第二章 「Zガンダムとクロスト・グランディオーナ」


 1

 痛い、と思ってそこに掌を向けた。
 次の瞬間に感知した柔らかい感触に、髪の毛に触れていることを悟る。
 玲治は、頭を押さえていたのだ。
(頭痛……?)
 今さらかよ、と少し苦笑。だが、あれほどの緊張感が無い今だからこそ痛みを感じることが出来たのかもしれない、と思い直して、彼は顔を上げた。
 その瞳が映すのは、コックピットの狭い闇ではない。謎の艦隊の姿も無く、霧の晴れたフィリピン海沖には、雲の隙間から午後の日差しが降りつつあった。
「どうしました?」
 横から聞いてくる平田に、何でもない、と手を挙げる。目前に迫ってきた巨大な影へと焦点を定め、小脇に抱えたドイツ製のSMGを保持した。
 謎の艦隊との戦闘が終了したのは、今からほんの数分前のことである。それは、相手側が戦闘海域を抜けることで第三艦隊が全滅を免れる、と言う屈辱的な形に終わった。
 たったの十分くらいの戦いで、第三艦隊は、五隻の護衛艦と一隻の潜水艦を失った。実戦経験を積んだ貴重な司令官を失し、尚且つこれほどの損害を出してしまったことは、日本海軍の大きな損失となったのである。
 当然、それらがただ何もせずに沈められて行った訳ではない。各護衛艦の砲手達は、使用不能となった精密照準システムを砲座から切り離し、目測と半分のカンで射撃を行ったのだ。
 だが、今まで手動での発射などしたことのない砲撃手達である。撃つだけならばとにかく、目標に対して砲弾を当てることが出来ずに、相手への損害を与えることは殆ど出来なかった。結果的に、玲治が落とした二機のハイザック以外では、他のモビルスーツ二・三機を撃破しただけに終わったのである。
 精鋭艦隊は、惨敗した。
 しかし、一隻だけ、大きな戦果を上げた護衛艦があった。それが、旗艦「はるな」である。
 敵艦にブリッジを吹き飛ばされた「はるな」ではあるが、主砲発射機能は生きていたのだ。砲撃士官が限界まで単射砲の五インチ弾を撃った結果、一発が上空に存在した巨大な航空機を直撃した。直後に「はるな」は、敵艦の放出した『光』に貫かれて沈没した。
 玲治は、LCAC(エアクッション揚陸艇)の窓から、撃ち落とした『航空機』を見上げた。巨大な――今まで見たことも無い程の巨大な輸送機である。これが落下した衝撃が、グフが停止した時に感じ取った揺れなのだろう、と玲治は思っていた。
 その輸送機が墜ちたとき、敵方は焦った様に戦闘海域から離脱して行ったと言う。それは、敵の目的の中でこれが何かしらの重大な位置にあるのではないか、と言う仮説が成り、それがこちら側に墜落したから彼らは逃走したのではないか、と考えたのである。だから玲治らはその輸送機へと偵察に向うことになった。
 40ノットで海上を走るLCACは、輸送機へと楽々と近づいた。そのまま、巨大な機体へと横付けする。ドックは後ろにあるのだろう、と適当に見当をつけて、陸戦要員が二つに分かれて行動した。
 第一隊は、階段を伝ってブリッジの制圧。玲治率いる第二隊は、ドックから入って輸送物の調査である。
 右翼から煙を噴く機体は、やはり大きく、その全体を見渡すことは出来ない。第一隊の全員が階段に掴まると、LCACは再び発進した。
 側面を回り込んで、背部ハッチへと。ハッチ横に存在する強制解放レバーを見付け、それを平田が押し下げた。
 ガコン、と重い音を響かせて降りてくるハッチに少し緊張しつつ、降りきった所で素早く内部に侵入する。すると、途端に聞こえる喧騒に耳を塞ぐ。
(なんだ……!?)
 日本語ではなかった。そこかしこの訛りが残る英語、であろう。怒鳴り声が錯綜し、彼らはハッチが開いたことにすら気付いていない様だ。中に居た人間の種類も多種多様で、黒人も居ればアラブ系や黄色人種、驚くことに白人も居る。それらが怒鳴り散らすのを見て、後から続いた隊員達も目を丸くしていた。
 玲治は一つだけ嘆息し、マシンガンの銃口を天井へ。
 パパパパパパパッ――!
 フル・オートの炸裂音がデッキ内に響き渡り、天井に跳ねた弾丸が立てる澄んだ金属音が代わりに響く。全員の視線が、ハッチで立つ玲治達に向いていた。
 それは、恐怖。故に混乱した彼らは再び声を上げようとしていた。
 パパパパパパパッ――!
 もう一度、引き金を押し込む。それで完全に相手の心を制圧したことを悟り、玲治は口を開いた。
『良い子だ、お前等。手を挙げて頭の後ろに組み、壁際に整列しろ』
 少し訛りがあるが、合格範囲だとは思える英語。通じたのだろう。彼らは玲治が示した通りに、ハッチ脇の壁に向って整列した。
 そこに、隊員達が近づく。軽いボディ・チェック。十数人しかいない隊員達だ、半分が銃を構えて油断の無いようにしながら、半分が男達の身体を触れ、凶器が無いかを確認する。
 玲治はその間に、デッキ内を見渡した。恐ろしく広い空間。そこに、巨大な『物』が整然と並んでいる。
(ゾック……)
 巨大なシルエットを持つ、緑色の装甲のモビルスーツ。確か、何処かの会社で試作機が製作中だと聞いていたのだが。
「二十機近くあるぞ。これ……」
 モノ・アイに、左右対称の巨躯。ずんぐりとした印象の、四肢が異様に短いそのモビルスーツが広い格納庫の中で並んでいるのだ。
 どうなっているのだろう、と疑問に思う。
 それと同時に、再び頭部に痛みを覚える。内側から来る鈍い頭痛に、少し顔を顰めた。
(何なんだよ、くそ!)
