Chapter8 『シャア・アズナブル』


 「こんなところに少尉が出てくるのは、サラを困らせるためじゃないだろうに」
 シロッコは、カミーユに対して憎悪に至らない怒りが胸の中にこみ上げてきてくるのを感じた。
 手を取り合うのが男と女というものだ。サラの気持ちに気付かないはずなどないカミーユが、エゥーゴにいることなどシロッコに得心のできることではなかった。

 刹那、シロッコの思惟が矢のようにカミーユの眉間を貫く。
 同時に、カミーユの思惟がシロッコの脳を叩いた。
 「なにぃ?!」
 「これは、空間に放り出されて?」
 お互いに、兵器の装甲を隔てたむこうに相手をまるで肉眼で見るように認識できていた。
 何も装備しないまま宇宙空間に放り出されたように無防備なのに、不安も恐怖もなく、ただ、身軽だった。

 シロッコは、そこにいるのがサラから聞き知らされていたカミーユ・ビダンであるとすぐに解った。その背後に、彼の母親の笑顔が見える。父親の姿。幼なじみの少年少女たち。軍の同僚の多くの顔。すべてが面識のない者たちだ。それでも、それらがなんなのか明瞭に洞察できたし、それらカミーユ・ビダンという青年が背負っている多くの笑顔を、シロッコは眩しいと思えた。

 カミーユは、名前をパプテマス・シロッコだと知ってしまった青年の背後に、サラ・ザビアロフの華麗な敬礼を見た。新聞で何度か見たことのあるジャミトフ・ハイマン大将の顔、彼の妹や養父、父親。誰しも悲しみをもつが、自分はパプテマス・シロッコのことを理解できるのではないかと思えた。
 「これが、まさかジオン・ダイクンが説いた精神の共感というものか」
 幻滅にも近い感情に、シロッコの語尾は細くなった。
 洞察力の飛躍が何を生み出すというのか。隣人のことを知ったところで、躬らを隣人に知ってもらったところで、それらを受け入れられる度量をすべての人間に求めることなどできるわけがない。霊能力者まがいのことができたところで、手品ていどのことではないか!
 『カミーユ・ビダンのなかにサラがいても』
 それが自分の望む姿と違っていたら、この程度の能力など自分やサラを苦しめるだけだとシロッコは絶望した。

 「ニュータイプって人は解り合えるって、こういうことなんだな」
 自分をニュータイプだと茶化す同僚たちに、それでもの今のこれを口で説明するのは不可能だと思った。気安く他人のなかに入り込んでしまう容易さに自分を律する必要性を感じる。男は紳士たれという両親の言葉や、士官は部下に尽くすものであるという士官学校教官の言葉の真意が改めて身に染み入ってくるような気がした。

 「カミーユ・ビダン。私と共に、“ドゴス・ギア”に来てもらう」
 「俺たちで、戦争を終わらせることができるんじゃないのか?」
 シロッコの言葉に恐怖のような感情を抱いたカミーユは、説得を試みる。

 “カミーユ、何をボオッとしている! “ドゴス・ギア”が来るぞ”
 無線から飛び込んできたアポリーの叱咤に、カミーユはまさに我に返った。
 ゴウと音を立てんばかりの勢いでシロッコとカミーユの間を、敵旗艦“ドゴス・ギア”が突き抜けていった。
 カミーユとシロッコの意志の共有は、まさにそれによって断ち切られる。
 その間隙にカミーユは再び敵モビルスーツの攻撃を受けて“ガンダムマーク2”の右腕を吹き飛ばされ、とうとう失神してしまったが、アポリーによって救出された。戦闘はそれから一分ほど続くが、両陣営共に決定打を与えることができず、ただ消耗するだけになった。
 クワトロの宇宙艇は予定の地点に降下することができ、ダカールには間に合わせられるということだった。
 “ガンダムマーク2”をぼろぼろにしてしまったのでアストナージたちメカニックに顔向けができないとカミーユは沈んでいた。しかし、モビルアーマーの一機を退けさせ一機を引きつけておいてくれたおかげで他の隊に余裕ができてクワトロ大尉が無事に地球に降りることができたのだと、むしろ誉めてくれた。ニュータイプだとまたアポリーがはやし立てたが、カミーユはそのリアクションに困ってしまった。
 あの、シロッコとの認識の共有は、ニュータイプ能力の片鱗なんだと思う。
 それは素晴らしいことだと解る自分に対して、シロッコとの温度差が気になっていた。

