五話 『サイド3』


 サイド3コロニー群が目視できるよりもさきに、そこでの戦闘の光の方がさきにジュドーの眼に映った。
 大気のない宇宙空間において星が瞬くことはない。蛍の群れのように点いては消え消えては点くのは、爆発の光に違いなかった。
 本当にグレミーとハマーンの間で戦争がはじまっているのだと、目の当たりにして愕然となった。
 マスドライバーにサイド3まで物資を打ち出せるだけのスペックがあるということは、ジュドーが操るこの輸送艇もサイド3に届くということである。このまま黙っていても、あの戦闘空域に突入することになるということだ。
 敵身方コードで、この宇宙艇や《ダブルゼータ》がジオンのものになっているわけもない。まして、そのジオンが相反して戦闘をしているということは、新たな識別コードが設定されているにきまっている。
 どのように接触したらいいものか、ジュドーは思案を始めた。



 プルは褐色の《キュベレイ》のコックピットであせっていた。
 ニュータイプチーム九機のうち、被弾した六機を後退させ、一機は撃墜されてしまった。
 自分ともうひとりだけになっていたのだが、武器がほぼ底をついてしまっていた。
 対している敵の数は十機の《ザク・ドライ》。圧倒的に部が悪かった。
 搭載ファンネル・ビット十機の総てが健在だったならば、この程度のことは微々たる差でしかない。しかし、酷使しすぎていたのだ。定期的に本体コンテナーに呼び戻してエネルギー補充をしてやることも忘れていた。現在稼動させられるファンネル・ビットは一機のみ。部下の状況も同じようなものだった。《キュベレイ》のファンネル・ビット以外の武装は、両前腕部に内蔵されたメガ粒子砲しかない。敵からの攻撃をかわすだけで精一杯になっていた。
 なによりも、さきほどからジュドー・アーシタの気配が近づいてきていることがプルの焦燥感を呷っていた。近くまできているのに格好の悪いところなんか見せられない、ということだ。
 “隊長、後退しましょう!”
 「お前だけ下がれ。ジュドーが来るんだよ!」
 とは言いながら気の毒なことをしてしまったと、臍を噛んでいた。セオリーならば、六機が被弾した時点でチームそのものが撤退すべきだった。ジュドーが近くにいることを感じて欣喜雀躍してしまったうえ、意地を張ってしまったのだ。今の今まで放っておかれたから拗ねてやろうと、そのためのダシに一機でも多いスコアがほしかったのだ。
 『これだから、グレミーに子供だって呆れられるんだ』
 “隊長!”
 「なんだ」
 プルは、部下からの無線にいらだたしげに応じた。いっしょに後退しようとでも進言するつもりだろう。この状況で二人でそろって後退することのほうが至難のわざだ。背中を撃たれるだけである。隊長であるプルが、牽制をするしかない。
 次の瞬間、目の前の敵、《ザク・ドライ》が横から飛び出した輸送艇にはねとばされ、石をぶつけられた模型細工のように四散した。
 部下が叫んだのはこの輸送艇が接近していることを告げようとしたのだとプルは気づいた。
 チャフのようにも働くミノフスキー粒子が散布されている戦場では、モビルスーツが搭載しているレーダー半径など広く見積もってもは二百キロメートル弱と狭いものだ。時速一万八千キロメートル以上で接近する宇宙艇など、レーダーに捕らえられてから四十秒ほどで接触してしまう。敵モビルスーツに気をとられていたら、あっという間のことなのだ。
 その宇宙艇はジュドーの仕業であるとわかってしまっていたプルは、その名を叫ぶ。
 つぎに、高出力のメガ粒子砲が通り過ぎた輸送艇を貫き、爆破していた。
 メガ粒子の発射元を目で追うと、そこにはプルが見たこともない箱のような戦闘爆撃機がいた。

 ジュドーには、褐色の《キュベレイ》のパイロットがプルであるという確信はあった。
 だからそれが劣勢だと見てわかった時、とっさに離脱する輸送艇の軌道のベクトルを調節し、さらに爆破するタイミングを遅らせることを思いついたのだ。見込みどおり、二機の《ザク・ドライ》が輸送艇の爆発に巻き込まれて誘爆した。
 今のジュドーの動揺は、はじき飛ばした《ザク・ドライ》たちが自分と同じアクシズ兵なりジオン兵だということにあって、《キュベレイ》のパイロットが本当にプルであったという安堵は頭のなかでかき消されていた。
 連邦軍のノーマルスーツの上から胸を押さえて動機を沈めようとする。
 しかし次の瞬間、プル達を追い詰めていた《ザク・ドライ》の残りが、ジュドーの《ダブルゼータ》にビームライフルを撃ってきた。見たことのない大型戦闘爆撃機は、友軍機にもある《キュベレイ》よりも目を引いたのだろう。
 「おとなしく帰ってくれ」
 ジュドーは、《ダブルゼータ》をモビルスーツ形態に変形させると、モビルスーツと同じほどの大きさのバレルをもつビームライフルを反射的に掃射してしまっていた。
 戦艦の主砲なみの火力を持っていたそのビームライフルは、いとも簡単に残り数機の《ザク・ドライ》の総てをなぎ払っていた。



