三話 『終戦』 完全に動かなくなっている《キュベレイ》のマルチスクリーンからは、外の様子をほとんど見て取ることはできない。そのため、多少の不安はあると、ジュドーは自分の立場にしか頓着できなかった。しかし、外部の敵にしてみればとうぜん敵のモビルスーツが得体のしれないものとして目に映っていたのだろう。まして、量産の認可が下りているとはいえ、そのラインも整っていない少数の《キュベレイ》を戦場で見た連邦側の兵は少ないに違いない。 “妙な真似をするなよ。これから母艦に接近する” こちらから外が見えているのかいないのかもわからなければ、接触回線でこう言ってくるのは当然のことだ。この《キュベレイ》のどこにどのように武器が内蔵されているのかわかったものではないからだ。トロイアの木馬のような事態はごめんこうむりたいということである。 自分を護送してきた《ガンダム》と共に、着地したようだった。 「私は、アクシズ軍エンドラ隊所属ニュータイプチームのジュドー・アーシタ曹長です。こっちは動力の全部が死んでいるんです。コックピットハッチを内側から吹き飛ばしますよ」 エマージェンシー脱出用に少量の火薬でコックピットハッチを破壊、空気圧で吹き飛ばすという機構はどのモビルスーツにもあるものだ。了解を得られたのでそのようにし、両掌を上げると天井にあいた穴から顔を出した。 正面には、《ガンダム》がいた。 ビームライフルの銃口をこちらに向けている。 人間のような顔、白を貴重としたどこかの国旗のような派手な配色。 確かに、《ガンダム》だ。 《ガンダム》のパイロットもコックピットハッチから顔を出した。 仰臥させられている《キュベレイ》に対して、脇に立っている《ガンダム》からは、とうぜん見おろす体制になる。ノーマルスーツ姿のパイロットは、拳銃の銃口をジュドーに向けて声を張り上げた。 「そのまま掌を下ろすな。これいじょうの警告はしない」 「弁護士つけてもらえるんですよね」 戦時国際法では、階級に関係なく尋問のさいに弁護士をつけることが義務付けられている。尤も、まっとうにまもられたためしはないし、ついたとしても敵軍の弁護士では敵愾心のせいで捕虜の保護ができていないことの方が当たり前だった。ジュドーはそれを皮肉ったのである。 《ガンダム》のパイロットは失笑もせずにそれを聞き流すと、 「かわったモビルスーツだな」 と、ここで笑ったようだった。フルフェイスのヘルメットのせいで表情が見えないが、肩がゆれたのである。 《キュベレイ》のデザインが珍しいということなのか、被弾して四肢がなくなっていることを皮肉っているのかジュドーにはわからなかった。しかし、なめられるわけにもいかないと、そのパイロットをにらみつけてやった。 「そのモビルスーツほどじゃない」 それを聞くと、今度は聞こえる笑い声で《ガンダム》のパイロットは笑った。 * ジュドーと《キュベレイ》が護送された連邦の軍艦は、サイド4のコロニーの中にあった。 捕らえられるとすぐに営倉らしい部屋に押し込められ、ジュドーはそこで胡坐をかいた。 すぐにトレーにのせられた食事が運ばれてきた。 戦闘が終わってから二時間、なにも口にしていなかったから、素直にジュドーはありがたいと思った。 敵の軍艦の中で緊張をしていて味なんかしないのではないかと思ったが、あんがいそうでもなかった。連邦軍の戦闘糧食はまずくて食べられたものではないというのがアクシズ軍の中での噂だったが、それも単なる流言飛語だったらしい。合成食材の技術に大差はなさそうだ。もっとも、味はアクシズ軍のものの方が上だとは思った。ダシを取り忘れたような味なのである。味に影響を与えているのは、調理センスのようである。 これから取り調べがあるのだろうが、完全な黙秘をし続けていいものだろうかと考え始めていた。禁止されていようとも必要とあれば拷問にもなるだろうし、されたところで下士官がもっている情報にも限度がある。喋っても喋らなくても同じなのかもしれない。 『軍では、自分は戦死認定されてしまっているのだろうな』 リィナは悲しんでいるに違いないと思う。そして、些細な蓄えでは生きていくこともままならないはずだ。恩給の期待はできないだろう。自分は、熱核ロケットエンジンを破壊しているのである。それも過失ではない。軍法が身内にまで適用されるのは撤退命令の無視だけだが、恩給審査に影響を与えるのは目に見えていた。 プルやグレミーがうまく取りなしてくれないものかという期待もあるが、それはあまりにもあつかましいと思える。 食事を終えたのを見計らうように、取り調べがある、とドアが開いた。 取り調べには、神妙なおももちでのぞんだ。 奇妙な縁だと思ったのは、デスクをはさんで前に坐った取り調べの担当官のひとりが、あの《ガンダム》のパイロットだとわかったからである。当然、名乗ってはくれないし、あの時はお互いにノーマルスーツを着てフルフェイスのヘルメットだったから見た目からの確証ではない。が、ヘルメットを隔てていたとはいえ声がそうだと洞察させたし、言葉にはしにくいが、なんとなくそんな気がするのである。 《ガンダム》のパイロットの肩にある階級章を見て、中尉なのだと認識する。パイロットにもかかわらず、この取り調べの責任者なのだ。連邦軍が強大だというのは明白だが、末端や現場にくれば人不足というならそれは組織としての怠慢だ。連邦軍を恐れることはないとパイロット訓練校で再三にわたって言われたが、こういうことなのかもしれない。 《ガンダム》のパイロット、中尉はジュドーと同じほどであまり背は高くはない。成長期でまだジュドーが伸びることを考えれば、むしろ小さい方だろう。