第一章 「フィリピンの戦い」


 1

(MLRS――?)
 疑問として反響した言葉は、殆ど確信になっていた。
 直径で227mm、約306kgの重量を持つ大型ロケット弾が上空に打ち上げられた時に、サッカーコート六面分の範囲内に居たのは、三角形の陣形を組んだ最小小隊数の鉄の巨人。その内の、後ろの二機に回避を促したのが、頂点に位置する隊長機。
 青い装甲に、厳ついイメージのフォルム。スパイクが天に向けて反っているのは、威圧感を増す為か。武骨なイメージを持つMS−07――先行試作型のBタイプ――は、664個の子弾がばら撒かれても慌てる事はしない。
 世に言う「アイアン・レイン」が制圧する面の中で、あえて前へと進む。僚機のザクは既に退避。堅牢な装甲を誇るグフだけが、走って前方に存在するであろう多連装ロケットシステム自走発射機に向けて突っ込んでいった。
 金属に金属が当たる、甲高い音が周囲に響く。よりリアルさを醸す為に、コックピットは周囲の音を再現してくれた。御陰で、これが本物だと言う事が実感できる。バーチャルだと言う錯覚を覚えてしまったらこれは戦争ではなくなる筈だ。
 モニタ・カメラに映し出される光景に目を走らせ、彼は思った。これがモビルスーツなのだ、と。
 アナハイムのジムやガンダムの六十mmバルカンにも耐え得るのが、グフの防御力の強み。あくまで対人用として想定され運用されているMLRSならば、爆発する事もない。
 が――困った。
 少しだけ、焦る。隠密作戦だった筈だが、多分バレてしまったろう。M270に見付かるとは、迂闊も良い所。盛大な発射煙の尾を引きながら鉄をばら撒くこの兵器は、恐らく目標となる敵に存在を教えてしまった。
 戦車砲にも似た発砲音。同時に、目前のM270に砲弾が直撃し、四散した。僚機の狙撃だ。
 目標地点まで、直線距離にして約500mと言う所か。丘の上に出る手筈だったが、こんな所に一機だけMLRSがある事自体が疑問だ。
 恐らく、罠。
「急ぐぞ!」
 バレてるならば仕方がない。無線機に向けて声を放ちながら、機体を疾走させる。僚機もそれに続き、迂回すべき場所に一直線に進んでいった。
 フット・ペダルを大きく踏み込み、グフの膝関節を収縮させる。縮みきったところで地面を大きく蹴らせると、60t近い重量を跳躍させた。そのまま、重力に逆らうためにメイン・スラスタを起動。手前の小ぶりな山を飛び越え、直線最短距離で目的地に移動。
 急な加重を全身にかけるが、そんなものは気にならない。F−15Jの7.5Gに比べたら、これくらいは苦にならないのだ。
 目の前の景色が変わった。グフのモノ・アイが映し出していた光景が変化したのだ。最高点に到達した機体から見えるのは、目標にしていた丘とその向うにある『戦場』。
 飛び越え、落ちる。落下の時には姿勢制御を兼ねながらの減速。後ろの二機はまだ来ていない。当たり前だ。既に時代遅れと言われているザクと、各社の参列でモビルスーツ生産市場が激化した時代に、互いが切磋琢磨して性能を向上させてきたグフとでは比較にすらならないのかもしれない。
 それでも、グフも別段飛びぬけた機体と言う訳ではない。それが少し悔しい所でもある。
 作戦開始時間は過ぎていた。既に、迫撃砲の敵地砲撃が行われていなければならないはずだ。案の定、コックピット内でも感じ取れる振動は砲弾の着弾音。203mm砲や90式戦車も出ているのだろう。
 日本軍の戦力は、そんなにある訳ではない。少し前に再軍備したばかりなので、専守防衛目的以外の装備はそんなに無いのだ。現在、争っているのは国際連合常任理事国・フランス。物量で言ったら圧倒的に不利ではある。だが、フィリピンと言う地理はこちらに勝機をくれるのかもしれない。
 北側に回り込んでいた彼の小隊。その他に、東西南と攻め込んでいるモビルスーツ隊は攻撃に参加しているのだろうか。砲撃音が静かになってきた所をみると、主戦場はモビルスーツ同士の白兵戦へと移行したようだ。
(遅れちゃ悪いかな……)
 レーダーに味方機の識別反応。追いついてきた二機に軽くマニュピレーターを振って、突撃の号令をかける。