 戦況は落ち着きつつあった。
 ビームライフルを撃ってその直後からジュドーの乗るモビルスーツが沈黙してしまったから、プルは狼狽した。
 単機のモビルスーツがはるか遠くから戦場に投入されるなどということはこれまでにない。ジュドーがサイド4の連邦本軍遊弋部隊の捕虜になっていることは知っていた。ここに来る手段としてマスドライバーを使ったのだろうという直感は働いたが、そういった強行がパイロットにどのような負担を与えるのかまでは想像ができなかったからである。
 プルは、ジュドーのモビルスーツをすぐに巨大なデブリの陰に持ち込むと、コックピットハッチを外側から開けて飛び込んだ。
 全天周囲モニターの中央にぽっかり浮かんでいるようになっているシート、そこでジュドーは力なく坐っていた。
 プルはコンソールパネルとジュドーの間に割り込み、ひざの上に正座をするようにした。
 「ジュドー・アーシタ曹長、起きろ!」
 とはいっても、ジュドーは寝ているわけでも気絶しているわけでもなかった。放心状態なのである。身方を攻撃をしてしまったことで、感情が脳内でオーバーロードしているのだ。躬らが信じられない、といったところだろう。
 ノーマルスーツのヘルメットどうしを触れあわせ、プルはなんども叫んでいた。ヴィヴィヴィ……といった接触回線特有の音声がいかにも耳障りだ。
 と、ジュドーは我にかえった。
 よもや廃人になっているとは思わなかったが、シールドごしに視線が合うとプルは泣きたくなってきた。
 にもかかわらず、ジュドーはちぐはぐな問いかけをしてきた。
 “隊長。戦場で、大丈夫なんですか”
 それが呑気にも感じて、半ばいらだたしくもある。
 「状況はこちらが押しているし、すぐに終わる」
 ニュータイプチーム隊長然とした口調にしようと努めはしたが、もうどうにも涙が止まらなかった。連邦との終戦の時に安否の連絡はきてはいる。それでも、心配をしていたのだ。生きているから安心などと簡単なものではない。捕虜などというのはろくな扱いを受けないというのは旧世紀からの常識である。
 次の瞬間、ジュドーに力いっぱい抱きしめられてプルは動揺した。
 出会ってからずいぶんにはなるが、こんなことは初めてだったのである。自分から抱きつくようなことはなんどかしたことがあるが、そんな時の反応もそっけないものだったのだ。
 プルは、コックピットハッチの開閉スイッチをめざとく見つけ、押した。
 ハッチが閉まると、瞬間コックピットは空気で満たされる。プルはノーマルスーツのヘルメットを脱ぐと、ジュドーのヘルメットも手早く脱がせた。
 視線が交わったのはほんの僅か二秒、プルは押しつけるように接吻をしていた。押し売りのようでロマンチックじゃないと思ったが、この気持ちの奔流を止めることができなかった。おおよそ二ヶ月ぶりの再会なのである。ジュドーが死んでいない、生きているというのはずっとわかっていた。直感的なことで、だからニュータイプなのだとグレミーにも言われていた。それでも、直接顔を合わせられるというのは幸せなことだ。大好きなジュドー・アーシタなんだから。
 自分が理性を失っているのではないかと心配になるほど、まるで大人になったみたいだとプルは思った。首にぶら下がってやりたいという衝動もあったが、そこまではやめておいた。
 「なんで、ジュドーが《ガンダム》に乗っているんだ」
 古代ギリシアの兜のような頭部。
 その兜の額ぶぶんについたV字型の角飾り。
 ひとつひとつ独立し、人間のように二つにデザインされたカメラアイ。
 ジュドーの操っているモビルスーツは、まさに《ガンダム》だった。
 実際、連邦軍が思っているほどにジオン側の人間が《ガンダム》を嫌悪も畏怖もしていないが、モビルスーツに採用しないデザインであるというのは確かだ。珍しいのである。
 「えぇとぉ」
 ジュドーが説明に窮していたようだったので、おもしろくなって立て続けに訊いた。
 「それに、これ士官のじゃないか」
 ジュドーが纏っているノーマルスーツの首のところには、下士官らしくない豪勢なデザインの階級章が光っていたのでそれをひやかした。照れ隠しだ。
 グレミーのクーデターが終わってからゆっくり戻ってくればよかったのに、サイド4から万難を排してここまできてくれた。そして、こうして自分を危機から救ってくれた。
 それが嬉しくて、第二の故郷が二分し騒乱状態にあることにジュドーの心が締め付けられていることにプルは気付けなかった。



 戦況は極めてハマーン軍に劣勢である。
 さきほどの戦闘で、五バンチコロニー通称バーンデンバーがグレミー軍の手に落ちてしまい、ズムシティは事実上の丸裸同然にされてしまったのだ。影響下に置かれているコロニーの数ということでは四十パーセント強がハマーン軍ではあるのだが、それらが勢力と言えるだけのポテンシャルをもっているのは要塞アクシズ以外にはないのである。
 原因は明白だった。
 ペルム戦争でアクシズ軍がズムシティを制圧した後、他のコロニーの宣撫工作を行ったのがグレミー・トト少将とユーリー・ハスラー中将麾下の艦隊であり、それらが揃ってハマーンに反旗を翻したからである。クーデターがはじまる前から大半のコロニーが二人の影響下にあり、とどのつまりが旧ジオン共和国軍や連邦サイド3駐留軍でさえもグレミー軍のみかたなのである。
 とはいえ、当然だがハマーンの側にも艦隊が残ってはいた。
 アステロイドにあった頃のアクシズ、その混乱期から立て直しの指導を行い、地球圏帰還作戦を成功させ、サイド3の独立を成功させたハマーンを英雄視する者も多かった。問題は、その英雄視している大半がアクシズ軍だということである。
 軍艦や兵の数も実はハマーン軍とグレミー軍に大差はない。
 徹底的な差が生じてしまったのは、グレミー軍がサイド3の地理を把握できているということの一点につきる。