 さっきから、と思う。少しよろめきながらも、彼は輸送機のさらに奥へと視線を投げた。
 そこに、何かがあるような気がしたのだ。
「大尉」
 呼ぶ声を聞き、何か、と振り向く。そこに平田が居た。
「点検が済みました。武器らしき物は持ってません」
「そうか。早速で悪いが、尋問に入ってくれ。他の者はここの点検。捜索を開始だ」
「アイ、サー!」
 平田が振り向く。玲治はそれぞれが仕事に移っていくのを見、自身も奥へと足を踏み入れた。
 マシンガンの銃口は、下げたまま。何故か彼には危険がない事を理解できたのだ。ただ普通に歩く感覚。敵輸送機の中をこんなリラックスして歩く事は、今までにない感覚だ。
 ――こっちだよ
 不意に、何かが聞こえた気がした。
 否、それは聞こえていたのだ。ただ玲治は、それに気付いたというだけに過ぎないのだろう。声。心に響くのは、直接に入ってくる声である。
(誰だ?)
 ――そんな事は問題じゃないんだ
 声は言う。
 ――こっちに来れば、きっと解るから
(あら、そう)
 嘆息。巨大な脚部が並ぶ場所を、ひたすらに抜ける。やはり巨大な空間を、玲治はひたすらに前進していくだけ。
 やっぱり、そうなるのかな。
 玲治は自分の心を受け入れていた。自分の心の中に投影される、不思議なイメージを――
 辿り着いたのは、最奥。そこに立つ巨人を見上げ、イメージ通りだという事だけを確認した。
 特に、何の感慨も湧かない。
 立ち尽くす青と白を基調とした巨人は、明らかに周りのずんぐりしたゾックとは異なる物であった。スマートな体躯に、所々が張り出た装甲。デュアル・カメラに細面。
 玲二には、その『ガンダム・タイプ』が何なのかを理解できた。
「『Z』、か……」
 超高性能機ガンダム。その系列の中でも、現代技術では有り得ない種類の機体である、可変機構を持ったゼータガンダムの姿を見た。
「お前か?」
 語り掛けてきたのは――?
 その問いを発したのは、特に考えた訳ではない。そうであろう、と思っていた。が。
 ――違うよ
 帰って来たのは、否定の言葉。
 ――もっと良く見ておくれよ
 その意思を汲んで、玲治は視線を走らせた。
「うっ……!?」
 驚愕と、フリーズ。
 彼の目の前には、非常に見たくない物があったのである。
 ――そうそう、ここだよ
 意思が伝わる。玲治の左側に存在したカプセルの中に、全裸の『男』がいた。
 瞳を閉じたそいつは、少し色づいた溶液か何かに浸されているように見える。水中で浮遊し、眠っているかのような印象。
 いや、実際に眠っているのだろう。これは強制保存機構か何かだろうか。微かに気泡が発生する辺、酸素が供給されているのかもしれない。
 ならばもしかしたら、強制睡眠装置なのかも。
 だが、玲治は視線を戻して再び顔を顰めた。嫌そうに。心底から嫌そうに。
 全裸の男の、股間部分が丁度、玲二の目の高さにあったのだ。
「うわっ……!」
 嫌悪も顕わに、玲治は呻く。そんな彼の様子は露知らず。端整な顔立ちの男は意思を伝えてきた。
 ――さぁ、開けてくれたまえ
 何だか偉そうになったな。
 そう思う。
「ど、どうやって?」
 ――判ってるんでしょ?
 玲治は曖昧に頷いて、手前のボタンか何かを押し込んだ。すると、カプセルの下側が唐突に開き始めるではないか。
「どわっ!?」
 溶液が玲治に向けて放出されてきた。その何だか分からない液体を前面にかぶり、軍服がびしょ濡れになる。
(ここまでは知らんぞ?)
 まさか、こんなトラップがあるなんて……!
 と玲治が微妙にむかついたのに合わせて、カプセルが開ききって放水が完了した様子だ。すると、服の濡れ具合に、あああっ、と呻いている玲二の頭上から声が掛かった。
「やあ、ありがとう。御陰で助かったよ」
 けだるげな、しかし耳に心地良い涼やかな声音。完璧なイントネーションの日本語に少し驚いて玲治は顔を上げた。
 目の前に、凄く嫌な物があった。
 揺れる袋と、何だか張り出てぶら下がった肉塊。
「ぐわぁぁぁっぁぁっ!?」
 絶叫、である。
 しかし声の主は気にせず、相変わらず涼やかな声で喋り続ける。
「僕はクロスト・グランディオーナ。こう見えて大佐という階級なんだけど、今はスッポンポンだから分からないかな。好きな物はいじけて目尻に涙を溜めたセシルの顔と、輝かんばかりの笑顔の後に僕の策略によって絶望にも似た蒼い表情をしたセシルの顔さ。嫌いな物は――そうだね、特にない気もするけど敢えて言うなら、現世って奴かもしれないね。君のお名前は?」
「ぎゃああぁぁぁっ! 近づいてくるな、アップにするな、嫌な物が迫ってくるー!」
「はははっ。中々にお茶目な様子だね。僕はそれなりに満足さ」
 心底から楽しんでいるような声を聞いて、玲治は後方に飛び退った。同時に上を見、そしてやはり下の方に視線を移す。
(デカイ……!)
