Chapter9 『グリプス』


 クワトロの演説で、ティターンズは大打撃を受けた。その五日後に行われた緊急議会においてティターンズが非公認とされたのである。
 グリプス2をはじめとするサイド7の明け渡し。ジャミトフ・ハイマン大将、バスク・オム大佐はじめティターンズ幹部数十名の連邦議会に証人喚問への出頭。
 立て続けの法整備と連邦政府による命令により、ティターンズは一夜にして賊軍となりはててしまった。
 士気の低下は免れず、離反者も続出した。離反者を見つけ出し粛正するという動きもおこり、組織として成立しているのがやっとという常態になっていた。
 エゥーゴにも悪い影響は出た。懸念のとおりに一部のジオン残党が離反をはじめたのである。しかし、このまま勝ち馬に乗って発言権を得ようという残党の方が多かったために、まさにさざ波ていどの影響ですみはした。
 むしろ好転した面もあり、エゥーゴの後方支援に地球連邦軍がついたのである。グリプスに集結せずに月面都市に駐留し警備に当たっていたティターンズ艦隊は連邦艦隊にたちまち包囲されることとなり、小競り合いはあったもののすべてが降伏した。
 グリプス包囲網の形成は、連邦軍小惑星基地ルナ2の艦隊が一役かうことになった。
 エゥーゴは、一晩にして正規軍としての錦旗をいただいたのである。反地球連邦と名乗っていようとも、それが士気を高めずにはいられなかった。



 「二十回目の出撃になるな」
 “ガンダムマーク2”のコックピットで、カミーユはこの頭痛のようなものはなんだろうと思っていた。それは、長期にわたっている作戦の疲れからだろうと思っていた。すでに一ヶ月近くになるのだ。辺境守備隊にいたときこそ攻城作戦の方が多かったのだが、ここまで長期化することなどなかったからである。食糧事情の所為で本物の果物を食べていないことが原因かも知れないとも思っていた。旧世紀の攻城戦というのは数年に及ぶものこそ普通だったというが、宇宙世紀になってから攻城戦といえば一週間を超えるものの方が珍しい。
 もっとも、これほどまでにバックアップ体制がしっかりしている攻城作戦も体験のないことで、連邦軍の底力を思い知らされてもいた。
 現在グリーンノア1の内壁の半数はエゥーゴが抑さえている。まだ半数とはいえ、外壁のすべてはこちらが抑さえているのだから、今日にでも陥落するだろう。そうすれば、この作戦も終了するに違いあるまい。

 ブリッジから発進命令を受けたカミーユは、途中からその命令を聞いていなかった。いや、聞くことができなくなっていた。頭痛がひどくなって、どうにも我慢できなくなってしまったのである。
 それをみとめたデッキコンダクターが医務室に行けと進言をした瞬間、カミーユは眉間に火花が飛び散ったような気がした。それは頭蓋をとおり抜けて直接まがまがしいイメージが津波のようになだれ込んできた瞬間でもあった。
 「いけない!」
 背後から迫り来るような絶望感に、カミーユは総毛立った。
 怨嗟の呻き!
 悲痛の号泣!
 恐怖の悲鳴!
 とても処理しきれない量の情報が、まるでテレビを見ているように、しかし目を閉じていてもカミーユのなかにどっと押し寄せてきた。
 かろうじてノーマルスーツのヘルメットを取ることは間に合ったが、嘔吐感を抑さえることはでず、カミーユはコックピットに胃の中身をぶちまけていた。



 グリプス2、大口径のレーザーが発射されたのだった。
 “アーガマ”のブリッジでは、デッキコンダクターが絶叫でブライトにそれを伝える。
 そんなことは言われなくても判ると叫びたかったが、網膜を焼き、失明しそうなほどのその光を見た瞬間、ブライトは息を飲むことしかできなかった。
 彼が一年戦争の時にも見た光景だった。
 最悪の事態を避けるために、エゥーゴ艦隊はグリプスの正面には展開してはいなかった。完成しているのかいないのか判らないレーザー砲の前に居座ることなど、まさに自殺行為だからだ。死者は出ているに違いないが、艦隊の損傷は最小限に抑さえられたはずである。
 しかしあの角度は、
 「サイド4の三バンチ、直撃です!」
 “アーガマ”ブリッジのデッキコンダクターは悲鳴をあげた。
 推定では五十五パーセントの出力だが、三バンチには風穴があいてしまっただろう。一千万人の安否は絶望的だった。
 ティターンズ、バスク・オム大佐としては恫喝のつもりなのだろう。これいじょう攻撃を続ければ、次のコロニーを餌食にするという意思表示である。
 エゥーゴ側はこのことで浮き足立ち、出撃していたモビルスーツは一時撤退して遠巻きに様子をうかがうことになる。コロニーレーザーの性格上、次の発射まで時間が必要であるから発射直後の今こそが好機ではある。だが、兵の動揺を読み取れば今は静観するしかなかった。