 グレミー軍から和平の使者が訪れたことをして、マシュマー・セロ特務中佐はハマーンに脱出するように進言した。
 和平の条件は変わらず、ハマーンの摂政職からの辞任だった。軍最高司令官の職については不問とされてはいるが、おって剥奪されて閑職に追いやられるか、最悪の場合は政治犯とされるのは目に見えていたからである。
 「ミネバ様がこちらにおられる今ならば、再起もなりましょう。このマシュマー・セロ、しんがりを勤めます」
 ハマーンの脱出に現実味があるのは、だいいちにミネバ・ラオ・ザビが手の内にあることで、つぎに、要塞アクシズがハマーン軍の勢力下にあることだった。アクシズ・ジオン皇国の建国に向けて、アクシズからの企業本社の引っ越しは行われつつあったが、工場については手つかずであり、サイド3最大のプラント群であることにはかわらないのである。そして、ズムシティにグレミーがのぼって摂政を自認、誇示しようとも、ミネバ・ラオ・ザビ皇王が不在では正当のジオンを名乗ることは難しいはずだ。グレミー自身がギレン・ザビの後継者として公王や皇王を名乗ることも懸念もされるが、それを言い出したらハマーンはキシリア・ザビの系譜を騙るか本当に白旗をあげるしかないのだ。さいわい、アクシズに搭載されている熱核ロケットエンジンは健在である。アステロイドにまで帰るというのはないまでも、いちどサイド3を離れたところで再起を狙うというのは戦略的にありえることだった。
 「ここにきて脱出はない。徹底抗戦をつづける。我に従うも、グレミーに寝返るも、脱出するもおのおのできめよ。ミネバ様に恩義を感じ忠誠をするも、懸念には及ばぬ。グレミー少将が悪いようにするとは考えられん」
 ハマーンの意見は気丈だった。
 グレミーの叛意は躬らの不徳の至りである。ここでサイド3を分裂させることで連邦政府に付け入る隙を与え、独立を反故にされるわけにはいかないというのがその理由だった。しかし、ハマーンにも意地や矜恃がある。やすやすとグレミーの軍門にくだるというわけにはいかない。その気概に共鳴できる者だけがついてくればいい。
 「しかし、ハマーン様」
 マシュマーは絶望した。ハマーンの手を離れたところでのジオンの再興などありえないというのが彼の中にあった。グレミー・トト少将がギレン・ザビの遺児であることを主張しようとも、どこまで信用できるというのか。
 「中佐、男のあなたにはわからないことだ。ハマーン様に従えなければ、お言葉のように寝返るも脱出するもよかろう」
 マシュマーの隣にいたキャラ・スーン少佐は、ハマーンについていくことを宣言した。
 女にしか女のことは理解しきれない。それが、国に対することでも、男に対することでも。
 ここでハマーンが降伏すらしない理由は、彼女が女だからである。
 ある男との約束は守り、また、ある女の無念を晴らすために必要な手段だということだ。
 国家の運営、軍の作戦に性の本能を持ち込むのは狂気の沙汰でしかない。しかしその理不尽さをわかるから、ハマーンは部下の身の振りを各々に委ねたのである。
 「少佐、いいのだな」
 「こう見えても、自分とて女です。ここにいなければ手に入れられないとわかるものもあります。事実、グラナダのマスドライバーが使われて面白いものがこちらに射出されました。個人的にも、それの行方を追ってみたいのです」
 キャラは、満足げに肯いていた。
 既にこちらに向かわせてはいるが、グラナダに残っていたキャラ・スーン機動部隊の一部は、マスドライバーによってなにと誰が射出されていたのかを把握していた。ハマーンに対する忠義を全うし、躬ら欲しいものを手にすることができる。キャラにとって、ここからの戦いこそが重要なことだった。
 ハマーンは、項垂れるマシュマーの肩に掌を置いた。各々の部下に対する責任があれば、まさにグレミー軍に寝返るのも生き残るための手段である。ここからは意地のみの戦いであって、既に国家の威信をかけた戦いではない。言ってしまえば、軍人が命をかける価値のない戦いなのだ。ハマーンの心遣いがマシュマーには嬉しかった。
 「私は、ハマーン様の思いが誰に向いていようとも、付き従う覚悟でございます。マシュマー機動部隊、我ひとりになろうとも」
 胸のバラに掌をあてたマシュマー・セロは、静かにハマーンの前で跪いた。



 グレミー軍の拠点は、バーンデンバーに移されていた。
 ズムシティに最も近い五バンチコロニーであり、その気になればばモビルスーツでも往復の可能な距離である。
 そのことが、ハマーン軍に対してのプレッシャーになるはずであるし、これで降伏をしてくるものと誰もが考えていた。
 ところが徹底抗戦を表明してきたためににわかに忙しくなってきていた。
 バーンデンバーの港はにわかに軍港の様相を呈することとなる。
 運び込まれた《ダブルゼータ》はさっそく邪魔者扱いを受けてしまった。
 「そんな使えないモン、どっかにうっちゃっとけよ」
 ジュドーを叱咤するメカニックの言うことももっともだった。認識コードをグレミー軍に書き換え戦場に送り出すくらいは問題なくできるだろう。推進剤や機動剤は現状のものがそのまま使えるはずだ。しかしこの後の戦闘で損傷して帰ってきたとしても、部品がなければ修理ができないのである。知らない兵器ということは、事実上完璧なチェックとてできない。もちろん損傷するまで使い倒すという使用法もあるが、みずからのチェックを行っていない機体を戦場に送り出すことをメカニックはよしとしない。手をかけたモビルスーツでパイロットがケガをしたり死んだりするのは気分のいいものではない。そのうえ、解体し他のモビルスーツの部品として使える部分とて無い時ている。
 『そのうえ、これはプロトタイプだから使えたもんじゃないものな』
 メカニックに謝りながら、ジュドーは《ダブルゼータ》を港のすみの方に追いやった。
 本当に捨ててしまうことをすべきなのかもしれないが、自分をここまで運んでくれた機体に対してそれではあまりに不誠実だと思えたからだ。