 口にはとても出せない物が。
 そんな玲二の、微妙に嫉妬の篭もった視線に気付いたのだろう。ははーんっ、とクロストというらしい男が冷やかに言う。
「さては小さいんだね?」
 クリティカル・ヒット。
「ぬぐぅぁっ!?」
 奇声を上げるしかない。
「そうか。まぁ、こればかりは仕方ないよ。僕のチ○コは世界一さ」
「口に出すな! 放送禁止用語!」
「はははっ、大袈裟だなぁチ○コくらいで。チ○コが小さいからって社会的な立場を失う訳じゃないんだから良いじゃないか。チ○コもその人のステイタスさ」
「連呼するな! 下ネタ止めて。お願いだから」
「お願いされてしまっては仕方ないね。あはははっ、君は面白い人なんだなぁ」
 玲治は、ぐったりしながらクロストに上着を投げた。はぁはぁと息を切らしながらも、何とかという感じで立ち上がる。
「それで隠せ」
 短く言うと、視線を戻した。
 そして驚愕。
「こんな感じ?」
 クロストが、上着を羽織りながら聞いてくる。下半身丸見え。こちらに意図には全くの配慮無し。
「下を隠さんか!」
 玲治は思わずドロップキックをお見舞いした。
「うおうっ!」
 奇声を発しながら倒れ込むクロスト。真後ろにあったゾックの脚部ホバークラフト部分の装甲に後頭部をぶつけ、その超硬スチール合金の固さに悶絶。
「うわぁぁぁぁぁぁっ」
 ゴロンゴロンと転がりまわる美青年。
 玲治はその様を見ながら、ふうっ、と溜息を一つ。
 すると、自分の背後に気配を感じた。見てみると、小隊の巌谷が立っている。
「大尉?」
 油断なく、巌谷は銃口を上げていた。その射線上にあるのはクロストだろう。玲治は巌谷にそれを下げるように手振りで示した。
 それは、確信である。ここに必要以上の脅威がない事を、玲治は知っていた。
「そこの変態は気にするな。各自、ここに集まるように指示しろ」
「は、はい!」
「あと、着替えがあったらくれ」
「えっ?」
「そこの変態に着せる」
「分かりました!」
 巌谷は早速、無線機に向った。その間に玲治はクロストを助け起こす。
「えーっ、と。クロスト・グランディオーナだったな?」
「そうさ。僕の事はこれから、愛嬌を込めて『クロスト総統閣下』と呼んでくれたまえ」
「アホかい」
 そう言った上で、
「聞きたい事が山ほどある。包み隠さず教えてくれ」
「うん良いよ。隠す事なんてないと思うしね。僕と君の仲じゃないか」
「どんな仲なのかは知らんが、俺は石穂だ。日本国陸軍第三師団所属、階級は大尉」
「ふんふんそうか。で、下の名前は?」
「玲治」
「そうか。ヘニャチンの玲治君、これからよろしく」
「ええい、引っ張り過ぎだ!」
 玲治はクロストを引っぱたく。内心では、奈央は満足してくれている筈だ、と思いながら。多分ですが。
「僕の事はクランで良いよ。で、まずは何を聞きたいんだい?」
「そうだな……」
 玲治は辺りを見回した。各員がこちらに集まってきている。ご丁寧に、捕虜まで連れてきてくれていた。
 隊員の一人から、LCAC内に残っていた予備の制服を貰ってクランに渡す。彼は、「下着は?」と質問してきたが、「無い」と答えると黙ってそれを着始めた。
「クラン大佐!」
 誰かが叫ぶ。それも日本語で。玲治はビックリしてそっちを見た。すると捕虜となっていた白人の男が一人、クランの元に駆けていく。
「やあブレンチ。随分と老けたね」
「大佐はおかわりない用で……出れたんですね?」
「ああ、そこの親切なヘニャチン君の御陰でね」
 玲治は自分の額に青筋が浮き上がるのを感じた。
「引っ張り過ぎだ!」
 怒鳴る。後ろで隊員達の笑い声を聞いて、そっちを睨んだら止んだ。
「奴等、日本語が出来るらしいんですわ」
 平田が言った。ああそうかい、と思いつつ、とりあえず玲治はクランに向き直る。
「ブリッジ行ってから話し合おうか」

 2

 ガルダ・タイプの大型輸送艦「アウドムラ」。それが、この航空機の名前だと言う。が、もちろん艦長がハヤト・コバヤシな訳ではない。と言うよりも、艦長以下のブリッジ・クルーは全員が第一隊によって武装解除され、情けなくそこらへんに転がされていたのである。
 クランが言うには、
「彼らは革命軍の正規兵だからこれぐらいが丁度良いよ」
 との事。良く分からんが、とりあえずは頷いとく。第一隊と合流した玲治は、クランが手際良く指令を出して整備兵達を(何故か)ブリッジのそれぞれの配置につかせているのを見た。
「良いのか?」
 玲治の質問。それに対してクランは、
「なにが?」
 心底から不思議そうに聞いてきた。その後で玲二の視線を追い、ああ、と納得したように頷く。
「彼らはこう見えて連合の優秀な兵士達だ。と言うか元々は戦艦のブリッジクルーだ」
 だからガルダくらいはお手の物さ、とにこやかに喋り始めたのに、その意味の半分以上を理解していない玲治は、あらそう、と曖昧な納得の仕方をして見るしかない。
「さて、何から話そうかな」
 その細い顎に手を当て、クランが考え込んだ。そこで玲治は自分の方から質問してみる。
「お前等は、何者だ?」
「ん〜。ま、まずはそこから話した方が良いかな」
 にこやかに笑い、クランは口を動かす。僕らは、宇宙人だよ、と。
「宇宙人って言うか、もと地球人って感じかな?」
「も、元?」
「そう。その昔――一万年くらい前なのかな? それくらい前にこの地球圏から脱出した人類。一応、プロキシマ・ケンタウリって所から再びここに舞い戻ってきた存在達さ」
 よいしょっ、と椅子に座り直す。艦長席にも関らず、そこは余り座り心地が良くない様子だ。
