二話 『落ちた空』


 スペースコロニーの大半は、旧世紀にジェラルド・オニールが発案した島三号という円筒型である。直径六キロメートル、全長三十キロメートルの一基でも巨大な建造物だ。その円筒が一分五十秒で一回転し、その内壁に地球と同等の1G重力を発生させる。円筒回転軸の両端には、コロニーへの出入り口があって、それぞれ第一ドッキングベイ、第二ドッキングベイと呼ばれた。円筒内部は軸方向に六つの区画に分かれていて、交互に市街地と採光部の区画となっている。採光部の外側には太陽光を反射する可動式の鏡が設置され、昼夜や季節の変化を作りだすという形態である。
 この円筒の一基いっきを一バンチ、二バンチとよび数十基が集まってひとつのサイドを形成する。

 アクシズの最初の制圧目標は、サイド3だった。
 占領後の宣撫工作のことを考えると、他のサイドよりも厄介な可能性はある。アクシズは国を捨て理想をとり、ジオン共和国は理想を捨てて国をとったのだ。終戦の混乱の中で国と理想を天秤にかけることを余儀なくされていたとわかっていても、お互いそんな簡単に割り切れるものではないだろう。アクシズ本省人であるジュドーでさえ、共和国の人間にいい感情は抱いてはいない。しかし、ジオン発祥の地にして聖地とするサイドを目標とすることは、アクシズ兵の士気高揚にうってつけの起爆剤となるのは期待できた。
 戦闘はわずか二時間で終わった。アクシズの圧勝で、ズムシティと名付けられている首府一バンチコロニーを制圧した。
 アクシズ側が発進させたのは、戦艦五隻、航空母艦三隻、駆逐艦六隻、巡洋艦三隻、総モビルスーツ数八十機の三機動部隊。
 ジオン共和国側は、戦艦八隻、航空母艦三隻、駆逐艦六隻、巡洋艦四隻、総モビルスーツ数七十五機の同じく三機動部隊。さらに、支援に地球連邦駐留軍が入り、戦艦一隻、巡洋艦三隻、総モビルスーツ数十機の一艦隊である。
 戦力的には拮抗していたが、アクシズ側に終始優勢であった理由は小惑星アクシズそのものの存在が大きい。アクシズ本隊からはなんの砲火もなかったのだが、それが後方に構えているという心強さはアクシズ兵を勇気づけた。共和国軍からみれば得体のしれない物体として気味悪く見える。心理的影響もさることながら、アクシズそのものが兵器および軍艦ドックの代わりをしたのも大きい。旧世紀、イェン国の兵がヨーロッパへの遠征に羊を引き連れていったのと同じである。攻める側が小惑星に熱核ロケットエンジンを搭載してそれを後方に配備する、というユニークな戦法は戦史には存在しない画期的な作戦だった。
 あわせて、共和国側は連邦政府から大幅に軍備を制限されていたことも大きい。ジオン独立戦争に対する懲罰ということであるが、新型軍備の開発や建造はおろか現状軍備の改修や補充にすら連邦政府の厳しい許可を必要としていたからだ。事実上その装備は、八年前と変わっていないのである。また国際法によって軍の展開エリアも狭く制限されており、旧世紀末期においての愚策とまで言われた専守防衛状態になっていた。共和国軍は実質サイド3の宙粋から出られないので、進入されるあらかじめにアクシズの戦力を削ぐということができなかったのである。無論、共和国も手をこまねいていたわけではなく、連邦軍への出動要請をしてはいたのだが、間に合わなかった。
 対するアクシズは、連邦行政下の正式な国家でないことやアステロイドという辺境であることを生かして軍拡にいそしんだ。豊潤な資源をつかい、また摂政ハマーンによる独裁体制の利点を発揮させていた。多くの企業を自由参画させ、技術競争を活性化させ発展してきた地球圏に引けを取らない技術躍進を果たしていたということである。
 アクシズはジオン共和国の降伏をとりつけ、すみやかに講和もむすんだ。共和国議会はあっさりとズムシティの議場を明け渡したのである。戦争は、主戦場となり講和の結ばれたコロニーの名前からとってペルム戦争とされた。
 連邦政府を蚊帳の外に置くという暴挙ではあったが、戦後につきものの混乱もなかった。ジオン独立戦争終結時のわだかまりが表面化することが懸案事項としてあげられてはいたが、もともとは同族、といった事実や意識がいい方向にはたらいたということだ。ごく一部をとり逃がすも共和国軍の編入にも成功しているのである。