 それからのジュドーは即座に原隊復帰しニュータイプチームとして作戦に参加する、ということにはならなかった。
 それは、ジュドーが捕虜であったはずということであり、《ダブルゼータ》とともにサイド3に来たということである。
 「俺本人だって信じられないが、現にそうやって帰ってきたんじゃないか」
 ジュドーがクワトロ・バジーナから与えられた状況というのはそれだけ常軌を逸していた。連邦軍のスパイではないのかと疑われるのは当然のことである。整形でジュドーと同じ貌を作ることくらいは容易なことだ。
 連邦軍の艦で取り調べにはなれたつもりだったのだが、みかたにされているという現実はジュドーを滅入らせた。今にして思えば、連邦の中尉のそれは手心がはいっていたのではないかと思える。これが普通なのだ。敵に情けをかけられ、みかたに容赦のない扱いをされることにジュドーは苦笑していた。
 こっぴどく調べ上げられるが、それも一日たらずのことであってすぐに釈放された。
 プルがグレミーに泣きついたのである。

 「やはり君には、その方が似合うな」
 釈放されてすぐ、ジュドーはグレミーの執務室に喚ばれた。
 それにあたって着用を命じられたアクシズ軍の松葉色の制服は、ジュドーも久しぶりに着るものだった。
 「ありがとうございます。捕虜の間はパイロットスーツでしたし、帰ってきた時には、連邦軍のでしたから、身が引き締まる思いです」
 ぴしっと脇をしめ、ジュドーは思いつくかぎりのきっちりとした最敬礼をした。
 いつもいつも、グレミーには便宜をはかってもらってばかりだと思った。自分の軍での今までの処遇もそうだし、戦死認定後の軍法違反による恩給の権で法廷では証言台に立ってくれたということもプルから聞いた。この恩をどうやったら返すことができるのだろう。
 しかし次のグレミーの言葉は、ジュドーには信じられないものだった。
 「妹さんは、今件の事前にサーラントに疎開してもらっている。曹長は、いちどそこに行きなさい」
 何故と言いかけ、一瞬でジュドーは状況を理解した。自分は、ジュドー・アーシタ曹長として信用されていないということなのだ。いや、グレミーやプルは信用してくれているのだとはわかるが、軍が信用してくれていないのである。ジュドーが今ここにいられるのは嫌疑が晴れたのではなく、単にグレミーの強権にすぎないということだ。それに気付いて、ジュドーは愕然とした。
 現状、不穏分子を排除しておきたいというのは軍の誰もが考えることであろう。本当ならば、投獄したいと考えているのが常套だ。だが、首府付近、戦場からの追放という処置をすることで、グレミーが部下たち側近を得心させているに違いなかった。
 サーラントはサイド3の三十三バンチ、ズムシティからもっとも離れた座標のコロニーである。このクーデターで主戦場になるのが首府ズムシティ付近になるとふんで、妹のリィナを疎開させてくれていたのだ。グレミーとしては、ジュドーを投獄させないで遠方へ送る理由をはからずもつくってしまっていたというところだろう。
 戦火のさなかで本数が減ってはいるが、各コロニー経由の定期便が出ていてそのチケットはとっておいたともグレミーは言った。
 「今やサイド3は俺の故郷です。その大事になんの役にもたてないのですか」
 「曹長のその気持ちは嬉しいが、私は君の気持ちを知ってもいるのだ」
 「!」
 ジュドーは絶句した。
 無論、たんなる憧憬の対象であろうという認識の方ではあるが、ジュドーのハマーンに対する気持ちは衆知の事実である。そのように思っている者は軍内だけでなく国内にゴマンといて珍しいことではない。
 だが、ハマーンとの諍いをとめるために宇宙遭難という危険をおかしてまでジュドーがサイド3に参じたのだということに、グレミーは気付いていたのである。
 確かにその通りで、たんなる下士官とはいえジュドーはハマーン政権の打倒など考えてはいない。諍いを止めたいだけだということならば、むしろグレミーとは意見を異にするということである。スパイの嫌疑がなくても、逮捕拘留、投獄されないのは温情中の温情だとすらいえるのだ。
 「捕虜の身でありながら、万難を排して帰ってきてくれたことは嬉しく思う。他にそうしてくれた兵はいない。この戦いに勝利し、私がミネバ様の摂政に就任したあかつきには、初位に判授しよう」
 そのうえ、あろうことかグレミーは頭を下げた。
 アクシズにおいて、小初位下から大初位上の四位階は準騎士という扱いである。一般平民であるジュドーにはとうてい手の届かない世界のことであり、誉れ高いことだった。両親は従四位上であったが、ジュドーが成人する前に死んでしまった為に引き継ぐことができなかったのだ。しかし、そのようなことは今のジュドーにはどうでもいいことだった。アーシタ家の再興などということには興味はない。妹のリィナとてそれは同じだろう。このクーデターが終わったら、プランテーションに居を構えることまで考えている現在、位階などなんの役にもたたない。ただ、今の国難を乗り切るために尽力したいのだ。
 貴族であることに誇りを持ち、出世をすることでアクシズでの発言力を高めることに邁進したのがグレミーではあるが、それでもジュドーの気持ちは痛いほどに理解できていた。しかし、軍組織を円滑にまわすためには切り離さなければいけない場合があるのだ。そして、上位のものが下位の奉公に対してかえすことができるのは褒賞しかないのである。
 たしかに、今ジュドーがここにいるのは状況だけである。
 プルがいるからとか、グレミーがいるからここにいるわけではない。ジュドーが参じたかった場所はサイド3というだけである。さきにハマーン軍の人間に拾われていれば、そのままその戦列に参加しようとしていたに違いない。やはり同じく、後方に下げられるなり、投獄という処置を受けてはいただろうというのは想像に難しくはないが。
 事実、この場においても打倒ハマーン政権という思いは毫もない。いかにハマーンとグレミーを和解させるか、そんな分不相応なことを考えているのである。
 組織運営というのは、他多数の人間を得心させることや救うことと同義なのだ。
 「ジュドー・アーシタ曹長。妹さんを安心させてやってくれ」
 ただまっすぐとジュドーを見据え、グレミーは敬礼をした。
 合図で担当兵が現れ、ジュドーは連れていかれた。