 奇襲攻撃は迅速さが命。こちらの失敗のせいでタイミングを逃したのは事実なのだから、その分頑張ってやろう。
 日本陸軍大尉・石穂 玲治は密かにそう思ったのだが、悪いと思う気持ちはあまり持ち合わせてはいなかった。

 世界大戦も三回目を迎えた昨今、引き金となったのは中国とロシアと言う二大旧共産国の喧嘩であった。
 普段、あれほど仲の良かった国が戦争状態へと入る。景気の上昇気流に乗ってきた中国が、ロシアに良い顔をされなかった為だと言うのがもっぱらの意見だが、何処の国も戦争をしたがっていたと言うのが本当の所だろうか。
 ともあれ、戦争はそこら中に飛び火した。中国側とロシア側で、真っ二つに割れた国際連合。イラク戦争の是非を争った欧米諸国から、身近な問題にあたふたとする東アジア諸国まで。イギリス・アメリカが中国を後押しすれば、フランス・ドイツがケチをつける。NATO軍の分裂や日頃のフラストレーションが爆発して、戦争は全世界へ拡大。そこで真価を発揮したのが、新兵器・モビルスーツ。今から少し前に、世界征服を企んでいた古臭い組織が製作した、この人型汎用兵器は、予想以上に世界の戦術を掻き乱した。組織が財政破綻した後は、その技術に目をつけた日本の企業・ジオニックが丸ごと買い占めたので、そこからモビルスーツと言う兵器が予に姿を現わすのだ。製品第一号として世に出現した、コード・05『ザク』は立待ちの内に世界を衝撃の渦へと巻き込み、一大ビジネスとしてこの新兵器開発が世界を席巻した。
 現在、数多くの企業がモビルスーツによって台頭し、様々な種類の兵器が登場した。オーストラリアのアナハイム・エレクトロニクスやツィマッド、性能面で一歩遅れてジオニック。それらがモビルスーツ産業の三大企業であった。アナハイムやツィマッドは、中立国オーストラリアと言う事で世界中の軍事大国が契約している。一方で、大戦前にその成果を上げていたジオニックのザクUは、世界各国がモビルスーツとして持っている機体であった。それら、モビルスーツ産業が確立した昨今、戦争の在り方が大きな変革を迎えようとしている。この第三次世界大戦は、その戦術を研究するに当たって、格好の試験場となるのだ。今や全世界を巻き込んだこの大戦の背景には、それを模索すると言う意図もあっただろう。
 今、日本は再軍備を果たし、大戦の中に加わっている。アメリカの犬と言われたように、超大国に追従する形で参加しているのだ。日本軍は現在、東アジア方面における新・西側陣営(アメリカ側陣営)の補佐に務めているのである。朝鮮半島や中国、台湾と数々の戦いに力を貸している昨今、もう一つ、重要な陣地の援護を頼まれた。
 それが、インドネシア方面に展開した敵軍の排除。フィリピンに侵攻してきたフランス軍との戦闘である。

 2

 南半球は真っ昼間から暑かったが、コックピット内の空調は適温を保ってくれている。それでも汗が噴き出すのは、極度の緊張が自分の中で張り詰めていてくれるからだろう。
 玲治は目前に迫った黒い重モビルスーツに、シールド内から抜き出したサーベルを正眼に構えた。
 フランス軍が正式に配備しているのが、ツィマッドのドム。熱核ジェットエンジンの成果でホバー移動を可能とした、高速移動機である。最高速度は時速にして381km。確かに速い。飛んできたジャイアント・バズの弾体を避けると、機関砲で牽制。が、分厚いドムの装甲に75mm弾では致命傷はない。
 衝撃が、グフの巨体を揺らした。四重のショック・アブソーバーに護られたコックピット・シートであるが、全ての振動を殺す事は出来ない。玲治は視界の揺れを感じたのだ。
 着弾は、左。巧くシールドで防ぐ事が出来た事に、彼は自分自身に拍手喝采。シールドは、場合によってはデッドウエイト(意味の無い重量物)にもなり兼ねない代物ではあるが、玲治はそれを扱うだけの技量を持って居るのだ。
 彼は、殆どをカンで動いた。脚部サブスラスターを起動して、右に跳躍。同時に、Bタイプに装備された右腕部の固定武装を解放。下腕から飛び出したヒート・ロッドがドムの軌道へと吸い込まれて行った。
(行ける――かな?)
