ちたそれは、酷く包容力が在って、アスクを安心させてくれた。
「そうなさい。あんたの精神衛生上、そうした方が良いよ。主治医のお墨付きだから安心しな。」
 彼女はそういって、アスクの肩をポンポンと叩いた。それはアスクに、今は亡き母親の影を思い出させた。酷く懐かしい感触に、アスクは頬を緩めた。リラックスできたんだな、と実感する。
「有難う御座います。そうさせてもらいますよ。」
 アスクは唇の端を僅かに上げ、微笑んでみる。気持ちを吐き出す事が出来て良かった、と思った。
 最近の彼は少し滅入っていた。そういう時はリーフに相談すると結構良いのだが、艦に乗ってフロンティアT宙域まで来て、彼女とどうやって相談できようか。前のように心を通じ合わせられれば良いのだろうが、そんな器用な事が普通に出来るのならば苦労はしない。
 だから、少し後ろ向きに物事を考えるようになっていた事は否めない。元々が後ろ向きなだけに、余計にナーバスになるだけだ。
 それも解消されたと思うから、彼は清々しい気持ちになった。肩の荷が下りたような感覚とは、正にこういう事を言うのだろう。
 その時、診療室のインターフォンが呼び出し音を奏でた。レールエットはそちらに向い、二言三言、話を交わす。するとアスクに顔を向けて、
「スペルの爺さんから。点検が終わったから、デッキに来いって。」
「分かりました。」
 アスクは腰を浮かす。戦闘待機中で診療室も無重力なのだが、彼はあえて座ると言う行為をした。
 それは、人が重力の中で暮らす事に慣れている為である。座るということは、言わば人の本能のような物である。
「どうもありがとうございました。」
 そういって、レールエットに頭を下げる。
「あいよ。またいつでもおいで。」
 レーリエットはそういって、今度はアスクの背中をバシンと叩いた。
「気合いれてくんだよ!」
「了解!」
 アスクは言って、レールエットに敬礼する。彼はすぐに踵を返して、モビル・スーツ・デッキへと向った。

 ザムス・グルから発艦したアスクはしかし、ペルガ・ネロスに乗ってはいない。
 彼はデナン・ゾンで出撃した。
 それも、元々はマリーの使っていた機体である。彼女がジェンのベルガ・ダラスを使用しているので、この機体だけが残っていたのだ。
 ペルガは、想像以上に酷い状態に在ったと言う。
 スペルはデッキに来たアスクに向けて、こういった。
「バイオ・コンピューターが御釈迦になっとるわい!」
 かなり憤慨していたのだが、その怒りの矛先はアスクではなかった。その以前に気付いてやれなかった自分が情けないと、彼は言っていたのだ。
「使い過ぎじゃな。長年ほっといたのに、いきなり使っちまったもんで、かなりの負荷がでたんじゃろうて。しかも、一回はギリギリまで性能を引き出し取るんじゃ。しょうがないのかのぉ・・・・・。」
 スペルが独り言のように呟くのを聞いて、そうかもしれない、と思った。流石に激しく動かし過ぎたのだ。
 確かに性能的には高いが、オーバーリアクションが多かったのも事実だ。むしろ、ここまで何の故障も無しに使えた事だけでも充分凄い事だろう。スペルの話によると、駆動系等には何の問題も無いらしい。ここまで激しく使ってきたと言うのに、バイオ・コンピューターのスパークだけしか問題ではないと言うのは、凄すぎると言っても過言ではないだろう。ましてや、整備はされていたと言っても、長い時間を格納庫の奥で過ごしてきたのだ。
 ペルガ・ネロスのコントロール系はバイオ・コンピューターとも繋がっている。それは脳波を直接、機動に影響させるのだが、それよりもマニュアル操作の方が優先順位は高い。サイコミュは元々が知覚領域の拡大を求めて造られた物であるから、当然と言えば当然の事だ。だが、今回のペルガはバイオ・コンピューターが負荷に耐えられなくなって、パイロットの精神を飽和させるような情報量を取り込んだり、操作系の一部を混乱させてしまったのである。それによって、先のようなトラブルが発生してしまったのだ。これは整備の怠慢が原因と言いたい所では在るが、バイオ・コンピューターを作成したのは最高司令官のカロッゾ・ロナだ。彼がクロスボーン内でのサイコミュの専門家であるし、ペルガが使用できるようになったのもつい最近の事なので、バイオ・コンピューターその物の全貌を知っている人物はザムス・グルには居なかったのである。唯一、スペルだけが艦内でその分野に通じている感が在るが、彼はメカニック・チーフだ。ペルガだけの面倒を見る訳にもいかず、必然的に手間のかかるサイコミュは後回しになってしまう。それもしょうがない事では在った。
 だが、そのスペルが気付いてくれたのだ。時間が掛かると言っていたからこの戦闘中は無理かもしれないが、完全に治った状態で戻ってくる事は間違い無いだろう。地球侵攻作戦には十分間に合うと思われる。
 だから、アスクはデナン・ゾンで出た。彼とて既に小隊を任されるほどに場慣れしたのだから、機体性能は関係ないだろう。デナン・ゾンの方が扱い易い機体なのだし、ほとんど制圧されたようなコロニーだ。別段、不都合があるとは思えない。
 アスクはデナン・ゾンの銀色の機体をコロニーに近づけていった。そのまま鉱山側へと向う所で、彼は異常に気付く。
「何だ・・・・・?」
 叫び声が、聞こえた。
 どんな声とは、分からない。が、それは絶叫だった。しかも、断末魔の。
 どのような声だ――?