 プルの部屋で一緒に対戦型シューティングゲームをやっていたジュドーは、彼女の独り言のような呟きに自分の耳を疑った。まだ、戦闘が続くと言うのである。
 ズムシティを制圧できたわけだから、地球帰還作戦が終わったものだと思っていた。ほかのバンチも順を追って半ば自動的に恭順してくるものだと思っていた。連邦政府からの独立も、交渉の席で成立してしまうと勝手に思い込んでいた。それだけの圧勝だったのである。
 テレビゲーム画面の中のジュドーが操るモビルスーツは、プルの攻撃で大破してしまった。勝利にひとしきり雀躍したプルは、ジュースを飲めとコップを突きつけた。
 「今のまま放置しておいたらアクシズはサイド3ごと連邦軍に包囲されるよ。連邦駐留軍や共和国軍の一部が雲隠れしてるから、放っておくわけにもいかない。ハマーンは事務レベルで動かなくちゃならないのはあたりまえだけど、有利に進めるにはズムシティを落としたり共和国の人たちを丸め込んだだけじゃダメなんだってさ」
 サイド3の宣撫工作をすすめつつも、サイド4と月面都市グラナダ市の制圧を目指す。特に、地球圏の経済の中心地のひとつであるグラナダ市を抑えてしまえば交渉カードには最良なのである。
 数ヶ月前に沈静化はしたのだが、実は連邦政府内の派閥争いが激化していたという。それが軍までも巻き込み、複数の白色テロの様相を呈するほどに地球圏は混乱していたらしい。結果的に連邦軍が弱体化したのではあるが、それでももとのキャパシティがアクシズ軍とは違う。戦闘に必要なのは物量よりも技術や戦法であることは今回の作戦でハマーンが証明してみせたのだが、地球連邦軍の底は恐ろしく深い。ジオン、ザビ家という共通の敵をまえに結束されてしまったら、アクシズ軍はなすすべなどない。その前にできることはしておくということだ。
 「篭城しても、供えの少ないアクシズでは耐えられない。だから討って出ると?」
 「そのとおりだよ。私たちニュータイプチームで連邦の神経をズタズタにする」
 プルは、親指をぐっと突き出して笑った。
 「そのニュータイプチームっていう名前はどうにかならないのかな。俺は少なくともそうじゃない」
 「そうはいかないでしょ。研究には莫大な費用がかかっているから、周りのご機嫌取りもしなくちゃならないんだって、研究機関とはいっても兵器が扱えるなら出撃もしなくちゃならないってグレミーも言ってたよ」
 プルの言っていることは論点がずれているのだが、ジュドーは指摘しなかった。
 ニュータイプチームという名称ではあるが、ニュータイプで構成されているという意味合いではなく、ニュータイプ研究所勤務の軍人によるチームということである。全員がジュドーとかわらない歳で、確かにニュータイプ候補とよばれてはいる。とはいえ、その中でニュータイプらしい素養があるのは隊長のプルだけなのだ。しかし、名前だけがひとり歩きをしはじめていて、軍内にあらぬ誤解を招いていることは確かだった。ジュドーが嫌っているのはそのことで、余計な期待をまわりからかけられているということなのだ。模擬戦やこれまでにあった戦闘では、確かにトップクラスの成績をおさめてはいる。しかし、その程度のことだ。ペルム戦争では、ニュータイプチームは後方待機だったためにいちども発砲をせずにすんでいるのである。
 とはいえ、今度のサイド4攻略戦では戦力を割くことになる、人手が少なくなった分、今回のようにはいかないだろう。ケガはもちろん、死ぬ可能性だってある。サイド3の攻略は半ば奇襲に近い状態だったが、サイド4やグラナダ市の時はそうはいかない。それぞれの自治軍も、連邦軍もそれなりの準備はしているはずだ。
 ジュドーの脳裡に、妹リィナの笑顔がよぎった。



 宇宙世紀の開闢前から、既に宇宙軍というものの構想はあった。
 小説や映画といったフィクションだけではなく、実際の行政国防レベルにおいてでもだ。
 人工軍事衛星を運用して宇宙から敵国に雨のように攻撃をする、また敵国の軍事衛星の破壊といった構想がその始まりであり、それを地球上からリモコン操作するなどの管理をするのが宇宙軍だった。しかし、実際に人間が宇宙に住むようになると、それだけでは足りなくなってくる。
 高速で運用する兵器が予想されたこともあって、人的素養としては空軍のパイロットなどが求められたが、組織的な基盤は海軍を模すこととなった。宇宙空間で運用されるのが宇宙船であり、総員が大なり小なりの技術者であることが求められたからだ。ひとり、または少人数で兵器を運用することの多い陸軍や空軍よりも海軍に近くなってしまったということである。
 宇宙空間においての宇宙軍艦は、海上の船舶と同じなのである。
 とはいえ、宇宙軍艦のシルエットはおおよそ海上のそれとは違うものになった。
 今、ジュドーの乗艦している巡洋艦《エンドラ》の姿は、人間が脚をのばして坐り、後ろに掌をついたような姿をしている。頭が艦橋で、掌が推進エンジンである。宇宙空間には上下がなく、また船体と摩擦をおこす物質も稀薄なため、そういった意味でのデザインの自由度は高いのだ。無論、他のタイプの軍艦には普通の船舶のような形をしたものも存在するし、やはり笠のような形をしたものまでが存在する。



 サイド4攻略部隊の司令官を務めることとなったマシュマー・セロ特務中佐は、入室と共にブリーフィングルームを鷹揚に一望した。そのプラチナブロンドの青年士官は、胸のポケットに鴇色のバラを挿したいっけん伊達者である。
 マシュマーは、部隊すべての艦に無線で繋がっているカメラとマイクを意識すると、まず肩の力を抜けと言った。
 今回の作戦は、制圧そのものは失敗することを厭わない陽動作戦のようなものであるという説明から始まった。キャラ・スーン少佐が指揮する別働隊のグラナダ市制圧部隊の方が本命なのだというのである。だからこそ、艦艇数も向こうの方が多いということらしい。連邦戦力を分割するということだ。今のアクシズ軍には、ジオン独立戦争開戦時のような優位性はない。モビルスーツ、ミノフスキー粒子による電波攪乱技術は既にジオンだけのお家芸ではなくなっている。しかし、大勝をする必要はない。サイド3制圧時、ペルム戦争ですでにアクシズ軍の力は連邦に行き渡っており、連邦軍の士気をそぐことには半ば成功している。
 「この作戦でそれを磐石のものとし、グラナダ市をも外交カードに加えて、ハマーン様が交渉を進めやすいようにすればよいのだ。われらには公国軍兵士に勝るとも劣らない信念がある!」
 マシュマーは、拳を振りあげた。
 鬨の声があがり一同は高揚した。
 食堂の大型モニターでそれを観ていたジュドーも鼓動が早くなるのを感じていた。

 ひととおりの説明が済むと、挙手と共に凛とした声があがった。
 「あたしたち。ニュータイプチームはどうするのさ」
 隊長として出席していた、エルピー・プル・ツウァイリンゲである。軍事作戦に関わってくると、というよりもグレミーやジュドー以外の者と接する時の彼女は年上の者にも不敵な態度である。しかし、グレミーの威光をかさにきているつもりもないようだ。それがパイロットとしての技量に加えて、同じ隊のジュドーたちの信頼のもととなっていた。
 マシュマーのような立場にしても、彼女のそういった態度に忖度すれば子供と同じレベルだと周りに見られてしまうのを警戒してなにも言わなかった。プルに軍位があれば監督不行き届きということにもなるが、幸か不幸か彼女には軍籍はない。
 「さきのペルム戦争では活躍できなかったとくだをまいていたようだが、今回も前に押し出すことはできないな。ニュータイプチームの隊長であるおまえが軍人でないということになると、万が一死ぬようなことになっても恩給も出せない。まして、新型モビルスーツのテストを兼ねるということなら、後衛ということになる」
 プルは、不服だという顔をしてマシュマーをにらみつけはしたが、なにも言わないでブリーフィングルームを退出した。



