Chapter5 『確執』


 サラ・ザビアロフ曹長は、ティターンズ所属の新造軍艦“ドゴス・ギア”のモビルスーツドックで、モビルアーマー“メッサーラ”のコックピットに坐っていた。今、テスト飛行から帰ってきたばかりである。ここのところ、一日おきに“メッサーラ”のテストを繰り返してばかりだった。
 サラ自身も関与した“ガンダムマーク2”強奪事件でエゥーゴとの戦端が開かれはしたが、それ以後の戦闘は皆無だった。他の部隊で戦闘があったという情報もはいってはいない。現在“ドゴス・ギア”の駐留しているフォン・ブラウン市はいちおう前線扱いではあるが、それは月面都市だからというだけでしかないようなのである。実際、エゥーゴなる敵がどこを拠点としてどのような作戦行動をとってくるのか判らないいじょうは、前線も何もない。ただ、フォン・ブラウン市、アンマン市、グラナダ市をはじめとする月面都市のほとんどが地球圏においては経済の中心地である。そこを敵に抑さえられるのは、ティターンズや連邦軍は避けねばならない。軍事的に制圧されることもだが、エゥーゴ側に着かれてしまわれないように牽制の意味もあった。ティターンズの重巡洋艦“ドゴス・ギア”が駐留するのは当然のことだということはサラにも理解できた。
 ただ、エゥーゴの要求がジャミトフ・ハイマン大将の退役と連邦議会員権の剥奪であれば、本人を拘束したほうが早いのではないかと思える。武力を用いないで戦争が片つけばこれほど安価で安全な方法はない。もっとも、ジャミトフ大将とて簡単に捕らえられるような環境にいるはずもないと言えばそれまではある。
 「連邦政府の改革は通常の政治力だけではもうなされない、と閣下は歎いておられた」
 思惟を巡らせていたサラは、思わずひとりごとを言っていた。
 今の連邦政府の改革には、軍事力を背景にした独裁体制をとるしかない。その為のティターンズなのだとジャミトフ閣下は呟いていた。紀元前の共和制ローマでも大きな改革が必要であると見なされた場合、臨時職の独裁官を時限式で設置していた。現在の連邦政府にはその機構が無いから、というジャミトフのこの行為は正直すぎる方法だとは言える。が、様々な思惑が交錯しすぎる議会制絶対民主主義、というよりも多党政治では起死回生の政策が打ち出されることはない。議会、何よりも人類や地球が緩やかに死に向かっていくだけだというジャミトフの言い分は至極真っ当に思えた。
 そしてまたどのような理由であれ、ティターンズが武装するいじょう、その解体を迫るエゥーゴが武装をするのは自明の理である。ただ、エゥーゴが戦闘にこだわるのは、連邦軍をその母体としていようとも内に噂どおりにジオン軍の残党を抱え込んでいるからなのだろうと思った。彼等に対しても、戦闘をしてみせるポーズが必要だということもあるのだろう。エゥーゴとジオン軍残党の関係については流言飛語の域を脱しないが、それも本当なのだろうと思っていた。
 『フォン・ブラウンよりもグラナダ、それよりもキリマンジャロよね』
 ティターンズの宇宙での拠点はグラナダ市であるし、最大の拠点は地球のキリマンジャロである。サイド7の二基しかないコロニーを二基ともに基地化をすすめているという噂もありはするが、どのみちここが戦場になることはまずないのではないかと、サラはノーマルスーツのヘルメットを外しながら鼻歌を歌いはじめていた。

 “サラ曹長。ここんところ解んないかな”
 「はい。見てみます」
 すでに“メッサーラ”にとりついてくれているメカニックからの接触回線にサラは返事をした。