 行けた。目標地点まで到達したと同時に、高分子重合物の分子量を制御。撓った鞭が右腕と一緒に振るわれると、加熱したロッドがジャイアント・バズの銃身を熔断した。
 玲治は舌打ちを一つ。本体にダメージを与える事が出来なかった事に対しての物だ。が、相手の力量がそれなりの物であるのだろうと言う事で納得する。ヒート剣を抜いた相手を視野に入れ、体勢を立て直すついでにレーダーを確認。大丈夫だ、自分をロックしているのは、目の前の『スカート付き』だけ。
 上段に掲げられたドムの腕。その、がら空きの胴体に対しての攻撃を想定した。一番良い方法は、やっぱりあれか、と自分の考えに了承を下す。
 膝を屈伸させると同時に、背面スラスター起動。ランドセル――モビルスーツが背部に背負った構造物――から炎が上がり、前面に対して機体を推した。跳躍。左のショルダー・アーマーをドムに叩き付け、スパイクを突き立てる。そこに対してベクトルを集中させると、七十tに近い巨躯が仰け反っていた。グフが接地すると同時に腰を落として、右腕を振った。その掌中に存在していたヒート・サーベルの発熱体を分厚い装甲に突き立てると、セラミックスの微粒子が胴体を両断する。
「よしっ!」
 自分で自分を賞賛。ドムなんぞ、恐るるに足らず。確信を得た笑みで思わずニヤリとしていると、右上方から電子音。
 見れば、自身が三機のモビルスーツにロックオンされている事を告げているではないか。更に、対戦車用の車載型誘導弾システム。世に言うMPMSの標的にされている事を知る。白兵戦が主流のモビルスーツに対してそれを使うと言う事は、
(それなりに警戒されていると言う事か?)
 今回の作戦では、確かにグフは玲治と他三隊の小隊長のみ。後は全部がザクだから、それにミサイルを叩き込んで行こうと言う事か。
 元々の戦力差があるからなー、と玲治は思った。こちらが中隊に対して、向うはそれなりの装備もある。奇襲で混乱してくれているはずなのに、それなりに冷静に見えるのは気のせいか?
「ま、良いか」
 簡単に結論を出す。その間にも、多目的誘導弾は発射されていた。多分、射手は今、誘導弾の先端部に存在する「目」でグフの姿を捉えているのだろう。同時、ミサイルから発せられる赤外線に警告音がコックピットの中で五月蝿く響いた。
 落ち着いて、跳躍。三方向から来る弾幕を掻い潜り、機関砲の連射でミサイル弾頭を吹き飛ばすと、少し離れた位置に居るMPMSを視界に。グフの右腕を振りかぶり、同時にヒート・ロッドを解放。右腕部内で分子量を制御する事によって、何処までも伸びる鞭が目標を捕捉し、同時に電流が流れた。
 遠くに見た限りでは、MPMSは煙を噴いて沈黙した様子である。パルス状高電圧が電子機器を御釈迦にした為に、精密機械の塊である誘導弾システムは使い物にならない筈だ。
 確かめた上で、視点を変える。背後を振り向けば、こちらに対してマシンガンを発砲するザクが三機。一機を機関砲で破壊すると、着地。サーベルを薙いで手前の機体にダメージを与えると、身を起こすと同時に下段から刃を刻んで、戦闘不能状態に。百二十mm弾の追尾を横移動で躱しつつ、ザクを正面に入れた。こちらに気を取られるそいつに、後方から仲間の機体がマシンガンを撃ち始める。慌てた敵機に急速接近、頭部を飛ばして撃破完了。
 ふうっ、と一息ついた時だ。
『石穂大尉』
 無線機から声が聞こえた。が、マルチ・モニタは現れない。 声を頭の中で照合しながら、90式の若松だな、と思った。
「は、少佐。何でありましょうか」
 戦車隊の指揮をしていた若松少佐の声は、弾んでいるように思える。ああ、制圧完了か、と安堵した。