 モニターの向こうとはいえ、その様子にプルの心配をしたジュドーは、モビルスーツのドックに来た。
 モビルスーツのところにいるはずだというジュドーの勘はあたっていた。
 褐色のモビルスーツ《キュベレイ》のコックピットでプルはうなだれるようにしていた。
 訪れたジュドーと眼が合うと、プルは口を尖らせた。
 「グレミーのために戦いたいんだ。ジュドーにかっこいいところを見せたかったんだ」
 子供じみた言葉だが、切実ともいえる悲哀を含んでいた。
 「戦争なんて早く終わった方がいいけど、まだ、そんな場所はいくらでもあるよ」
 「でも、ジュドーはハマーンが好きなんじゃないか」
 うらみがましくうわ目づかいでそう言う姿は、十歳の少女のものそのものだった。いかにモビルスーツの扱いに長けていても、プルにとってはテレビゲームの延長でしかないということなのだろうと思う。
 「高嶺の花よりも、近くにいる人のほうを大切にするのが男の甲斐性ってもんだ」
 そう言ってジュドーはプルを抱きしめてやった。



 グレミー・トト少将が面会を求めているという連絡を受けたハマーン・カーンは、途中ではあったが書類作成の手を休めることにした。執務におわれて少し心に余裕がなかったが、あの小生意気で生真面目な青年士官をからかってやろうと思ったのである。
 この執務室にまで通すように言い、デスクから離れるとソファーに坐った。
 ソファー脇の巨大な花瓶のバラのうち、自分の髪の色に近いモノを見繕うと黒いブラウスの胸ポケットにさす。そして、細いがバネを感じさせる脚を組んだ。
 部屋に飛び込んでくるなりのグレミーの剣幕は、ハマーンが予想した通りで思わず失笑してしまった。
 そのハマーンの笑みがさらに癇に障ったらしく、グレミーはさらにハイトーンの声を荒げた。
 「キャラ・スーン少佐の部隊まで出撃させておいて、なぜですか」
 今回のふたつの作戦からグレミー麾下の機動部隊がはずされたのが気に入らないというのである。マシュマー・セロ特務中佐の機動部隊も、キャラ・スーン少佐の機動部隊もハマーン元帥直属の部隊で、手柄を独り占めにしようとしているのではないかというのが見え隠れするのである。
 ペルム戦争においてもグレミー麾下の艦隊は後方に下げられていたのだ。なにかしらの意図というか悪意まで感じるのである。キャラ・スーンの部隊はいわくのある部隊として有名で、単独で使われることのまずない部隊であっただけに、よけいに怒り心頭といったところなのだろう。
 「そんなに手柄がほしいのか。帰還計画前に将官になったではないか。それに、ニュータイプチームは拝借している。あれは貴様の麾下であろうに」
 「私は、ひとつの部隊だけに負担がかかることを懸念するのです。兵が不信に思います」
 これも本音のひとつには違いないが、功を焦っているというのも本当だった。たしかに、従五位下の将官にまでなってしまえば軍内での昇進などはどうでもよいという本音もある。しかし、むしろ二十歳という若さで将官にまでなってしまうというのは、周りからの風当たりが強いということなのである。功績のひとつも上げられなければ、針の莚だ。そして、遠からぬ将来に考えている計画を実行する為には実績が必要なのである。軍位や役職のみに兵はついてこないということだ。
 そして、ニュータイプチームのみをマシュマー機動部隊に編入したこともおもしろくはない。ニュータイプ研究所が強くハマーンの影響を受ける体制にもかかわらず、グレミーが出入りしていることが気に入らないと思っているのだろうと感じてしまえば、感情的にもなるのである。
 「三日後から、少将の部隊には宣撫工作に合流してもらうことは考えていた。まだ恭順を示さないバンチもある。共和国軍や連邦駐留軍の残党が潜伏しているコロニーの炙りだしもせねばなるまい。戦って功績を上げてみせよ」
 そう言って、ハマーンはふたたび笑った。