「正確には『侵略の為』、かな? もっとも、それは僕らの目的ではないけどね」
 笑いながら、朗らかに話し始めるクランを見ながら、へぇそうですか、と半ば呆然とした曖昧に返事をしそうになった玲治ではあったが、彼はクランの言葉の中に不穏な単語を見付けたので尋ねてみた。
「てぇっ、ししし、侵略ぅ!?」
 ほとんど叫んだ風である。
 しかし、そんな玲二の剣幕に、クランは余裕綽々の様子で、
「僕じゃないけどね」
 と、断言する。彼は、進めても良いかい、と目で問い掛けてきたので、他にも聞きたい事は有ったがとりあえずは後で質問時間を貰おうと思って要求を了承した。
「プロキシマ・ケンタウリからここまでは、僕たちの持っていた最新鋭恒星間航行艦で、約四百年の距離。つまり今から四百年前のそこなんだけど、プロキシマ・ケンタウリで革命運動が起こったんだ」
「革命運動、か」
「そっ、革命運動。プロキシマ・ケンタウリには人が住む事の出来る環境を持った惑星が無かったから、僕たちはそこでコロニーを作って生活してた訳なんだけどね。で、コロニー・サイドを国として、連合を形成してたんだよ」
「はいはい」
「判ってくれたようで嬉しいよ。革命運動は、長き時間を支配してきた連合側の政治腐敗に嫌気がさしたらしい者達が中心になって興ったんだけれども、圧倒的な兵力差に大規模運動すらも出来ないままに次々に鎮圧されていった。結果的に、革命は失敗したのさ」
「大変だな」
 玲治は完全に他人事の様に相づちを打つのみである。
「大変なんだよ」
 クランの口調は、とても現実味が無かった。
「ま、ここからが本番なんだけどね? そんなこんながあった後に、革命側は追いつめられ、決意を固めたんだ。なんだと思うかな」
「えっ、質問? ん〜、コロニー落し?」
「落とす所が無いよ」
 玲治の意見はにべも無く却下された。クランの言葉は、二個ある衛星は両方とも中立を保ってたんだからね、と続く。
「それは地球進出さ。遥か昔、超技術を持った人類が抜け出してきた神秘の母星。プロキシマ・ケンタウリを追われた人々は、この星へと向かうために恒星間航行艦を造り、ここまでやってきたんだ」
「待て」
 間髪入れずに止めた。なんだか矛盾している気がするぞ。
「遥か昔の超技術ってお前、訳の分からん事を言うなよ? 大体、何でここから来って分かったんだよ」
「君たちには分からなかったのかな……」
 ふふふっ、と含みを持った笑いを浮かべるクランに、玲治は疑問を募らせる。どういう事だ、と思わず聞いていた。
「君たちは疑問に思った事はないのかい?」
「だから何を……」
「モビルスーツ、だよ。こんな異常な機械、どうやって探ったのさ。少し前までは核融合炉すら実現不可能とされていた筈なのに、今では世の中を動かす世界経済の大産業にまで発展した。おかしいじゃないか。そもそも、なんでこんなのがあるのか。それが一番の問題だ」
「も、もっともらしい……」
 玲治は言葉を詰まらせる。モビルスーツが出現したのは、ジオニックが開発した為だ。玲治はそれくらいしか、知らない。
 が、技術屋は違ったらしい。モビルスーツ・マニアと名高い隅広が口を挟んできた。
「確か、変な秘密結社が掘り出した技術だって聞いた事があります」
「その通り、君は勉強屋さんだね」
 クランが満足げに言うのを見て、隅広もまた満足そうに笑った。玲治はこっそりと聞いてみる。
「良く知ってるな?」
「親父がジオニックの技術顧問なんすよ」
「はぁ、それは初耳」
 会話はそれでストップ。クランが少し厳しめの視線を向けてきたからだ。
「さて、『掘り出した』って言ったけど、これはどういう事か。答えは簡単、この技術は大昔に存在していたって事だ」
「つまり……?」
「つまり、だ。僕たちが居る『現在』の前に、『ユニバーサル・センチュリー』が実在していた事になるんだよ。ヘニャチン玲治君」
「だーっ、ウルセェ!」
 玲治は怒鳴る。
 怒鳴った後で、彼は瞬時に自分の中で雰囲気を切り換える。物事にはそれなりに拘るが、TPOくらいは弁えているのだ。それくらいでなければ、三十にも到達してない若造が大尉などという大それた階級に上り詰める事は出来ないだろう。
 『ユニバーサル・センチュリー』ねぇ、と考える。なんだか大変な事になってきたな、と少し頭を抱えたくらいだ。
「って事は、ターンAに文明を破壊されつくしたってのはホントなのか」
「ああ、コード・ターンAかい? あれに関してはすまなかったと思うよ」
「すまなかった……?」
「申し訳なかった」
「何で?」
「あれは僕らの落とし物さ」
「……どういうこと?」
「実はね、ターンAガンダムは、僕らが造って僕らが廃棄した作品なんだよ」
「そうなの?」
「そうなの。僕らのとこも暴走して色んな所が壊されちゃったもんだから、未だにガルダなんて乗ってるし、モビルスーツもハイザック止まりなの」
「ああ……成る程。んで、何しにお前等はここに来たんだ」
「そう言えばそんな話だったね」
「やい」
「えーっと、まずは何で僕らが居るのかというと、ちょっとしたミスで革命軍の捕虜になっちゃってね。自分で言うのもなんだけど、僕はこう見えて少し厄介な軍人なわけだよ。だから利用価値があるって言って宇宙船に乗せられて、こんな所までこなきゃならなかったのだ」
「あっそ。お前の事は良いから奴等の事を話せ」
「中々に冷たいね。んで、革命側だけど、彼らは地球に入植しに来たんだよ」
「入植って、どうやって」