『お手柄だぞ。ドムを破壊できたのはお前だけだ』
「まぁ、あの機体はコストが掛かり過ぎるのが問題ですから。この戦線では多くは投入されてなかったのがせめてもの救いですよね」
 言いながら、武器を捨てて両手を挙げるザクが目に入った。投降した機体だ。他にも、半壊したドムが居る。最初の砲撃で、運悪く砲弾が直撃したのだろう。
 それらに目を向け、玲治は思った。
(とりあえずの任務は終了だな)
 無線機から聞こえてくる声は、半ば無視の状態にある。聞いてもしょうもないような、英雄的な若松冒険談――昨夜できたと言っていたVer.3だろう――を頭に入れずに、彼は一つの思いを心に浮かべる。
 奈央の所に帰れるだろうか、と。

 3

 帰れるのか、と率直に質問した結果、フィリピン政府の援護は済んだとの回答を得た。帰国は凱旋だ、とも言われた。
 だが、玲治にとっては凱旋は別にどうでも良い事である。彼はとっとと帰って、早く顔を見たい相手が居た。
 恋人である。
(明日にでも帰れる、て言ってたな……)
 占拠した駐屯地は現地のフィリピン政府管理下に置かれ、日本軍が居る意味がない。物資不足の日本は早急に本国に戻って、朝鮮半島の援護と本土防衛に戦力を割かねばならないのだ。特にモビルスーツは貴重な戦力である。今回の戦闘で使われた十二機のモビルスーツは、それが派遣できた限界の数であったのだ。中隊規模のモビルスーツ隊を投入した事で別にどうと言う訳ではないが、未だに本土を攻められていないのが不思議な国でもある。これほどまでにあちこちに手を出しているのだから、そこら中から恨みを買っている筈なのだ。実際、すぐ近くの台湾は今でこそ静観を決め込んでいるが、内心では中国に加担する日本軍を敵視している。非公式ではあるが、中国を攻撃する東南アジア諸国に物資を運んでいる国だ。いつ日本に攻めてこないとも分からない。
 ここ数十年間、日本は本土での戦闘経験はない。自衛隊時代はろくな演習も行えなかったから、地の利があると言う訳でもない。好景気になったのはつい最近の事だから、設備はまだまだ揃ってはいない。
 それでも、腰抜け外交は未だに健在である。戦争中枢国ではないからか、政府首脳は頑強な精神を持たず、弱腰にアメリカの言う事を聞く事しか出来ていない。命令が来たら何処にでも支援部隊を派遣しなければならない、という一種の強迫観念に捕らわれ、主権国家としてのプライドを無くしたままにホイホイとそこら中に部隊を派遣した結果、新・東側(ロシア側)陣営に睨まれる事になった。
 だから、早期に派遣部隊を帰国させ、防衛に専念させねばならない状況なのである。モビルスーツの出現により、陸上戦の価値がぐっ、と上がった事から、日本が気をつけねばならないのは弾道ミサイルだけではなくなってしまったのだ。
 そんな現状だから、派遣部隊は慌ただしく日帰りで戦争をする事になるのだ。幸いにもフィリピンに乗り込んできたフランス軍は、ここをそこまで重視していなかったようで、小規模な部隊を常駐させているだけだった様だ。多分、後は地元の軍隊だけでも持ちこたえる事が出来るだろう、と言う判断の元、日本軍は早く戻る事になったのである。
 だから玲治は、自分の荷物をとっととまとめ、今日の戦闘に関するブリーフィングを受け持ちの小隊とやった後で、更に明日の予定を上官から聞いて、ようやく眠りに就く事が出来たのだった。

 4

 そして翌日。
 何故かは知らないが、玲治は飛行場にて仲間の見送りをした。
 輸送機の空路で帰国する者達だ。
 が、玲二が帰国不可と言う訳ではない。
 彼の小隊は、運悪く海路の帰国を強いられたのである。
(おのれ……!)