 恐怖と勇気がどんなに近くに共存しているかは、敵に向かって突進する者が一番よく知っている。
 グレミーは、ハマーンに呑まれてしまっている自分に気付いていた。
 たいしたやりとりではない。出動の申請をして却下され、別の任務を言い渡されただけの、軍隊であればよくあることである。それでも、まるで歳の変わらない女に気迫負けしていることに慄然とした。
 「ハマーン様は、この独立戦争は成功するものと信じておられるのですよね?」
 それでも、気になっていることを訊かずにはいられなかった。状況的にはさきの独立戦争よりは有利だと思える。しかし、ハマーンの腹の中で別のことを考えているのではないかという洞察を自身否定しきれないのだ。
 党内抗争のガス抜きという目的で地球圏帰還作戦が発動したのではないか、というのはグレミーだけでなく誰もが勘ぐっていることである。摂政としては、ミネバが成人して名実ともに皇王になるまでのあいだ政権が安定していればいいのであり、刹那的に考えているのではないかという噂も時折きこえてくる。高く独立を掲げてはいるが、サイド3ジオン共和国の乗っ取り程度のことしか考えていないのではないか? スペースノイドの完全自治やザビ家の再興を考えた時、ハマーン・カーンが障害になるような気がするのは杞憂なのだろうか?
 人類全体がニュータイプになり、認識力が拡大すれば地球圏にあるすべての国家というワクは消滅する。紛争の胚胎は減少し真の平和が訪れる、と折に触れてハマーンは言う。旧世紀においても、情報化の拡大によって村落が都市になり都市が国家になり国家が連邦になり、そのつど意識共同体が拡大してゆき紛争の減少傾向は見られた。これまでハードウェア的に行われていた情報化をソフトウェア的に、爆発的におこなえるのがニュータイプだ。肌の色の違う外国人を同邦人と同じように認識できれば、あかの他人を身内のように、恋人のように認識できるようになれば争いは縮小、減少、果ては消滅することにもなるだろう。
 しかし、それを待っていては人類は滅ぶ、ともいう。
 紛争の減少に反比例するようにひとつの紛争の規模は巨大化していった。巨大な組織は、内包される不満を吸収するキャパシティも大きいが、その暴力機関も巨大になるということだ。いちど紛争が勃発すると、その被害は甚大なものになる。その具現がジオン独立戦争である。開戦一週間で、人類の半数が死に絶えたのである。ニュータイプの散発的な出現は国家の巨大化と同レベルでしかなく、人類総てがニュータイプとなった状態、国境の消滅には遠くおよばない。
 ニュータイプの育成保護の土壌としてアクシズ・ジオン皇国が必要である。
 独立最大の目的はスペースノイドの完全自治であり、ニュータイプの育成である。
 その象徴として、ニュータイプであるミネバ・ラオ・ザビが必要である。
 真の平和に向けてふたつの手段を講じる。
 今回の戦争はそのための生みの苦しみであり、最終戦争となる。
 そのスローガンを繰り返すように、ハマーンはグレミーに言い放つ。
 「失敗を前提に戦争をはじめるようなことはせん。そのためのこの度のグラナダでありサイド4であり、貴様に託した宣撫工作である」
 やはり抗いきれない気迫を正面からうけ、グレミーは思わず肩ひざをついた。
 「ですぎたことを言ってしまいました。それで、久しくご尊顔を拝していないミネバ様に拝謁を……」
 それは、グレミーがやっとの思いで搾り出したひとことだったが、
 「その必要はない。いま陛下はなれない環境ゆえにお疲れである」
 ハマーンはその要望をにべも無く遮った
 反発をしたい衝動がグレミーに湧き上がりはするが、もう顔を上げることもかなわなかった。
 おのが中のハマーンに対する不審感は、ここから湧き上がってきているのだというのをはっきりと自覚した。
 以前のミネバは頻繁にメディアに出ておられたし、実際に会ったこともある。しかし、帰還作戦が発動する前後から急に閉じこもりがちになられたような気がするのだ。この度アクシズがジオン共和国を併合し『帰還の辞』がテレビ放送された時も、カーテンでそのご尊顔が隠れてしまっていたのである。
 『ミネバ様を完全に抱き込んで、そこまで権力に執着するのか!』
 それでも、けっきょく今のグレミーでは踵を反すことしかできなかった。
 「バラを、所望するか?」
 その背中をせせら笑うようにハマーンは、胸のバラを手にとり差出した。
 「私には、マシュマー・セロ中佐のような趣味はございません!」
 精一杯グレミーは語気をあらげた。
 これが、唯一できる反抗だった。

 ハマーンは、ソファーから立ち上がると、頭をいちど廻らせた。
 現状の戦力配置で、特定の部隊のみを消耗するのは愚策である。反感をかう可能性があると言うグレミーの進言のほうが正しい。ハマーンとしても、若輩者とさえ言われているグレミーが功績を上げることこそ望んではいる。しかし、彼の麾下の部隊を消耗させたくない理由があった。サイド3の作戦なら消耗はかなり少ないはずだし、サイド3の地理も頭に入るだろう。新たな人脈もできるはずだ。
 マシュマー・セロ特務中佐の作戦とキャラ・スーン少佐の作戦をカードにし連邦政府にはサイド3の独立を承認させる。そして、実質のサイド3掌握をグレミー・トト少将の手柄とすれば、軍内部の古参も議会もグレミーを認めるだろう。
 『その上での、グレミーのあの反発的な態度』
 自分の計画は滞りなく進んでいると思えることが、切なくも嬉しくなってハマーンは冷笑した。
 確実にアクシズを掌握し、掌の上で動かすことができている。この掌の上に連邦政府が転がり込んでくることも半ば実感できているような気がしていた。
 そして、かつては同士だった、片時もサングラスをはずすことのなかった男の顔をハマーンは思い浮かべていた。
 『お前の思惑通りに、そしてお前の望まぬ形で推移しているぞ』
 ハマーンは、バラを握り締めた。



 新型モビルスーツ《キュベレイ》。
 その顔は、狐のようである。そして、肩装甲が巨大に横に伸びているところは蝶のような印象を与える。
 肩装甲の中にスラスターを装備しているのは、従来のモビルスーツがランドセルのように背中に装備する形態よりも力学的に推進効率がよいとされたからだ。かわりに犠牲になったのは腕の稼動で、ビームライフルのような兵器の照準制御が事実上できなくなってしまった。そして、本来モビルスーツが行うべきとされている格闘戦を想定から外してしまっている。腕は、質量移動を用いた姿勢制御に使う目的で取り付けられているといった様相である。
 それでも量産にまでこぎつけられた理由が、ファンネル・ビットという武装を搭載しているからだ。全長一メートル程度の大きさで、その名のとおり漏斗型のミサイルのようなものである。《キュベレイ》から遠隔操作する、移動砲塔といった方が適当だろうか。逆に言えば、ファンネル・ビットが搭載できるめぼしがたったから、腕の稼動を犠牲にするようなスラスターレイアウトの設計もできたのである。
 ミノフスキー粒子撒布下においての無線誘導は事実上無効化しているのだが、ニュータイプの発する脳波はそれに干渉を受けにくいことが発見された。そのことを利用したシステムがファンネル・ビットである。プルの部屋にも設置してあったサイコミュのことだ。
 蜂の巣のように穴のあいたファンネル・ビットコンテナーは、《キュベレイ》の腰のところに取り付けられていて、形状が昆虫の腹部を連想させるために蝶のようなイメージを助長していた。
 人間の脳波を捕らえ増幅し、ファンネル・ビットへと飛ばす。ファンネル・ビットは弾頭を搭載することでまさにミサイルのように使用したり、先端にレーザー砲やメガ粒子砲を装備させている場合もある。これが一機の《キュベレイ》に十機装備されており、一度期に敵を四方八方から攻撃することができた。
 目標の位置を特定することが地上いじょうに難しい宇宙空間においては、じつに有効な兵器と言える。ジオン独立戦争後期に初導入された折には、空間把握能力の高いニュータイプにしか扱えないシステムだったが、限定つきで一般の人間にも扱えるようになっていた。オールドタイプの脳波をサイコミュによってニュータイプの発するものに変換し、ファンネル・ビットに飛ばすのである。変換によるタイムラグ、情報の欠落、さらにオールドタイプの脳波の微弱製のためにその稼動には限界があるが、準ずる動きは可能だった。

