Chapter6 『サイド4の攻防』 ティターンズの内情がうまくいっていようとそうでなくても、“アーガマ”を旗艦とした四隻の戦隊で、十五隻からなるティターンズの機動部隊に勝てるはずはない。それ以前に、三隻の援軍が間に合うという可能性も低い。ただ、今回の作戦は毒ガスのコロニーへの注入を阻止すればいいという性格のものだから、作戦は成功させられるのではないかという見積もりがブライトにはあった。 「結局は、サイド4の駐留軍と自衛軍がどこまでふんばってくれるかなのだが」 阻止できる見積もりはあったが、舌打ちをしていた。サイド4というのは、もっとも付き合いにくいサイドとしても有名なのである。 中立体制の維持に執着するサイド6をのぞけば、いちばんエゥーゴ化が進んでいないのがサイド4だ。ティターンズのやりようを否定も肯定もしなかったのはサイド4だけで、そこからもわかるようにその外交は非常に掴み所がなく、エゥーゴ勢力を浸透させるのが安全なのか、それをサイドの民衆が望んでいるのかどうか解らず、ほぼ手つかずだというのが現状なのである。もし、他のサイドなみにエゥーゴの勢力が浸透していれば、サラ・ザビアロフのリークなどなくても“アーガマ”はもっと早くに然るべく機動部隊を組んで目的地に向かっていただろう。意志や意見をしっかりと表明するのは敵を作ることでもあるが、曖昧な態度というのは身方を作れないということの好例である。悪意さえもたなければ国際社会の誰かが助けてくれる、正義の身方が助けてくれるだなどと考えるのは幼稚な発想に他ならない。 「あのサイドは、さきの独立戦争の時から変わっちゃあいないのさ。地勢的にも、サイド6と同じように戦渦に巻き込まれずにすむ可能性のあったサイドなのに、曖昧にすませようとするからジオンの進駐を許すことになった。今度も……」 クワトロの笑い声は乾いていた。 ジオン独立戦争において、事実上自治政府の崩壊にまで追いやられたサイド5についで、打撃を受けたのがサイド4だった。総人口の四分の三が失われ、コロニー再生計画最優先サイドにまで認定されたほどである。限りなく人口ゼロとまで言われたサイド5は国民の救出こそ優先されたが、コロニーの再生そのものは完全に後回しにされたのである。講和の条件とはいえ、戦後にコロニー再生を敵国であったサイド3にやらせているという現状を“当たり前”というだけの小学生的な感情論で方つけてしまっているところがサイド4自治政府の限界ということなのだろう。 「とはいえ、意志をはっきりさせるといえば、アンマンの中立宣言こそがエゥーゴとの癒着を疑われたかな」 ブライトは、エゥーゴの判断を否定するように言った。 その気持ちは理解できるが、ティターンズが暴挙にでる前にエゥーゴは組織作りを完成させられなかったことの否定までにしてくれとクワトロは頭を掻いた。 「今のアンマン港にティターンズの機動部隊を駐留させるわけにもいかんからな」 明確にエゥーゴに着くと宣言をしてティターンズを拒否するという手段もあったが、エゥーゴの首脳陣はアンマン市にはそれをやらないように進言していた。ティターンズのようにあちこちに拠点を持っている組織ならばいいが、いわば政治運動から始まったエゥーゴは、その様なものを持つにはまだ至ってはいない。アンマン市は、エゥーゴ宇宙軍の最大にして唯一の拠点なのだ。疑われるだけならまだしも、はなからめのかたきにされるわけにはいかないのである。本当に政治とは難しいものだと、クワトロはブライトにもオレンジを手渡した。 「今度の戦争は早く終わらせて、地球にいる家族に会いに行きたいよ」 と、ブライトはオレンジの礼を言って、弱気は禁物だったなとも言ってオレンジの皮を剥きはじめた。 クワトロは軽く笑って、今度の作戦はパイロットをやらせてもらうのだから休ませてもらうと言って部屋を出ようとしたところで、連絡し忘れていたことがあったと立ち止まった。 「ここだけの話しなんだが、アステロイドベルトのアクシズが動き出したようだ。連邦軍の辺境守備隊では止められなかったということだな」 「そりゃ、また」 口調はおどけてみせていたが、ブライトは唾を飲み込んだ。 