 これまで所属していた部隊では人手不足でパイロット業務以外のことも任されていたというのは、戦時下ではなかったが小さな部隊だったということもあるのだろう。しかし、ここにきてからはパイロットだけをやっていればいいという境遇になっていた。ただし、“メッサーラ”のメンテナンスに一部だけではあるが付き合うようになっていた。
 これは人員不足を補うという類のものではなく、“メッサーラ”の特殊性からだ。
 あまたある兵器の中で、“メッサーラ”は民間企業のものでも軍工廠によるものでもなかった。
 パプテマス・シロッコの設計、開発、建造によるものなのだ。
 シロッコが以前に所属していた木星師団の巨大タンカー船“ジュピトリス”の巨大ドックで量産までされていたものである。ティターンズに転属になった際に三機ほど持ち込まれたのだが、その開発経緯ゆえに通常のノウハウが通用せずメカニック泣かせの部分がいくらかあるのだ。シロッコ本人からメンテナンス要領のレクチャーを受けてはいるので、サラが手を添えられるところもあるのだ。そのサラとはいえ、解らないところだらけだというのが本当だった。木星圏コロニーオリジナルのパーツも多く、現状のメンテナンスは部品の交換というよりも部品そのものの補修で賄っていた。持ち込まれた三機の内の一機と図面はティターンズ宇宙基地グリプスの工廠に運び、予備パーツを造らせる運びにはなっているが、他のモビルスーツのパーツよりも製造が困難なのかも知れない。
 “メッサーラ”の他にもシロッコは工廠に図面を持ち込んでプロトタイプの製造を依頼しているし、完成品設計図と称して“ジ・O”というモビルスーツをアナハイム・エレクトロニクスのフォン・ブラウン工場に預けていた。まさかシロッコひとりでそれらのモビルスーツや“メッサーラ”の図面を引いたわけではないだろうが、得体の知れない何かを持っているように思えた。

 そんなことを頭の隅で考えていると、そのシロッコが傍らに立った。
 「サラ・ザビアロフ曹長。やはりここにいてくれたか」
 「はい。メカニックの皆さんは頑張ってくれていますしたくさんみえるのですけど、臨戦態勢にできるようにと思ってます」
 サラは、あわてて立ち上がると毅然と敬礼した。
 メカニック達に曹長を借りると言ったシロッコは、サラをドックの反対側に誘った。
 そこにはとんがり帽子をかぶったような二機のモビルスーツが他のメカニックの点検を受けていた。
 六時間ほど前に、アナハイム・エレクトロニクス社のフォン・ブラウン工場から入荷した新型モビルスーツである。“ガンダムマーク2”強奪事件のさいに、エゥーゴと名乗った三機のモビルスーツの生産メーカーとして、いくつかある軍事企業の総てが疑われたのだが、アナハイム・エレクトロニクス社はもっとも疑わしいとされた。すでにティターンズ憲兵に押収された“ゼータ”というモビルスーツの研究開発をしていたチームが、エゥーゴからの要請であったことは明白になっていたからだ。アナハイム・エレクトロニクス社は、謝罪の表明と責任疑惑追及の回避にこの“ハンブラビ”を格安で納入する方針を発表したのである。“ハンブラビ”を納品しながら、裏では紅い彗星のモビルスーツをも生産しているのであろう強かなアナハイム・エレクトロニクス社を、サラは軍人としては冷笑するしかないと思っていた。
 「“メッサーラ”でなくても、これの航続距離なら行って来られるはずだ。“アーガマ”というエゥーゴの艦に行ってくれ。一時間後だ」
 「何をすればよろしいのです?」
 「二日後、バスク大佐の命令でジャマイカン少佐の機動部隊がサイド4にG3攻撃をかける。そのコロニーを月のアンマンに落とす作戦だ」
 シロッコは、表情を全く変えずに淡々と言った。