 シロッコは、悪夢を見たのだと思った。
 これが人類の行き着く先だとすれば、それはあまりに不幸だとしか思えなかった。
 「カミーユ・ビダン。私と共に来てさえくれれば」
 シロッコは、口吟んだ。
 次に、シャア・アズナブルがダカールに向かったのだと陸軍に連絡を入れなければいけないと思い出すが、相手にされないことも解って人類を嘲笑した。自分の言うことが理解してもらえるような世界ならば、今、こんなところで戦争などしていない。あの宇宙艇とて、地球に降りる必要もないに決まっているのだ。



 グリプスで戦闘が始まったという連絡を受けて、クワトロは身が引き締まる思いになった。この戦闘がどれだけの規模になるのかを決めるのは、今からの自分の守備しだいである。ひとりでも多くの命を救うのだ。
 しかし、自分のこれからの精神の崇高さは理解できていても、それを実現するための行動に吐き気を催すような気分になっていた。
 連邦議会を占拠する。
 それには武力を用いるしかないのだが、クワトロはモビルスーツに発砲許可を出してはいない。警備はティターンズが行っており、武装のひとつにモビルスーツがあるのは明白で、エゥーゴのモビルスーツが近付けば発砲されるのも解りきってはいる。が、それでもこちらからは発砲はさせない。
 ティターンズの非道を訴えるための演出である。
 そもそも、クワトロが陸軍モビルスーツに護衛される軍用ヘリでダカール市に降下することじたいが無駄なのである。入念に下調べのしてある下水道を使うなどすれば、議事堂までは攻撃を受けるようなことはまずない。戦闘らしい戦闘は、議事堂内だけですむことなのだ。それでも、あえてティターンズのモビルスーツを挑発するのである。
 ダカール市内で戦闘が始まりだしたのは、議会がちょうど閉廷した時である。
 キリマンジャロ基地の陥落責任追及がティターンズに対して行われれば、もうしばらくは続いていたかもしれないのだが肝心のジャミトフ・ハイマン大将が出席していなければそれもできないということである。ジャミトフにしてみれば、このままエゥーゴを連邦軍の正規軍として認めるという法案が持ち出されなかっただけでもうんがいいと言える。もっとも、彼自身の議会工作がきいているということでもある。
 戦闘の沈静化するまでは議員は会議場に閉じ込められることになった。議場は堅牢な建造物であるから、へたにここを出るほうが危険なのである。モビルスーツがもつメガ粒子砲の五発や六発の直撃、艦砲射撃の一発や二発くらいには持ちこたえられる設計なのだ。

 そこに、白いスーツ姿のクワトロ・バジーナを筆頭に銃やライフルで武装したエゥーゴスタッフがなだれ込んできた。
 議場は騒然となるも、パニック状態に陥らなかったのは連邦議員という胆力ゆえであろう。軍人であるクワトロの目から見ても、落ち着き払っている議員の面々は頼もしく見えた。そして、安心もした。
 『これならば、聞く耳くらいは持ってもらえるのではないか?』
 パニックを考慮して、自分はおろか護衛自身の危険も顧みず、スタッフ数を極力減らしたのである。
 この場は聞いてもらえさえすればいい。このような非合法でこれまでの法案が変わることの方が問題なのだ。
 エゥーゴが単なる愉快犯ではなくジオン軍の残党にのみ支えられた烏合の衆でもない、正当な主義主張をもった組織であることを知ってもらえればいい。ティターンズの危険性を認知させられればいい。それを押さえ込むだけの力がエゥーゴにあることはキリマンジャロの攻防で示せているはずだから、うまくすれば追い風が吹く。宇宙で行われているグリプス宙域での戦闘も、想定の半分以下の時間で済ませられる可能性もある。そうやってティターンズを無力化できれば、迫り来る巨大ジオン残党勢力のアクシズを迎え撃つ余裕もできる。
 クワトロは大きく息を吸い込むと、
 「議会の方々には、このような突然の非礼をお許しいただきたい。こうでもしなければ、我々エゥーゴの主張を聞いていただくこともできないと悲観していたからであります。私は、地球連邦宇宙軍諜報部所属クワトロ・バジーナ大尉。エゥーゴ指導者のひとりです」
 両腕を広げて、演説をはじめた。