それが薄い鬚とあいまって、ジオンでは悪魔とも呼ばれた《ガンダム》のパイロットというには不自然な気がした。 取り調べにのぞみ、総ての質問にジュドーは知らないと言い続けた。目の前の《ガンダム》のパイロット、中尉はともかく、その後ろでパイプ椅子に坐って調書をとっている二人の士官はジュドーの態度に苛立ちを必死におさえているようだった。 そうはいっても、次のアクシズ軍の目標やら未投入の兵器のことを白状しろと言われても、知らないのだからしかたがない。 ただひとつ、《キュベレイ》のことについては機体名以外にはすべてを惚けを決め込んだ。 とうとう「知らないわけがなかろうが!」と調書をとっていた片方が立ち上がると、坐っていたパイプ椅子を蹴った。豪快な音を立てて壁にあたったが、どこも傷つきはしなかった。中尉がなだめる。 担当官が怒りだすのも当然である。自身が操縦しているモビルスーツのコンソールの扱い方を知らないはずはないのだ。自分に合わせてカスタマイズをした程度だから、開発とまではいわないがコックピット周りの扱い方や意味合いはとうぜん知っているのである。 こうやってしらをきって見せても、胴体部分しか残っていないとはいえ文字通り心臓部分は残っているから、いずれあらかたの性能は露呈させられてしまうだろう。一機だけコンテナーに残っているファンネル・ビットが実はまだ稼動することもだ。 プルのようにニュータイプ能力があれば、専用のノーマルスーツを着てある程度《キュベレイ》に近づくことでファンネル・ビットや《キュベレイ》本体を動かすことも可能なのだが、ジュドーでは無理だ。 それができれば、ここから脱出することもできるのだが。 「もっとも、曹長が良質の情報を持っているとは思ってはいないよ」 あらかたの尋問が終わったところで、中尉はひょうひょうと言って苦笑もしなかった。それから、二人の担当官に確認するとジャンパーのポケットからリンゴを取り出し、ジュドーに投げわたした。 「あ、ありがとうございます」 その不自然ともいえる物腰に、ジュドーの返事は覚束ないものになる。 「ジオンのレーションは美味いってきくからな。それでも、生素材なら他のサイドだって負けちゃあいない」 このリンゴは、半舷上陸のさいにスーパーマーケットで買ってきたのだという。サイド4で生産されたものだとタグが貼ってあったのだそうだ。 いったん取り調べを休止し、ジュドーは取調室から営倉に押送されることになった。 後ろ手に手錠をかけられ、ジュドーをはさんで前に中尉、後ろはパイプ椅子を蹴った担当官だった。 その途中、“軍人は、民間人を攻撃するものではない”という国際法がジュドーの脳裡をよぎった。 もちろん、これが戦争において厳守されることがないことくらいはわかっていた。しかし、ジュドーにはコロニーを地球に落とすという暴挙を納得することができなかった。連邦軍に対してはるかに劣勢のアクシズ軍が戦うには、手段を選んで入られないというのはわかるが、である。 作戦はハマーン・カーンの知らないところであり、マシュマー中佐がスタンドプレーをしたのではないかという期待もする。マシュマーの忠誠心からはありえないが、彼の性格からしたらありえるとも思えるのだ。 『ハマーン様が、あのような作戦を指示するはずがない』 ジュドーは、あくまでハマーンの善意を信じているのだ。 リンゴの皮が歯のあいだに挟まっているのが気になって、連想的にシャア・アズナブルがどこかのサイドで農場をやっているかもしれないという言葉を思い出していた。 自分も、戦争が終わったら農場をはじめようかと次に思った。建国されるアクシズ・ジオン皇国が孤児をどこまで保護してくれるのか、農場経営をどう支援してくれるのかはわからないが、軍人でいるよりはいいかもしれない。 と、すれ違った青年をみてジュドーは思わず足をとめた。 中尉も、ジュドーにつられて足をとめる。 「君か」 すれ違った、サングラスをかけた青年も驚いたようだった。 半年前、アクシズを訪問した連邦政府の若き代議士クワトロ・バジーナだった。 以前に会った時はフルフェイスのヘルメットを被っていたのだが、自分のことをおぼえていて気付いたことに、かすかな驚愕をする。 驚くということでは、政治家がこのタイミングでこの宙域にいることがジュドーには信じられなかった。 サイド4の被害調査の視察にきたのだと思うが、戦闘が終わっているとはいえなかなかのフットワークである。今度は、護衛がいないというのも考えられない。 「あなたが、軍艦に乗っているなんて」 ため息をつくようにジュドーは言った。 「この艦の連中には嫌われているが、これも仕事だものでね。軍籍を持っていると、中央の連中には走狗のようにも使われるのさ」 自嘲気味に言うそれを聞きながら、中尉は呆れ顔になっているようだった。クワトロ・バジーナを嫌っているというのは、彼のことなのかもしれない。 捕虜に自由にさせてもらえる時間など少ない。儀礼的な軍敬礼をクワトロにした中尉は、ジュドーを引っ張った。 * ジュドー・アーシタ曹長の戦死認定がでてしまった。 遺族を軍施設にまでよんでそれを通達するのは異例中の異例だが、それは、プルやグレミーの誠意である。二人にもそれぞれに身内がおらず、ジュドーを兄弟のように考えていたということだ。 そして、ジュドーの身内は、今や妹のリィナ・アーシタだけである。 目の前で泣き崩れるリィナを、どうやって慰めたらいいのか、プルはそれを思案していた。 搭乗していたモビルスーツの被弾証言があり、モビルスーツは回収もされず、すでに一週間が経過していた。バックアップのないモビルスーツに、一週間もの稼動を期待することはできない。