 巡洋艦《エンドラ》のモビルスーツドックで、ジュドーは浅葱色の《キュベレイ》のコックピットに収まっていた。既に他の隊には発進命令が出ているが、ブリーフィングでマシュマーが言ったとおりジュドー達は待たされていた。
 ひょっとしたら、このまま出なくてすむかもしれないという期待。相反して、轡を並べながらにして自分たちだけが取り残されているのではないかという疎外感、焦燥。こういう矛盾した心裡がジュドーを包んでいた。プルのように無邪気な気分で戦場に臨んでいるつもりはない。それでも、戦場の恐ろしさに怯え尻込みをしてしまうのではアクシズ・ジオン皇国国民になる者として許されないのではないか?
 戦場に出て働きたい、軍に貢献したい気持ちの理由は他にもあった。
 『俺だって、バラがほしいんだ』
 マシュマー中佐の胸のバラは、ハマーンから褒章としてじかに受け取ったものだと聞いて少し嫉妬しているということもある。てっきり造花だと思っていたのだが、生花コーティングを施した本物であるということも悋気をかきたてていた。
 モビルスーツでの戦果でプルに勝てるわけがない。それだけでも褒章を賜る可能性は下がってしまう。しかし、なにかをせずにはいられない気持ちになっていた。

 “ニュータイプチーム、出られるな?”
 艦橋、デッキコンダクターからの問いかけににジュドーは無言で躍り上がった。
 プルが応答し、ニュータイプチームの全十機が発進した。

 ニュータイプチームの構成はプルを分隊長とするヒダリ分隊五機とジュドーを分隊長とするミギ分隊五機のニ分隊編成で、プルは隊長も兼任している。
 規模としては一航空小隊ではあるが、《エンドラ》直下に配備されて、どの上位部隊にも属さない体制となっていた。その理由は、《キュベレイ》という特殊なモビルスーツの性能による。主戦力である《ザク・ドライ》とはタイプが違いすぎる為に隊を組むことが難しいということもあるし、量産されているとはいえ、《キュベレイ》の指揮になれていない隊長の数を減らすという目的もあった。

 そのニュータイプチームに与えられた任務は、またぞろ後衛である。
 先行、前衛チームの討ち洩らしを《エンドラ》はじめ各艦に接近させるなというものだ。
 前回のサイド3攻略戦と同じ配置とはいえ、前回のように発砲せずにすむということはないはずだ。連邦側も体制を整え始めているだろうから数が少ないということはないはずだし、こちらの数は前回の四分の一ほどだからである。現に、隊長のプルが操るファンネル・ビットが敵のモビルスーツを撃墜したところだ。スキーのゴーグルをつけたような顔、苔色鎧甲冑姿のモビルスーツは、四方八方からファンネル・ビットに串刺しにされるようにして消滅した。
 「こいつは、自治軍のじゃないね。連邦軍も出てきて、数を揃えてきてる」
 そのプルの声は雀躍に奮えていた。
 「隊長。俺たちも前に出ましょう」
 ジュドーは、いてもたってもいられず進言した。今回の作戦が陽動であって、本当にサイド4の一バンチを制圧できなくてもいいのだとしても、べつに制圧してしまっても問題はないはずだと思うからである。
 プルはそれを制する。
 「あせるな。前のようにはいかない。討ち洩らしとはいえ、すぐに押しかけてくるよ」
 実際、それはあたった。敵のゴーグルモビルスーツが次々と押しかけるように迫ってきた。
 ジュドーは、ファンネル・ビットを猪突させた。



 ファンネル・ビットを相手に一機〜三機ていどの編隊で善戦できるモビルスーツなどまずありえないだろう。ファンネル・ビットの質量はモビルスーツの四十分の一と遥かに小さい。そのうえ無人機でパイロットの身体を気遣う必要がないため、機動はきわめてトリッキーでシャープなのである。四肢を使わずに脳波で操作しているということも大きなアドバンテージである。
 そのため、奇跡的にもジュドーたちの討ちもらしは異例というほどに少なかった。後に、マシュマー特務中佐の進言で《キュベレイ》の増産とニュータイプチームの拡張が計画されるほどである。

 ジュドーのように後方にいても、アクシズ軍のほうが優勢であるのはわかった。それは、艦隊が前進していることや、艦とモビルスーツ隊の無線でのやりとりからの想像である。
 そのうちの一艦、旗艦《エンドラ》の動きにジュドーは不自然さを感じた。
 「なにを考えている。マシュマー!」
 ジュドーと同じタイミングで察知したのか、プルが叫んだ。たんなる問いかけではない。詰問である。
 ニュータイプチームでも、ジュドー以外の誰もがプルがなんに叫んでいるのかわからなかった。
 戦闘中であれば普通におこわなれる艦隊行動である。旗艦である《エンドラ》が突出するのは確かに珍しいかもしれない。しかし、ジオン型を常にするアクシズ軍でならありえる戦法でもある。
 そうなのだ。どう受け止め方を変えようとも、べつだん批難するような艦の動きではない。それでも、プルは声をあげ否定したし、ジュドーも禍々しいなにかを感じていた。