 サイド7には二基のコロニーしか存在しない。
 それぞれグリーンノア1、グリーンノア2と命名されていた。
 しかし、もともと工業プラント専用コロニーとして建造されていたグリーンノア2は、ティターンズのバスク・オム大佐主導のもとグリプス作戦により基地化がなされていた。シリンダーを竹のように半分に分割し、それぞれグリプス1、グリプス2と改名されていた。
 グリーンノア1もティターンズ関係者以外の大半は他サイドへの強制移住がなされるなど、事実上ティターンズの基地となっている常態である。
 サイド7がまだ自治政府をもたず、俗に“連邦預かり”とよばれる連邦政府直轄常態だったからできたことでもある。
 エゥーゴをとくに悩ませていたのは、分割されたグリプス1の片割れのグリプス2である。
 ひとくちに基地化というが、この所業は常軌を逸しているといっても過言ではない。グリプス2はそれ自身を砲身にしたコロニーレーザー砲に改修されているらしいのだ。一年戦争時、連邦軍との攻防のなかで窮地に追い込まれたジオン軍がサイド3の三バンチ、マハルをレーザー砲にしたのが史上初であるのだが、バスク・オムはそれをそっくりまねたのだ。直径六キロメートル、全長十五キロメートルの砲身から放たれるレーザー砲の威力であれば、機動艦隊の一つや二つなど一瞬で消滅させることができる。これが、完成して運用可能な状態なのかどうなのかが解らないというところが、エゥーゴの姿勢をどのようにしたらいいのか解らなくさせていた。

 エゥーゴのメール・シュトローム作戦は攻城戦を目論んでいた。
 グリプス1、2、およびグリーンノア1をエゥーゴの八艦隊百八十五隻で包囲し、生産能力の低いサイド7じたいを干からびさせようというものである。
 とはいえ包囲していればいいというだけのものではなく、指揮をする高官サイドにはきつい作戦でもあった。
 長期戦になる恐れは払拭できない。
 敵の情報や兵糧を立つことが目的の作戦でもあるが、友軍とて食料の補給や確保に苦労することは否めない。
 宇宙で衛生に気を配っていたとしても伝染病の発生も否定できない。
 敵の奇襲は当前として、逆に外側から敵の援軍に襲われることや包囲されることもある。
 そして直接的な戦闘が少ないと予想できるということは、逆に自軍の士気の維持が難しい。
 もっとも恐れるのは、友軍内の兵同士の喧嘩などで隊、艦隊の分裂を招く可能性があるということである。
 エゥーゴ艦隊が目をつけたのはグリーンノア1である。ここを制圧し、グリプス攻略の橋頭堡にしようというものであった。
 軍、基地というものは消費する機関である。グリプスが消費する一方でそれを支える生産拠点がグリーンノア1であるのは明白だからだ。
 堅牢すぎるであろう軍事基地グリプスよりも、グリーンノア1を落とすことの方が容易だと思える。グリーンノア1さえ落とせば、いかにバスク・オム大佐といえど開城交渉にも応じるだろうとよんだのである。