 玲治は、恋人の奈央の肌の感触を思い返しながら、一人毒づいている事しか出来ない。
 彼は見送りを済ませた後、輸送艦「おおすみ」改への物資の積み込み作業を手伝った後に、輸送艦「おおすみ」の護衛に当たってくれる第三艦隊に連れられ、台湾沖へと進んでいる最中なのだ。
 最初、その航行は実に平和だった。台湾軍もおおっぴらに仕掛けてくる筈はないし、警戒すべき潜水艦隊は「おやしお」によって常時厳戒体制。イージス艦を要する第三艦隊の威厳は高いし、ここらへんは新・西側の制海権内である。危惧する所が無かったので、陸戦要員は少し武骨な船旅、くらいにしか思っていなかった。
 それは、当然の油断であった。艦隊の監視はしっかりしているし、その高度な武装は自衛に足る。一流装備を持った艦隊でなければ、まともに相手にもならないであろうからだ。しかし、そんな第一級装備を持った敵が、ここに存在する筈はなかった。
 少なくとも、そう思っていたのだ――
 その自信が脆くも崩れ去ったのは、艦隊が出港してから小一時間もした頃だ。その兆候は、小さいものであった。
「どうしたんだ?」
 自室で仮眠を取っていた玲治が起きたのは、外の様子が俄かに騒がしくなっていたからである。
 身を起こすと、狭い士官室の中を横断し、ドアを開く。そうすることで廊下の喧騒がより確かに聞こえた。
 何人ものクルーが、廊下を慌ただしく駆け回っていたのだ。口々に、焦った怒鳴り声が狭い空間を満たしている。それに面食らいながらも、玲治は声を上げた。
「どうした――」
 ――んだ?
 声を、上げられなかった。
 ゴッ、と轟音が響き、船体が大きく揺れたのだ。それに体を煽られ、前のめりに倒れそうになる。何だ、と疑問に思った直後、もう一つ振動が来た。
「うわっ!」
 思わず声を上げる。廊下に投げ出された体を、壁に手を這わせて支えた。一瞬の混乱が頭の中を空白にしたが、自失は一瞬。
 まず頭が認識したのは、悲鳴である。廊下の中を怒号と悲鳴が満たしている。完全なパニック状態。何なのか、と思ったが、彼はとりあえず格納庫へと足を踏み出す。直後に艦内警報。
(遅いよ!)
 毒づき、放送を聞く。正体不明の敵艦隊に攻撃を受けている、と言うこと。その放送が繰り返された時には、振動が廊下を揺らしていた。
 どこかで、敵だー、と悲鳴に近い声が聞こえた。一際大きな振動に、直撃したことを悟る。
「護衛艦は何をやってる?」
 今の海軍の主力は、海上自衛隊時代の護衛艦が主だ。この艦隊も、旗艦・「はるな」を始めとして、イージス艦・「こんごう」や新世代型潜水艦・「おやしお」など、世界に充分通用する装備が揃っている筈だが――。
(こんな簡単に直撃が来るって事は……)
 モビルスーツ、だろう。MIPやツィマッドの水陸両用型モビルスーツならば可能だ。日本軍も、MIPのズゴックがある筈だが、迎撃が間に合わないのならば、通常型のモビルスーツや航空戦力も来ているのかもしれない。
「こんな所に、空母が来てるのか!」
 叫びながら、格納庫内に入る。「おおすみ」は艦尾部にドックを持って居るタイプだ。そこに向って猛然とダッシュする。途中で同じように廊下を走っている奴を見付けた。
「平田!」
 追いつくと、平田軍曹は振り返る。玲治の隊のモビルスーツ要員だ。
「大尉、どうなってんすか!?」
 それを俺に聞くか、と玲治は思った。
「襲われてるんだろ」
「誰に!?」
「知らん」
 これから確かめるんだろが、と呆れかけながら、格納庫の中へ。そこには既にスタンバイしていた整備員が何か喚いていた。
「どうしたんでしょうか?」
 平田が不安そうに聞く。整備員の様子が普段と違っていることを不審に思ったのだろう。何やら、随分と焦っている雰囲気だ。
 玲治もその雰囲気に一抹の不安を覚えた。が、不安がってばかりでは始まらない。平田の問いかけを無視し、彼の愛機の元に駆け寄る。すると、玲治の隣に日焼けした整備兵が表れた。
「隅広か」
 ちらりと視線を向ける。並走しながら、隅広はぺこりと頭を下げた。
 そんな隅広の四角い顔が、微妙に青くなっているのを見る。グフの元に走り込み、コックピットに上がろうとした。
「大尉!」
 隅広の声。
「どうした?」
「モビルスーツの調子が悪いです!」
「はいっ?」
「整備不良かもしれません。注意してください!」
 突拍子もない事だ。玲治はそう思いつつ、ハッチを開く。メイン・エンジン起動。静かに立ち上がるメイン・コンピューターが、コックピットの全装置に光を灯す。目の前のモニタに目を走らせると――ノイズが、走っていた。
(んっ?)