 サイド4コロニーのうち一基は、最近の連邦政府、連邦軍内の抗争で破壊され、放棄されていた。
 直径六キロメートルのコロニーとはいえ、構成する外壁は厚いところでも二十メートルほどしかない。至近距離であれば、モビルスーツのビームライフルでも穴を開けることはできるくらいに脆弱である。一隻であっても戦艦クラスの大砲で集中砲撃すれば、直径一キロメートルくらいの穴を開けることはできるだろう。
 そんな風穴のあいた一基は、戦場のただ中にあった。放棄されたものなのだから盾にするのにちょうどいい、と連邦側の作戦でアクシズ側が引き込まれていたのである。
 しかし、それはアクシズの望むところでもあったのである。
 ニュータイプチーム、ミギ分隊はアラシ隊の護衛にまわれ、とのマシュマー中佐の命令で、ジュドーの分隊はアラシ隊に追随することになった。ジュドーの分隊五機だけでアラシ隊二十機の護衛というのも妙な話だが、それはファンネル・ビットの性能をマシュマーが理解しきれたということである。
 アラシ隊は、今のいままで、《エンドラ》はじめ十隻の艦に二機ずつに分かれて待機していたチームだ。二機一組でアラシ隊の黒い《ザク・ドライ》が運んでいるのは小型の熱核ロケットエンジンだった。小型とはいえ、ロケットノズルであり、二十メートルのモビルスーツが二機でないと抱えられないほどの大きさのものである。エンジンだけというのは、これが取り付け型のもので、これをなにかに取り付け、そのなにかを移動させるのが目的だというのは確かなことだった。

 アラシ隊は、廃棄されたコロニーに驀進していた。
 ジュドーの分隊がそれを追い、それを巡洋艦《エンドラ》はじめ、全艦が追随する。
 こうやって旗艦が突出するのは連邦軍のセオリーにはない。むしろ忌むべきこととされていた。旗艦が沈むのは、敗北を意味する。僚艦を失ったモビルスーツは脆いものなのである。しかし、であるが故に、この戦法は威力を発揮する。
 「前方で手を抜いている将兵の尻を叩いてやれ」
 全艦に最大戦速で前進する命令をつげた後、マシュマーはそう言って笑った。
 僚艦を沈められるのをもっとも嫌うのはモビルスーツのパイロットたちだ。俄然やる気を出して戦わざるおえなくなる、という具合である。

 条件反射のようにファンネル・ビットを操りつつも、本音ではアラシ隊の運んでいる熱核ロケットエンジンをこそ破壊したい気持ちになって、ジュドーは叫んでいた。
 「やめるんだ。悲しみだけが広がって、敵だけを作ることになる!」
 アラシ隊の行動は、ブリーフィングでも明らかにされなかったことだ。彼らの目的をわかっているのは本人たちと、指揮官であるマシュマー中佐だけだろう。
 それでも、なぜかジュドーにはわかってしまっていた。
 そのイメージが、まるで目で見ているかのように頭脳に飛び込んできたのである。
 血を吐く思いでなんどもジュドーは叫んだ。

 プルは《キュベレイ》のマニピュレータを操り《エンドラ》の艦橋に触れた。接触回線が開くことで、無線よりもクリアな通話が可能になるのである。
 そして、脳裡でファンネル・ビットを操作しながら、艦橋のマシュマーに無線で怒鳴り散らした。
 「どういうことだ。私に知らされていない作戦など、認めるわけにはいかない」
 “貴様には軍籍がない。よって諫言であっても私が受け入れる義務もない。全力でこの《エンドラ》を護ってみせればよい。嫌ならば艦に戻ってこい。このマシュマー・セロ、戦場の民間人を護るくらいの気概を持った騎士である”
 「バカ野郎!」
 プルは貌に似合わない汚い言葉で罵るが、すぐに接触回線を切った。どうせ説得が通じるはずもないとわかっているからである。ここでマシュマーの命令を無視して戦場を離脱しても、まさにいち民間人でしかない自分に罰則はあるまい。しかし、部下達はそうはいかないだろうし、ついてきてもらえるとも思えなかった。いかにマシュマーが気に入らなくても、《エンドラ》を沈められるわけにはいかないのである。
 マシュマーをくびり殺したい衝動がプルの中にうまれるが、それを必死で抑えた。わきあがるジレンマは、更に苛立ちを加速する。そして、無意識にジュドーの名前を呟いていた。

 アラシ隊を説得できるのではないかと一瞬思ってしまったジュドーは、次に自分を笑っていた。
 彼らとて、こんな作戦はやりたくないだろう。それでもそれをするというのなら、実行している今になって説得もなにもあるまい。現に、ジュドーは叫び続けているのだ。
 サディスティックな気持ちになっているとは思いたくないが、連邦に巨大な一撃を食らわすということにカタルシスを感じているかもしれないし、ただただ国家に対する忠義を重んじているのかもしれない。
 「なら、実力行使しかないじゃないか」
 さんざんの懊悩や逡巡をこえて、ついにジュドーはファンネル・ビットのメガ粒子砲を熱核ロケットエンジンに照射していた。
 熱核ロケットエンジンは複数のファンネル・ビットからのメガ粒子の照射をハリネズミのようになるまで受け、次の瞬間、火球に包まれた。
 それを運搬していた二機のモビルスーツのうちの一機は完全に巻き込まれ誘爆し、一機はからくも回避した。
 アラシ隊としては、予想のできている範囲のトラブルだったのかもしれない。火球に飲まれなかった方の黒い《ザク・ドライ》は、平静を欠いている雰囲気ではないとジュドーには洞察できた。《キュベレイ》にビームライフルで攻撃してきたのである。ジュドーはそれを理解はするが、それでも制止を叫んだ。
 「やめてくれ。ほかのエンジンも破壊しなくちゃならないのに」
 このアラシ隊の反応を当然のことだとはわかっていても、動揺していたのはジュドーの方だった。
 自分は、アクシズの軍人として正しいことを行ったという自負があったからである。仮に参謀本部が容認している作戦だとしても、このような作戦が許されるはずがない。だから、賛同してもらえるものだと勝手な合点をしていたのだった。
 本来のジュドーが操縦する《キュベレイ》やファンネル・ビットの動きがあれば、このような攻撃を回避することも、アラシ隊の《ザク・ドライ》を破壊することも造作もないことだっただろう。しかし、完全に動きが止まってしまっていた。みかたに撃たれる、というのはかなりショッキングなことである。ジュドーはファンネル・ビットをメガ粒子の軌跡にぶつけて盾にするが、それもすぐに尽きた。
 やがて《キュベレイ》の脚に被弾し、爆発した。
 その衝撃に気を失いそうになりながら、ジュドーはもういちど叫んだ。
 「やめるんだ。コロニーを地球に落とすなんて!」