 戦闘が小康状態になったためにカミーユには休憩時間が与えられていたので、食事をとっていた。アストナージ・メドッソ曹長からもらった銀蝿のトーフを口にして、その新鮮な触感に感動していた時である。
 “アーガマ”の食堂にあるテレビに、ダカールの連邦議会会場の中継放送が緊急放送と題して映し出された。
 エゥーゴはできるかぎりの放送メディアを掌握し、全地球圏に向けてクワトロ・バジーナ大尉の演説を放送する動きだった。
 掌握メディアは放送だけでなく、出版もなされているはずだから、遅くても明日には多くの新聞の一面を飾ることになるであろう。
 白いスーツのクワトロとは対照的に、その周囲で彼を警備するエゥーゴのスタッフはものものしく、防弾ジャケット、シールドつきのヘルメット姿でライフルをかまえている。そのうちのひとりが女性で、エマ・シーン中尉であることに気付いてしまい、カミーユはなんだか嬉しくなった。
 『エマさん、頑張ってるんだ』
 陸軍は女性の実戦配備を嫌うと聞いたことがあるが、よくも割り込めたものである。そこにエマの必死さが伝わってきて感動していた。
 いかに少ないとはいえ、あの護衛のなかから大写しにもなっていないエマを見つけられた自分を不思議だとは思う。もしかしたら、敵のパプテマス・シロッコ大尉を感じることができてしまったことと関係があるのかと思ったが、その時は考えている余裕が無くなってしまった。
 テレビのクワトロが、驚愕の告白をしたからである。

 “話の前に、もうひとつ知っておいていただきたいことがあります。私はかつて、シャア・アズナブルと名乗っていたことのある男だ!”

 “アーガマ”の食堂内は騒然とした。モニターの向こう側はこんなものではすまされないだろう。カミーユも、咥えていたスプーンを落としていた。
 隣に坐っていたアポリー中尉は、頭を掻くと席を立って食堂を出て行った。



 「私はこの場を借りて、ジオン・ズム・ダイクンの子キャスバルとして、その意志を継ぐ覚悟で語らせていただく」
 クワトロのこの言葉は、議会上の雑音を一掃するのに充分だった。だれも、あの紅い彗星のシャアが一年戦争を生き延びているとは思っていなかったからである。
 クワトロの闖入に抗議していた数名も席に着いた。
 サングラスをゆっくりとはずして胸のポケットに収めると、クワトロは胸の前で拳を一度ふった。
 「そもそも、人類が宇宙に出たのは地球が文化文明の重みで沈むのを回避するためだった。しかし、そうやって生活圏を拡大したことが人類の知的躍進であると傲慢な誤解をしたことがザビ家を生み出し、ジオン独立戦争という悲劇への遠因となった。それを繰り返すわけにはいかない。人類が宇宙に飛び出したのは、単に必然でしかない。しかし、技術の躍進が宇宙に飛び出させたのではなく、宇宙に飛び出したことが人の進歩、確信をよびさますと私たちエゥーゴは確信する。ぜひ、皆さんにはその可能性を信じていただきたいのです。
 地球を人間の手で汚すなということなのです。しかし、ティターンズはスペースノイドに圧力をかけ、その大きな可能性を生む小さな芽を摘んでしまっているのです。
 人類は長い間地球というゆりかごで戯れてきた。しかし、今、円熟期をむかえ、親離れ、巣立ちの時が来たのです。この期に至って、なぜ争い地球を汚染せねばならないのか。このままでは、地球は水の惑星ではいられなくなる。そうなってからでは遅い。
 このダカール市でさえ、砂漠にのまれようとしている。それほどに地球は疲れ果てているのだ」
 クワトロは、議員のすべてが自分の言葉に聞き耳を立てていることに安堵していた。外で戦闘が続けられているいじょう、エスケープする者などいるとは思えなかったが、ヤジが飛び交うことは覚悟していたのである。
 クワトロは、再び深く息を吸い込んだ。
 「見なさい、この暴挙を。ティターンズは、このようなときにですら攻撃をしてくる。武力でここを制圧しようとした我々も悪いのです。しかし、エゥーゴのモビルスーツは一発として発砲していない。その無抵抗な者ですら、対峙さえすれば悪であると排除しようとする。その姿勢が地球を疲弊させ人類を衰退させるのだと、エゥーゴは主張するのです」
 おあつらえ向きにクワトロの背後の巨大なスクリーンが、ダカール市内のビルの崩壊を映し出した。積み木かダルマ落としよろしくビルが崩れていった。この中で、どれだけの人間が死んでしまったことだろう。明らかにティターンズの攻撃によるものだった。エゥーゴモビルスーツの爆破もいくつも映し出されていた。
 普段戦場を目の当たりにしないということもあり、議員の一同は息をのんでいた。
 やはり、キリマンジャロの攻略の先行は正解だったとクワトロは思う。この場にジャミトフ・ハイマンがいたら、ここまで議員たちを瞠目させることはできなかっただろう。一週間以内に緊急議会を招集させ、ティターンズを葬ることも難しくはなくなってきたのではないかと、たしかな手応えを感じていたが、躬らを嘲笑してもいた。