 サイド4自治政府は、連邦政府議会のティターンズ政権是非の表明を保留し続けているという経緯がある。そして月面都市アンマンはエゥーゴの最大拠点であるともくされており、その否定はしているもののティターンズの調査を拒否していた。ティターンズに相容れない二つの勢力を同時に沈降させ、地球圏に覇権を示すことできる作戦だった。
 「リークすればよろしいのですね?」
 「その通りだ。我が部隊としては異を唱えることもできるが、バスク大佐は歯牙にもかけないだろう。とはいえ、この時勢で武力衝突というわけにもいかんからな」
 察しのいいサラの頭を、子供を誉めるように撫でたシロッコは微笑みもみせた。
 シロッコに触れられてサラは声を柔らかくしたが、毅然とした言葉で小さく叫んだ。
 「民間人に危害を加えるのは、騎士道に反します」
 「その気概、まさに士官にふさわしいな。“アーガマ”から帰ってきたら、准尉への昇進辞令が下りる予定だ。バスク大佐は、“メッサーラ”のメガ砲の皮肉に応えたつもりなんだろう」
 シロッコはサラの掌の甲に接吻をすると踵を反した。
 サラには驚く余裕も与えられなかった。紅潮した表情を見られずにすんだのが複雑な気持ちにさせた。



 ティターンズの最大の拠点キリマンジャロ。その攻略艦隊の集結地点に、アンマン市で補給を終わらせた“アーガマ”が向かっていた。
 そこにサラ・ザビアロフが操縦する“ハンブラビ”が前方から現れ、一時はスクランブル騒ぎになった。しかし、信号断が上がり、それが休戦の意志を表すモノだと判って“アーガマ”が逆の方向にあわただしくなった。
 「このモビルスーツに私以外の者が触れれば爆発しますから」
 甲板に降りたノーマルスーツ姿のサラは、出迎えたクルーの前で遠隔操作でも仕掛けた爆薬に点火ができると言った。

 ブリーフィングルームに通されたサラの話を聞くことになったのは、クワトロとカミーユだった。
 一年戦争後の人員不足とはいえ、この若さで兵士であることと、サラの緊張した面持ちにカミーユは内心驚愕していた。
 下士官で二ビルスーツのパイロットというのも異例だ。
 「ティターンズの君が、なぜ裏切りのような真似をするのか理解できないな」
 サングラスをはずさないクワトロは、テーブルを挟んでサラの目の前で腕も組んだままほどかなかった。
 サラからもたらされた情報はリアリティがありはした。他の参謀士官なら間違いなく躊躇するが、三十バンチ事件の首謀者であるバスク・オムならやりかねない作戦だ。そのコロニーをアンマン市に落とすこととて、やりかねないだろう。
 事件がきっかけでエゥーゴに寝返ったエマが聞いたら発狂しかねない、阻止すべきだと一も二もなく主張するなとカミーユはその状況を想像した。様々な憶測があるとはいえ、エマをアンマン市に残すことにした情報部の判断は正解だったのだとカミーユは思った。
 「こんな作戦こそティターンズではないのです。内部にいる私の力では、この作戦を阻止できないのです」
 サラの口調は多少ヒステリックになっていた。エマと同じように、高い志を持って入隊したにもかかわらず軍の内情を知って幻滅したというところなのだろうか。国際法に抵触する作戦を放置することに罪悪感を抱いているということは理解できた。
 情報にリアリティはあっても、同時にそれが正確であるという保証がないことも確かだった。いくら現在のティターンズの強権を駆使したとしても、幾度も蛮行を隠蔽しきれるものではない。民間人殺害を合法化するための国際法の改廃も議会を通過するはずもないし、むしろティターンズの権威を落としかねない。
 いくらバスクでも、そんなリスクをおかすのだろうか?