一年戦争終結後に、武装解除を拒否して潜伏したジオン軍残党のうちの最大派閥がアクシズである。木星と火星のあいだに公転軌道をもつアステロイド、そこの小惑星アクシズに入植していた残党がついに動き出したというのだ。 「推測できる戦力から言えば、小競り合いではすまんことになる。実際、ティターンズどころではない」 クワトロは、そう言ってその資料の入ったメモリーディスクをブライトに手渡した。 「ティターンズのことは速やかに片付けないと、エゥーゴはバラバラになるな」 ブライトは、嫌な汗が出ているなと思ってハンカチを取り出した。 エゥーゴの構成のうち三割がジオン軍の残党である。アクシズが地球圏に帰還すれば、いや、この情報が漏洩しただけでもエゥーゴは空中分解をしてしまうかも知れない。 アクシズのことがエゥーゴ中に知れわたるのが、見積もって十ヶ月。 アクシズの帰還が一年後。 ティターンズとの戦後処理には二ヶ月。 「四ヶ月ほどでティターンズとの決着をさせておかないと、独立戦争の何倍もの被害を地球がこうむることになる。アンマンでこの情報がはいってきた時は私も愕然とした」 疑いの余地はないのかと半ば条件反射で言いそうになったが、ブライトはその言葉を飲み込んだ。クワトロのアクシズに関しての情報は疑う必要はないと知っていた。彼の素性を知れば、地球圏の誰よりも正確に早くアクシズの情報が入手できると納得できるだろう。 「遅らせられるように、工作は出来ないかな」 縋るようにブライトが言うと、クワトロは眉間の傷痕を抑さえるとサングラスをかけた。 「それも既に部下にやらせてはいる。それより艦長、今はサイド4だ」 そして、自分が切り出したということは棚に上げて、神妙な面持ちになっているブライトを笑い飛ばした。 * スペースコロニーの大半は、旧世紀にジェラルド・オニールが発案した“島3号”という円筒型である。直径六キロメートル、全長三十キロメートルの一基でも巨大な建造物だ。その円筒が一分五十秒で一回転し、その内壁に地球と同等の1G重力を発生させる。円筒内部は軸方向に六つの区画に分かれていて、交互に市街地と採光部の区画となっている。採光部の外側には太陽光を反射する可動式の鏡が設置され、昼夜や季節の変化を作りだすという形態である。 サイド4もこの“島3号”のコロニー群である。 “アーガマ”がサイド4の空域に到着したときには、既にサイド4自治軍とティターンズの戦闘は始まっていた。 後ろから迫ることで、表側のサイド4自衛軍とティターンズ機動部隊を挟み撃ちには出来ると言えば有利なように見えるが、いかんせん“アーガマ”側の戦力が少ない。 “ガンダムマーク2”のコックピットに収まったカミーユは、発進命令を待った。 『エゥーゴの戦隊はやはり間に合わないが、サイド4はよくも降伏しなかったな』 カミーユが聞き知るサイド4の外交態度と今回のそれには大きく隔たりあるように思えた。とにかく戦争を、と言うよりも戦闘を嫌うのだ。誰だって殺されたくはないし、特殊な趣味でもなければ人殺しとてしたくはないだろう。だが、サイド4のそれは一種アレルギー化してしまっていて、戦争と殺人の境界線を見極めるだけの冷静さを欠いていた。盲目滅法に戦争を否定さえすればいいという世論が支配的なのである。士官学校で知り合ったサイド4の出身者などは、サイド4が軍事力を撤廃すれば戦争がなくなると信じている人間がいることを憂慮していた。 「ティターンズはサイド4の軍隊を理由に毒ガスを持ってきたわけじゃあるまいにさ。いい加減な態度が招いたんだって……」 カミーユがそう口の中で愚痴るように言っていると発進命令が下った。 ティターンズの強襲を受けているのはサイド4の三バンチ、月に移動させるのに障害物の最も少ない位置にあるコロニーだった。 そのコロニーが掌ほどくらいの大きさにしか見えないうちからの発進命令に、カミーユは絶叫した。 「三百キロ近くあるじゃないですか。溺れちゃいますよ!」 大気が希薄で視界が明瞭すぎる宇宙空間では、距離感がつかみにくい。