陸海空軍であれば、まだ戦闘中行方不明という経過時間であるが、宇宙軍となると戦闘行為で死んではいなくても、生命維持装置の稼動限界時間を越えているということだ。コロニー内や要塞内での戦闘であれば行方不明というのもありえるが、状況的にありえなかった。コロニーの移動に伴う大規模な戦場の移動があった状態で、連邦が捕虜としている可能性もきわめて少ない。 みかたのモビルスーツを攻撃したという証言までもがあったが、それは隊長であるプルが弁護、完全に否定した。サイコミュの誤動作を主張したのである。調査しようにもその機体そのものが行方不明なのだから立証はできなかったが、それは同時に、ジュドーが攻撃したという証言の立証も不可能だということでもある。疑わしは罰せず、というジオンの前例に倣ってジュドーは無罪とはなった。 無罪のうえだから恩給はでる。当面、リィナが金銭的に困ることはないだろうが、それいじょうにプルには言いたいことがあった。 『ジュドーは生きているんだよ!』 この言葉には確信があった。 それは、今もなお生きているジュドーのことをプルが感じているということなのだが、それを信じてくれるであろう人間がまだまだ少ないことを彼女は痛感してもいた。 だから、そう言えないのだ。言ったところで慰めにもならないし、かえってリィナを苦しめてしまだろうことはわかっていた。 「ねぇリィナ、泣かないで。私まで泣きたくなっちゃうよ」 プルは、リィナを抱きしめて泣いた。 ニュータイプだ、人類の革新だと言われている自分がまったくの無力だというのが腹立たしかった。軍法会議に提訴し、ジュドーの無罪を勝ち取った時は得意にもなっていた。しかし、けっきょくリィナをまもりきれていないではないか。大好きなジュドーがまもろうとしている妹を、なんで自分はまもってやれないんだろう。 プルの憤りは、サイド4作戦と遂行責任者のマシュマーセロ特務中佐にむいていた。 * コロニー落としのことをグレミーは知らされていなかった。 グレミー麾下のニュータイプチームを参加させるいじょうは、聞かされていてしかるべきなのにもかかわらず、である。 もっとも、いまグレミーの胸のうちにある憤りは、知らされていなかったことのみにあるのではない。地球にコロニーを落としたということそのものにこそあるのである。 さきのジオン独立戦争後に連邦議会で締結された戦時国際条約において、コロニー落としは禁止事項になった。アクシズはいまだに各コロニーや都市国家から承認を得ていないから、それを遵守する義務などはない。しかし、サイド3ジオン共和国の後裔国家を自称、そして目指しているいじょうはジオン共和国も調印した条約を尊重する姿勢を見せるべきなのである。目先の弊害として考えられるのは、アクシズ・ジオン皇国を連邦政府に承認させることには成功しても、他のコロニーの承認を取り付けられない可能性がでてきてしまうということだ。連邦体制において矛盾とも言えることではあるが、連邦政府の権威は健在でも権力は衰えている現在において、可能性のないことではない。 アクシズが犯罪国家と言われるのは我慢できることではない、ということだ。 さらにグレミーを苛立たせるのは、参謀本部の調印のある命令書の確認までできているにもかかわらず、不逮捕特権の対象となるハマーンやマシュマー他、参謀本部の士官を逮捕できないことにある。戦時中において、佐官以上の軍人や軍属、国会議員を逮捕することはできないのがアクシズの憲法、国会法、軍法なのである。また、正式に宣戦布告し、戦時体制になってしまったので、連邦法においても連邦軍警察隊による逮捕はおろか調査もできない。 この戦争には勝たねばならないが、勝ってしまえばハマーンが連邦軍裁判にかけられることはまずなくなり、国内では英雄視されてしまい正当な制裁をあたえることができなくなるのはグレミーには耐えられなかった。 『その犯罪者たちを目の前に、会食をせねばならないのはなんとも屈辱的だ』 サイド4作戦の成功を祝っての立食パーティーが、一部の士官とサイド3の旧ジオン共和国の高官や財界人を招いておこなわれた。グレミー・トト少将も出席しており、芝居じみた薄笑いを浮かべているハマーン・カーンをおりに触れて睨みつけていた。 「グレミー殿は、闘っておられる部下が気になりますかな」 ユーリー・ハスラー正四位下中将が、ワイングラスを差出した。 サイド3の宣撫工作は、グレミー直属の部隊とユーリー中将の部隊によって未だ続いている。部下のことが気がかりで、グレミーが誰の会話にも顔を出さないと勘違いをしているのだろう。とはいえ、今のところモビルスーツの運用はおろか発砲沙汰になったという連絡も受けてはいない。このさき、部下の命が失われることも消耗らしい消耗もないだろうとグレミーは踏んでいた。 「いえ、コロニー落としの件で心配しているのです」 グレミーは、受け取ったワインを一気にあおった。 ユーリー中将は、二十歳のグレミーからすれば父親というよりは既に祖父ともいえる年齢である。武士道、騎士道、法律や作戦、さまざまな理不尽に抗ったり屈したりして生き延びてきた歴戦の勇者である。らしく、グレミーの懸念を優しく笑い飛ばした。 「私は、今度で三度目のコロニー落としの目撃者になりました。外交は舐められてしまったら負けです。摂政もマシュマー特務中佐も責めをおう覚悟はおありでしょう」 「軍人らしい功績が未だにないことに焦っているのですよ」 グレミーは自分がコロニー落としをしたかった、と惚けてみせた。 ただ、地味ではあるがグレミー麾下の部隊による宣撫工作の成果は着実に実を結んでおり、サイド3ジオン共和国下のほとんどのコロニーがアクシズに恭順を示し始めていて、功績がないというのはいささかの謙遜でもある。 