 ザビ家の再興は、国家軍事独裁体制の賛美ではない。
 確かに、父であるギレン・ザビは独裁者と烙印を押されるほどの行政を行った。
 シビリアンコントロールを理想としていたはずの建国時の指針を無視して、退役することなく総帥のまま政務を執った。状況的に仕方のないこととはいえ、当時の公国法や軍法に照らし合わせても許されることではないだろう。結果論とはいえ、また法の裁きを受けることはなかったが、キシリア・ザビの陰謀による戦死というのはその報いだったと理解し、あまんずるしかあるまい。
 父親がギレン・ザビであり、尊敬しその妾腹であることを標榜してはいるが、自分の目指すのはギレンの目指すものとは違う。
 ハマーンが今おこなっていることこそが、ギレンのおこなってきたことそのものである。父親を公王として飾り物にし、実質的政務はみずから執ってきたギレンと、ミネバを皇王と称しみずからは摂政、元帥として実権を握るハマーンはまったく同じである。ジオンが、ザビ家が歴史に同じ過ちを刻むのは恥辱である。
 グレミーの行動原理のひとつはそこにあった。
 無論、十歳に満たないミネバが政務をこなせるなどとは思わない。それに、現行連邦政府までに資本家に踊らされる絶対民主主義に疑問はあっても、絶対君主制の危うさも理解しているのだ。
 連邦政府から独立を勝ち得たのは時流ではなく軍事力にすぎないからである。今のままの体制を続ければ、程なくアクシズ・ジオン皇国は崩壊してしまうだろう。再び連邦政府に併呑されてしまうのは火を見るよりも明らかだ。独立を維持し続けるには、頑強な政治体系が必要となる。
 ザビ宗家の人間を頂に立憲君主制とし、その下に議会を設置する。選挙によって選出された者に議会出席権を与え、行政をおこなわせるのだ。貴族家は元老として、議会への助言補佐をおこなう。ザビ家の人間の威光をして議会や元老構成員の決定を追認することでそれに箔を与えるのである。ミネバにこれといった取り巻きがいない今、彼女が権力に執着をみせないであろう今がこの体制を作る絶対の好機といえるのだ。
 そのためのザビ家再興である。
 ハマーンが目指しているものは、最終的にザビやジオンを滅ぼすとわかるのだ。
 国民の前はおろか臣下の前にすらミネバが出てこないのは、その端緒であるとしか思えなかった。
 “ハマーン様を許してあげてください”
 今回の挙兵の折、ユーリー・ハスラー正四位下中将は、自分を支援してくれると言ったその後にそう言った。ハマーンのやりようには確かに問題がある。それを糺すのには協力をするが、憎み続けるのはやめよと言うのである。確かにハマーンの求心力は侮れるものではないから、このクーデターに成功しても国の要職から遠ざけてしまうのは危険だと思えた。特にわりを食った信望者がハマーンを頂いて反抗運動をする可能性がある。そのため、彼女には軍最高司令官としての職を継続させる心づもりがある。グレミーがそれを言っても、そのことを言っているのではないとユーリー中将は頭を振った。
 “あの方はお淋しいお方なのです”
 グレミーはそれを理解できないと言い、だからかユーリー中将は微かに苦笑した。
 今になってもそれはわからない。
 「どのみち、血塗られた道だ」
 そしてグレミーは自虐的に笑った。いかに崇高な目的を掲げていても、先人や自分も将兵や民間人の命を犠牲にしてきているのだ。後世の人間は、ハマーンがキシリア派であったことをあげ、ギレン派のグレミーが第一次独立戦争での内輪揉めの仇を討ったとでも言うだろう。そんな想像をしてしまうとなんだか空しくなってしまうが、今やらずして真の繁栄と平和が手に入るものかとも思っていた。



 《ザク・ドライ》のコックピットのノーマルスーツ姿のマシュマー・セロ特務中佐は、ハマーンを説得できなかったことを悔やんでいた。

 “何故、司令官殿みずからがモビルスーツに搭乗されるのですか”
 《エンドラ》艦橋のデッキコンダクターが、モビルスーツで出撃する自分をまだ止めようとするのでマシュマーは喝破した。人や行動には、代わりになるものとならないものがある。今この時に出撃をしないでなんのための指揮官といえるのか。首府ズムシティの門前で機動部隊の指揮をとることなど誰でもできることだ。ここにきて妙案だの奇策などというものはない。気概と覚悟さえあれば、あとはマニュアルどおりにすればすむことなのだから。
 そして、部下たちに言えない理由がひとつだけあった。
 きっと、それでも部下たちは解かってくれてはいるだろう。
 負けるとわかっている戦で、指揮官が前に出なくてどうするというのか。今までの作戦の中で自分を守るために死んでいってくれた部下の為にも、ここが死にどころなのだ。もう、指揮官として部下たちにやってやれることなどない。ならば、先陣に立つべきだ。