 既に遠く離れた位置で《エンドラ》を護衛しつつも、プルはジュドーがみかたに攻撃をされたことを感じとってしまっていた。
 ふたたび、接触回線を開くとマシュマーに怒鳴りつける。
 「みかたを攻撃するなど、どういうことなんだ!」
 “連絡は受けている。さきに攻撃してきたのは曹長の方である。語ることなどないな。生還したのなら、軍法会議にかけるしかない”
 この言葉を聞き、プルは「ダカールでもどこでも、好きなところにコロニーを落とすがいいさ」と言い捨て、すぐさまに踵を反した。
 自分が軍人でないから責任が発生しないというのならば、自分が生きて帰られるようにだけ戦えばいいというのがプルの正直な気持ちになっていた。海賊行為の片棒を担ぐことまでしたら、死ぬに死にきれるものではない。あのまま苛立ちに任せて《エンドラ》の艦橋を叩き潰すこともできたがそれをしなかったのもそのためだ。今《エンドラ》が沈むことは、この戦場にいるアクシズ軍将兵の死活問題になる。自分が生き残る為にも、忌々しいとはいえマシュマー中佐をここで殺すことはできなかった。
 コロニー落としを阻止できない今となっては、マシュマーを責めるよりもジュドーを捜索することのほうが重要だからである。そして、生きて帰ったいじょう、自分の近くにはジュドーがいてくれなくては困る。
 『帰ったらグレミーに言いつけてやる!』
 ジュドーが被弾をしてたことは確かで、無線での応答はないが、ジュドーが生きていることもわかっていた。この自分の能力を不思議だとプルは思わない。ニュータイプ研究所のスタッフはオーラだと言っているが、ジュドーのそれを風のように感じることは、誰にだってあることではないのだろうか?
 プルはジュドーの気配に向かって驀進した。



 いかに落とすことそのものが目的の作戦とはいえ、アクシズ軍も闇雲にコロニーを落とすようなことはしない。敵の心理にもっとも影響あたえる場所に落とすことが肝要である。人類の大半が宇宙に上がり始めてしまったために巨大都市といえるものが少なくなってしまった現状では、地球連邦議会の開かれるダカールに落とすのが得策とされた。
 コロニーを地球に落下させるなど、まともな軍隊のやることではない。
 それでも、マシュマーに躊躇はなかった。
 誰の前であろうとも、反感を買う覚悟はあるのだと言ってしまえるだろう躬らの厚顔無恥さに失笑もする。
 それでも、どのような犠牲を払おうとも、この作戦は成功させねばならない。なりふりなどかまっていられないのだ。人類はこれまで、生活圏を確保する為、安全保障の為にそうしてきた。人道的なことを叫びつつも、強者が自己の安定を最優先としその次に弱者保護を行ってきたことは周知のじじつだ。弱者保護を名目に利権を拡大した歴史さえある。
 今になって、コロニー落としに後ろめたさを感じる謂われなどあるものか。
 『だからこそ、苦渋の選択をハマーン様はなされたのだ』
 あのお方の心中をこそ察すれば、その走狗になりきることこそが自分たち臣下のつとめだと思うのである。
 いま、地球連邦軍の本拠地はジャブローからアフリカのキリマンジャロに移っている。そこを標的にすることも可能だったが、アクシズ軍参謀本部はあえてダカールを選んだ。連邦政府の軍事力が各コロニーの独立を阻害しているというよりも、連邦議会そのものが阻害しているのではないかという思想からしてみれば、臨時政府法案があろうとも、混乱に乗じて政治工作をしやすくなるはずだからだ。軍事力そのものではなく議会を恐れているというのは、軍人のマシュマーには理解しがたい感情ではある。しかしそうだとするのならば、この作戦の成功のおりにはサイド3だけでなく他のサイドも独立に向けて行動をおこすかもしれない。
 そう想像もできて、マシュマーは興奮した。
 かつてのジオン独立戦争においても行われたコロニー落とし作戦だが、その時の標的は連邦軍本部のある南米大陸のジャブローだった。最終的には、目標をそれてオーストラリア大陸のシドニー市に落下してしまったが、あの作戦が連邦政府の譲歩を引き出しかけたことは間違いがなかった。その後の紆余曲折で連邦政府は態度を豹変、硬化させてしまったが、効果的な作戦であることに疑いの余地はないということだ。
 アクシズのサイド3占拠の容認や、サイド3をアクシズ・ジオン皇国として独立させることもできる可能性があがる。

 それにしても、士官と同じ仕事をこなしているとはいえ、十歳のプルがコロニーの落下目標を言い当ててしまったことにマシュマーは驚愕していた。確かに、キリマンジャロかダカールかの二者択一からの言葉かもしれない。それがたまたま当たっただけだと言えばそれまでである。敵国の首都攻撃と陥落は、もっとも単純な戦争のセオリーではある。が、そもそもこの作戦がコロニー落としにあるということなどほんの一部の者が知っているだけだ。ジュドー・アーシタ曹長という兵がアラシ隊に狙撃されたというだけの情報で、コロニー落としが行われてその標的がダカールであるなどということはわかるわけがないのである。
 これがニュータイプというものなのかと、マシュマーは好奇のおももちになる。
 ファンネル・ビットを従える《キュベレイ》の戦闘能力には目をみはるものがある。ゆえに、ニュータイプだといわれるプルと他のパイロットとの差が歴然としていた。四〜五年もすれば、指揮官にあのような者がいすわるようになるかもしれないと、危機感いじょうに誇らしくも思えた。