「武力制圧だろうね。テロ組織と組んで地球上の情報を手に入れて、勝てると踏んだから領地割譲させようって魂胆さ。地球に降りれば討伐隊も迂闊に手を出せないし、憧れの大地を踏む事も出来る。結構セコイ判断だと思うけど、どうだい?」
「はいはい、良く分かった。でも何でお前にそんな事が分かるんだよ」
「それは僕がニュータイプだからさ」
「言い切ったよこの人……」
 疑いの眼差しで睨む玲治に、しかしクランの踏ん反り返った様な偉そうな態度は消えなかった。なんだっつうの、と玲治は溜息を一つ。
「ニュータイプ、ねぇ。面白い物言いだけど、実際に居るのかよ。証拠が無いね」
「証拠ならあるさ」
「うわ、また言い切った。まさか天井を指差すってんじゃないだろうな」
「え、何で?」
「『天上天下唯我独尊』、とか言うなよ」
「まさか、そんなことしないよ。大作家・タケシタキガワのパクリじゃないか」
「良く御存知で……」
 こいつホントに宇宙人か、と別の疑惑が出来た。日本人ですら知っている人間は少ないだろうに。
 するとその心を読んだかのように、
「変な疑いは抱かないで欲しいな」
 クランが言う。但し効果は全く無かった。玲治は依然として、疑いを崩さない。しかしクランも余裕を崩さずに、
「僕はこれまでの情報を、全て夢で見てきたんだ。だから全部を知ってるよ。ターンAが齎した破壊や、再び埋もれていく旧文明の遺産。滅び行くムーンレイスの姿や、新しく発展していく世界技術に国際協調なんてのもね。そして出てきたのが、確かジーン公国だっけ。ザクを掘り当てて研究・生産したは良いけど、結局はそれが元で不良債権抱えて経営破綻しちゃった面白い裏組織。それを丸ごと買い取る三菱重工。やがてはそこのモビルスーツ研究部門が独立してジオニックと名を改めたんだものね。ただ日本の武器輸出三原則に押されて外貨を稼げず、またモビルスーツに将来性を見れなかった三流防衛官僚が試作品を買う事もしなかったから、一時は本社をオーストラリアに移転せざるを得なかった。だから技術を盗まれて、オーストラリアにアナハイムやツィマッドなどの優秀な企業が発展した。――とまぁ、そんな感じで僕は色々と知っている訳さ」
「へ、へぇ〜」
 玲治はもう頷くしかなかった。クランが言った事の半分以上も理解できていないのは当然である。
「ま、つまりは何が言いたいのかというと、僕はニュータイプであり、この世界にもニュータイプが生まれる土壌は既に出来てるって事さ」
「ニュータイプが生まれる土壌?」
「そっ。既に生まれてるんじゃないかな」
「どういう事だ」
「一人、知ってるよ。歴史を見てきた人物をね」
「それは……まさか!」
「その通り。あのヨシユキ・トミノさ」
「と、富野さんが……」
 玲治は、内心で富野さんすいませんと平謝りに謝った。
「彼は、歴史の語り部だったんだよ」
 クランは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「何故ならば、空想と呼ばれた技術がいま目の前に存在しているのだから。全ては存在していた事だ。全ては実際に起こった事件だ。それを理解しておくれ。そうすれば、僕の言った事柄は全てが当てはまるんだからね……」
 誰かが、ゴクリ、と唾を飲んだ。それは、緊張。そして戸惑い。
 即座に理解する事は出来ない。しかし、言われてしまった事は、余りにも現実離れしていて――しかし、最も現実に近かったのだ。玲治は、真実なのだろう、と思った。
 だから彼は口を開く。カラカラに渇いた喉を無理矢理に震わせて、言葉を発そうとした。
 しかしそれは敵わない。通信士席に座っていた誰かが叫んだからだ。
「通信傍受、読みます! 『我、現在敵ト交戦中。戦況劣勢ニツキ至急応援求ム』。レーザー回線。米軍暗号で、在日米軍司令部に向けたものと推測します」
 ザワッ。そこに居合わせた日本軍関係者は全員が立ち上がった。
「行くのかい?」
「当然だ」
 ゆったりと艦長席に身を委ねるクランに、玲治は即答する。まずはどうするか、と考えた。
「じゃ、ちょっと待って」
「えっ? あ、ああ 」
 機内インターホンを手に取り、何だか忙しなく会話を始めるクランを見、何だ、と思った。走ってブリッジを出ようとする隊員達を制し、玲治は待つ。するとクランは満足したかのような様子で二・三頷くと受話器を置いた。
「Zと、ゾックを三機ほどスタンバイさせた。それで行きな」
「えっ、良いの?」
「って言っても、それしか使える物が無いだろう? 海中を進むのに、壊れかけのグフやザクじゃあ追いつけないよ」
「うっ……そうだった」
「アウドムラの整備はまだ掛かるらしいから、先に行っておくれ。君たちの艦隊の方には僕が連絡しとくよ。海図もモビルスーツの中に入ってると思うから」
「ああ。ありがとう」
「どう致しまして。修理が済んだらそっちを追うよ」
「了解だ。平田、大柴、スタンバイだ」
「あ、アイ・サー!」
 慌ただしく去ろうとして、はたと玲治は気付いた。それは疑問だ。振り返り、クランに聞く。
「なぁ。ミノフスキー粒子は実在するのか?」
「んっ、有るよ。だから君たちの戦艦はブリッジの機能が停止したし、モビルスーツが動作不良を起こしたんだ」
「そっか。悪いな」
「いえいえそんな。いってらっしゃい」
 玲治は再び駆け出した。今度は振り向く事はしない。後はどうにでもなれ、的な気持ちがあったのだ。
 先を行く二人に追いつくと、エレベーターに乗って格納庫へ。先程も見た広大な格納スペースに、ずらりと並んだゾックの群れ。玲治は一歩を進むと、左手側に存在するモビルスーツを見た。