 グレミー少将は戦後のハマーンの元帥としての地位の保証、従三位への親授を容認すると言ってはいるらしいが、信用できるものではないとマシュマーは思う。おかしなロジックのようでもあるが、信用できるようならばはじめから戦争になどならないのである。
 まだアクシズがアステロイドにあった頃、ミネバ・ラオ・ザビの誕生日とハマーン・カーンの摂政就任の祝賀パレードが行われた。
 メインストリートを行く無蓋の電気自動車エレカで掌を振るハマーン・カーンの姿をただ遠くから見ただけだというのに、十三歳のマシュマーはひと目惚れをしてしまった。消極的だったはずの性格にもかかわらず、街路樹のバラの花を一輪つむと群衆をかき分け、護衛兵にライフルのストックでなんども殴打されるのもかまわずに駆け寄り、アザだらけの顔をさらしつつもそのバラを差し出していた。その場はそのまま気絶してしまい、バラを受け取ってくれたのか否かも知りはしない。ハマーンの心情はともかく、警備の関係上素直に受け取ってもらえるはずもないというのは、後に冷静になって気付きもしたが、くじけることはなかった。
 『僕は強くなって、ハマーン様のつくるこの国を護るんだ』
 マシュマーは必死で勉強をした。軍訓練校ではなく、卒業とともに準騎士を奏授できる士官学校を首席で卒業した。貴族でもない家系のマシュマーがハマーンの近くにゆける手段はそれしかなかった。第一次ジオン独立戦争で父親を失い、母子家庭補助と奨学金での学業は、まさに苦学というだけでは言いたらない。マシュマーにとって、それをするだけの価値があったのがアクシズやジオンだった。そしてその象徴としてのハマーンは完璧だった。
 『アクシズ国民は、総てのスペースノイドを健やかに導く。私は、その尖兵となるのだ』
 憧憬や恋のような感情だけでここまでハマーンに従ってきたわけではない。
 軍内、いや国内においてそのての流言飛語は耳にタコができるほどに聞いているが、マシュマーがそれだけでコロニー落としをやれるはずものではないということだ。
 この戦いに負けることで、ハマーンが裁判にかけられる可能性がでてきてしまうだろう。それならばこの場は生き長らえ、法廷で彼女を守ることも考えていた。コロニー落し作戦はマシュマー・セロ特務中佐の独断であり、元帥といえどハマーン・カーンのあずかり知らぬところであった、と。しかし、自分は騎士としての気概を貫くことと決めていた。謀叛者グレミー少将に騎士としての覚悟を見せてやろうと思っていた。そうすることで、戦後のハマーンを援護できると思えるのである。実際の弁護証言は部下に任せた。ハマーンが生き残りさえすれば、ミネバ様とともにスペースノイドを導いてくださるに違いないと。
 この戦に負けても、ハマーン様をたんなる敗軍の将にしてはならない。まだ、あのお方にはやるべきことが残っているのだから。
 「太陽側の港は死守すべし。反対側のキャラ・スーン少佐の部隊に笑われるような戦いかただけはするなよ」
 マシュマーは、《ザク・ドライ》を出撃させた。



 ハマーン麾下の艦隊は、マシュマー・セロ機動部隊とキャラ・スーン機動部隊しかのこっていなかった。これまでの戦いで壊滅していたり、またグレミー軍に寝返っていたのである。
 今のグレミー麾下の艦隊やみかたについてくれたユーリー中将麾下の艦隊は、アクシズがジオン共和国を吸収したさきのペルム戦争のおりには後方待機とかわらないような状況で戦力が温存できていたし、その後の諸作戦でもほとんど消耗していなかった。また、サイド3の宣撫工作によって各バンチの要人に少なからず人脈ができていたことは大きい。
 グレミーのクーデターは、最初から結果が見えていたと言っても過言ではないのだ。
 そして、ズムシティに最も近いコロニーのバーンデンバーがグレミー軍の手に落ちたことで事実上の勝敗はついた。旧世紀、イーオー島をアメリクスに占領されてしまったヤーパンは、その後、大多数の都市に大空襲をあびせられたという歴史もある。
 ハマーン軍が降伏しないのは、異常なのである。

 プルは、苛立っていた。
 この期に及んでまだ戦闘が続くということも多少ある。他人より早い初潮をゆうべむかえてしまったということもある。そしてなにより、ジュドーが後方に下げられてしまったということが最大の原因だった。そばにいられないと淋しいといったことでだけはなく、華々しい自分の活躍を見ていてほしいといった気持ちが大きい。自分は、いつでもどこにいてもジュドーを感じられる。でも、ジュドーはそうじゃない。そばにいないと忘れられてしまいそうで恐かった。
 『こんなでも、ジュドーはまだハマーンが好きなのに』
 ジュドーはサイド4から風のように帰ってきた。それは、サイド3のためだというのはわかっている。ハマーンやグレミーのためだとわかっている。でも、ジュドーが帰ってきていちばん最初にしたのは、窮地に追い込まれた自分を助けてくれたことなのだ。
 その苛立ちの中、前方に現れた《ザク・ドライ》の右肩にバラがマーキングされていることに気付いたプルは、不謹慎だと批難されようとも、これで溜飲が下がると思った。太陽側の港と称される第一ドッキングベイの制圧部隊に配属されたことに感謝していた。
 「マシュマー中佐。存分に痛めつけてやる!」
 バラのマーキングが施されたモビルスーツなら、マシュマー・セロ特務中佐の機動部隊所属のはずだ。
 今プルが搭乗している臙脂色の《キュベレイ》は、コンテナーを改修したことで、ファンネル・ビットの搭載量がこれまでの二倍の二十機にはなった。代償としてファンネル・ビット一機の連続稼働時間と火力が小さくなってしまったが、より本来の使い方ができるとプルは思っていた。マシュマー特務中佐を艦ごと葬ることもできるのではないか。モビルスーツが軍艦を沈めるという快挙にカタルシスを感じられるのではないかという思惟をめぐらせていた。
 サイド4の作戦の時からのマシュマーへの恨みはまだ忘れてはいない。
 鏖殺の雄叫びをあげ、戦いの犬を野に放て。
 プルは自身のファンネル・ビットを射出しながら、ニュータイプチームの部下に命令を下した。