 謀叛したジュドーが分隊長だったとはいえ、ニュータイプチームのミギ分隊は任務を全うした。アラシ隊は、ジュドーが破壊した熱核ロケットエンジン一基以外の九基の廃棄コロニーへの取り付けに成功したのである。
 熱核ロケットエンジンが起動し、コロニーが岩のように動き出すと完全に勝敗はついた。
 アクシズ軍は、熱核ロケットエンジンの護衛のみに兵力を割ければよいということになり、各部隊に余裕ができた。そして、そのアクシズ軍の姿勢から、目標がサイド4じたいにはないと判断したサイド4自治軍の姿勢は戦闘に対して及び腰になってきたのである。
 残されたコロニー駐留軍を中心とする連邦軍は、完全に浮き足立ってしまった。アクシズ軍の目的がサイド4の制圧ではなく、コロニー落としだったことを本部に連絡することしかできないような状態になってしまった。
 五十億トンといわれる巨大な質量のコロニーを動かしだすまでに消費されるエネルギーは、膨大なものになる。それは、いちど動きだしてしまうと止めることも容易でなくなってしまうということでもあった。抵抗が極度に少ない無重力の宇宙空間では、いちど物体に与えられた運動エネルギーを消費するファクターは極端に少ない。そのうえ、地球の重力井戸に引かれ始めてしまえば止めることなど不可能である。仮に進入角度が地球の自転軸に対して平行になってしまっても、秒速七・九キロメートル以下でさえあればどこかに落ちるものであるし、その為に熱核ロケットエンジンには最終軌道調整用の燃料は残されていた。

 かくしてコロニーは地球に落下した。
 落下場所は、北に大きく緯度がずれ、アイルランドのダブリンだった。
 放棄されていたコロニーだっただけに、その破損具合の計算に誤差が生じてしまったということだった。
 地球との大気の摩擦熱でコロニーの後方部分がちりぢりに砕けてしまい、極端に質量が減少して軌道が反れてしまったのである。
 「空が落ちてきた」
 望遠レンズのビデオカメラでの撮影に成功したジャーナリストは、はるか遠方からだったがその光景に神の存在を疑ったという。

 連邦がコロニー落としを阻止できなかった原因は、マシュマー機動部隊の目的を単なるサイド4征圧作戦だと勘違いしていたことにある。
 これは、エンドラ隊の中でも緘口令がしかれていたほどの極秘事項だったが故に連邦が察知できなかったのも仕方のないことだった。コロニーの安定軌道のバランスを崩してやれば、その方向次第でコロニーは地球に落ちるものだが、口で言うほどにたやすいものではない。コロニーひとつを目的地に落とすことよりも、制圧するほうが数倍簡単なことなのである。アクシズがジオン公国の後継を名乗りそれが事実だとしても、よもやかつての公国軍のようにコロニー落としをすると予想をすることの方が難しい。
 そのように準備をしていなかった連邦の機動部隊は、サイド4自治軍の及び腰の支援のもとで軍艦の推進剤不足でコロニーの移動についてゆけずに戦線を離脱するしかなかった。



 四肢を失い、動けなくなった《キュベレイ》のコックピットの中で、それでもジュドーはケガもなく生きていた。
 ただ、寒くもないのにおこりのように震えていた。

 コロニーを追いかけるカタチで戦場が移動し、ジュドーは、完全に取り残されてしまっていた。
 サイド4の宙域だから、救難信号を出していれば誰かが拾ってくれるかもしれない。無駄に酸素を消費しないためにも寝てしまおうと思った。拾ってもらえなければ、そのまま死ぬこともできる。
 目を閉じると、ジュドーは泣きたくなった。
 コロニーが落ちた光景など見ているわけがない。地球そのものは見えていて、目にはその点がちょっと光ったような気がした程度である。
 それでも、人知を越える事態だとはいえ大災害をおこしていることはわかっていた。
 たくさんの人が死んだ。自分が死んだことにも気付かないような死に方をした人も、なぜ自分が死ぬことになったのか理解できずに死んだ人もいた。様々な死んだ人の想念がいちどに自分の中に飛び込んできているような気がして、それで寒くもないのにジュドーは震えが止まらなくなってもいたのである。

 コロニーが落ちてから数分後、《キュベレイ》のレーダーが連邦軍モビルスーツの機影を捕らえ、その動きが自分を見つけたものだとわかっても、裏腹にも嬉しくないような気もしていた。捕虜に対する拷問のことではない。
 『コロニー落としを阻止できなかった俺に、生きる価値などないかもしれないけど』
 ただ、こう思えてしまうことこそがひどく偽善的で、傲慢なんだと自戒もする。
 《キュベレイ》のなけなしの動力を立ち上げ、接近してくる機影をカメラで見つける。
 そのおもちゃのような配色をしたそのモビルスーツは、ジュドーの《キュベレイ》に一気に近付くとマニピュレータを当てて接触回線を開いた。
 “パイロット。生きているな?”
 ジュドーは、短く返事だけをする。故障でほとんど映らないマルチスクリーンに、僅かに見えたモビルスーツの顔はまさに人の顔のように目が二つあった。《ザク・ドライ》は自動車のフロントガラスのような顔をしているし、《キュベレイ》も人の顔とは形容しがたい。が、その敵のモビルスーツは鶏冠をつけた古代ギリシアの兜を彷彿させる形状の頭部だった。
 『人間に似せれば強くなるってもんでもないだろうに』
 おかしくなって笑った次の瞬間、それが訓練校でなんどか名前を聞いた《ガンダム》だと思い出していた。

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