独立戦争後の復興を放棄したアクシズ人を認められぬという気運の強いコロニーがいくつかあることも確かだ。それに、市長や政庁のレベルで恭順を約束できても、市民の総てが納得していない場合はデモンストレーションに訴えられかねない。現に市民投票をおこなわねば返事が出来ないとするコロニーもある。最悪はテロルを懸念せねばならないだろう。安易に恭順を示さないコロニーは、自治軍、つまりジオン共和国軍が潜伏していて繋がっている可能性もある。とはいえ、自分の部下たちならうまくやってくれるのではないか、と思うのは楽観的だろうか。 ただ、今は連邦に勝つことのみを考える時だ。戦況がいかに有利でも、内輪揉めの拡大で勝機を逃したという歴史の二の舞いを踏むわけにはいかない。自分がやれることを必死でやり、ハマーンにはそのように責任をとってもらう。 「私のような老体では心もとないかもしれないが、相談があればのりますよ。グレミー殿」 ユーリー中将にも含むところがあるのかもしれない。グレミーの心痛を正確に察しているように言ってくれた。 グレミーは、嬉しくなってしっかりと軍敬礼をむけた。 「宣撫工作、ご苦労でありま〜す。キシリア少将殿がつくられたグラナダは、難攻不落であ〜りますなぁ。自分の部隊も、苦労しております」 ハスキーな声、だらしない敬礼をする女性士官、キャラ・スーン少佐は明らかに酩酊していた。顔が真っ赤で、語尾がところどころでだらしないのは酒の所為だ。声がかすれているのは酒の所為ではなく、彼女の地声である。 酔っていることだけでなく、キャラ少佐のその風体は普段から常軌を逸していた。 アイシャドウやルージュでのメイクがかなり派手なのはこのさい不問にするとしても、宇宙軍には似つかわしくない長髪を右側だけ朱色に染めているのには閉口する。軍服もひとつ小さいサイズをわざと着用し、つっかえて上がらないのだと常に胸の部分を大きくあけていた。そのうえ、アンダーシャツを着ていないから豊満な乳房を支えているブラジャーが見え隠れしているのである。さらに鼻につくのはしゃべり方で、連邦陸軍の影響を受けていることは明白だった。彼女には二年ほどの連邦宇宙軍での留学経験があり、軍内でおこなわれている研修がなんどか重なったというから、そこで陸軍将校の口調がうつったに違いなかった。さきほどの脇があいた敬礼のしようも陸軍のそれなのだ。狭い軍艦の中では迷惑である。 「サイド3はアクシズ所縁の地です。それに、さきの戦闘で粗方のかたはついているわけですから、少佐の苦労ほどではありませんよ」 酔っぱらいは適当にあしらっておくにかぎる。視線だけは合わせないでおこうとグレミーは思った。 そんな態度に気付きもせず、キャラ少佐はグレミーの掌をとった。 酒臭い息が近付く。 「そう閣下に言っていただけると助かります〜。このようなところは、マシュマー中佐のように貢献していなければ居心地が悪いだけで〜してぇ」 キャラ少佐の部隊は宇宙海賊を生業にしていたような輩が多く、実際、他の部隊からは鼻摘まみ者のように思われている。それを統率する為にハマーンじきじきの推挙のキャラ少佐だった。彼女の奇行も、そういった連中に侮られないようにと、彼らとの付き合いの中でできあがってしまったものかもしれないと思い、一時期は同情もしていた。とはいえ、こういった時に足元が覚束なくなるほどに飲むようなことさえなければ、自分だけでなく、他の士官だって心底不憫に思うはずなのだと、呆れてもいた。 キャラ・スーン少佐指揮下のグラナダ制圧作戦は、現状では成功したとは言いきれない。 状況は攻城戦に持ち込まれていた。グラナダ市の兵站を絶つことに尽力してはいるということだが、攻め落とすのは難しいだろうというのがおおかたの予想である。 グラナダ市は、さきのジオン独立戦争においてジオンの前線基地がおかれていた場所である。基地化のおりに掘られた坑道が無数にあり、それを使って補給を受けているのは間違いがないのだが、それを見つけるのに難航しているとのことだった。とはいえ、グラナダ港の周りは固めていて、出入りする物資に検閲をかけているのが現状だから、市民生活に影響が出ているとのことだ。 このままグラナダが落とせなくても、アクシズの側に包囲しつづける体力があることをアピールできれば、講和を有利にすすめられるかもしれない。 数ヶ月前まで連邦内で軍までも巻き込んだ派閥闘争があった。サイド4の作戦が成功した最大の理由はそこにある。グラナダは派閥闘争の煽りをあまり受けていないため、消耗が少ないのである。作戦がうまく推移していないとはいえ、キャラ・スーン少佐の部隊に実力がないとするのは過小評価であろう。端的にそう判断してしまったら、軍人として底が浅いことだと思った。 本心でねぎらいの気持ちがわきあがってきて、疲れているなら退席をしたほうがいいと、グレミーはブランデーグラスをキャラ少佐から引き取ろうとする。 「!」 逆に、キャラ少佐はその手首をとって静かに力強く引き寄せた。 意外な握力にグレミーは焦る。酔った人間は、リミッターがはずれて怪力になると聞いたことがあるが……。 「閣下にお願いがあるのですよ〜。麾下にいるジュドー・アーシタ曹長、自分に譲っていただけませんかねぇ」 矢庭にキャラ少佐の目つきが変わる。 「残念だな。サイド4の作戦に参加して、先日、戦死認定がでてしまったよ」 キャラ少佐の下で、ジュドー曹長がする必要もない苦労をすることもない、とグレミーは思った。それにしても、まったく予想だにできない前代未聞の申し出だ。