遠くのものが霞まないのだ。パイロットの視界であるスクリーンは、距離が実感できるようにフィルター処理がなされはするが、大気内でのそれを完全にシミュレートできてはいない。掴みどころのない宇宙空間で、パイロットは溺れたような心理状態に陥るのである。大地ではないが、コロニーや宇宙船といった巨大なものの近くにいることが溺れるのを回避する手段なのだが、今のサイド4までの泳ぐ空域は長すぎるのである。とはいえ、援軍が間に合わなくても交戦状態になったいじょうはモビルスーツを少しでも早く戦闘空域に投入する必要があった。“アーガマ”の最高速度よりもモビルスーツの脚のほうが最大瞬間速度は速いということだ。 “泣き言はやめろよ少尉。目標は目に見えているんだ。そのうえ空域まではオールグリーン。赤ん坊だってたどり着けるさ” この作戦で編隊を組むことになったアポリー中尉が無線ごしに笑った。 戦闘空域までのプロペラントはある。理屈ではアポリーの言うとおりだが、人間心裡はそんなに簡単なものではない。 カミーユの“マーク2”とアポリーの“リック・ディアス”は甲板のカタパルトに固定された“ベースジャバー”に乗った。押しつぶして板のようになった風体の爆撃機“ベースジャバー”に、二機のモビルスーツが肩を並べて乗るというような体裁である。今回のようにモビルスーツの移動距離が百キロメートルを超えると予想される場合、一般にフライトサポートシステムを使用することになる。飛行スピードを補う目的もあるが、プロペラント目的という側面のほうが大きかった。ひそかにカミーユは、絵本で読んだ孫悟空のようだと思っていた。 “久しぶりの戦場でもビビルなよ。クワトロ大尉、ロベルト、フォーティーの隊がボンベを探して潰す。俺たちは、それに敵を近づけさえしなけりゃいい” 「了解」 アポリーの叱咤にカミーユは短く返事をした。 実際かなりの緊張はしていた。ほぼ二年ぶりの実戦。訓練はしたが、未だに乗りなれていないのではないかと思えてしまうモビルスーツ。緊張するなと言うほうが無理というものだ。 それでも舌打ちをするくらいの余裕が自分にあるのだと信じて、カミーユは発進の加重を感じていた。 サイド4の自衛軍は、物量はあるが前大戦時のままの旧装備のままである。最新鋭でかためたティターンズに対しての善戦は期待できなかった。無駄に消耗するだけで、結局はティターンズのいいようにされてしまうだろう。そこがエゥーゴの頑張り処でもあった。 「とはいえ地球衛星軌道上からの援軍はまだ届いていないし、“アーガマ”にはモビルスーツは十機しかいない」 カミーユはひとりごちた。 敵の毒ガスのボンベを破壊するだけでいいというだけの作戦ではある。 エゥーゴとの戦端が開かれた現状で、ティターンズがサイド4を軍事的に制圧することは考えにくかった。エゥーゴの拠点が明確でないまま無駄に部隊を拡散させることはできないはずだからである。そうであれば、ガスのボンベを失った敵は撤退するというのがこの作戦の目論見であった。だから簡単なものだとブライト艦長はブリーフィングで笑ってみせたが、作戦内容がいかに簡略化されていても物量とは無関係で侮れないものである。現にアステロイドの辺境守備隊にいたときは、旧型の装備でも圧倒的な物量でジオンの残党を退けてきたのだ。そして今、敵にしているティターンズは最新鋭の兵器を大量に保有している状態なのである。 一基のコロニーに住む人間を総て殺すのに必要だといわれているG3という毒ガスの必要量はおおよそ三千リットル。そのボンベひとつが一千リットルで、予備を加算すれば四つ〜五つものボンベが持ち込まれているという算段が成り立つ。やはり、この作戦にはかなり無理があるのではないかと思っていた。索敵班からの情報どおりなら、敵のモビルスーツは三十機。G3の運搬に二機ずつ配備されているとすると、二十機前後の護衛モビルスーツを相手にしなければならない。こちらで、自由に動けるモビルスーツはアポリーと自分、そしてもう一編隊の合計四機だけ。