 「曹長は、我々をはめるためのティターンズの作戦だと疑っているのは承知できるな?」
 「それは、そうです。しかし、サイド4の駐留軍や自衛軍ではこの作戦は阻止しきれないでしょう。コロニーが動き出してしまっては、距離が短すぎてアンマンの自衛軍も役には立ちません。前もってアンマンやサイド4の護衛に動いても、後に侵略のレッテルを貼られる可能性もあります」
 疑われていると知らされてもサラは怯まなかった。エゥーゴを罠にはめるためではなく、真にバスクの作戦を止めてほしいのだから、訴え続けるしかないと思っていた。ジャミトフ閣下はこのような作戦は望んでおられない。しかし、ティターンズは閣下の権限を背景に大きくなったにもかかわらず、既に彼では制御をしきれないところまでになっている。とはいえ、そのティターンズのおかげでジャミトフの権限が今もなお大きくなってきていることも、皮肉であり事実なのだ。
 「カミーユ少尉。曹長には返っていただいてくれ」
 「しかし、大尉」
 立ち上がってしまったクワトロが、何のリアクションも示さないことにカミーユは抗議した。
 この情報に間違はない。罠であったとしてもそこにティターンズがいることには変わりがないし、情報どおりの機動部隊が相手になるなら“アーガマ”だけでは対抗しきれるものではない。陥穽で情報以上の艦隻数であれば、はなからどうしようもないのだ。それでも作戦は阻止しなければなるまい。キリマンジャロ攻略は後に回してでも、その艦隊の一部をこちらに回せるよう手配すべきではないのか。
 「信じていただけないのですか?」
 サラは悲鳴をあげるが、クワトロは取り合わなかった。もう一度カミーユに、サラを連れて行くように言っただけだった。

 甲板まで案内するあいだ、カミーユは居心地の悪さを振り払うためにサラに話しかけていた。もうひとりの監視員の目も気になったが、サラ・ザビアロフ曹長の若さも気になったのである。
 「そんなにティターンズのやりようが気に入らなければ、やめてしまえばいいと思いはしないのか」
 いずれティターンズに飲み込まれてしまうであろう連邦軍に見切りをつけた躬らをなぞらえてみる。
 「率直なつもりなのでしょうが、ティターンズを見限る気など私には露ほどもありません。あなたは、本当のティターンズを知らないのでしょう」
 誰にだって、信じているモノがある。これといって譲れぬモノがある。だからこそ戦争が起こるのだが、カミーユは、ティターンズに魅力など感じてはいなかった。彼らの傍若無人な悪行が認められないというだけではない。確かにこのまま本格的にティターンズの一党独裁体制になってしまっては健全な政治など望めなくなってしまうという意識はある。しかしそれ以上に、ティターンズに在籍することは自分を殺してしまうことになるという不安が湧き上がってくるのだ。他人には言葉では説明の出来ない、まるで根拠がないと言われてしまうほどに漠然としたものではある。
 「あいにく、ティターンズを知ったのは三十バンチ事件なもんでね。それまでは、辺境アステロイドにいた」
 「私の情報を信じてくれなければ、またティターンズは新たな作らなくてもいい敵を作ってしまいます」
 「ティターンズに敵が増えるのなら、エゥーゴとしては歓迎したいな」
 サラが必死になっているのをカミーユは茶化すしかなかった。逆に言ってしまえば、エゥーゴがこの毒ガス作戦を完全に阻止したとしても、ティターンズに敵対心を持つ存在を増やすことは明白だ。そして、サラの情報が本物でもそうでなくても、阻止をするもしないもカミーユが決められることではない。艦長のブライトでさえ“アーガマ”の行き先を決めることなど出来はしないのだ。
 「少尉こそ、キメラのような組織にいることの方が不安ではないのですか?」
 苛立ちまぎれにサラは、エゥーゴの構成を否定していた。下っ端の士官や下士官が論じたところで詮無きことではある。
 確かに、純血種を自認するティターンズにしてみればエゥーゴなど不安定な寄り合い所帯にしか見えないのだろう。地球出身者のみをエリートとする思想。地球出身者だけの仲間意識。自分がその対象になりうることはない自覚があるからか、カミーユはそういった選民思想を嫌忌していた。

 「くだらない話しだったけれど、楽しむことは出来ました」