公的な要請ではないとはいえ、佐官が将官の部下に対して要請するなど聞いたことがない。機動部隊間ではなくその上位単位の艦隊間でのことであるから、ハマーンとグレミーで行われるべきことのはずなのだ。それも、士官ではなく下士官の引き抜きである。 「グレミー閣下ともあろうお方が、まさか調査課の発表を信じているわけではありますまい」 キャラ少佐は、脂下がった。 確かにその通りだった。現在もプルがジュドー曹長を感じており、生きていると言っているいじょうは間違いなく生きていると信じていた。無論、調査課が手抜き仕事をしているのだとか、事実隠蔽を図っていると思っているわけではない。 「しかし、状況的に考えにくいのでは?」 流言飛語や外見で判断していてはキャラ・スーン少佐の真価は計れないようだとグレミーは思いはじめていた。作戦以外の会話は今回が初めてだが、迂闊だったと思う。こういった手合いにはウツケでとおしておくのが最良である。部下とはいえ、直属でもない者をどこまで信用できるものかわからないからだ。あの、ハマーン・カーン麾下の人間なのである。 「閣下、自分はですね、最近ニュータイプというものがどういうものなのかようやくわかってきましたよ。 自分は軍内でも物好きでとおっておりますから、様々なところに顔を出すのですが、研究所で曹長といちど会いましてね。ああいう弟がほし〜ぃいと思っていたところなのであります」 「ジュドー・アーシタはニュータイプだから、サイド4の作戦でも生き残っていると言われるのか?」 どうやら煙にまかれているのは自分の方だとグレミーは気付いた。酔っているのは演技ではないようだが、ただの酔っ払いではないし酔っているだけにむしろ手強い。 「ニュータイプであるというだけのことと生還率は〜無関係であると思います。生還率は、兵としての錬度であ〜りましょう。自分は面食いでありますから、ああいう可愛い子を近くにはべらせておきたいのであります」 「考えておきましょう。それも、曹長が生きていればの話ですが」 ジュドーがニュータイプであるということを否定しなかったなと思いながら、グレミーは、ありがちな断り文句を口にした。キャラ少佐が、人を物のように考えているとは思えないが、呆けたものの言いようをするのならば、それに気付かないふりをするのも駆け引きである。 「他にもずいぶん優れた部下をお持ちだ〜というのに、閣下は〜ご吝嗇家なのですな」 と言って一気にブランデーを呷り、キャラ少佐はいかにも不機嫌だという仕種で、からになったグラスを突きつけた。 グレミーはたじろぎかかるも、少し声を荒げた。 「本当にお休みになった方がいい!」 「閣下は、朴念仁であらせ〜られる。女心がわから〜ないでは、ニュータイプのことも真に理解できませんぞ〜。こんななりですが自分とて女でありますし、ハマーン様の苦悩も……うえぇ」 急激に嘔吐感が襲ってきたのか、キャラ少佐はしゃがみこんでしまった。 グレミーは慌てて人を喚び、それに応じて兵が駆けつけた。 あたりの士官の注目を集めてしまう。 「キャラ・スーン少佐、少々ハメをはずしすぎだな」 騒ぎに気付いたハマーン・カーンは、人垣を掻き分けてキャラ少佐の傍らに立った。 スーツの色は、相変わらずの黒である。 キャラ少佐はうずくまったまま、ただ無言でひれ伏した。 ハマーンが怒っているようには見えなかったが、グレミーはキャラ少佐を一喝して下がるように命じる。 しかし、どうやら本当に腹を立ててはいないようでハマーンの目は笑っていた。 こんな貌をすることもあるのだとグレミーは感心すらする。今なら、と会食が始まってからずっと気になっていたことをハマーンに訊いた。 「ミネバ様は、ご出席なさっていないのですね」 「家臣のこのような無様な姿を、ミネバ様にお見せしろと少将は言うのか? 心配などせずとも、建国宣言式典には、御出座なさるよう進言させていただいているし、調整もしている」 ハマーンは、とたんに不機嫌になった。 この話題になるとあからさまに嫌悪を示すことに、グレミーは不信感をつのらさずにはいられない。 自分もまたザビ家の血を受け継ぐものだ、という自覚がグレミーにはある。 父親はジオン公国軍総帥のギレン・ザビである。しかし、自分は嫡流ではないという自覚もあった。 妾腹なのだ。 ミネバ・ラオ・ザビは、次男ドズル・ザビ中将の忘れ形見である。次男ではあるが、母親は正妻なのである。継承順位は、今や彼女が一位である。 そのことに対する嫉妬がないと言えば嘘だ。それでも、誇り高きザビ家の血を受けた者であるからこそ、皇位を狙うことが身の程を知らぬ愚行であるという認識もあった。 なればこそ、ハマーン・カーンのことを許せなかった。 カーン家は中流貴族にすぎないのだ。 父親のマハラジャ・カーンはもともと従四位上でしかない。最終的に従三位大将にまでのぼったが、アクシズに潜伏したジオン軍残党の党首代行になるためのたんなる箔付けにすぎない。ハマーン・カーンは、アクシズの混乱期に、マハラジャの娘であったということだけで現在の地位に坐ったにすぎないのだ。 ミネバ・ラオ・ザビを傀儡にすることで、ハマーンはザビ家を蔑ろにしているとしかグレミーの目にはうつっていなかった。 「連邦軍は内輪もめで弱体化しマシュマー中佐のコロニー落としが成功した今、有利に講和が結べましょうから、ご尊顔を窺えるのは思いのほか早いと期待します。我が艦隊も、それまでにはサイド3を完全制圧して花を添えましょう」 グレミーはなんの敬礼もせずに踵を反すと、キャラ少佐の二の腕を乱暴に掴んだ。それから、引きずるようにして会場を後にした。 