 クワトロ大尉が、あのシャア・アズナブルだった。
 驚いていないといえば嘘になるが、何故かすぐに納得もして、カミーユは食べかけのトーフを掻き込んだ。
 あとで知ったことだが、“アーガマ”のクルーですらそのことを知っていたのはブライト艦長とアポリー中尉、ロベルト中尉だけだった。ブライトは、クワトロが“アーガマ”のクルーになったときに聞かされていたし、もともとジオン兵だったというアポリーやロベルトは、一年戦争後にその逃亡生活のなかで部下になったのだという。
 黙っていたことに腹が立つことはなかった。シャアでありつづけることは、そのまま連邦軍内での行動を拘束するものだというのは解りきったことだし、彼の主義がザビ家とは違うことが解るから、ジオン公国軍のシャアであり続けるわけにもいかないのだろう。
 そして、普段の戦闘でのモビルスーツの扱いを見ていれば、エゥーゴに彼がいることは至極自然のことに思えた。
 「あとでサインでももらえれば。家族に自慢できますかね?」
 カミーユは、隣の席で騒ぐ同僚にそう言って相槌をうち、笑ってみせた。
 ただ、この演説のおかげで、エゥーゴはずいぶん楽になったが、戦争の原因が新たに出来たのではないかとも解っていた。



 逃げ出すように議場を出たクワトロは、どうにか陸軍の航空機のなかでひと息をついた。
 クワトロの演説の終了を見越して、事前にエゥーゴのモビルスーツは撤退していたので戦闘と言うにはあまりに欺瞞に満ちた戦闘も終わっているはずだ。
 「これで、逃げられなくなったかな。まるで人身御供だ」
 そう呟き、演説の間ははずしていたサングラスをかけると、クワトロは深い嘆息をした。
 ティターンズの責任追及のために、連邦政府の責任を不問にした汚い自分にクワトロはいらだっていた。ジオン独立戦争の責任など、ザビ家だけに着させることなどできるものではない。まして、ティターンズをこのまま駆逐したところで、一番の本懐である人類すべてをスペースノイドにすることなどできるはずもないことも解っていた。ジャミトフ・ハイマンのように強権姿勢を臆面もなくやってしまえる人物を連邦議会から追放してしまうことで、むしろ難しくなってしまったかも知れない。ジャミトフに恩を売り、裏から操るという手段とてあったはずなのである。
 自分がシャア・アズナブルであるとあそこで言ってしまったことも、吉凶はこの段階では解らない。
 エゥーゴに着いてくれているジオン残党は二分する可能性がある。ザビ家体制を信望している残党は離れてゆく可能性が大きい。逆にこれまで、非協力的だった残党がついてくれる可能性もないではないのだが。
 ティターンズを駆逐したら政界にはいるべきだ。何年かかっても連邦政府の内閣総理大臣になるために。
 という“アーガマ”に着任したときブライト・ノアに諭された言葉を思い出していた。エゥーゴの指導者で終わってはならないと。むしろ、政治家となりエゥーゴを解体するべきだと。

 「ご苦労様でした。これで、ティターンズをずいぶん拘束できますよ」
 ベンチシートの隣に坐った防弾チョッキのままのエマが、缶コーヒーを差し出してくれた。
 刹那、思わずクワトロは彼女を抱きしめていた。
 「しばらく、このままでいさせてくれないか」
 「大尉。一度ゆっくり休みましょう。もう一息ですから」
 エマは、クワトロのブロンドを何度も何度も撫でた。


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