 グレミー少将が乗っている艦がこの戦場にあるとは思えないが、せめて巡洋艦の一隻でも沈められないものかとマシュマーは焦っていた。自分についてきてくれていたモビルスーツ隊六機も、残りは二機になってしまった。ただ死ぬわけにはいかないのだ。
 と、レーダーに複数の機影。小型ではあるが、レーダーに捕らえられるぎりぎりのサイズ。
 「ファンネル。ニュータイプチームか」
 ファンネル・ビットが視界の上から正面に滑り込んできて、メガ粒子砲の取り付けられた先端をこちらに向けた。
 厄介なのと遭遇してしまったことにマシュマーは慄然とする。みずからも評価し、増産の要請をした《キュベレイ》とそのファンネル・ビットの攻撃力は《ザク・ドライ》の一歩さきをいく。ファンネル・ビットの刹那的難点をあげるとすれば照準の甘さだけであって、それは弾丸弾頭の大量消費を旨とすると言ってもいい戦場ではさしたる問題ではない。数撃てば当たるのだから。
 機体を横に滑らせてメガ粒子をかわしたマシュマーは、それでも照準が正確なことには気付いた。
 ここにきて、ニュータイプのエルピー・プル・ツウァイリンゲにでくわしてしまったことは悪夢でしかないと思った。

 ファンネル・ビットを遠くまで飛ばしすぎた所為でエネルギーがたらなくなり、連続で二射できなかったことをプルは悔やんだ。一射目は避けられたが二射目を撃つことができれば《ザク・ドライ》腹部のコックピットハッチを吹き飛ばすくらいはできていた。よくすれば、パイロットを焼き殺せていたものを!
 そう思えるのは、一射目のあと、その《ザク・ドライ》のパイロットがマシュマー中佐だとわかってしまったからである。
 「ここにきて私はついている。ハマーンに振る尻尾をちょん切ってやるよ!」
 プルは哄笑した。
 脳波で操作をするというのは身体をつかった物理的な操作よりも数段反応は早いが、その制度は及ばない。人間とファンネル・ビットの間を介在するサイコミュOSがもつ制度ということでもあるのだが、スナイパーのようにピンポイントというわけにはいかないのである。それでも、サイコミュとの愛称ということやニュータイプ能力を有していることもあって、プルの射撃は比較的正確だった。
 他の小隊も縦横に展開している敵艦隊に取り付きつつあるようだ。プルは、部下たちに先行するように命令した。
 自分はマシュマーと随伴の二機をひとりで仕留めることを考えていたのである。
 プルは、ファンネル・ピットに三機を包囲させようとするが、散開されてしまいそれを阻止された。さすがに、ファンネル・ビットがおこなうような攻撃に対して密集形態をとることが危険だということくらいは知っているらしい。
 それでも、自分が《キュベレイ》一機を完璧に使いこなすことができれば、《ザク・ドライ》の三機分くらいの戦闘能力はある。負けはしない!
 ファンネル・ビットを一機いっきに集中させ、本機《キュベレイ》はマシュマーたちからの攻撃を回避だけに集中することに努めた。
 ビームライフルで攻撃をしつつ本機体は停止することなく常に回避運動をとりつづける、というのはモビルスーツによる宇宙空間での戦闘のセオリーである。本機が動いてしまうことで、ロックオンをしてはいても敵機にメガ粒子を当てることは思いのほか難しい。よって、セオリーを無視する瞬間が状況に応じて必要になってくる。が、銃口と本機のベクトルが基本的に一本線上に存在する必要のないファンネル・ビットと《キュベレイ》のパッケージングは、セオリーを重視しすぎても撃墜率と回避率を引き上げることができた。むしろ、攻撃は基本的に敵機の方角からしかこないという固定観念を捨てきれず、四方八方に対する索敵が戦闘機、モビルスーツ、軍艦までで留まってしまうと、ファンネル・ビットからの攻撃はまさに虚を突かれたことになる。
 「ファンネルの一機や二機、撃ち落とされたって関係ないんだよ!」
 《ザク・ドライ》二機ともに、背中にある推進剤タンクにメガ粒子を直撃させて巨大な火球に包ませていた。
 残るはマシュマー機のみ。
 無線で各方面から入ってくる情報から察するに、自分がここで撤退してもお咎めはないのだろうなとプルは思った。旗艦《エンドラ》の拿捕に成功したようだから、自動的にズムシティの太陽側の港は掌握したようなものなのである。ここを放棄してでも第一ドッキングベイの警備に向かわなかったことを批難されることはっても、だ。
 しかし、ここでさがる気はプルにはなかった。