こういった場で、各コロニーの市長など要員とコネクションをつくっておくことが宣撫工作としても至極重要だというのはグレミーとてわかってはいる。そのつもりでこの会食に出席もしたのだ。それでも、これいじょうハマーンと同じ空気を吸う気にはなれなかった。 ユーリー中将がグレミーの背中を目で追っているのに気付いたハマーンは、大袈裟に苦笑してみせた。 「私のような者が少将を見て若いと思ってしまうのは、傲慢ですか?」 「われら老兵は、あなたがた若い指導者の教師になり、礎になることを考えるようになります。ですから、今のお二方を見ていればなおいっそう奮起しますな」 ユーリー中将は、自分も部隊に戻ると言って敬礼をし、踵を反した。 ハマーンは、ユーリー中将の警告を聞かなかったことにしておこうと思った。力のみに任せていれば、必ず反発を買う。そういったやり方は、離反者を作るだけだというのは先刻承知である。グレミーだけでなく、今のやりとりを見ていれば、渦中にいなかった者ですら自分のやりように疑問を抱くだろう。この会食がサイド3各コロニーの懐柔も目的にしている状況で、今のやりとりは不安材料でしかあるまい。 それでも、ハマーンは笑っていた。 『姉上、もうすぐ成し遂げられましょう。しばし、お待ちください』 ハマーンの脳裡に、死に別れた姉のことがよぎっていた。 * 戦争は終わった。 第二次ジオン独立戦争と名付けられ、第一次ジオン独立戦争の汚名をそそいだとハマーン・カーンは宣言をした。 講和はサイド4で調印され、ムーア条約とよばれた。 終戦講和の席で、地球連邦政府はサイド3の完全独立自治を特例として認めた。 サイド3の各コロニーの承認を条件に、アクシズ・ジオン皇国の建国そのものも認めさせるとこに成功した。第一次ジオン独立戦争後のコロニー再生計画で、サイド3が負担していた八割の工事を他のサイドと連邦政府に肩代わりさせること、賠償金の請求、と、おおかたの主張が通った。 ハマーンは、完全独立を希望する各サイドの独立の承認をも迫っていたが、それはかなわなかった。 それでも、アクシズは戦争に勝った。 宣戦布告から三ヶ月。 アクシズ側の作戦は、的確な効果を得たということである。 ジュドー・アーシタ曹長は連邦の軍艦の営倉で終戦のことを聞いたが、躍りあがるほどの感動はこみ上げてこなかった。というのも、あのコロニー落としが大きく作用しているであろうことは想像に容易くて罪悪感が先行してしまったからである。 ただ、自分が捕虜として無事であるということを妹のリィナに連絡できるくらいの自由は貰えるのではないか、という期待がじわりじわりとわきあがってきてはいた。 「曹長を取り調べるのは、それでも楽しみにしていたんだけどな」 終戦のことを伝えに来た《ガンダム》のパイロット、中尉はたいして悔しがることもなく、むしろ笑っているかのようだった。 負けてしまったことよりも戦争が終わったことのほうが嬉しいのだろうと解釈をした。 「冗談はよしてください。僕のような下っ端はなんの情報も持っちゃあいないって、中尉こそ言っていたじゃないですか」 いくら中尉が笑っているように見えても、微笑みかえすのは神経を逆撫でるだろうと遠慮していた。同僚がこの戦争で傷ついているかもしれないし、それならば、アクシズ側の所為だろうとも想像できるからだった。 そんなジュドーの心中を察したかのように、中尉はもっと喜べばいいと言った。 そして、 「捕虜の交換は一ヶ月後になる。明日にはサイド3、ってわけにはいかないな。気の毒だが」 と、オレンジを手渡してくれた。 時間がかかっても、それでもジュドーは感謝していた。 サイド4自治軍、 サイド4駐留軍、 月面グラナダ市自治軍、 月面グラナダ市駐留軍、 それぞれの軍のそれぞれの部隊が捕縛したアクシズ兵をまとめてサイド3に返さなくてはならないのだから、その手続きが一ヶ月だというのならば短いくらいだろう。それに、軍ごとに捕虜の交換を行ってしまったら、混乱してかえって時間がかかるはずだ。 こういった戦後処理をするのも、連邦体制をつくって維持しようとする連邦政府の責任というものである。 アクシズ軍は、サイド3自治軍、つまりジオン共和国軍を指揮下においていてはいるが、サイド4やグラナダの作戦には投入していないから手続きは連邦側ほど煩雑にはならなさそうだ。 素直に喜べばいいとも言うが、そんな環境ではない。ここは、連邦の軍艦で自分は捕虜である。 この戦争でアクシズ軍により被害をこうむったのは、サイド3、サイド4、月面のグラナダ市、地球のダブリン市とその周辺であるから、中尉の故郷がそれ以外であれば、アクシズに対する敵愾心も少ないということなのだろう。 連邦軍、特に駐留軍将兵は腰抜けであるというのは、養成学校講師の口癖のようなものだったが、連邦将兵と接触のないジュドーに実感があるわけもなかった。ただ、今こうして話を聞いてみたことで、連邦軍というグローバルすぎる組織なら帰属心が薄れやすくなるんだろうとジュドーは漠然と思っていた。 * ジュドー・アーシタ曹長は、ニ週間後にグラナダ市に移送されることになった。 正式な書類作成などは、グラナダ市駐留軍が一括しておこなうということらしい。 現在、グラナダ港は開放されてアクシズ軍のキャラ・スーン機動部隊による入出港の検閲はおこなわれていない。とはいえ、グラナダ市からの撤退とともに捕虜の交換がおこなわれることとなったということだ。 その連絡も中尉からジュドーは受けた。 はやる気持ちはあるが、自分が無事であるという通達はしてもらっているから焦らないようにと思ってはいた。 そして、中尉が信じられない提案をしてきた。 たとえこの営倉に運んできてもらっていたものと同じ物だとしても、ここで食べることよりはおいしく食べることができるだろう。 