 分からない。とにかく、死に直面した者の発する絶叫だ。
 一体、誰の声なのか。
 アスクは聴覚を澄ませた。が、それは耳に届く物ではない。確実に聞こえるのに、分からない絶叫。
 それがどんどんと大きくなっていく。微かな脳の揺らぎを感じて、彼は頭を押さえた。正確には、それを護る硬質のヘルメットを。
(くっ・・・・?)
 何処から発せられているのが、おぼろげながら分かってくる。コロニーだ。コロニー内から、それは聞こえてくる。
 フロンティアTに近づいていく毎に明瞭になっていく声に、アスクは顔を顰めた。一体、何が起こっているのか――
 不意に、確かな声が聞こえた。それは幼い少女の物だろうか。同時に、彼女の有した視覚をアスクも感じ取る。
「ひっ――――――!?」
 喉が引き攣った。円盤状の何かがコロニー内に満ち溢れ、ギザギザをチェンソーのように回転させ、人々を挽肉へと変貌させていく。
 独楽だ! 巨大な独楽が目の前に迫り、アスファルトを蹂躪する映像が、彼の脳に直接届けられたのだ。隣人を引き裂き、次の瞬間には自身の体が引き裂かれるその瞬間が生々しく映し出され、世界が終わるその瞬間が――
 アアァァァァァァァァ――――――――――――!
 絶叫が届くと同時に、次の映像が投影される。橋を通り逃げ惑う住民が独楽に付いた鋭利な刃物に斬り捨てられ、絶望に我が子を抱きしめる母親の視点で、惨劇が見える。
 それだけではなかった。室内でレーザ・ビームに焼き殺される中年男性、シェルター内で岩石に押しつぶされる乳飲み子、子を庇う母、引き裂かれた母を見ながら『死』を視覚として捕らえる少年――
 それら全てが、一瞬にして脳髄を貫いた。全身が引き裂かれる感覚が幾重にも重なり、しかしそれは一回の出来事であったかのように感じる。知覚として直接捉えた情報もまた、全てが同時に入り込み、しかし全てが順々に、まるで一つ一つを見せられているかのように情報が脳髄に直撃した。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――!」
 それは、絶叫である。だが、声になる事はない。アスク自身が放った叫びは音として認識できない物であった。
 声にならない――そういうレベルではない。音にすらならないのだ。声を出せるのならば出したかった。思い切り絶叫を迸らせ、頭蓋を叩き割らんばかりに渦巻く自身への負荷を吐き出してしまいたかった。が、それは出来ない。出来る訳が無い。
 喉は断続的に痙攣を引き起こす。それが意図した震えではない限り、声は出せない。でるのは、そこを素通りしてきた、用済みの二酸化炭素のみ。全身の毛穴が総毛立ち、脂汗が全身を伝う。ノーマルスーツの下に着たシャツは汗でびしょびしょに濡れていた。
 変な息苦しさを感じる。ガンガンと脈打つかのように激痛を訴えてくる脳味噌が、彼の平行感覚を狂わせた。視界が回転を始め、遠くに耳鳴りの甲高い音が響く。
 それでも、アスクの脳内を映像が駆け巡った。外部に拡散している情報を、アスクは片っ端から拾っているのだ。
 それは、サイコミュと言う検問が消えた事によって生じる情報の飽和状態である。知覚として捉えられる物を選りすぐり、それだけを伝えるのがサイコミュ機構だが、アスクの広がり過ぎた知覚が精神に害を及ぼすような情報まで拾っているのだ。
 激痛に喘ぐアスクの脳裏に、再び光る物が浮かんだ。吐き気に背骨を曲げながら、アスクは光を感じた方向へと視線を向ける。
 そこは月であった。その月に点々と映る黒い影を認識し、アスクの兵士としての直感が戦慄した。
 連邦軍だ。月から出撃してきた援軍がここまで到達したのだ。これを機に残党軍が勢いづく可能性もある。
 アスクがそこまでを冷静に考える余裕は、果たして在ったのか。彼はギリギリで残っていた直感を働かせただけだ。実際に、深い事まで考えが及んでいなかったであろう。
 が――
 アスクは更に驚愕する事になる。横合いから降り注いだ禍々しいまでの光が、艦隊の殆どを消し去っていったのだ。
 何が起きたのか?