 ゼータ・ガンダム。この空間の中で、数少ない人型をしたモビルスーツだ。見上げ、そして駆け出す。
「俺はゼータの担当だ。二人はゾックへ」
「イエス・サー!」
 走る二人の背中に、更に二人が付いていく。整備員だろう、恐らくは機体説明に回る筈だ。
 玲治の前にも、白人が一人。彼はリス・キーリスですと名乗ると、玲治をコックピットへ誘った。
 コックピット・ハッチを解放。中へと首を突っ込むと、おおっ、と思わず声を上げてしまう。
 コックピットは、丸かった。暗い内部に、うっすらと見えるのはそこかしこに光を反射するディスプレイなのだ。入り込み、シートに納まる。体を固定すると倒れていたコンソールが起き上がってきた。
「基本操作は同じ筈です」
 リスの声。それに従い、灯を入れる。軽い振動が機体を揺らし、コックピットに明かりが満ちた。
「おおっ……!」
 思わず、と言った雰囲気で感嘆する。三百六十℃の全天モニタ。まるで、シートだけが遥か二十メートルの高みに浮いているかのような不思議な浮遊感に心を躍らせた。
 その様子に、リスが少し笑う。そのまま、彼はコックピット内に上半身を入れてきた。
「ゼータの他との最大の相違点は、変形機構です。ウェイブライダーは知ってますよね」
「当然だ」
「じゃあ、ここにマニュアルありますんで。六十二ページです」
「えっ。そんな無責任な……」
「大丈夫ですよ。それと交戦海域の座標はこの通りとなってます」
 リスが少しコンソールを弄ると、モニタの一部に図が浮かぶ。日本列島を上空から見た図の中で、赤い点が一つだけ点滅していた。沖ノ鳥島からやや北北東と言った所だろうか。
「不味いな……東京に近づいてる」
「ええ。何でも、首都にトマホークとか言うのを撃ち込むとか撃ち込まないとか」
「なっ、えっ、ちょっ、! と、トマホーク!?」
「ええ。確かそんな名前でした」
「くっそ! もう良い、出るぞ!」
 素早く機体のチェック。先刻のグフとは違い、全システムがオール・グリーン。完璧な状態に感心しながらも、武装を確認していく。
 サーベル・ラックは腰部、右腕部ランチャーは二発とも健在、頭部バルカンは全弾装填完了済み。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
 リスが焦ったように言い、コックピットを出て行く。上半身が消え、機体から離れたと思えた所でハッチを完全に閉鎖。マニュアルを開きながらも、壁に掛けられたライフルを掴み、左腕シールドの状態をチェック。完璧だ、と思えたので、彼は通信回線を開いた。
「平田、大柴。準備は良いか?」
『ちょっ、ちょっと待ってください。まだ水中巡航形態の説明が……』
『水陸両用機の操縦は始めてなもんで……』
「……あっ、そう」
 頼り無い返事に少々ばかり冷や汗を浮かべながらも、玲治は誘導員の指示に従い、機体を前進させていた。使われた事が無いような、そんな動きで一歩を踏み出し、まるで使い込まれていない新品同様の装甲がデッキ内の白色光を反射させる。
 ガキン、とゼータの足の裏が接地した。アウドムラの床の上で、三十tの重量を一点に集中させる。そのまま、二歩目。前方のゾックの林の中を、ゆっくりと、しかし迅速に抜けた。
『隊長、完了です!』
『こちらも準備OK!』
 二人の声が聞こえた。よしっ、と呟いた玲治は、ハッチへと向けて更に歩を進める。そこには二機のゾックが待っていた。それが何だか荷物を抱えている。何だ、と聞くと、巡航用のオプション・スクリューです、と整備兵から声が掛かった。あらそうと適当な返事をする。
 一回だけ、モノ・アイを点滅させる二機のゾック。それに、ゼータもデュアル・カメラを光らせる事で応対する。一回だけ深呼吸をした玲治は、吐き出したあとで再び息を吸い込んだ。
「我々はこれより、目標地点へ味方と思われる艦船の援護に向う。全員、覚悟は良いか?」
『アイ・サー!』
「良い返事だ。それでは発進せよ」
『平田、出ます!』
『大柴、行きます!』
 声と共に、ホバー・クラフトを起動した二機は鋼鉄の上を滑るように進み、着水した。そのまま見えなくなる頃に玲二もゼータをハッチへと。
「石穂 玲治、ゼータ・ガンダム。出る!」
 どこかで、行ってらっしゃい、と声が聞こえた。クランだな、と苦笑しながらもモビルスーツ形態でジャンプ、次の動作でウェイブ・ライダーへ。
(行ってくるさ。精一杯な……)
 唇の端に残した笑みを心地良く思いながらも、巨大な戦闘機となったガンダムの大出力スラスターを起動させる。空気を切り裂く懐かしい感触に、彼は操縦桿を握る手に力を込めた。

 3

 フット・ペダルの踏み込みを浅くすると、切り裂いていた空気が緩くなった。目標海域に突入し、音速を超えていたウェイブ・ライダーの速度を落としたのだ。そうする事で、ただ流れていただけの景色が明瞭な形へと構成され、視界が広く確保されるようになる。三百六十度のディスプレイに注視すると、程近い場所で引かれる火線と攻められている艦隊が見えた。
 近づくと同時に、玲治は機体上部のライフルを一射した。ロックされたモビルスーツは完全に油断していたのだろう、接近するゼータに気付きもせず、横腹を貫かれた。
 爆発。その火球をパスし、先の機種を頭の中で照合する。赤を基調としたカラーリングに、筋骨隆々としたイメージを抱かせるシルエット。特徴的なのは、後方に広がった後頭部。まるで兜をかぶっているかのような機体は――