クワトロはじめ三編隊の六機はG3ボンベの破壊担当となってしまうから、サイド4自衛軍が動いてくれているのを加味したとしてもざっとひとりでニ〜三機のモビルスーツを相手にしなくてはならないということだ。戦闘空域まで泳がされる距離といい、敵との兵力バランスといいとんでもない軍隊に入ってしまったと思う。援軍の戦隊が一分でも早く来てくれることを願った。 * フォン・ブラウン港に駐留している重巡洋艦“ドゴス・ギア”のブリッジで、サラ・ザビアロフ准尉は雀躍したい気分をこらえた。 サイド4の防衛にエゥーゴの“アーガマ”が動いているという情報が入ったからである。 「衛星軌道上にいたエゥーゴ艦隊のうちの一部も援護にまわったということだ」 と言うシロッコも胸をなでおろしていた。 とはいえ、援護の方は間に合わないだろうと思った。もう少し早く情報をリークできればよかったが、自分も“ドゴス・ギア”の体制を整えることに忙殺されて他の隊に気をまわしている余裕がなかったのだ。 サイド4の伝統的な外交姿勢からすれば、狙われやすいサイドのひとつであることとエゥーゴのような秘密組織が入り込みにくいことは容易に想像できることで、シロッコの洞察力からしてみればこのようなことになるのは明白だった。バスク大佐直属の艦隊にいるときには身動きが取れないまでも、ジャミトフ閣下からこの“ドゴス・ギア”を任されたときに速やかに動いていればもっとエゥーゴが早くに作戦展開できたのではないかと思うとそれが悔やまれた。ただ、あのバスクでも二度目の毒ガス作戦を行うとは思いもよらなかったというのも本当なのだ。バスクの発案も予想外ならば、ジャマイカン少佐がそれを受け入れて機動部隊を動かしているのも常軌を逸している。ティターンズはすでにおかしくなりはじめているとしか思えなかった。 「カミーユ・ビダン少尉が約束を守ってくれたということです」 サラは、どこか細く幼いイメージのあるカミーユの貌を思い出していた。 本来ならば、身方であるとはいえみずから出撃して阻止したいような作戦である。しかし、今それをすることは更にジャミトフ閣下を困らせるだけだろう。パプテマス・シロッコ大尉の方策は、サイド4の人々の命を救い、同時にエゥーゴを消耗させられる素晴らしい作戦だと思った。地球出身者ばかりで構成されているティターンズの歪みは、そのまま地球圏の歪みでもある。サラは約束を守ってくれたカミーユに感謝しつつ、どうか“アーガマ”が勝ってくれることを胸の中で祈った。 「カミーユという名前は、前に聞いたな。“ガンダムマーク2”をグラナダで強奪した連邦の士官だ。よい青年のようだな?」 「はい。誠実な人です。願わくはエゥーゴではなくティターンズにいてくれればと思えます」 サラは、カミーユの印象を包み隠さずシロッコに伝えた。 サラの瞳の輝きをシロッコは不憫だと思った。カミーユ・ビダンという青年が連邦軍席を持っていたことは確かであり、それが現在エゥーゴにいるのであれば思想あってのことだろう。単純な説得に応じてティターンズに鞍替えをするとは思えなかった。 『とはいえ、地球圏の王配になれるかも知れない青年か』 カミーユという心根がサラの心に引っかかっているのであれば、その可能性もあるだろう。 そして、エゥーゴの戦隊がサイド4に向かっているのにカミーユの働きは無関係であろうとも、サラがそれを信じているのならばそれでいい。現在の立場は違えど、そのカミーユが自分達に肯定的なのは嬉しいことだった。 『志や実行が素晴らしくても結果が伴わなければ仕方がないが、“アーガマ”には紅い彗星がいたな』 “ガンダムマーク2”強奪事件のときに所属不明艦がグラナダ港にいて、それが“アーガマ”だという調べはついていた。それならばあの紅いモビルスーツは“アーガマ”所属であろう。一機のモビルスーツが、ひとりのパイロットが戦争を左右することなどありはしない。とはいえ、戦場のメーキングならば出来る。紅い彗星ならば今回の劣勢を乗り切れるのではないかという漠然とした期待感はあった。 * 敵が“アーガマ”に取り付きさえしなければ、毒ガス攻撃を阻止してみせられるのだという明確な自信がクワトロにはあった。