 コンソールを見る。機体状況は黄。ところにより、赤。
 調子が悪い――隅広の言葉が蘇る。
「調子が悪い、ってそんなレベルか?」
 おかしいだろう、と呟く。直後に振動。一際大きい、と目を剥いた。
「平田、大柴。行けるか?」
 無線機に向って問い掛けた。グフが調子悪いのならば、他の二機に任せて整備を――
 が、その二人の答えは返ってこなかった。
「二人とも?」
 眉を顰め、もう一度。すると、隅広の声が聞こえてきた。
『駄目です……』
「駄目、とは?」
『ザクは動作しません。メイン・コンピューターが誤作動を起こしてます。立ち上がりもしません』
「立ち上がり、も?」
 グフは一応動いてはいる。桿を引いてみると、狭い格納庫内でも立ち上がった。
 そのぎこちない動作に、疑問を感じた。
(動ける、よな)
 整備不良とは思えない。小一時間でここまで消耗するとは考えていない。だが、現実に動きは鈍くなっている。ならば、何故――?
 ピピッ、と電子音が響いた。それに顔を上げると、マルチ・モニタに通信士の顔。それが恐怖に引き攣っているのを見て、どうした、と唇を動かした。
 動かそうとした。が、
『石穂!』
 モニタにもう一つの画像が映る。それが艦長のそれだと分かると、蒼白の顔面に脂汗を無数に浮かべた初老の男が、声を絞り出す。
『早く、早く出してくれ!』
 その只ならぬ気配に、玲治は反射的に頷いていた。動かないグフの左腕を見詰め、すぐに顔を戻す。無線機に向って、出すぞ、と一声。それに伴って、艦尾ドックのハッチが開いた。
『すみません、隊長!』
「気にするな。俺に任せれば良い」
 聞こえてきた平田の声に言ってみはしたが、それが単なる虚勢であることを玲治自身が最も感じていたことだ。ぎこちなく動作する脚部に不安を感じつつ、出口に向って前進。その間に、落ちつかなげに顔を引き攣らせていたマルチ・モニタの二人に、大丈夫だと言っておく。
 そのすぐ後に通信を切ったのは、正直に邪魔だったからだ。
 ドックを出る。その真下に流れる、荒れた海。それを、頭部メイン・カメラだけに写された映像として、玲治は正面に向き直った。そこに小さなノイズ線が入ったのを見、緊張に桿を握る掌を、更に強く握った。
 少し屈めた姿勢から、甲板に立つ為に腕を上げる。マニュピレーターが上部に支えられ、爪先立ちの容量でモノ・アイを甲板に向ける。その平たい場所に、何かが立っているのを確認し、愕然となる。
「ハイザック!?」
 姿勢制御用のバーニアで体制を整える、モビルスーツ。そいつが、今まで現実に見たことのない機種であることに驚愕。
 それは、ザクだった。だが、よりごちゃごちゃとしたイメージを持つ機体。主にバック・パックの形状が違うことから、それはかつての記憶を玲治に蘇らせたのだ。
 まだ完成していない筈の機体。ハイザックは、中身はジムに近い。ジオニックとアナハイムの共同開発的な意味合い持つ筈のモビルスーツが、そこに存在している。
 馬鹿な――そう、思った。その一瞬の自問が、ハイザックの着地を許していた。艦橋部に対してマシンガンの銃口を向けたそいつは、完全にターゲットをポイントしている。
「くっ!」
 呻く。間に合え、そう念じながら、利きの悪いマニュピレーターを振り回すと、ヒートロッドが右腕部から飛び出した。
 目的は、破壊。勢い良く発射された電磁鞭は大きく撓り、その先端をハイザックの胴体にまで到達させた。背後を向いていたそいつが、玲治のグフとは比べ物にならない優雅な動きでこちらを振り向く。が、一度こちらを向く時間が消費されてしまったのが玲治の勝因を強くした。