 この一時間後、サイド4自治政府はティターンズ支持を公式に発表した。
 連邦政府の承認を取り消されたティターンズの前に屈するサイドがでてきてしまったのである。
 このままでは他のサイド、月面都市もどのような態度にでてくるのか判らなくなる。最悪の場合、各サイドがティターンズを支持すればいかに連邦政府といえどもそれを受け入れないわけにはいかず、再びエゥーゴの方が賊軍になる可能性もでてきた。「ティターンズは力だ!」とその将兵は口癖のように言うのだが、まさにそれを具現化しのだと言えよう。
 事実、このレーザー砲の発射がエゥーゴの責任であるというのがサイド4の公式見解だった。
 ティターンズを刺激しなければレーザー砲など発射しなかったはずだ、というのである。力のある者に、唯々諾々と従えば最小限の生活は保障されるという理論である。
 それを聞いたブライトは、憤慨した。
 コロニーレーザーを発射した責任などエゥーゴにあるわけがない。調子に乗りすぎたエゥーゴも、慎重になるべきだったという反省点はあっても、責任を追及されるいわれなどない。しかし、エゥーゴ支持の連邦議員のひとりは「この戦争が終わったら、結果にかかわらず最小限の生活が保障できるぎりぎりまでサイド4製品への関税を引き上げてやる」と言ったそうである。



 グリプス2が発射した直後に一度、サイド4の公式発言の直後にもう一度、バスク・オム大佐はグリプス1の管制室で哄笑した。
 まさにティターンズは力であり、その力で地球圏を統治するべきなのである、と。
 そこに、蒼白とした顔のパプテマス・シロッコが飛び込んできた。
 「大佐。なんてことをしてくれたのですか」
 「エゥーゴの包囲を突破する他の方法があれば、教えてほしかったものだな」
 バスクは白々と言ってのけた。
 たしかに、あの状況でエゥーゴを退ける方策など無かった。グリプス2の発射はシロッコも考えていたが、その標的は連邦小惑星基地のルナ2だ。わざわざ遠い、それも民間コロニーを標的にする必要はないのである。民間施設への攻撃は国際法違反である。何より、武装をしていない民間人に攻撃することなど人道的に大問題である。しかし、グリプス2のチャージには最低でも三日はかかる。それでも二十パーセントの出力であるから、少ない発射回数で効力を得ようとすればコロニーを攻撃する方が適当なのはたしかなことだった。軍事施設を攻撃したところで、サイド4はティターンズ支持の表明はしないだろう。サイド4の表明は、他サイドのティターンズ支持を引き出す最短の策だったのではある。
 シロッコは、返事に窮した。それでも、ジャミトフ閣下がこのようなことを望んではいないのは明白だ。しかし、たとえ階級を超えて諫言したところで、この男は歯牙にもかけないであろう。目の前にコロニーレーザーに焼かれる人々の姿が見えたところで、この男は眉ひとつ動かさないだろうということも解っていた。
 『私やサラ准尉の頭のなかには、サイド4の人々の悲鳴が直接流れ込んできたのだぞ!』
 全身に鳥肌が立ったのを思い出したシロッコは、声をかろうじて咽でせき止めた。思わず腰のホルスターに掌をかけるところだった。ここでこの狂気の男を殺すことはわけはない。前戦において士官の死亡率の二十パーセントは部下の謀反だという統計を思い出していた。上官を殺害したことにより軍法会議で有罪になろうとも本望だと思える。しかし、ティターンズは統率を失い、まさにちりぢりになるであろう。それは避けねばならないと思った。今は、これと同じような二発目を避けさせられればそれでいいとするしかあるまい、と自分を無理矢理納得させた。
 踵を反すシロッコに、バスクは命令を下す。
 「敵は完全に浮き足立っている。このチャンスに、貴様の“ドゴス・ギア”隊は、ガディ少佐の機動部隊に合流してグリーンノア1を完全奪還せよ」
 それにシロッコは返事をせずに退出したが、バスクは鼻を鳴らして失笑しただけだった。



 “ドゴス・ギア”には艦長がいる。
 その単独艦でのドゴス・ギア隊をガディ少佐の機動部隊預けになっている現状ならば、自分はそのモビルアーマー隊の指揮をするだけでいい。下品だと思いつつも、シロッコはこの戦闘でうさを晴らすことを考えていた。どのみち、エゥーゴを退けさせられなければグリプス2があのような使われ方をするだけだ。
 シロッコは、グリーンノア1の外壁にへばりつくエゥーゴ戦力排除のため、サラ准尉と出撃していた。

 体調も落ち着き、戦場に“ガンダムマーク2”で出たカミーユは、吹き上げてくる強風を感じて息が止まりそうになった。
 宇宙空間でモビルスーツに搭乗していて風など感じるわけがない。まして、ノーマルスーツをまとっていないかのように風を感じることなど。
 グリーンノア1に進行している途中で二機のモビルアーマーに襲いかかられ、その立て続けのメガ粒子砲と猪突をすべて躱すことができたのは、“風”を感じることができたからだった。レーダーでは既にキャッチできていた機影だったのだが、こちらに敵意をみせている機体か否かを察知できたのは“風”からである。
 『また、シロッコのモビルアーマーか?』
 グラナダ市内で、スイングバイのタイミングで、カミーユたちをおそった巨大なモビルアーマーが再び迫る。この二機に編隊を断ち切られたことで、アポリーたちと合流することはほぼ絶望的になってしまった。ここからひとりで“アーガマ”に帰ることもかなわないのではないかと思えて、カミーユは絶望しはじめた。
 「シロッコやサラならやめろ!」
 カミーユの声が聞こえるはずもなかった。それでも、叫ばずにはいられなかった。何故、ふたりのような人間がグリプス2を使うようなティターンズにいるのだ。シロッコならとめることができたのではないのか。
 それは、カミーユの怒りだった。


BACK     目次     NEXT