ブライトではないが、毒ガスのボンベを潰してしまえばいいだけのことだからである。それくらいのパフォーマンスは“アーガマ”にならある。 舷側やモビルスーツに施された敵のマーキングはダヴィンチのモナリザ。ジャマイカン・ダニンガン少佐の機動部隊だ。クワトロの知るジャマイカンの性格なら、ガスボンベを総て失ってしまえば撤退するはずだ。数に任せれば、“アーガマ”に対する報復も容易なはずだがそれはすまい。そして、今後のエゥーゴの想定される動きを考えれば、ティターンズの機動部隊がサイド4に駐留することが危険だということは解っているはずだ。よって、サイド4に次の攻撃をしかけることも想像しにくい。コロニー落としの為の再攻撃の可能性はもっとあるまい。生きている人間が中にいる状態でのコロニー落としがどれほどのリスクを伴うのかは明白である。百人や二百人の住人であればしれているが、中には一千万人からの人間がいるのだ。武装していないとはいえ、どのような抵抗にでられるかわかったものではない。コロニーに穴をあけてしまうという作戦もあるが、中にいる総ての人間を行動不能にするほどの穴をあける労力はいち機動部隊をしても容易なことではない。あけられる穴で、中の人間が死ぬのを待つには時間がかかりすぎる。機動部隊で開けられる穴でコロニーを沈黙させられるのであれば、はじめから毒ガスを使う必要もないのだ。 「あの気の短いジャマイカンなら、考えられんな」 クワトロは口の中でそう言った。 『大尉の背中には目がついているのか』 クワトロの操る“リック・ディアス”の飛び方に、カミーユはサーカスでも観ている気分になった。 半ば敵に囲まれている常態で、四方八方から降りかかるメガ粒子の火線を余分な回避運動をとらずに的確に躱していた。あれならば余計な燃料は使わないし、機体の損傷も最小限に抑さえられるはずだ。 『一年戦争の紅い彗星って、シャア・アズナブルだったかな』 搭乗機が紅い“リック・ディアス”で、有名すぎるパイロットの名前だとはいえ、戦死したとされているジオン軍士官の名前が脳裡に浮かんだことに内心笑った。 大袈裟ではあるが、自分やアポリー中尉が護衛する必要などないようにすら見えた。 スペースコロニーまでの巨大な建造物になると、実際には円柱でも壁のようにしか感じられない。広大な宇宙でおぼれるのを回避する手段がこうした巨大建造物の近くにいることなのだが、その代償は圧迫感として反ってくる。極端に大気の薄い宇宙空間において、とくに全貌がつかめなくなっているモノとの距離感をつかむのはモビルスーツが搭載している多彩なセンサーを用いても把握しきるのは難しい。それが、圧迫感としてパイロットを襲う。 コロニーの外壁に毒ガスのボンベを取り付ける作業というのは、まさにそれとのせめぎ合いである。 モビルスーツにマニピュレータがついているのは、こういった作業をするためでもあるが、実際にそれを用いて人間がそうするのとよろしく溶接して取り付けるというのは至難の業なのである。この作業をするモビルスーツは、この作業だけに忙殺されてしまう。故にG3取り付け部隊には護衛がつけられはするのだが、隙があることには違いがなかった。 とんがり帽子の“ハンブラビ”が、コロニーの外壁に既にとりついてG3のボンベを溶接しはじめようとしていた。いかに視界がかすまない宇宙空間でも、大量のモビルスーツが投入されているなかで、特定のモビルスーツを捜し出すのには骨が折れる。G3の量から考えれば毒ガス攻撃をされるのはサイド4のなかでもひとつのコロニーに限定される。コロニーの太陽光を取り入れる採光部以外の三分の一の外壁なのだから、G3部隊を探すのは簡単に思えるが、全長三十キロメートルというコロニーの巨大さはスペースノイドにしてみても、人知を越えているのである。巨人とはいえ、二十メートルほどしかないモビルスーツでは簡単に見つけられるものではない。 クワトロは、まさにその僥倖を感謝しながら、ビームバズーカのトリガーを引き、神業とも言える狙撃でG3ボンベを狙撃、破壊していた。 「まずひとつ!」 “アーガマ”部隊が介入して十分も経つというのにやっとひとつだ、既に他の部隊はG3を注入してしまったのではないかとクワトロは唾を飲み込んだ。しかし、狙撃連絡の応答に、まだそこまでには至ってないと知り胸をなで下ろした。他の部隊も、それぞれG3部隊を補足するまでは成功している。そして、コロニーの外壁にとりついてはいないということだ。 とりあえずひと息つけると思えたクワトロは、敵のモビルスーツ、それもG3部隊の動きが特に緩慢だったような気がしだしていた。 「大尉。僕は地球圏での戦闘は初めてなんですが、敵のモビルスーツの動きってこんなもんなんですか?」 接近してきたカミーユも同じことを感じていると知り、クワトロは自分の感覚が混乱しているわけではないと安心した。 「なるほど、こんな嫌な作戦なら実行している敵とて乗り気にはなれないということだな」 敵とはいえ、ティターンズ将兵のことをクワトロは、不憫に思った。 軍人というのは、上官の命令が総てだ。そんな中でも、得心のいかない作戦ならその腰が引けてしまうこともあるということであろう。戦場では命を落としかねないことではあるが、極めて人間らしい心裡だ。 「実際に手を汚さないなら、何でもさせられるのが上官ということですか」 技術の向上と政治の民主化が戦争を悲惨にし、組織の上層部では結果しか受け止めないということでもある。カミーユは、まるで少年のような憤りを感じていた。 クワトロは無線越しにそれを感じると、カミーユを心強く思い、北叟笑んだ。 「ロベルトとフォーティーの隊も、ボンベを補足している。他にもあるぞ。サイド4自衛軍と連絡を密にとって全力で捜せ」 * それから二十分ほどで戦闘は終了していた。 どうにか無傷でいられたと、カミーユは深呼吸した。“ガンダムマーク2”も傷をつけなかったから、アストナージに嫌みを言われることもないだろう。 毒ガスの注入を防ぐことに成功し、クワトロ大尉の予想どおりジャマイカン・ダニンガン機動部隊は速やかに撤退をしてくれた。 採光部に三カ所ほどの小さな穴が開いたが、その程度ならばコロニーも無傷と言っていい。コロニー公社に座標を連絡しておいたから程なくは処置されるだろう。 「防衛戦ってのはつらいな」 “ハハハ。よくもやってくれたよ。少尉のおかげで、俺はずいぶん楽ができたぜ” カミーユの繰り言を聞きつけたアポリーが、無線ごしに笑った。エゥーゴでの初陣には最高の喝采だ。 実際、逃げ道のない防衛というのはプレッシャーが大きい。辺境守備隊にいたときは、基本的に追う側だったのだ。立場の逆転に、ジオンの残党の気持ちが解ったような気がする、と、シャレにならない軽口を言いたい気分にもなっていた。 * 両軍あわせて五十機以上ものモビルスーツ、二十隻の艦艇が投入されて一時間に満たなかった戦闘というのは地球圏戦史に新たな記録として残るだろう。原因は、G3作戦という特殊性である。一年戦争時、催眠ガスと言い含められたジオン軍士官が使用させられ、その結果に精神症になってしまったという。上官の命令で、敵将兵を殺すのが軍人の仕事だ。それは人殺しには違いがないが、であるが故に、相手もまた自分と同じ軍人であるということは重要なことである。それを大きく逸脱しているのがG3作戦である。一般人を手にかけるのは、志ある軍人が嫌忌することのひとつだ。「G3作戦のようなものは、実行する方も被害者のようなものだ」と、クワトロは言ったが、まさにその通りで、それがジャマイカン・ダニンガン少佐の短気とあいまって、異例の戦闘時間となったのである。その作戦内容にティターンズの側こそ、乗り気ではなかったということだろう。 この戦闘によって、エゥーゴはサイド4にも拠点を持つことになった。実際の戦闘のほとんどは、サイド4自衛軍が行ったとはいえ、それを援護した功績は大きい。六つもあったG3のボンベのうち三つをエゥーゴのモビルスーツが破壊したのは、その功績をアピールするのには充分だった。 |
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