 眼前まで迫った電磁鞭が、ハイザックの胴を捕らえる。そいつに巻き付いた特殊構造デンドリマーが、微細な圧電アクチュエーターを通してパルス状の高電圧を機体にかけた。その間に脚部スラスターを解放し、甲板上に飛び上がる。ヒートロッドを通ったパルス状高電圧は、如何なハイザックと言えどもその電子機器に重大な損傷を与えるだろう。
 ゴッ、高電圧を長時間浴びていたハイザックの胴が弾け、動力パイプが吹き飛んだ。次に肩部に爆発が起こり、脚部や頭部へと移行していく。全身から煙を吐き出したハイザックの巨体がよろめき、おおすみの甲板上から海の中へと飛び込んだ。
 ダッパーン、と水飛沫が上がる。はあっ、と息を吐き、視線を右上へ。そこにある三次元レーダーが何も写していないのを見て、頼りにならない事を知った。
「くっそぉっ!」
 毒づく。そんな彼の装甲が炸裂音を響かせ、弾丸が弾けた。衝撃にくらくらとする頭を無理矢理に覚醒させながらも、右へのスライド移動。弾着が甲板に弾け、正面から飛んできたもう一機のハイザックに視線を合わせた。
 背中に冷たい汗が降りた。それが実感できた時には、玲治は再び攻撃していたのだ。正面から突っ込んで来る敵機にカーソルをあわせ、再度ヒートロッドを解放。体を横に傾けて目標への軌道を修正し、着弾を待つ。
 表面が発熱した鞭がハイザックの装甲と接触する。その頭部分がコックピット・ハッチを歪ませると、熔解させたそこを突き破って反対側に突き抜けた。「く」の字に折れるハイザックが、空中で一瞬だけ静止。それを見た瞬間に、玲二の目前でコンソールが火花を上げた。
「ぐあっ……!」
 自身に向ってくる火花を避けるように、右腕を眼前に翳す。薄らと開けた瞼が、奇妙に歪みを見せるディスプレイを見た。妙なノイズに映像を掻き消され、次には右上で電子機器が爆発。白煙がコックピット内を満たし、玲治は完全に瞳を塞ぐ。
 彼が最後に感知した外部の情報は、ドンッ、と言う重厚な発射音と、巨大な何かが水面に落下する音だけだった。
 コックピットが瞬時に闇に閉ざされる。ガクンッ、とシートが大きく揺れて、先程までのエンジン音が掻き消えた。
「くっ……!」
 玲二の呻きに込められた感情は、諦め。こうなることを始めから知っていた、そんな感情である。当然だろう。周りの状況が感じられなくなった状態で、しかし焦りはない。出来ることは、ただ自分の無事を祈るだけ。それしか、できない。
 グフは、その機体を完全に停止させたのだ。

 *

 最初に起きたのが何なのかは分からなかったが、「はるな」のブリッジで、その『目』となる精密機器類が全てダウンしたのは一瞬だった。
「なっ……!?」
 艦隊指令、嶋原海将補が疑問の声を呟いた時に、船体を揺らす衝撃と轟音が重なった。
 艦橋部の窓から光の筋が見えたのがその直前。暗雲が立ち込めるフィリピン海沖で、余りにも唐突な出来事は、恐らくこの艦橋内に居る全員が理解できなかっただろう。
 嶋原は、しかしその自失を長く続けるような愚を冒すことはしない。今大戦時、北朝鮮軍の海軍戦力の斥候隊を発見し、日本海で激しい戦闘を経験した猛将である。護衛艦八隻、対潜ヘリ八機を要する、日本海軍の精鋭『八八艦隊』を任されている彼が、この様な場所でも冷静さを損なうことをしないのは、その肩書きを立証する何よりの証拠であろう。
「何があった!」
 声を大にして叫びながら、光の筋が見えた場所を注視する。その先に、霧の中を薄らと影が見えたような気がして、彼は狙撃手が近くに居たことに戦慄した。
(何故、こんなに近くなるまで気付かなかった?)