 それを考える事は出来なかった。光に炙られ、蒸発していった連邦軍人達の怨恨が思惟となって、アスクを襲ったからだ。
「――――――――――――――――ぁぁっ!?」
 絞り出した声が口腔内を震わせる。全身を駆け巡る激痛に身を捩りながら、アスクは必死になってスロットル・レバーを握った。
 アスクがもう一度、月からの援軍が存在した場所を見る。そこに向って、恐ろしい光を放ちながら進む鉄仮面のラフレシアを見て、彼は恐怖した。
 そこだけ、思念が歪んで見えた。だから、恐慌を起こしていた少年の小さな心がどす黒い恐怖で満たされる。満たされてしまう。
 頭を抱きかかえながら、それでもアスクは意識を保とうとした。揺れる視界の中で、胸の辺りにだけ温かい光が満ちる。あのお守りの石が淡く発光しているのだが、それでも苦痛しか感じないアスクはその事に気付かなかった。
(何が、どうなって・・・・・・?)
 今はとりあえず、情報が欲しい。彼はふらふらと機体を操りながら、鉱山へと取り付こうとする。そこにはきっと、仲間が居る筈だ。
 不意に、アスクは強烈な思惟を感じた。勇ましく、決意に満ちた逞しい思惟を。
「なん、だ・・・・・・」
 その場所に視線を投げる。クロスボーン・タイプの白い機体が、見て取れた。
 ビギナ・ギナ、か・・・・・?
 ベラ・ロナ――セシリー・フェアチャイルドの機体だ。この思惟は彼女の物なのだろうか?
 チカチカする視界の中で、美しいシルエットの機体に焦点を合わせる。微妙にぼやけてきたのか、機体が二つに見える。
二つ――?
「なんだ!?」
 全身が再び、粟立った。命に関る事だと感じた彼は、一時情報をシャット・ダウン。混乱の続いた頭の中で、一部を落ち着かせる事に成功。操縦桿を握り締め、明らかな敵意に向けて焦点を合わせる。
 ビギナ・ギナの後ろに重なる様にして現れた、曲線を主体としたモビル・スーツ。異質なのは、頭部のメイン・カメラ部に付いたV字のアンテナ、そしてデュアル・カメラ。明らかなガンダム・タイプの連邦軍モビル・スーツ。
 そいつから、微かな光が立ち上っているのがアスクには見えた。薄い緑色の光がガンダムの全身を包み、アスクを威圧する。彼はプレッシャーに圧されながらも、必死に状況を読み取ろうとした。
 ガンダムが、背中から伸びたビーム砲を構える。アスクは回避行動をとろうとしたが、震える腕に力が入らない。それを無視して桿を引くが――遅い!?
 ペルガの反応速度に慣れ過ぎたアスクは、通常のモビル・スーツの反応速度では計算できない。確実に回避不能な機動で、F91の――アスクは名前を知らないが――ヴェスバー・ガンが強力な閃光を発した。
「何だこいつは――――!?」
 アスクは叫んだ。が、それは意味を成さない。巨大な銃口から発せられたメガ粒子が視界を覆い尽くす強大な光となってアスクの視界を埋め尽くし、次の瞬間には全てが白色の閃光と化した。
 その過程で、アスクは完全な飽和状態に陥る。気を逝ったその瞬間にはそれが溢れ出し、彼の思惟が広大な宇宙空間に拡散していった。
 その後の事を、彼は知らない――
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