(マラサイ、か……)
 ザク系の発展機だ。ビームライフルを標準装備した始めてのザク・タイプ。明らかに現代技術では製造不能のモビルスーツ。それがお粗末に使われている様子を見て、成る程ね、と納得。クランの言っていた事は事実なのだ。そう、頭の中で合点した。
 他にも、ハイザックやガルバルディβ、ジムUなどが多数、戦線に投入されている。しかし、周囲に例の戦艦や空中母艦などは見当たらない。レーダーは、電波を撹乱する性質を持つミノフスキー粒子の影響で使い物にならない。よって、今の状況で最も信用できる情報源の『視覚』に姿が無いと言う事は、ここに残っているモビルスーツは追っ手殲滅用の部隊となる。奴らは先に進んだか、と玲治は舌打ちした。
 旋回。瞬時に正面に敵機を入れた。ロック・オン。射撃。後ろを取られたハイザックは為す術も無く大破、四散した。
 警告音が鼓膜を震わせた。ロックされた事を知り、急旋回して左手側に接近していたネモ――ジム系の発展型だ――をパスし、モビルスーツ形態へ。重力に引かれながらもライフルを三射するが、相手はそれを避けた。その軌道上にバルカンを斉射。ネモの足場となっている航空機が六十mmの鉛弾に捉えられ、推進力を失う。
 ネモが背部スラスターを点火させる。そのまま空中にジャンプしたのを見て、ゼータをウェイブ・ライダーへ。集中する火線を避け、単純な放物線を描くネモに肉薄し、撃破した。
 短時間に三機ものモビルスーツを破壊された事で相手が浮き足立つ。味方機と思っていたのであろうゼータが攻撃し、あまつさえ損害を出してくれた事に困惑しているのかもしれない。
 とりあえず、と気を取り直す。隙に乗じて、玲治は更に二機のモビルスーツを撃破していた。
 視線を巡らせる。モビルスーツ群に襲われている艦艇を見た。それが在日米軍所属の物だと言う事は既に理解している。
 が、それが主力級とは思わなかったので少し驚く。攻撃空母・キティホークに焦点を合わせるが、その艦上にある七十機以上の艦載機は残らず沈黙し、恐らくはもっと在ったであろう随伴艦は今や二隻だけになってしまっていた。更に、三隻全てがボロボロに傷ついている。しょうがないだろう、と玲治は同情した。ミノフスキー粒子に耐性の無い精密機器を使用している現代技術の塊である、最先端の軍隊・アメリカの兵器だ。太刀打ちできる筈も無い。
 もう一機、モビルスーツを破壊する。それと同時にゼータをモビルスーツ形態へ。キティホークの広い飛行甲板に接地し、不用心に旋回する機体から撃ち抜いていく。ネモと共に爆発に巻き込まれたベース・ジャバーを見、全機がその航空機である事を頭の隅で確認していた。
 ド・ダイだ。平たい形状の爆撃機。その高すぎるまでの出力に目を付け、モビルスーツを上に乗せて飛行能力・機動力を補う役割を持つ飛行機体。モビルスーツ単体での飛行が不可能と感じたからこそ提案されたサブ・フライト・システムは多大な効果を齎したが故に、発展型の機体も数多く作られてきた。その独特の形状から「ゲタ」の愛称で呼ばれる航空戦力。しかし現在の地球では確立されていないシステムだ。だからこそ世界ではモビルスーツよりも戦闘機の方が高級に見られているし、航空母艦が最高級の艦艇となっているのである。モビルスーツがここまで広く使われるようになったのは、その汎用性があったからだ。
 敵部隊は、限られたスペースに着地したゼータに対して、好機と見たのだろう、集中攻撃を仕掛けようとする動きが見て取れた。それぞれが自分を中心に動き始めたのを見ながらも、気が緩んだと見た三機を撃ち抜く。更に、黙ってやられていた訳ではない米海軍の艦艇がそれぞれに下線を引き、数機を撃破していた。
 後は比較的簡単だった。劣勢を悟り慌てた敵部隊は混乱し、バラバラに攻撃を仕掛けてきたのだ。残り少なくなった敵に対してならば、それらを各個撃破するのは難しい事ではない。冷静に相手の動きを読めてさえ居れば、直撃無しで全滅させる事もスムーズに行えた。
 が、損害が無かった訳ではない。それでも根性のある奴は、沈みかけていた戦艦を一隻沈め――どの艦艇なのかは確認する事が出来なかったが――、敵の最後の一機となったガルバルディβの放ったライフルの閃光が、イージス巡洋艦「チャンセラーズビル」のメイン・エンジンを貫いていたのだ。ゼータから伸びた金属粒子束がガルバルディを爆破したのはその直後だった。
 ふうっ、と溜息を吐く。可視範囲内の敵は全て葬った。平田達はまだ来ていないが、大丈夫だろうか。とりあえずは落ち着いて、ゼータの圧倒的な――それでいて妙にしっくりと来る――性能の余韻を感じていた。
 そんな時である。電子音に、伏せていた顔を上げた。接触回線。何事かと見てみると、それは今ゼータが足場にしているキティホークからだった。
 あ、そうだった。なんて思いながらも回線を開く。遅れてしまった事に悪く思いながらも、たった一隻だけになってしまったアメリカ御自慢の戦闘艦隊群旗艦に取り次ぐ。
『こちら横須賀所属の戦闘艦隊群指令、ビル・マーキスだ。モビルスーツのパイロットに応答願いたい。繰り返す……』
 まず聞こえてきたのは、内面の葛藤を必死に押し殺しているであろう男の声であった。同時にマルチ・モニタに映る画像は、少し腹の出た恰幅の良い男の顔。アメリカ海軍の軍服にそれなりの数の勲章を付けたその男は、鋭い眼光に疲労の色を湛え、青白い顔色でこちらに向っていた。無理も無い、混乱しているのだろう。だが、それを将兵に悟られまいとする必死の努力は指令として称賛できる物ではなかろうか。そう思いつつ、玲治は返す。