 自分はたった四?五機の敵機を撃墜しただけ、あとは部下を死なせてしまったうえに《エンドラ》までが敵の手に落ちてしまったことに、マシュマーは愕然としていた。
 そして、過去には上官としてその戦果だけは受け止めながら、今までプルを侮っていたことを悔恨懊悩した。
 「小娘め」
 マシュマーは己のパイロットとして指揮官としての不甲斐なさを噛みしめつつも、記憶に残るプルの小生意気な表情を思い起こして戦意を奮い立たせた。
 的確な操縦は、兵器の性能を極限まで引き出すという理屈は知っていた。敵よりも強靭な装甲で大火力を搭載し機動性にとんだ兵器であろうとも、性能を生かしきれなければ勝てるはずもない。マシュマーは、それを身をもって知った。聞き知る《キュベレイ》の火力は《ザク・ドライ》の二割程度でしかない。ゼロ距離射撃でもしなければ、軍艦の外装に穴を開けることもできないような代物なのだ。
 とはいえ、まだ死ぬわけにはいかない。自分の《ザク・ドライ》はまだ動けるだけの燃料を搭載しているし、ビームライフルのエネルギーも弾も使い切ってはいないのだ。
 マシュマーは、《ザク・ドライ》を《キュベレイ》にむけて猪突させた。



 ズムシティ政庁の執務室で、ハマーン・カーンは僅かではあるがワインを呷った。
 戦闘中、それも敗戦色の濃い状況から察すれば自暴自棄になっての所業ともとられそうだが、不思議と口元は余裕の笑みをたたえていた。
 『私をどこで見ている、シャア。お前の望む方向へ、お前の望まぬかたちで推移しているぞ』
 シャアは、この戦いを歯噛みしながら静観するしかない自分を呪っていることだろう。ニュータイプ研究所に被験者として所属していた過去があるとはいえ、エルピー・プル・ツウァイリンゲほどに能力の開花がなかった自分には今のシャアを感じ取ることはできないが、その胸中を想像するだけでも充分におかしかった。
 ジオンの連邦体制からの独立は、国民千年の夢である。これは嘘ではない。第一次独立戦争前の各サイドが地球階級との格差に不満をもっていたことは事実だ。そんななか独立工作をし始め、はては独立宣言をしたサイド3にたいして、連邦政府が経済制裁をかけることで国民を苦しめたことも事実である。
 しかし、戦争に発展させてまでの独立をいったいどれだけの国民が望んでいたのだろうか。
 奴隷のような生活にあまんじても、それを幸せとする国民が大多数だったとしたら、三割近くの国民がアクシズにまで敗走せねばならないまでに状況を悪化させたあの戦争はなんだったのか。
 すくなくとも、姉は違っていた。
 姉は貧しくも平穏な生活を望んでいたし、普通に恋をしていた女性だった。
 父のマハラジャ・カーンは、キシリア少将の側近にも関わらす、発言力を得たいが為に彼女をドズル・ザビ中将に側室として差し出した。それでも、彼女は幸せだったのである。思い慕う相手こそがドズルであったから。すでに正妻を迎えている状況で、しかも中流貴族でしかなかったカーン家の長女が分家とはいえ王家の目にとまることは僥倖であっただろうから。父としてははからずも、長女との利害が一致したということでもある。自分でさえも、姉の気持ちは知っていたから祝福したのだ。
 しかし、側室とはいっても名ばかりで、ドズルの宮の奥部屋に閉じ込められているような状況だった。正室にミネバが誕生し、やっと乳母のように扱ってもらえるも、ドズル中将が戦死するその瞬間まで、寵愛を受けることはいちどもなかった。
 「あのお方のご息女をこうして抱けるだけでも、私は幸せです」
 彼女の口癖のようなものだった。ハマーンは好きな殿方の子をなしなさいとも言ってくれていた。
 その姉も、ミネバがの最初の誕生日を迎える前に病気で死んでしまう。
 姉はそれでも幸せだったのかもしれない。だが、ハマーンには得心ができなかった。
 あの戦争さえなければ、父が野心を抱くこともなくあのように歪んだ政略結婚はなかっただろう。姉も、新しい恋を見つけていたかもしれない。
 もちろん、サイド3の独立などなってはいないが、それでも、その中にでも幸せがあったのではないか?
 もっとも、名誉と独立を好む者はすべて、自国の平和と安全は自分自身の剣によることを意識すべきである。ジオン国民が自分だけならば、間違いなく奴隷のように生きるよりも連邦政府に立ち向かった死を選ぶだろうというのはいしきしていた。
 そういった性格だから、シャアとの約束のとおりこうして地球圏にも帰還したし、サイド3の独立をはたしてもみせた。そして、こうしてグレミー・トトとも戦っているのである。
 「姉上との約束は守れませんでしたが、それでも、小さな夢のひとつはかなえられそうです」
 自嘲するようにハマーンは怨嗟の言葉を口ずさんだ。
 いちばん欲しいものは手に入れられなくても。
 幸せとよぶにはあまりに後ろ向きだとしても。
 なにを踏み台にしても。

 人は報われる為に生きようとしていても、報われないことの方が圧倒的におおいのだから。

 もう一石を投じるだけで総てが終わる。
 それらのハマーンの思考を遮るように伝令がはいった。汗だくの伝令兵は、そんなことにはいっさい忖度しない様子で、敬礼も忘れるという慌てぶりだった。
 「《エンドラ》は敵方に拿捕され、マシュマー機動部隊は降伏。
 司令、マシュマー・セロ特務中佐は戦死。
 太陽側の港は完全に掌握されました」
 伝令兵は脱出するように促すが、またもハマーンは拒んだ。
 そして、
 「第二ドッキングベイのキャラ少佐の部隊に停戦命令を出せ。グレミー少将と和平をむすぶ」
 これでジオンは新たに生まれ変われる。
 問題は、自分達の後裔を誰に任せるか、だ。しかし、ここまできてしまったいじょう、それをみずからが選ぶことはできない。
 そして、選ぶ気もない。
 しかし、グレミー・トトにだけは譲る気はないし、選ばせる気もなかった。
 『シャアが決めるさ。ジオン・ダイクンの忘れ形見だものな』
 ハマーンは、誰に見せるでもなく皮肉をこめた笑みを浮かべつつ席を立った。

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