 “ハンブラビ”の足下、甲板で軽く敬礼をしながら、サラは微笑んだ。
 その微笑みが皮肉ではないと判ったから、カミーユも素直に敬礼を反す。
 「サラ曹長の話、僕は信じるけれど“アーガマ”は動けないかも知れない」
 カミーユは、素直に微笑みを反すことは出来なかった。サラのことをエゥーゴが信じたとしても、だからといってサイド4の救援に動くとは限らない。軍というのは常に何かを守るために作戦行動を起こす。しかし、その何かが常にその場の人命だとは限らないこともカミーユは知っていた。大事の前の小事を見捨てることなど躊躇すらしてはならないモノなのである。
 「ティターンズだってそうだけど、エゥーゴだってスーパーマンではないものね」
 サラは、甲板を蹴ると“ハンブラビ”のコックピットに向かった。
 その姿を視線で追いかけながら、次に彼女とまみえることがあればそれは戦場であろうということに、それが解ってしまえることに切なさを感じていた。



 エゥーゴ首脳部の判断は、サイド4の救援を決定した。
 そのために、キリマンジャロ攻略作戦に回していた艦のうち三隻が“アーガマ”の支援にまわされることになった。
 キリマンジャロ攻略の要は陸軍であるためにそれも難しいことではない。宇宙軍は静止衛星軌道上からのミサイル攻撃がメインで、いわばバックアップにすぎない。軍艦の四隻を戦隊としてまわすことは、さほど無理な相談でもないのだ。
 それに、ガス攻撃の後にそのコロニーを落とす先がエゥーゴの最大拠点であるアンマン市というのでは黙って見過ごすわけにもいかない。さらに、常にスペースノイドの保護者であるというエゥーゴの姿勢を世界に見せておかなければならないということもある。情報がそのティターンズからもたらされたいじょう、エゥーゴがスペースノイドを見捨てたというプロパガンダを流布されるのは避けなければならない。サラのもたらした情報の正誤を考察する必要はないというのはそういうこともあるのだ。偽情報でも、エゥーゴの戦隊が万難を排してサイド4に向かう必要があった。
 そして、作戦をうまく阻止してみせればティターンズを軍事的にも政治的にも追い詰めることが出来るという期待もあった。
 「サラ・ザビアロフ曹長の情報を信じるんですね?」
 ブリーフィングルームにカミーユが飛び込んできた。アストナージに聞いたのだろう。
 「君の期待するような、美しいものではないさ」
 クワトロは苦笑した。戦争というものは常に作為的、政治的なもので心情などの割り込む余地などありはしない。
 「十二時間後にはサイド4の領空圏内にはいる。今のうちに食事をして休んでおけ」
 そのブライトの言葉に応じてカミーユが踵を反そうとすると、「これも食べろ」とクワトロはオレンジを投げ渡した。アンマン市でクワトロが個人的に購入したものだと言った。
 カミーユは礼を言うと唇をかみしめた。

 「カミーユの“マーク2”は、大丈夫なのかな?」
 カミーユが退出したのをみとめると、ブライトは不安げな表情をクワトロに向けた。
 「アムロ・レイの再来を演出することが士気を上げることができると言ったのは艦長だぞ?」
 ブライトの心中を察しながらも、クワトロは意地悪く微笑みつつサングラスをはずす。サングラスのブリッジで見えにくくなっていた眉間を縦断する大きな傷痕が見えたが、ブライトは見慣れているのか忖度はしなかった。
 実戦に初めて役使する兵や兵器に不安を感じるのは艦長の常である。カミーユと“ガンダムマーク2”の組み合わせは要素がダブっているのだからブライトが旧知のクワトロに気弱なところを晒すのも仕方のないことだった。
 「カミーユを見ていると、アムロにずいぶん似ているような気がするんだな」
 この言葉に、ブライトの懸念は今度の作戦のことばかりではないということにクワトロは気付いた。
 たった一機の兵器が、戦局を左右することなどありえはしない。戦後の連邦軍はそういった一般常識を無視し、一年戦争時アムロ・レイ少尉の操縦する“ガンダム”が連邦の劣勢をはね返したと啓蒙した。確かに彼のスコアは異常とも言えるもので、戦況を好転させたという情報以外に嘘はなかった。連邦軍としては、戦後の兵員不足を補うためにはアムロに憧れる人間がひとりでも入隊することが重要だったのである。そうして入隊してきた新米が無茶をするのをたくさん見てきているし、なまじアムロと親交のあったブライトとしては哀れにも感じるのだ。カミーユがプッレッシャーに押しつぶされはしないかと気になりだしたのだろう。