 冷たい汗が頬を伝い、その感触を気味悪く感じる。
「損害、一! 『くらま』です!」
 オペレーターの報告に、ゾッ、とする。僚艦「くらま」が一撃で沈没した。しかも、何も対処できない状態で!
 日本海軍の艦船は、性能的に世界と比べても決して劣っている訳ではない。その高度レーダーを掻い潜り、先制攻撃を仕掛ける。近距離からの砲撃が、しかも護衛艦を簡単に沈没させるほどの威力を持った一発。これは脅威であった。
「各艦に通達! ハープーンの準備だ」
 自身に対して、無理矢理暗示をかける。命令は、落ち着け。その為に彼は、高性能対艦ミサイルの発射を命じたのだ。「銛」を意味するSSMの射程距離は90km。視認できる距離ならば、その220kgの半徹甲弾頭が敵戦艦の装甲を破壊し、内部に大きなダメージを与えられる筈だ。
 もう一度、光が走った。それに目を焼かれながら、隣に居る「こんごう」が爆発する気配に全身を震わせる。イージス・システム搭載の最新鋭艦が犠牲になった事に更なる戦慄を覚えながら、SH−60艦載ヘリの出撃が遅れてはいないかと心配する。残りの僚艦に目を向けながら、通信士の艦内放送を耳に入れた。
「総員、第一戦闘配備! これは、演習ではない! 繰り返す、総員第一戦闘配備!」
 演習ではない、か。嶋原はようやく、額に浮いた汗を払う余裕が出来たことを知る。この状態で、これが演習だと思うものは居るのだろうか?
「駄目です!」
 不意に、通信士の叫び声が響く。狭いブリッジの中で、やけに反響するのは絶望を知らせる声音。
「各艦載ヘリに異常発生!」
「ハープーン発射管に異常! 誘導コンピューターが作動しません!」
「砲手各位より、主砲の照準システムが作動しません!」
 それぞれの報告が、鮮明に嶋原の頭の中に入り込んでくる。目の前が漆黒に包まれたような感覚に、彼は額を抑えた。
(馬鹿な……!)
 殆どの電子機器が一斉にダウンし、艦載ヘリが動かなくなる。これは明らかに電磁パルスの妨害だ。が、
(ECM対策は万全の筈だ。その防御を簡単に破る強力な妨害電波など………!)
 存在しない、そう言いたかった。だが、現にこうして全てのシステムが使用不可能となっている。嶋原は現実を受け止めることが出来る有能な将軍だ。が、だからと言ってどうしろと言うのだ?
「このままでは……!」
 ギリッ。奥歯を噛んだ。俯けていた頭を上げ、視線をブリッジの窓へと。正面に見えるのは、たった一隻の艦影。――いや!
「あれは!?」
 島原が叫ぶ。それは、視認した敵戦艦の真上に存在した有り得ない『影』に向って吐いた言葉だ。
 『影』は、飛んでいた。とんでもない質量の浮遊したそれは、現代科学の粋を集めたとしても作れないような浮遊艦。特異なシルエットを持つ機影は、昔に彼が見たことがある、とある戦艦の形をしていた。
 『ザンジバル』――実際にはフィクション世界でしか有り得ない、とされた、大気圏内飛行能力を持つ機動巡洋艦の姿。
「馬鹿な!」
 彼は再び叫んだ。その直後に、『ザンジバル』と思われる影から光が舞ったのである。
 先も見た光。重い線を引いてこちらに到達してくるそれは、瞬時に島原を始めとするブリッジ・クルーを呑み込んでいった。
 メガ粒子砲の大きすぎる砲口から放たれたビームが彼を焼き尽くした時には、全てが霧散していたのだ。
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