「繰り返さなくても大丈夫です。こちらZガンダムのパイロット。どうぞ」
『ゼータガンダム?』
「この機体の名称であります」
『そ、そうか。それで君は誰だね?』
「はっ。日本陸軍第三師団機械化連隊所属の第四小隊長、石穂 玲治大尉であります」
『日本陸軍、と?』
「そうです。日本軍です」
 アメリカ軍海将に会うのは始めてなので少し緊張していた。世界最強の軍隊であるアメリカ軍だ、日本軍などただの下請けぐらいにしか思っていないのだから、一将校でしかない玲治に会うなどと言う事は恐らくこれが最初で最後だろう。
 そう思いながらも、とりあえずは英語で会話をして行く。まずは状況説明からだ。
「私はフィリピン防衛の任を終えた後の帰国途中に戦闘艦隊と出会いました。損害は大きな物でしたが、何とか全滅を免れ、敵の大型輸送機を拿捕する事に成功し、この機体を手に入れてここまでやってきた次第です」
 淡々とした口調。だいぶ端折ってはいるが、まぁ概ねこんなので良いだろう。アメリカ海将は玲治の言葉に目を見開き、顔色を更に悪くさせたのだから、納得してくれたと解釈しても良かろう。
『拿捕、だと……?』
 信じられない、と言った口調。そうだろう、日本軍などアメリカ軍に比べれば練度・装備・実力の三拍子が恐ろしいほどに低いと思われているのだから。そんな世界最強を自負する軍隊様が勝てない相手を、どうしてイエロー・モンキー如きが退けるというのか。空母も無い軍隊が一矢報いたのだから、玲治はそれなりに気分が良い。
『石穂大尉、それはこちらで……』
 何かが言われようとした時だ。今まで遠くでザパザパと波の激しかった一角に、唐突に水柱が上がった。そこまで大きな物ではなかったが、余りにも突然の事に全員の視線がそちらに向く。すると暫くして、キティホークの前に特徴的な頭が見えた。
『大尉!』
 平田の声。緑色の装甲に、頭頂部に見えるフォノンメーザーが突き出たシルエットはゾック。それが二機、浮かんでいた。
『敵潜水艦を破壊しました。多分ですけど、ユーコン級ですよ! いやあ、ビックリだなぁ。まさかあんな機体に会えるとは思っても無かったから素直にビックリですよ。いやあ、ユーコンを創り出すなんてどんなセンスなんですかね? 人が住める惑星はなかったとか言ってたけど、じゃあ海はあったのか、て疑問じゃないですか?』
『あと、海底に沈んでたズゴックを回収したのですが、どうすれば良いでしょうか?』
「あー、ちょっと待て」
 玲治はそこでビルと名乗った海将に向き直り、
「うちのモビルスーツが敵と思われる潜水艦を破壊した模様です。あと、ズゴックを回収したのですが、そちらの機体ですか?」
『あ、ああ。確かにズゴックが二機、護衛に付いていたが……』
「そうですか。……平田っ! そのズゴックはアメリカさんのだとよ」
『あ、はいっ。分かりました』
 平田の声に満足しつつも、現状が切羽詰まった物である事を手短に海将に説明する。恐らくは核弾頭を積んだであろう巡航ミサイルを撃ち込む計画である、と言う事だ。
「これより我々は、準備が出来次第、それらの討伐に向う予定です。貴方は至急、近隣の基地に戻った方が良いと思っております。報告は届けますので」
『そ、そうだな。今の状態ではまともに戦う事も出来んからな……』
 海将はほとんど土気色になった顔でブツブツと言っている。可哀相にな、と思う。唐突にこんな事に巻き込まれたらこうなるであろう。
「平田、大柴。戻るぞ。アウドムラと合流して、クランに状況を聞く」
『イエス・サー!』
 良い返事が返ってきた時だ。ゼータが甲板を蹴ろうとした瞬間に、回線に割って入ってきた声があった。
『待ちなさい!』
 同時に、レーダーに反応。見ると右の方面から急速接近してくる機影があった。敵か、と身構え、すぐに違う事に気付く。機影はたった一つ、今までの相手ならば考えられない数だ。
 誰だ、と思う間もなく接近した機影は、真上でホバリング、同時に変形した。灰色の機体色を日に照らしながら降りて来た機影がガンダム・タイプである事に気付く。それがゼータにうりふたつな事も。
(ゼータ・プラス……C1か?)
 その機体が甲板に着地すると同時に、マルチ・モニタにパイロットの顔が映る。それが女性である事に、ああ、だからさっきの声が高かったんだな、と思った。その後でモニタを凝視してみる。幼さの残った顔立ちはしかし、美しい。ただ、ヘルメット越しと言うのが少々惜しいと思った。
 その女性が口を開く。
『貴方、さっき確か「クラン」って言ってたわよね?』
「は、はぁ。そうです」
 何となく及び腰なのは、向うが随分と強気だからだ。と言うか表情に切羽詰まった物があり、どうにも玲治はそういうのには慣れない。昔から女と言う生物が苦手だった。
『それはクロスト・グランディオーナの事?』
「た、確かにクロストの事ですが……」
 そうだったよな、と頭の中で再確認。確かにクロスト・グランディオーナと名乗っていた筈だ。
 玲治が答えると、女性は更に眉を険しくした。その表情にただ事ではない何かを感じた玲治は、何かを言おうと口を開きかける。が。
『私をクランの所に連れて行きなさい』
 強い口調でそう言われて、玲治は口を開いた。
「……はい」
 彼は根性が無かった。
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