講和条約が結ばれ戦争が終わったその時点で、ジュドーの扱いは捕虜ではなく預かりということになる。便宜上、捕虜と呼ばれることはあっても、捕縛した軍にも拘束する権利は持っていないのだ。とはいえ捕縛側が組織であるいじょう守秘義務を持っていることも当然で、そのことから外部の人間の行動を制限する権利も持っている。軍内部の人間にだって制限がかけられているのだから、軍艦の中を自由に歩き回ることが今のジュドーに許されるはずもなかった。 しかし、おそらく中尉の計らいであろう、特殊居住区に設けられたエリアに営巣の数倍はある広い部屋にうつることになった。 食堂は軍艦の中でもっとも開放されたブロックではある。それにしても、ついさっきまで戦争をしていた相手を食堂に誘うものだろうか。 「戦争中で戦場でも、作戦中でなければ敵同士が酒を飲み交わすくらいこと、旧世紀はあったらしいが?」 その言葉の正否はともかく、中尉は訝るジュドーをそう言って説得した。 どの道、自分が拒否をすることはできないだろうと判断してジュドーは従うしかなかった。 食堂は、意外にも閑散としていた。 戦争が終わって勤務シフトが変えられたからで、四交代が二交代制になったために多くの将兵がサイド4の街に出かけているとのことだった。 「街に出れば本物が食べられるところだが、これで我慢してくれ」 と、ジュドーの前にでてきたのは合成肉のハンバーグだった。添えつけのサラダもおそらくは合成品である。保存のことを考えれば軍艦に乗せられる食品が偽物であることは仕方のないことではあるが、とうぜん将兵からの評判は悪い。それでも、捕虜の身で食べていたサプリメントに毛の生えたようなものと比べればありがたかった。 「中尉は食べないんですか」 そう訊くと中尉は、さきに食べさせてもらったと答え、続けて質問が飛び出した。 「曹長が乗っていたモビルスーツにはサイコミュが搭載されているな」 思わずジュドーは咳き込み、動揺を隠せなかった。程なく解明されるだろうとは思っていたが、現実となると慌ててしまうものだ。 「我が軍の機密です。黙秘します」 どうにか咳が落ち着いたところで、ジュドーは毅然と言い放った。まさに取り調べの再燃である。 《キュベレイ》は解体されて調査できるだけ調査しているのだろうから、いわば証言をとりたいだけのことだろう。そして、今のジュドーの態度では肯定したようなものである。第一次ジオン独立戦争の時から戦場に導入されているシステムで、進歩はしていても真新しいものではないから、ばれてしまっていて当然ではある。 「連邦の協力企業でも工廠でも研究や開発は進んでいるし、僕も相手にしたことはあるからわかるんだ。あのビットっていうのが、ずいぶん小型化されているのには技術部も驚いていた」 サイコミュの開発ではパイオニアでもあるジオン側に一日の長がある。特にアクシズ発の技術は、その立地条件において漏洩が少なく、飛躍的な進歩がおこれば連邦側が追従できないことも多いだろう。 「モビルスーツは、返していただけないのですよね」 それは訊くまでもないことだ。捕虜の扱いを国際法に倣えという項目があらためて盛り込まれてはいるが、拾得および強奪兵器の返却という要望は今回の講和条約に盛り込まれてはいない。国際法においても、義務づけられてはいないのである。 解体できるだけ解体してしまい、研究機関にばら撒いてしまったから返却をしようにも難しいだろうとも言った。 「サイコミュを扱えるのはニュータイプだということだが、曹長もそうなのかな」 ジュドーは、自分がニュータイプか否か訊かれた時に否定する癖があるが、それをどうにかこらえた。 どうやら連邦側の技術では、エルピー・プル・ツウァイリンゲのようなニュータイプでないとサイコミュを扱えないようだ。しかし、アクシズでは違う。確かにニュータイプ能力の有無で戦闘能力に差は生じる。とはいえサイコミュは、その機動や性能は戦闘に耐えうるものを持っているのだ。 技術力の漏洩を回避する為にジュドーは否定しなかった。 このまま講和を無視して研究所のようなところに運ばれる可能性がでてきてしまうが、アクシズ軍人として、これは義務だと思った。 「《キュベレイ》での実戦経験は二度。ともに後衛でしたが、連邦のモビルスーツを合計で五機撃墜しています」 嘘は言っていない。そして、どうとでも取れるように言った。連邦での常識ではニュータイプにしかサイコミュが使えない、ということならば《キュベレイ》のサイコミュの性能が露見するには時間がかかるだろう。 ジュドーの戦績が凄いと、中尉は驚愕した。ニュータイプはパイロット特性が高く戦績がよいというのは両軍を通じての認識なので、自分をニュータイプだと勘違いしてくれているだろうと思った。 * ジュドーはあらかたのハンバーグを胃袋に押し込みはしたが、敵艦であるということ、法的にはどうあれ捕虜であるということや現に取り調べのような状態であったこともあって、食べたような気にはなれなかった。とはいえ、一ヶ月もすればアクシズに帰れるだろう。それからすぐとは言わないまでも、程なく妹リィナの手料理も食べられるから滅入る必要もないと思っていた。美味しくない食事も、もう少しだけ我慢すればいいのだ。 帰っても、ジオン共和国軍の残党との戦闘はまだ残っているのかもしれないが、許されるなら軍を除隊しようと思う。コロニー落としのようなこをしなければならないのが軍人の仕事ならば、疲れるばかりである。コロニーが地球に落下したであろうその瞬間に感じた悪寒、それは耐えられないものだった。