 ブライト・ノアはこういう男だから子供にまで恵まれたのだなと思い、だから自分は未だに嫁さんも貰えんのだと思いながらクワトロはその心中に気付かないふりをした。
 「少尉はあのグラナダで、モビルアーマーに追いかけられながらも“アーガマ”までたどり着いたんだ。できもしないことをやらせようっていう状態ではないさ。パッケージングはそのままだしな」
 クワトロは、ブライトを慰めるように言った。クワトロの援護があったとはいえ、モビルアーマーから逃げきったのは確かなことだ。操縦技術についての明言できないが、運は持っている士官だろう。“ゼータ”の研究開発のことが憲兵に漏洩してティターンズ本部に拘束されても、そこにエマ・シーン中尉の“ガンダムマーク2”が不時着したこととて彼の運気に違いあるまい。エゥーゴに幸運を運んできてくれているのかも知れないというくらいには思っていた。
 「“マーク2”は、“リック・ディアス”と同程度だと思っていればいいということだったよな」
 「戦場で“リック・ディアス”と編隊が組めないほどではないさ。それよりも、」
 とクワトロは別の話を切り出した。
 それはサラ・ザビアロフ曹長の所属はフォン・ブラウン市の駐留部隊だろうという見解だった。
 エゥーゴの宣戦布告をうけて、ティターンズのバスク・オム大佐は素早くティターンズ機動部隊を月面都市に駐留させようとしたが、アンマン市とフォン・ブラウン市は中立工作に入っているのを理由に拒否したのである。後に、フォン・ブラウン市の方は中立を取り下げるが、自衛軍だけでエゥーゴの脅威を凌ぐには充分とティターンズ籍の軍艦の駐留は一隻までという制限が加えられたのだ。
 「エゥーゴ最大の部隊は、連邦のアンマン駐留軍と自衛軍だからな。あそこからティターンズが来ることはないと考えられるから、モビルスーツの航続距離からしてフォン・ブラウンということか」
 ブライトは顎を撫でた。
 「情報では、フォン・ブラウンにいる“ドゴス・ギア”の艦長はパプテマス・シロッコという士官だそうだ。知っているか?」
 知らない男だと、ブライトは顔の前で掌を振った。
 確かに無名ではあるのだが、軍の一部にはいわくがあるのだという。
 あわやグラナダ市占拠かと言われた、一年前にあった木星師団による反乱事件の首謀者だというのだ。アステロイドベルト方面軍の辺境守備隊を沈黙させ、まさにこのグラナダ市を制圧する寸前にまで迫っていた。反乱そのものは結局失敗に終わってしまったのだが、その指揮能力と何より胆力を買われ、ジャミトフ・ハイマンの政治力で軍法会議をくぐり抜けたのである。代わりにティターンズ入りを強要されたとはいえ、反乱に失敗して戦力を大きく欠かれたシロッコにしてみれば、ティターンズへの編入は望むところだっただろう。
 ティターンズはいずれ連邦軍を呑み込むほどに権力を増しているし、ジャミトフ・ハイマン大将の庇護下にいるほうが、もと被告人としては身動きもとりやすいということだ。
 「その元謀反者のシロッコが、何かを考えていると?」
 この世の中には二種類の人間がいるんだよなとブライトは深くため息をついた。いちどの失敗に懲りて消極的になり社会のすみでひっそりと暮らしていく者と、いつまでも野心をたぎらせて機会を虎視眈々と狙う者である。パプテマス・シロッコがそのどちらなのか。
 今回の情報が罠ではないとすると、ティターンズの内部軋轢が露呈したのかも知れないというのがクワトロの見解だ。
 それがジャミトフ・ハイマンとバスク・オムの間だけなのか、パプテマスという男の叛意なのか、三つ巴なのかといったところだろう。
 罠でないことを祈るのは当たり前だが、それがティターンズの分裂の兆候になるのならばありがたいことだとブライトは思った。
 「エゥーゴもたいがい鵺のような組織だが、ティターンズもうまくいっていないようだ」
 クワトロは自嘲気味に笑った。

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