その時の悲鳴は他人のものなのか、自分のものなのか? ただ、今もなお耳についてはなれない。 『キャベツ農家でもやろうかな』 経営ができるなどとは思わない。誰かの農場で働かせてもらうのだ。そこでスキルを身につければ二十歳には独立できるのではないかと思ってもいた。 農場にいれば、そんな悲鳴を聞くこともなくなるのではないだろうか。 と、聞いたことのある声が食堂に入ってきた。 口論になっているというわけではなさそうだが、もうひとりと思案を重ねている様子だった。 「講和が結ばれたなら、速やかに月に帰らないとスペースノイドの神経をよけいに逆撫でることになるってことだろう」 とは、いちどだけジュドーも顔を見たことのあるこの艦の艦長だった。 話し相手はサングラスの男、クワトロ・バジーナであった。 「コロニー落としをやるような軍隊を抱える国が、危険視されない世界の方が危険だとは思うな」 クワトロは、まだこの艦にいたのだ。そして、軍服を着ていることにジュドーは驚いた。 政治家であるにもかかわらず、妙に板について感じられるからでもある。軍籍があると言っていたが、その通りだということなのだろう。 クワトロは、ジュドーが食堂にいることに少し驚いているようだった。 「このまま、サイド4に駐留することになるんですか」 と、中尉は悲鳴をあげるようにして立ち上がりクワトロを振り返った。 アクシズ兵の前でする会話ではないとクワトロは窘めるが、艦長の許可はとってあるとやり返される。次にクワトロは艦長の迂闊さを否定するが、むしろ艦の居住区で会話していた自分たちの方こそ問題なのだと指摘され、黙ってしまった。 「月には戻ってもらわねばならんさ。この艦がサイドで補給を受けるのは違法なんだ」 クワトロは、アクシズが戦争に勝ったことでサイド4自治政府が強気になっていることに呆れているとも言った。自治軍と問題が起こる前に撤収をするべきだというのだ。 「駐留軍もそれを懸念していて、これいじょう留まるのは越権行為だと言ってきた。我々のような遊弋部隊が、問題を起こすのを恐れているのさ」 サイド4の議会で、駐留軍の保有戦力の削減を要請するのを国民投票にかけるという動きがあり、微妙な存在を排除しておきたいということだろう。戦力削減要請が正式にされれば、その後の推移に関係なく駐留軍司令官はよくても降格であろう。最悪の場合は更迭される蓋然性もある 講和条約の調印を膝元でおこなわせたことで、サイド4政府は強気になっているのだ。さらに、アクシズが各サイドの独立を要請したことがサイド4の態度を助長しているのは明白だった。 今回の講和にむけ、実際にはフォン・ブラウン自治政府の方の働きの方が大きかったことは明白である。どうも自身を過大評価するきらいもサイド4にはあるようだ。こういった外交姿勢が地球圏中の失笑を買っているのは、もう既に哀れですらある。 サイド4自治政府がまずとるべき行動は、自身の放置したコロニーが悪用されたことに対して遺憾の意を表明すことだったはずである。そして、講和において非道なるアクシズに対して連邦政府の側に立つべきだった。 “コロニー生活者であるスペースノイドの悲願は地球連邦政府からの自主独立である” これは、半ばは嘘だ。 国家や都市の植民地化は人道的でない、という旧世紀の思想をザビ家が掘り起こしたにすぎない。 植民地化が、その地に不幸を招くとは限らないのである。巨大国家に併呑されることが、市民の意思尊重や自決の妨げになると決め付けるのは危険ですらあるのだ。外交を善悪で語ることじたいがナンセンスではあるが、膨張政策が悪だなどというのは、既に化石になっているような思想である。 サイド4自治政府は、自身を省みてそういったことを真摯に受け止めるべきなのである。 「曖昧な態度の所為でコロニーに巨大な穴をあけられて、しまいにはアクシズにはそれをコロニー落としに利用されるようなことになっても、胸を張っていられるんだからな」 クワトロは、心底ため息をついていた。 「嘘だ。ハマーン様がコロニー落としを容認するもんか!」 目を見開いたジュドーは、狂わんばかりに絶叫してクワトロに掴みかかろうとした。 しかし、中尉が間に入って阻まれてしまう。刹那、中尉のカラテ突きがみぞおちにきまって、止まりかけの駒のようにジュドーは床を転げまわった。 当然だが、サイド4自治政府への批難よりもコロニー落としのことにジュドーは逆上したのだ。 ジュドーたちアクシズ兵を不憫だと思いつつ、クワトロは中尉に立ち上がらせるように指示した。 「マシュマー特務中佐の独走があの作戦になったと思い込んでいるようだが、仮例そうだとしても、マシュマーを軍法会議で処分したとの連絡も、謝罪の表明もその後にアクシズからはないのだよ。追認であっても、ハマーン・カーンは認めたということだ」 中尉に羽交い絞めにされたジュドーに睨みつけたままだったが、クワトロが臆することはなかった。 アクシズ市民であり軍人であるいじょう、ジュドーはそのように教育を受けてきたのだからしようがない。 スペースノイドの独立を最初に果たすのはジオンであり、それを牽引するのはアクシズである。そうすることが連邦政府の非道を断罪することにもなり、そのために指導者たるハマーン・カーンが罪を犯すことなどありえない、といったところだろう。 「曹長が怒るのは無理ないけど、ハマーンは危険だと思えるよ」 敵だった連邦の人間を簡単には信用できないものだが、冷静になるように中尉は言った。 ジュドーはもがき、叫び、脚だけをばたつかせて、子供のように抵抗するだけだった。 |
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